狂気を孕む 第一章 七話

 御門はスマホを深海に押し付け、木の根元に込み上げたものをぶち撒けた。
 すえた臭いが二人の間を漂う。
 深海は、無理もないだろうと御門に同情した。
 二度、三度と吐き、何も出なくなったところで体制を整える。幸い、喪服には付着していない。
 口内が粘つき、不快感に眉を寄せるも、今し方見た映像が蘇って苛立ちは皆無だった。
 「センセ、大丈夫?」
 「あ、ああ……なんとか」
 「わかるよぉ。ホラー映画とかと話になんないレベルだよね。シチュエーション的にはありがちだけど、マジで死んでるからさ」
 「そうだな」
 深海は、青褪めた顔をした御門に心配そうに声をかける。
 「エグいよねぇ……あれ見てから俺、全然寝れてないんだもん」
 「……私も今日は眠れないだろうよ。トラウマものだ」
 御門は疲れ果てた声でそう答えた。
 「ーーおじちゃん、か」
 「やっぱそこ気になる? 俺も後からすっごい気になってさあ……これって絶対そうだよね」
 「彼の姉君が宿していた子供、もどきだろうな。恐らく」
 御門は続ける。
 「そうだとするなら、なぜ子供もどきが彼のことを叔父と認識しているのかわからない。腹の中に居ても外を認識できたのか? そもそも、親戚関係にあるゆえの呼び名であるかも不明……仮に、自分の叔父であると認識しているのだとすると、関わりを辿ることができるナニカであるのは間違いない。それがどういう関わりなのか、分からないけれど……現状で一番有力なのは血縁関係、だな」
 「それもあるけど」
 深海はウェブを開き、オンライン新聞の記事を見せた。
 「これ。お姉さんの死亡推定時刻見て」
 「……これが、どうしたんだ?」
 「先輩さぁ、十日の昼頃にお姉さんから電話かかったって言ってたんだけど。これ見たらその時間帯には既に亡くなってんだよねぇ……じゃあ、電話の相手って、ナニ?」
 静かな問いかけに、御門は腕に鳥肌を立てる。
 「ーー十中八九、映像の子供もどきだな」
 「だよねぇ」
 深海はしみじみとした声で同意した。
 「もうさあ、ホント。マジでこんなことになると思ってなかったから……現実になるとこんなに怖いんだねぇ、ホラーって」
 「同感だ」
 「ゲロも吐いちゃったしねぇ」
 その言葉にハッとして地面を見る。
 通夜会場の外とは言え、今更ながら汚してしまった罪悪感に蓋をし、御門は足元の土を爪先で掘り、吐瀉物にかけた。
 軽い現実逃避だ。
 「俺センセに会うまで気が抜けなかったー。ホント、家出るの怖すぎて」
 「……そうか」
 こんな映像を見て、よく通夜に来れたなと深みを感心すらした。
 するとーー。
 「貴方方も、木下さんからメッセージが届いたのですか?」
 涼やかで理知的な印象を抱かせる男の声が、二人の背後から投げられた。
 


 
 翠(みどり)は、焼香を手早く済ませ、遺族に挨拶をする。冠婚葬祭はやはり慣れない。特に、葬式や通夜などは。
 「この度は、ご愁傷様です」
 静かに声をかけた。
 「ありがとうございます……息子の、友人ですか?」
 弱々しく笑い、礼を言った中年の女性。故人である木下樹の母親だ。
 「友人……というより、ちょっとした知り合いですかね」
 「そうですか……」
 少しばかり複雑な表情をした彼女に、緑は嘘でも友人と言っておくべきだったかと焦る。
 しかし、彼女は一瞬で表情を取り繕い、「でしたら、尚更来てくださってありがとうございます」と述べたのだった。
 「いえ。人として当然のことですよ。誰かの死を偲ぶのも、別れを惜しむのも」
 「そうですか」
 「ええ。ーーそれでは、失礼したします。奥様も、どうか気を確かに」
 「はい……」
 そんなやりとりを終え、会場を出る。
 さわさわと葉が掠れる音、輝き出した星が美しい夜だ。
 あんな死に方をした人の通夜だというのに、皮肉なものだと鼻で笑った。
 そう、翠はイツキの死に様を知っているのだ。
 人目のつかない場所を探しながら、スマホに目をやる。そこに表示されたのは、故人とのトークルーム。
 そして、連投されたメッセージと動画があった。何度削除しようとも消えないそれらは、翠の心を荒らし、不安と焦燥で満たす。
 忌々しいと心底思う。
 足掻きなのか知らないが、人を巻き込むなと怒鳴りつけてやりたい気分だった。
 (友人、ね。死んでもごめんですよ……)
 先ほどの母親の言葉を思い出し、顔を歪める。
 知り合いですら腑が煮えるというのに。
 翠は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。
 そこに。
 「ーーそれで、これが実際の映像か」
 声が聞こえた。
 咄嗟に身を隠し、会話を盗み聞いた。
 途中、嘔吐などを挟んだものの、大体の内容で理解ができた。
 (死の映像は、僕だけじゃなかった……!)
 彼らも、自分と同じように映像が送られたのだと。
 そう思うと、居ても立っても居られない。
 警戒されないよう、極力足音を殺して距離を詰める。二人はこちらに気づいた様子はない。
 翠は、出来るだけ落ち着いた声音で問いかけた。
 「ーー貴方方も、木下さんからメッセージが届いたのですか?」
 振り返った二つの影に、微笑みを浮かべた。
 
 
 

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