あなたと私の歩幅で|不登校育児日記
2年前。三男の育児休暇を終えて仕事に私が復帰すると引き換えに。
長女のみるみるは、学校に一切行けなくなった。
私が出勤しようとすれば「行かないで」と泣いてすがり、困り果てた私はどうしようもなく、彼女の細い手を引いて職場につれていった。
「外に行こうよ」なんて休日に誘っても、「息が苦しい気がする」「具合が悪くなったらどうしよう」と言って泣く。じゃあ私だけ……と出ていこうとしても、泣く。
理由を聞いても答えてはくれなかった。聞いたら泣くんだから、もう原因を究明することも避けていった。諦めたというのが正しいだろう。
本人だって、「どうしていけないんだろう」と悩んでいるのは、わかっていた。
誰も責められない日々。
だれかを責められるのだったらば。少しは楽だったろうか?
幾人ものカウンセラーにも相談した。
児童精神科にもつながって、不安で眠れない彼女に薬を処方してもらった。
「『学校に行きたい』とおもったら行くこと。そうでないと、行ってはいけないよ」
先生はそんなことを言った。
みるみるは、うん、と小さく返事をした。
2年。「不登校」に、向き合ってきた。
3年生。
何度も先生と連絡をやりとりして。
別室で、担任の先生との個別面談はできるようになった。
4年生。
みんながいる教室の前までは行けるようになって。休日に「お出かけしよう」と誘ったら、喜んで外に出ていけるようになった。
薬がなくても眠れるようになって。児童精神科には通わなくなった。
みるみるは。今年、5年生になった。
「教室に入ってみる?」
そう聞いてみると
「ママがいっしょなら……いいけど」と、言う。
ねえ。それ、どこまで本気で言ってる?
彼女には言えない言葉が、私の胸の空洞に落っこちて、コトンと虚しい音をたてる。
私にはわからない。
多分、彼女にも本当のところは、わからない。
結局。
また全く学校に行かなくなった。
ここが大事なときだ。
じっくり付き添うべきか。
そうだよな。
わかってる。
そうすべきだ。
そう思いながらも、煮え切らない彼女の反応を待っているうちに、仕事は積み重なる。
職場で頭を下げながら家で仕事をさせてもらい。どうしようもなくなって、留守番ができない娘をつれて出勤する日々。
姉の姿を見て不安になって、次女も「学校に行かない」と言い出したり。
職場にも。家族にも。
私は迷惑をかけて過ごしている。
この気持ちはどうしても消えない。
復帰してから、今もずうっと。
いよいよ。
仕事を休むしかないのだろう。
私は覚悟を決めていた。
そんなときに、お腹にやってきた6人目の命。
今一度。
家族に。不登校に。彼女の本当の気持ちに。
向き合う時間を、授けてもらったような気がした。
だけどみるみるは、不安そうだった。
これ以上子どもが増えていった先で、自分とママとの時間がどうなっていくのか? 先が見えなくって。そりゃあ、心配だよね。すでに5人姉弟の長女。苦労もかけてきていると思う……。
でもね。私はこれから
もっともっともっともっともっと
家族との時間にまた、自分の時間をさけるのかなって思ったら。
すごくすごく、楽しみだよ。
いや。本音で言えば。
ものすごく。安心、した。
「まっすぐに家族に向き合っていい」んだと。
みるみるは。
私が「これからもっとずっと、一緒だよ」と言ったら。
うん、と言って
「女の子だったらいいなあ」なんて笑った。
ああ気丈な子だなあ。と思う。
私がそうさせてしまったのかな。
たまに焦ったように、「勉強したら」「漢字くらいやったら」なんて言ってごめんね。
ママが勝手に不安でたまらないんだよ。
今も私は毎日怖い。
不登校の先にゴールがあるとはもう、わかってる。
でも、そのゴールはいつ見えてくるのかは誰にもわからない。
勉強がすべてじゃない。
笑っていてくれることが大切。
勉強を勧めたって、今の彼女のためにはならないことはわかっている。それでも私は不安でたまんないのだから、本人の不安はいかばかりか……。
なんて、不安だらけの母をよそに。
「将来はイラストレーターがいいな」
彼女は学校に行けなくなってから。夢を描いていた。
たくさん、たくさん、たくさん。
みるみるは、ゲームにYoutubeにと現実逃避だけの時間から、夢へ向かって努力することを覚えた。
「けっこう、うまくいったんじゃない?」
「ママ、見てみて」
「これ、うまくいったから〇ちゃんにあげようかな」
「インスタにあげてみようっと」
私は。学校に行けなくなった彼女が毎日、私と同じように不安でたまらないのかなって思っていた。それは間違いではないと思う。
でも。
みるみるなりの方法で。
彼女なりの、世界の受け取り方で。
自分の自信を咲かせていた。
仕事ばかりで。
他の兄弟も多くって。
みるみるだけに向き合えない時間は当然ながら、たくさんある。
その罪悪感に私は、やはり押しつぶされそうになる。
「今日も行かない」と言ってソファに座る彼女の細い足。
留守番は「無理」といって、私について出勤してきたときの改札を抜ける、その後ろ姿。
──もし、この子が今学校に行っていたら……
想像する自分は、とめられない。
でもみるみるは。
イラストを通して、大事なものを手に入れていた。
「私には私にしかできないことがある」と、気づいている。
私は私でいい。
それに気づいたみるみるは、5年生になってから教室にまったく行けなくなったけど。
双子のお迎えの少しの時間、お留守番ができるようになった。
次女とふたりで、子ども部屋でふたりきりで、眠れるようになった。
けして、たいした話じゃない。
もう彼女は11歳なのだから。
だけど私と彼女にとって、これは本当に大きな一歩だ。
それこそ、こうしてわざわざ書き残しているくらいには、めでたい話。
牛歩の速度で。ともにゆっくりと歩いてきて、立ち止まりながら進んできた私たちの道のりが、ちゃんと「道」だったんだと、気づかせてくれた。
不登校の子どもと向き合いながら、自分をいかに保ち、焦らず支えていき、そして支える側の自分のことも、いかに大切にすべきか。
この場での多くの人との交流で気づかせてもらったことばかりだ。
家族だけの中で解決するだなんて、きっと無理だった。
だからこそ。いつも見守ってくれるみなさんに、改めて感謝を。
「ぼくって。ママが好きすぎ」
11歳になっても真正面から直接の愛を伝えてくれる、愛おしい我が子。
彼女のとなりで歩幅をそろえながら、もう少しだけ。
この愛にうぬぼれていたい。


母には理解できなかった技術。
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