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『レゼ篇』番外編:レゼとギギ ふたつの声が導いた原型──魔女キルケ―と「いき」の構造

序章 ふたつの「声」から(レゼ→ギギ→魔女キルケーへ)

ふたつの声、「レゼ」と「ギギ」。

先日、劇場版『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を見ました。劇場へ足を運ぶつもりはなかったのですが、ヒロインのギギの声が劇場版『チェーンソーマン レゼ篇』のレゼと同じ声優(上田麗奈)だと知って、ふたつの声が同じ理由が気になったのです。

その流れで「キルケーの魔女」という言葉が気になり、ギリシャ神話の「魔女キルケー」を調べました。すると彼女は、英雄を誘惑し、知恵を授けて次の局面へ導き、最終的に同行しないというのです。この三つの形が、レゼの位置づけや、ギギの役割と重なって見えました。

そして、この「三つの形」を眺めているうちに、以前から読んでいた九鬼周造『「いき」の構造』が戻ってきました。九鬼は「いき」を「媚態・意気地・諦め」という三要素で捉えます。

魔女キルケーの「誘惑・導き・非所属(非同行)」は、その三要素とどこかで響き合っているように思えます。

ふたつの声は、ひとつの声優の声によって結ばれていました。そこから始まった連想が、神話の原型へ、さらに別の言葉の枠組みへとつながりました。同じ声が、別の物語でも似た輪郭を立ち上げる。その「残り香」を、型として確かめたくなりました。

一章 魔女キルケーの基本構造:誘惑・導き・非所属

ギリシャ神話の魔女キルケーには、物語の上で反復されやすい三つの特徴があります。それは「誘惑・導き・非所属」の三点です。

『オデュッセイア』で彼女は、美貌と歌声で旅人を引き寄せ、部下たちを豚に変えます。ですが英雄オデュッセウスは、ヘルメスから授かった薬草モーリー(白い花)によって彼女の魔術に抗い、仲間の変身を解かせます。

その後、二人は一年を共に過ごします。しかし結末は、関係が島に落ち着くこと(=定着)にはつながりません。キルケーは島に残り、彼に冥界行きの助言を与えて次の局面へ送り出すのです。

要するにキルケーは、関係を起動させ(誘惑)、知恵で局面を転換させ(導き)、そして最後には同行しません(非所属)。この「三つの形」が、キルケー像の核として立ち上がってきます。

二章 「いき」の構造:媚態・意気地・諦め=回収不能性

九鬼周造の『「いき」の構造』(1930年)は、江戸時代の遊里(遊郭)文化に根差した「いき」という感覚を分析したものです。

九鬼は「いき」を媚態・意気地・諦めの三要素として捉え、これらが統合されて「いき」として現れると考えます。ここではこの三要素を、物語を読むための「道具」として使います。(注1)

一つ目の媚態は、相手を引き寄せながら距離を保つ魅惑の働きです。物語的には、関係を起動させる引力として作用します。

二つ目の意気地は、強さや反抗、毅然さとして現れ、相手の立ち位置を動かします。物語的には、教えや導き、局面転換の力として作用します。

三つ目の諦めは、執着から一歩退く態度であり、結末でどこにも回収されない終わり方を引き受けます。物語的には、結末が回収不能性(回収されない/落ち着き先がない)として現れるときの感触になります。

「諦め」は、世界が人を所属へ回収する力に対する、最後の抵抗として機能するのです。

三章 レゼはなぜ去るのか:白い花→赤い花→それでも届かない

(1)誘惑と導き:白い花で始まり、関係が動く

デンジとレゼは白い花をきっかけに出会い、コーヒーや勉強、泳ぎ方といった「贈り合い」を重ねていきます。関係の初動を作るのは、レゼの容姿・声・視線が持つ誘惑としての引力(媚態)です。

ただレゼは、惚れられるだけの存在ではありません。「教える」こと(泳ぎ方から、戦い方や立ち位置の問いかけまで)によってデンジの位置を動かし、局面を転換させます。ここに導きとしての力(意気地)があります。

(2)合理と反転:いったん去り、赤い花で戻る

マキマの支配を察知した時点で、共同逃走は成立しません。夏祭りの夜の提案は引っ込められ、レゼは合理的な判断として一人去ろうとします。

ところが赤い花が、白い花から始まった時間を呼び戻します。合理性は崩れ、レゼはデンジのもとへ向かうのです。いったん閉じたはずの関係が、ここで「戻り」として立ち上がります。

(3)遮断:それでも戻れない(回収不能性へ)

しかし、その「戻り」はマキマに遮断されます。再会も逃走も、学校に行く夢も、結末の回収は阻止されるのです。

ここで「去り」は、意思や気持ちの問題というより、関係が回収不能性(回収されない/落ち着き先がない)へ押し出されて終わる。という結末のかたちとして見えてきます。

四章 ギギは何を照らすか:幸運と予知=局面転換の力

翻って『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』におけるギギの場所を見てみましょう。ギギは伯爵の愛人として地球に先行し、彼が羽を休めるための高級ホテルを改修します。ここだけ見ても、彼女が「癒し」と「現実的な改変」の二つの力を持つことがわかります。

さらに移動の過程の「予言」によって、ハサウェイにマフティの偽物を討伐させ、ケネス大佐とキルケー部隊の危機を救い、彼らが捜していたマフティ本人=ハサウェイにまで肉薄させます。ギギは教壇には立たちませんが、確実に状況を動かし、周囲を「気づかせる」存在です。

彼女の力は、その美貌と誘惑的な媚態だけではなく、「意気地」を「教育」から「局面転換の知恵」へと拡張する点にあります。

ですが、その立場は固定されません。伯爵のための巣からも、ケネスが求める「幸運の女神」としての場所からも離れ、この劇場作品ではマフティ=ハサウェイのもとへ身をゆだねます。次回最終作では、そこからも離れていくのでしょう。ギギという少女の、どちらにも完全には属さない位置。それは、型として「諦め」——その帰結としての「非所属」が透けて見えてきます。

五章 魔女キルケーという「型」

魔女キルケーが与えるのは「原因」ではなく、物語が反復しうるひとつの「型」です。すなわち、英雄を引き寄せる誘惑、次の局面へ押し出す導き、そして最後に所属しないという三つのかたちです。

この型は九鬼の「媚態・意気地・諦め」とも響き合います。とりわけ最後の「非所属(諦め)」は、感情の問題というより、結末が回収不能性(回収されない/落ち着き先がない)として現れるときに見えてきます。

ここでレゼとギギを、同じ型の別の出方として並べます。
ひとつの声が、別の物語でも同じ輪郭を呼び出してしまう——その感触もまた、この並置を後押ししています。

レゼは、目線や笑顔の魅力で人を惹きつけつつ、白い花で関係が起動し、赤い花で「戻り」が生まれます。けれどその「戻り」は遮断され、落ち着き先が閉じられます。

ギギは、美貌や存在感で人を惹きつけつつ、状況を動かし人を導く側にいながら、どの陣営にも固定されません。誰かの「所属」として回収されず、宙づりの位置を保ちます。

細部は違うのに輪郭が似るのは、この三つのかたちが、別の作品でも繰り返し立ち上がってくるからだと思います。

「キルケ―神話」と「いきの構造」(対応表)

6章 「去り」の意味(回収不能性=回収されない/落ち着き先がない)

赤い花でレゼは戻ろうとします。でも遮断される。――ここで、結末の形としての回収不能性(回収されない/落ち着き先がない)がはっきり見えます。

「レゼはなぜ去るのか?」という問いは、恋愛の悲劇というより、結末が関係を定着へ回収しない(回収されない/落ち着き先がない)という構造の問題へと転じます。

キルケーの「同行しない」は、ただの別れではありません。物語を次へ押し出したあとで、最後には落ち着き先にならない、という形で繰り返されます。九鬼の言う「諦め」も、ここでは同じ感触として読めます。

そしてこれは、「気持ちが足りないから終わる」という話ではありません。むしろ、気持ちがあるからこそ「回収されない」結末がいっそう残酷に見えてきます。

九鬼の言葉を借りれば、「諦め」は、世界が人を「所属」へ回収する力に対して、最終的に距離をとる身振りとして読めます。

だからこそレゼの「届かなさ」は、心理の不足ではなく、物語の構造そのものに属します。「去り」は出来事ではなく、「かたち」が要請する終わり方だったのです。(了)

まとめ(note用)

レゼの「去り」は、関係が「落ち着く場所」に着地しないこと(=回収不能性)として読めます。おそらくギギも同じような関係へと帰着する可能性があります。

その終わり方は、作者の意図に関わらず、神話のキルケーが持つ「誘惑・導き・非所属」という古い「かたち」として読めます。

さらに九鬼周造の「いき」(媚態・意気地・諦め)で読み直すと、レゼ/ギギの輪郭が同じかたちで見えてくきます。両者の存在を同書で読み直すと味わい深いものです。

レゼとギギの二人の声が同じ声優(上田麗奈)によって演じられたのは、彼女の声が「魔女キルケー」の持つイメージに近しい表現の幅を持ちえていたからではないでしょうか。

注1:九鬼「いき」の借用について
九鬼の「いき」は本来、遊里文化に根差す歴史的分析であり、本稿の対応表は厳密な定義の同定ではありません。ここでは「媚態・意気地・諦め」を、関係の起動/局面転換/非定着という物語上の力学に照らして、輪郭が響き合う部分を抽出しました。

お読みいただき、ありがとうございました。

『レゼ篇』論の番外編として、今回は『閃光のハサウェイ』に登場願いました。両者は声優の共通点だけでなく、ギリシャ神話の骨格を通じても、「いきの構造」として見ても、通底していることが見えてきました。

次回は、別の過去の作品に寄り道した番外編を考えています。お楽しみに。


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