ラマヌジャンの17本の公式を「隠して」復元してみた――公式を覚えるのではなく、上流の構造を探す
新しい論文を公開しました。
Inverse Structural Reconstruction of Ramanujan’s 1/π Series: Whole-Fiber Holdout and Finite-Prefix Identifiability
論文はこちらです。
https://doi.org/10.5281/zenodo.21965476
今回の研究でやったことを一言で言うと、
「ラマヌジャンの公式を証明する」のではなく、「ラマヌジャンの公式をいくつか隠して、残った公式から隠した公式を復元できるか」を調べた
というものです。
17本の公式を、17本として見ない
ラマヌジャンには、1/π を非常に速く計算できる有名な無限級数があります。
典型的には、
Σ (An+B) × 超幾何級数の係数 × zⁿ = C/π
という形をしています。
普通に見ると、それぞれ
A
B
z
C
超幾何級数のパラメータ
が違うので、大量の別々の公式に見えます。
でも今回考えたのは、
「これ、本当に17本の独立した公式なんだろうか?」
ということでした。
むしろ、もっと上流に少数の構造があって、17本はそこから「降りてきた」ものなのではないか。
そこで、個々の公式そのものではなく、係数列が満たす漸化式、母関数、微分方程式、演算子へと順番に持ち上げていきました。
すると、17本が一つの演算子族に圧縮された
超幾何級数部分を調べると、係数は一つのパラメータ λ を使って、
Pλ(n)
(n+1/2) {(n+1/2)² − λ}
という形にまとめられます。
つまり、級数の中心部分は
「17種類の別々の係数列」
ではなく、
「一つのパラメータ付きの係数生成則」
として見ることができます。
さらに (An+B) という部分も、微分演算子
AΘ+B
としてまとめられます。
ここで Θ は、「z で微分して z を掛ける」という標準的な演算子です。
すると、
共通の核となる級数
↓
AΘ+B という観測
↓
特定の z への特殊化
↓
ラマヌジャンの各公式
という構造が見えてきました。
でも、それだけなら「後から整理しただけ」かもしれない
ここで問題があります。
17本全部を見てから
「実は一つにまとめられました」
と言っても、それだけでは単なる事後的整理かもしれません。
そこで今回、わざと公式を隠しました。
しかも1本だけではなく、同じ種類に属する一つのfiberを丸ごと隠しました。
具体的には、ラマヌジャンの17本のうち2本を完全に訓練集合から外し、残り15本だけを使います。
そして、
残り15本だけから、隠した種類そのものが存在することを復元できるか
を調べました。
隠したパラメータが、残り15本から戻ってきた
残り15本について、項の比
q(n) = tₙ₊₁ / tₙ
を調べました。
すると、観測部分を取り除いた3次式が、すべて一つの直線上に並びました。
その直線から、
Pλ(n)
(n+1/2) {(n+1/2)² − λ}
という一つのパラメータ族が復元されました。
重要なのは、
隠した2本に対応する λ = 1/36 を、この段階では一度も見せていない
ということです。
それでも、残り15本だけから、その λ を含む「入れ物」そのものが再構成されました。
さらに、隠した公式の最初の4項だけを見せる
次はもっと厳しくしました。
隠した公式について、完全な式を与えるのではなく、
最初の4項だけ
を与えます。
すると項比から、
λ
z
A/B
を満たす代数方程式が作れます。
計算すると、未知の A/B は高々3次方程式を満たすことが分かりました。
つまり、
最初の4項だけで候補は高々3個まで絞れる
という有限同定定理が得られます。
そして実際に隠したラマヌジャンの2本へ適用すると、残りの候補は非実数になり、実数解が一つだけ残りました。
1本目は完全にこう戻った
隠した1本について得られた3次方程式は、
(2x−15)(334x²+77x+15)=0
と因数分解されます。
二次式の部分には実数解がありません。
したがって、
x = 15/2
しかありません。
ここから順番に復元すると、
λ = 1/36
z = 2/27
A = 15
B = 2
となります。
つまり、最初に隠した公式のパラメータがそのまま戻りました。
もう1本も同じ
もう一つの隠した公式では、
(4x−33)(506x²+169x+33)=0
となりました。
やはり二次因子には実数解がないため、
x = 33/4
が一意に決まります。
そして、
λ = 1/36
z = 4/125
A = 33
B = 4
が復元されました。
驚いたのは、
独立に隠した2本が、どちらも同じ未知の λ = 1/36 を返した
ことです。
つまり、「隠していたfiber」が本当に再構成されました。
4項から、無限級数全体が決まる
ここで「50項くらい一致しました」という数値実験だけなら、まだ弱い。
今回のポイントはそこではありません。
パラメータが決まると、項比
tₙ₊₁ / tₙ
そのものが厳密に決まります。
つまり、一階の漸化式が復元されます。
したがって、最初の項と漸化式が一致すれば、その後のすべての項は帰納的に決まります。
なので、
4項からパラメータを同定
↓
漸化式を復元
↓
無限級数全体を復元
という流れになります。
数値計算ではなく、代数的な同定です。
さらに上流へ行くと、CMやモジュラー形式が現れた
研究をさらに進めると、この構造は2階の超幾何微分方程式へ持ち上がりました。
そして、二つの独立解の比を調べると、period coordinate が現れます。
さらにその特殊点を調べると、
複素乗法(CM)
二次形式
モジュラー方程式
arithmetic triangle group
といった古典的な構造へ接続しました。
ここは重要なところで、
CMやモジュラー形式からラマヌジャン型の 1/π 級数を作ること自体は既知の数学です。
今回そこを新しいと主張しているわけではありません。
むしろ面白かったのは、
最初からモジュラー理論を仮定したのではなく、17本の公式を「どうすれば圧縮できるか」と上流へたどっていった結果、既知のモジュラー構造へ到達した
ことでした。
「公式を証明する」から「公式を復元する」へ
今回の研究で一番やりたかったのは、たぶんここです。
数学では普通、
「この公式は正しいか?」
を問います。
でも別の問いもあります。
「この公式を忘れてしまっても、周囲の構造からもう一度作れるか?」
です。
もし作れるなら、その公式は本当の意味では独立した情報ではありません。
もっと上流にある少数の法則の「影」のようなものだと考えられます。
今回、少なくともラマヌジャンの17本の 1/π 級数について、
一つの種類を丸ごと隠しても、残りから上流構造を復元できる
こと、
さらに
隠した公式の最初の4項から、その公式全体を代数的に復元できる
ことを示しました。
僕が最近ずっと考えている「持ち上げて、消す」という方法
最近の研究で繰り返し使っている考え方があります。
変数や公式が多すぎると感じたら、そのまま頑張って計算するのではなく、
一度もっと上流の対象へ持ち上げる。
級数なら漸化式へ。
漸化式なら母関数へ。
母関数なら微分方程式へ。
微分方程式なら演算子へ。
さらに必要ならperiodや代数的構造へ。
すると、下流では別々に見えていたものが、上流では同じ対象の異なる特殊化だった、ということがあります。
今回の研究では、
17本の公式
↓
少数の超幾何kernel
↓
演算子族
↓
2階微分方程式
↓
period
↓
CM・二次形式
という形で、かなり上流まで登ることができました。
登るたびに、変数や個別公式が少しずつ「消えて」いきます。
ラマヌジャンの公式を覚えなくてもいい世界
もちろん、これは「ラマヌジャンの公式を全部自動発見できるようになった」という話ではありません。
今回証明した有限同定定理にも、対象とするモデルクラスがあります。
また、holdout実験も完全にメタデータを知らない探索ではなく、「同じfiberに属する2本をまとめて隠す」という設計です。
そこは論文でも明確に区別しています。
それでも、
公式そのものを知識として保存するのではなく、公式を再生成できる上流構造を保存する
という方向は、かなり面白いと思っています。
少なくとも今回、
「17本を17本のまま覚える必要はない」
ところまでは来ました。
そして、隠しても戻ってきます。
個人的には、この「忘れても復元できる」という性質がとても気に入っています。
論文
Inverse Structural Reconstruction of Ramanujan’s 1/π Series: Whole-Fiber Holdout and Finite-Prefix Identifiability
興味があれば、数式の細部やexact symbolic verificationも論文側にまとめています。
#数学 #ラマヌジャン #Ramanujan #数論 #超幾何級数 #モジュラー形式 #特殊関数 #微分方程式 #数学研究 #研究 #論文 #Zenodo
いいなと思ったら応援しよう!
このNoteの記事は、基本的に全て無料で公開していく予定です。それでももし、僕の活動に共感して応援したいと思ったら、ささやかなチップでも次の『表現』への大きな支えになります。