#問いの設計|並びがしくみの思想をつくる
はじめに:同時に進めるほど、進まなくなる
DXという言葉が日常に溶け込むにつれ、組織の中では複数のプロジェクトが同時並行で走りはじめます。
現場のペーパーレス化、新しいSaaSの導入、データ分析基盤の構築、そして生成AIの活用。 どれもが「現場を良くしたい」「会社を前に進めたい」という純粋な思いからスタートしているはずです。 しかし、気づけば各所でリソースが分散し、現場は新しいツールの操作に追われ、プロジェクトそのものがどこか中途半端なまま停滞してしまう。 そんな光景を、多くの職場で見かけるようになりました。
なぜ、私たちは良かれと思って始めたはずの取り組みで、自らの首を絞めてしまうのでしょうか。 それは決して、現場のスキルが足りないからでも、推進者の熱意が足りないからでもありません。 多くの場合、「優先順位」と「連携の構想」という、しくみの土台となる設計が曖昧なまま、見切り発車で動いてしまう構造に原因があります。
並行構築の落とし穴
課題を見つけたら、すぐに解決策を実行する。 プロジェクトを複数立ち上げて同時並行で進めること自体は、決して悪いことではありません。むしろ、変化の激しい時代においては、機動力のある組織ほど多くのテーマを同時に扱う傾向があります。
ただ問題なのは、「先に整えておくべきこと」と「後から乗せるべきこと」の見極めが曖昧なまま、それぞれの現場が個別最適で走り出してしまうことです。
少し具体的な事例を覗いてみましょう。 ある部署が、紙の申請書をなくすために便利なクラウドのワークフローシステムを導入したとします。現場からは「ハンコをもらうために出社しなくて済む」と喜ばれるでしょう。 しかし、その裏側で、全社の基盤となる「人事マスタ」や「役職者の権限データ」が統一されないままシステムを動かし始めていたらどうなるでしょうか。
春の人事異動のたびに、システム管理者は古いExcelの組織図を見ながら、新しいワークフローシステムに手作業でユーザーを登録し、承認ルートを一つひとつ設定し直さなければならなくなります。 さらに隣の部署が別のSaaSを導入すれば、そこでもまた同じような手作業のアカウント管理が発生します。
現場の入力作業は確かに楽になりました。 しかしそれは、現場が抱えていた負担を、システム管理者やバックオフィス部門の「見えない手作業」へと付け替えたに過ぎません。 こうした「工数の付け替え」は、DXの現場で非常に高い頻度で発生する現象です。
しくみを動かすためには、必ずその土台となる基盤が必要です。 共通のデータマスタや権限のルールといった、目には見えない裏側の整地を怠ると、いくら表層的なツールを並べても、運用という名の摩擦熱で組織はすぐに疲弊してしまいます。
「共用できる基盤」から始める
だからこそ、私たちが最初に取り組むべきは「共用できる基盤」の設計です。
データの持ち方を揃える。システム間の認証を統一する。情報の流れのルールを決める。 これらは、画面の見た目が劇的に変わるわけでもなく、すぐに売上が上がるわけでもない、非常に地味で泥臭い作業です。 「そんな裏側の話より、早く現場にツールを入れて楽にしてくれ」という声が上がるのも無理はありません。
しかし、この地味な基盤こそが、これから芽吹くすべてのプロジェクトを支える「根」になります。
人事システムとワークフローの間を、手作業ではなくデータで埋める仕組みを早期に構築しておく。 その根がしっかりと張られていれば、後から経費精算システムを追加しようが、AIの分析基盤を接続しようが、再設計の苦労をすることなくスムーズに連携させることができます。
バラバラに導入されたツール群が、共通の基盤というハブを通じてつながり始めたとき。 その瞬間、それまで個別最適の足し算でしかなかった業務改善が、全体最適の面として掛け算で広がり始めるのです。
優先順位とは「順番」ではなく「構想」
とはいえ、裏側の基盤整備ばかりに時間をかけていては、現場の熱は冷めてしまいます。 実際の組織においては、土台作りと目に見える改善を、どうバランスさせて並行して走らせるかが問われます。
すべてを一つずつ順番に終わらせていく必要はありません。 「この領域は、後々のためにデータ基盤の確立を優先してじっくり進める」 「一方でこちらの領域は、まずは現場の痛みを和らげるために、プロトタイプとして先行的にツールを導入し、後から基盤に接続する」
このような、全体を見渡した上での伴走構築の設計が効果的です。
優先順位をつけるということは、単に「どれを1番にやって、どれを2番にやるか」という直線的な順番を決めることではありません。 「あの基盤が整うのを見計らって、このシステムを動かし始める」というように、複数の点の配置と、それらがつながるタイミングを立体的にデザインすること。 つまり、優先順位とは「構想」そのものなのです。
DXとは、プロジェクトという箱をただ直線に並べる作業ではありません。 点と点をどの位置に置き、どういう順番で結べば、組織全体に最もスムーズに血液が巡るのか。その有機的なつながりを考える、高度な設計の仕事なのです。
結び:全体を動かす構想力
複数のプロジェクトを同時に抱え、現場からも経営からも結果を求められるとき。 「まずはこれだけに集中しよう」「一つずつ終わらせよう」と口にするのは簡単です。 しかし、現実の組織はそう単純には止まってくれません。
だからこそ私たちには、全体を俯瞰しながら、部分を動かしていく構想力が求められます。 「なぜ今、この地味な基盤をやっているのか」「これが整えば、次に何がつながるのか」 その順序の意図が言語化され、関係者に共有されたとき。 現場の納得感は高まり、滞っていたリソースは再び滑らかに流れ始めます。
あなたの組織では、いま同時に走っている複数のプロジェクトの「地図」を描けているでしょうか。
どこが組織を支える根であり、どこが空に向かって伸びる枝なのか。 その並びとつながりを、設計者としての思想を持って言葉にできた瞬間。 私たちの仕事は、単なる「プロジェクトの管理」から、生きた「しくみの設計」へと変わりはじめるのです。
思考を深めるための処方箋
なぜ、私たちは焦ってバラバラにツールを入れてしまうのか。そして、その裏側にある「つながり」をどう設計すればいいのか。 現象の奥にある構造を覗き込み、視座を切り替えるための記事をいくつか置いておきます。
■ そもそも、なぜ私たちの仕事はズレていくのかを知りたい方へ ツールやプロジェクトが乱立し、目的が迷子になってしまう構造的な理由。私たちが無意識にかけている「問いのメガネ」の違いについて深く潜ります。
なぜ話は通じているのに、仕事はズレていくのか─ マネジメントやDXが空回りする本当の理由
■ 目の前の課題解決に飛びつく前に、一呼吸おきたい方へ 早く正解を出そうと焦るあまり、私たちは「地図」のない場所で立ち尽くしてしまいます。不確実な状況下での、思考の置き所について。
不確実性の航海術 #1|3時間の迷走 ─ なぜ、私たちは「地図」のない場所で立ち尽くすのか
■ バラバラなシステムをどうつなげばいいか、構造のヒントを探している方へ すべてを完璧に統合するのではなく、現実的な「ハブ」を中心にして、少しずつ拡張していくための具体的な設計論です。
#しくみのスキマ |ハブとスポークでしくみを動かす
■ 「見えない基盤整備」の価値を、社内でどう言葉にするか悩む方へ 目に見える改善の裏で、しくみを描き、現場の言葉をシステムの言葉へ翻訳する「業務設計者」という立ち位置そのものについて。
#業務設計者論|改善の裏にしくみを描く力
