犯人探しは探偵の仕事です〜宇宙兄弟が教えてくれた、チームが壊れる瞬間〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、『宇宙兄弟』が完結しました。
2007年の連載開始から18年半。全46巻、累計3500万部。私にとっては、『SLAM DUNK』や『進撃の巨人』と並ぶ、本棚の特等席を占める作品です。
最終巻を読み終えたあと、しばらくソファから動けませんでした。
妻に「なんか顔が変やで」と言われました。
たぶん、変だったと思います。
ただ、今日書きたいのは、あの感動的なラストの話ではありません。
むしろ物語の序盤に出てくる、地味で、そして恐ろしくリアルな「試験」の話です。
🚀 ハコの中で、時計が壊された
宇宙飛行士選抜試験の第3次審査。
残った候補者たちが班に分かれ、外界と遮断された閉鎖環境で共同生活を送ります。
そこで彼らに与えられるのは、白いジグソーパズルを組み立てる、月面基地の模型をつくる、といった課題の連続です。
さらにJAXAは、こっそり仕掛けを埋め込みます。
メンバーの中の何人かに、密かに「妨害指令」が渡されるのです。
深夜にアラームを鳴らす。
時計を壊す。
誰がやったかは、誰も知りません。
よく考えられた設計だと思います。
トラブルそのものを見ているのではなく、トラブルが起きたときに、人がどう振る舞うかを見ている。
宇宙という逃げ場のない場所では、能力よりもそちらのほうが命に直結するからです。
さあ、ここからが本題です。
ある班では、一人のメンバーがこう主張しました。
犯人を割り出すことこそが解決策だ、と。
別のメンバーが「アラームをどう止めるかを考えよう」と提案しても、彼は譲りません。
時計が壊されたあとも、一貫して犯人を追い続けます。
そして、班の空気は目に見えて悪くなっていきました。
一方、主人公・南波六太のいる班でも、犯人探しが始まりかけます。
「正直に言えや」と詰め寄るメンバーがいて、疑われた人が黙り込む。
あの、会議室でもよく見る沈黙です。
そのとき六太が、話の流れをすっと横にずらしました。
犯人探しは探偵の仕事です。
僕たちは宇宙飛行士になるためにここにいる。
だから宇宙の話をしよう、と。
私はこの場面を読んだとき、正直、ゾッとしました。
自分が過去にやってきた会議は、どちらだっただろうか。
💥 「揉めていい揉め方」と「揉めてはいけない揉め方」
チームの対立には、まったく性質の違う2種類があります。
💡ちょこっと理論紹介💡
⚔️ タスク葛藤と関係葛藤(キャレン・ジェーン)
組織行動論の研究者キャレン・ジェーンは、チーム内の対立を2つに分けました。
ひとつはタスク葛藤。「この進め方でいいのか」「数字の読み方が違うのでは」といった、仕事の中身をめぐる対立です。これは適度にあったほうが、意思決定の質が上がることがわかっています。
もうひとつが関係葛藤。「あいつはやる気がない」「誰のせいでこうなった」といった、人格や感情をめぐる対立です。こちらはほぼ例外なく、チームの成果と満足度を下げます。
やっかいなのは、タスク葛藤は放っておくと関係葛藤に化けるということ。「この見積もりは甘い」が、いつのまにか「あいつの見積もりは信用できない」に変わる。境界線は、驚くほど薄いのです。
先ほどの閉鎖環境試験に当てはめると、こうなります。
🔔 「アラームをどう止めるか」=タスク葛藤
🕵️ 「アラームを鳴らしたのは誰か」=関係葛藤
同じ「揉める」でも、前者はチームを前に進め、後者はチームを内側に食い込ませます。
困ったことに、当事者の主観ではどちらも「真剣に議論している」んですよね。
犯人探しに固執した彼は、頭が悪かったわけではありません。
むしろ学業も行動力も抜群の、いわゆる優秀な人でした。
優秀だからこそ、原因を特定して一発で片づけようとした。
その気持ちは、痛いほどわかります。
私も新人マネージャーだった頃、トラブルが起きるとまず「誰が最初にボールを落としたのか」を確かめにいっていました。
犯人がわかれば再発は防げる、と本気で思っていたのです。
でも、実際に起きたのは何だったか。
メンバーが、報告を遅らせるようになりました。
ミスを言い出すと犯人になるのだから、当然です。
私が手にしたのは再発防止ではなく、問題が見えなくなった静かな職場でした。
🏕️ 泥棒同士だった少年たちが、なぜ手を組んだのか
では、いったん関係葛藤に火がついてしまったチームは、どうすれば戻れるのか。
ここで、心理学史に残る有名な実験を紹介させてください。
1954年、アメリカ・オクラホマ州のロバーズ・ケーブ州立公園。
社会心理学者ムザファー・シェリフは、11歳前後の少年22人をサマーキャンプに招きました。
少年たちは事前に何も知らされていません。
シェリフはまず、彼らを2つのグループに分け、別々の場所で生活させました。
それぞれ「イーグルス」「ラトラーズ」と名乗り、仲間意識が育ちます。
次に、シェリフは2グループを対抗戦で引き合わせました。
野球、綱引き、宝探し。
勝者には賞品が出る、完全なゼロサム勝負です。
結果は、大人が驚くほど激烈でした。
相手の旗を焼く。
夜中に相手の宿舎を襲撃する。
食堂で罵り合う。
ほんの数日前まで、ただの見知らぬ小学生同士だったのに、です。
ここでシェリフは、和解のために食事会を開きました。
仲良く食べれば打ち解けるだろう、という発想です。
これは、完全に失敗しました。
食堂は、生ゴミの投げ合いの場になっただけでした。
では、どうしたか。
シェリフは、キャンプ場の給水設備を「故障」させました。
全員が水を飲めなくなる事態を、意図的につくったのです。
さらに、食料を運ぶトラックが泥にはまって動かなくなる、という状況も仕込みました。
トラックを引き上げるには、22人全員の力が要ります。
すると少年たちは、自然に手を組み始めました。
キャンプ最終日、彼らは帰りのバスに、グループ関係なく一緒に乗ることを自ら望んだそうです。
💡ちょこっと理論紹介💡
🎯 上位目標(ムザファー・シェリフ)
対立する集団を統合するには、どちらか一方の力だけでは達成できない、両者に共通する目標を置くのが有効である。シェリフはこれを「上位目標」と呼びました。
ポイントは、説得でも仲裁でもないということです。「仲良くしなさい」と言っても、食事の場を用意しても、対立は消えませんでした。消えたのは、全員で見上げる先ができたときでした。
六太の「宇宙の話をしよう」は、まさにこれです。犯人という下向きの焦点を、宇宙という上向きの焦点にすり替えた。理屈で説得したのではなく、視線の高さを変えたのです。
🛰️ 520日間、閉じ込められた6人に起きたこと
もうひとつ、興味深い実験があります。
Mars-500。
ロシア、欧州宇宙機関、中国が共同で行った、火星往復を想定した地上シミュレーションです。
6人の男性が、動かない模擬宇宙船の中で520日間を過ごしました。
この実験で観察されたのは、劇的な喧嘩や崩壊ではありませんでした。
報告されたのは、活動量の慢性的な低下と、睡眠リズムのずれです。
ある研究では、正常な睡眠を保てたのは6人中2人だけ。
1人は約25時間周期にずれ込み、他のメンバーが起きている時間に眠るようになっていきました。
つまり、閉じた環境で人は、静かに、動かなくなる。
ドラマチックな決裂よりも先に、じわじわとした無気力が来る、ということです。
これは怠けているのではなく、環境がそうさせているのです。
在宅勤務が長い方。
長期プロジェクトで同じ顔ぶれが続いている方。
もし最近、チームの反応が鈍いと感じているなら、それは誰かのやる気の問題ではないかもしれません。
外の光と、上位の目標。
この2つが切れると、人は同じ場所で少しずつバラバラになります。
✍️ 今日から使える、たったひとつの準備
研修でグループワークをしていると、たまに空気が濁る瞬間があります。
時間内に成果物ができあがらない。
誰かが、
「さっきの脱線がまずかったんじゃないですか」
と言う。
全員の視線が、一人に集まる。
そういうとき、私はだいたいこう言います。
「ちょっと確認させてください。このワークって、そもそも何のためにやってましたっけ?」
これは私のオリジナルではありません。
六太のやり方を、そのまま真似ているだけです。
犯人探しをやめさせるには、やめろと言ってはいけないというのが厄介なところです。
「犯人探しはやめましょう」と言った瞬間、それは犯人探しをしている人への非難になり、新しい関係葛藤が生まれます。
必要なのは、否定ではなく、上を指さすこと。
そのためには、あらかじめ「うちのチームにとっての宇宙の話」を一つ、言葉にして持っておく必要があります。
慌ててから探しても、たいてい見つかりません。
📌 このプロジェクトは、最終的に誰の何を良くするためのものか
📌 半年後、どういう状態になっていたら成功と言えるのか
📌 いま揉めている論点は、その達成に本当に関係があるか
この3つを、会議の冒頭ではなく、揉めはじめた瞬間に取り出せるかどうか。
そこが分かれ目だと思っています。
面倒に見えて、これが一番効きます。
そして不思議なもので、上を指さされた人は、たいてい少しほっとした顔をします。
犯人を探していた本人も、本当は探したくなかったのだと思います。
『宇宙兄弟』が18年半かけて描き続けたのは、天才の物語ではありませんでした。
リーダーらしくない人が、上を指さし続けた物語。
完結してみて、改めてそう思います。
あなたのチームの「宇宙の話」は、なんでしょうか。
よかったら、スキやコメントで教えてください。
🎦音声/動画解説/スライド資料はこちら(NotebookLM)
🔗 こちらの過去記事もあわせてどうぞ。
組織を変えるには、全員を説得しなければならないのか。
今回の「犯人ではなく、チームを動かす力学を見る」という話にもつながるテーマです。
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