組織の流体力学 #4|組織の壊死を防ぐ「強制対流」 ─ 効率を捨ててでも、かき混ぜる理由
「今のメンバーが、一番やりやすいんです」
「あうんの呼吸で回っているので、異動させないでください」
人事異動の季節になると、現場のマネージャーから必ずこのような嘆願が届きます。
その気持ちは、痛いほどよくわかります。
苦労して育て上げ、性格も知り尽くし、言わなくても通じる関係性を築いたチーム。
そこから人を抜いたり、異物を入れたりすることは、短期的には「生産性の低下」しか招きません。
引き継ぎのコスト、慣れない人間関係のストレス、ミスの発生。
現場にとって、異動は「災害」のように映るかもしれません。
しかし、それでもなお、私たちは水をかき混ぜ続けなければなりません。
なぜなら、物理学には「エントロピー増大の法則」という、抗いようのないルールが存在するからです。
今日は、あえて効率を下げてでも、組織の中に「摩擦」を起こさなければならない理由についてお話しします。
「あうんの呼吸」という名の窒息
日本企業において、「あうんの呼吸」はチームワークの到達点だとされています。
言葉にしなくても伝わる。目配せ一つで動ける。
確かに、それは居心地が良く、業務スピードも速いでしょう。
しかし、流体力学の視点で見ると、それは危険な兆候です。
水が完全に静止し、外部との出入りがなくなった状態。
つまり、「閉鎖系」になったことを意味します。
閉じた部屋の窓を何日も開けずにいると、空気はどうなるでしょうか。
中の人は慣れて気づきませんが、外から入ってきた人は「空気が悪い」と顔をしかめるはずです。
組織も同じです。
同じメンバーで長く固定されると、そこには「独自のルール」「暗黙の了解」「村の常識」という名のカビが生え始めます。
「昔からこうだから」という理由なき手順が温存され、外部からの問いかけ(なぜやるの?)を拒絶するようになる。
あうんの呼吸とは、裏を返せば「言語化の放棄」であり、それは組織がゆっくりと窒息していくプロセスなのです。
「5年」でスキルは半減し、組織は腐る
ここで、残酷な時間の目安をお伝えします。
「5年」です。
これは、現代における「スキルの半減期」であると同時に、人が同じ場所に留まった時に発生する「タコツボ化(サイロ化)」の限界点でもあります。
ある部署に5年以上同じメンバーが居座ると、その部署は「最適化」されすぎます。
業務は属人化し、その人にしか回せないブラックボックスが増え、外部からの干渉を受け付けなくなります。
これを放置すると、組織の一部が血流を失い、壊死(えし)します。
一度壊死した組織を治療するのは、外科手術(リストラや解体)のような痛みを伴います。
だからこそ、まだ健康なうちに、予防医学としての「強制対流(ローテーション)」が必要なのです。
お風呂を沸かす時、上の方だけ熱くて、底が冷たい経験はないでしょうか。
組織も放っておくと、熱い人(変革層)と冷たい人(安定層)が分離し、温度差が固定されます。
手を入れてかき混ぜる行為は、一時的に波風を立てますが、全体を適温に保つためには不可欠なメンテナンスなのです。
異動とは「摩擦熱」を起こす医療行為
新しい人が入ってくる。
それは現場にとって「異物」の混入です。
「やり方が違う」「イチから説明しないといけない」「空気が読めない」
現場からは不満の声が上がるでしょう。
しかし、業務設計者の視点では、この「面倒くささ」こそが最大の価値です。
新入りが「なぜ、この作業が必要なんですか?」と無邪気に問う。
古参メンバーが「えっと、それは……」と言葉に詰まる。
この瞬間に発生する「摩擦熱」こそが、凝り固まった血管(形骸化した業務)を焼き切ってくれるのです。
説明するためにマニュアルを整備する。
納得してもらうためにロジックを見直す。
この「翻訳」のプロセスが、組織の言語能力を取り戻させます。
異動によって一時的に効率が落ちるのは、コストではありません。
組織が腐敗せずに生き延びるために支払うべき、「生存税」なのです。
嫌われる勇気を持って、窓を開ける
マネージャーの皆さん。
「いいチームだから、このままにしておきたい」というのは、優しさではなく、緩慢な殺意かもしれません。
メンバーを愛するならば、彼らを一箇所に留めて「井の中の蛙(茹でガエル)」にしてはいけません。
外の風に当て、違う景色を見せ、摩擦の中で研磨する機会を与えること。
「鬼だ」と言われても構いません。
定期的に窓を開け放ち、強引に風を通してください。
吹き込んだ風が書類を散らかし、メンバーが「寒い」と文句を言ったとしても。
その風こそが、組織が生きている証なのですから。
ここまで、離職(蒸発)、静かな退職(沈殿)、異動(対流)という3つの現象を見てきました。
組織を「川」として捉えると、痛みだと思っていたものの正体が、「流れ」の一部であることが見えてきたはずです。
では、最終回。
私たちマネージャーは、明日からどう振る舞えばいいのでしょうか。
城主としての剣を置き、治水技師としてのスコップを持つ時が来ました。
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業務設計者からの案内板
この記事は「組織の流体力学」シリーズの第4話です。
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