その報告書、誰かが読んでいると思いますか? 〜『要らない仕事』が職場に居座り続ける構造的理由〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、ある企業の課長研修でのこと。
グループディスカッションの時間に、一人の課長がぽつりとこう言いました。
「この月次報告書、たぶん誰も読んでないんですよね。でも、やめるって言い出せないんです」
その瞬間、グループの空気が変わりました。
「うちもそうです」
「それ、わかります……」
堰を切ったように、似たエピソードが次々と出てきたのです。
誰も読まない議事録。形骸化した朝礼のスピーチ当番。提出しても何のフィードバックもない週報。
みんな薄々「これ、要らないんじゃないか」と思っている。
でも、誰も「やめよう」とは言い出せない。

これ、あなたの職場にも思い当たる節、ありませんか?
今日は、リクルートワークス研究所の記事で東京大学講師の舟津昌平氏が語っていた「無意味な仕事が増殖する構造」について、考えてみたいと思います。
🏗️ なぜ「要らない仕事」は生まれるのか
舟津氏によれば、無意味な仕事の発生源は大きく二つ。
一つは、本当は必要な仕事なのに、本人が意味を見出せていないケース。
上司が「なぜこの業務が必要か」を説明すれば解決することもありますが、意味づけは人によって違うので、腹落ちしないこともある。
もう一つは、本当に意味がない仕事。
かつては必要だったけれど、時代や環境が変わって形骸化し、そのまま残っているパターンです。中身を読まれることのない書類の作成なんて、まさにこれですよね。
ここで厄介なのが、「じゃあやめればいいじゃん」と簡単にはいかないことです。
その理由を、舟津氏はこう説明しています。
ほとんどの組織では、先に「人」がいて、その人に仕事を与えなければならないという力学が働く。
自営業なら「今日の仕事終わった。帰ろう」で済みます。
でも会社では「終わったから帰っていいよ」とはなりにくい。
仕事が少ないときでも、「何か仕事を与えないと」という発想が生まれてしまう。
これが、要らない仕事を生み出す温床になっているのです。
💡ちょこっと理論紹介💡
⏳ パーキンソンの法則
「仕事は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」。
イギリスの歴史学者パーキンソンが1950年代に提唱した法則です。
彼が実例として挙げたのが大英帝国の海軍省。1914年から1928年にかけて軍艦数は3分の1に減ったのに、海軍省の職員数は78%も増加しました。
艦船が減っても、管理する人が管理する仕事を自ら作り出し、それを管理する人がさらに必要になる。
組織は放っておくと「仕事のための仕事」で自己増殖する。令和の日本企業にも、そのまま当てはまります。
🔒 なぜ誰も「やめよう」と言えないのか
さて、問題の核心はここからです。
意味がないと薄々気づいている。でも、やめられない。
なぜか?
舟津氏が指摘するのは、組織に張り巡らされた「相互監視」の構造です。
ほとんどの管理職は、上司でありながら部下。つまり、上の顔を見ている。
管理職に実質的な裁量がなければ、「この報告書、やめましょう」なんて判断はできません。
さらに組織が大きくなると、セクショナリズム(部門のタコツボ化)が生まれ、自分の小さなグループの外には口が出しにくくなる。
結局、「誰かに何か言われるかもしれない」という感覚に支配されて、リスクを取れなくなる。
「減点されないこと」が最優先になるので、言われたことをやっていれば少なくとも怒られない。
現状維持が一番安全。
……こうして、無意味な仕事は温存されていきます。
この構造、歴史を振り返ると恐ろしい事例があります。
1944年のインパール作戦。
作戦開始前から補給の困難さは明らかだったのに、「撤退を進言して責任を問われるリスク」への恐怖から、誰も中止を言い出せませんでした。
「やめる判断」にペナルティが伴い、「続ける判断」にはペナルティが伴わない。
結果、約3万人もの命が失われたのです。
規模は全然違いますが、構造は同じです。
「やめる」と言った人が損をする組織では、合理的に「続ける」が選択される。
職場の無意味な仕事も、誰かの怠慢で残っているのではない。
組織の力学が「やめさせない」ように働いている。
ここに気づくだけでも、見え方がだいぶ変わるのではないでしょうか。
🌿 処方箋は「管理しないこと」
では、組織として何ができるのか。
舟津氏の答えが面白いんです。
「管理しようとしないこと」
無意味な仕事は、野放しにした結果ではなく、何かを必死に管理しようとした結果として生まれている。
管理を強めるほど報告・監視・チェックが増え、それ自体が新たな「仕事」になる。
かつての日本企業には、「遊軍」のような存在がいたそうです。
公式な肩書きとは別に、部署を超えてふらふらと調整役を担う人。
こうした人たちが、組織の硬直化を防いでいた。
それを可能にしていたのは、「余白」です。
余白は効率が落ちるように見える。
でも、その余白がなければ、組織は自分自身を修正できなくなる。
この話で思い出すのが、本田宗一郎です。
ホンダには「ワイガヤ」という文化がありました。役職に関係なく、ワイワイガヤガヤと自由に議論する場。1970年代にCVCCエンジンが生まれたのも、トップの号令ではなく、若手・中堅エンジニアたちの自発的な挑戦からでした。
本田宗一郎自身は技術の人で、経営管理は藤沢武夫に任せていた。
しかしその藤沢も、現場を細かく管理するタイプではなかったと言われています。
「任せる」ことで現場に余白が生まれ、その余白から革新が生まれる。
これは言うほど簡単ではありません。舟津氏も「それなりの腹をくくってコストを払う覚悟がなければ実現できない」と述べています。
でも、管理を強めた先にあるのは、さらなる無意味な仕事の増殖です。
どこかで「管理しすぎない」という意思決定をする必要がある。
🧭 個人の生存戦略——仕事に「意味」を自分で加える
とはいえ、組織の構造を一人で変えるのは現実的ではありません。
では、個人にできることは何か。
舟津氏はこう言い切ります。
「仕事に対して自分自身で何か意味を加えていかないと、基本的に仕事は楽しくなりません」
仕事自体がそんなに意味に溢れているわけではない。
だからこそ、働く側が主体的に意味を見出していくしかない。
💡ちょこっと理論紹介💡
🎨 ジョブ・クラフティング(レズネスキー&ダットン)
労働者が自分の仕事のやり方、関わる人、仕事への認知を主体的に再定義することで、同じ仕事でも意味や満足度が大きく変わるという理論です。
有名な事例が、JR東日本の新幹線清掃チーム「テッセイ」。かつては離職率が高い3K職場でしたが、清掃を「7分間の新幹線劇場」と再定義したことで、世界中のメディアから注目される存在に。
仕事の中身は「車内を掃除する」のまま。変わったのは、働く人たちの「意味の枠組み」でした。
これ、すごく勇気をもらえる話だと思いませんか。
構造を変えられなくても、同じ仕事への「見方」を変えることはできる。
もちろん、無意味な仕事は構造的に存在しています。
個人の意識だけで全部が解決するとは思いません。
でも、舟津氏が指摘するように、「この仕事は意味がない」と言い切ってしまう態度が、結果として仕事から意味を奪ってしまっている可能性もある。
意味のある仕事を、無意味な仕事に変えてしまっているのは、自分自身の仕事への態度かもしれない。
この問いかけ、ちょっと耳が痛いですが、大事なことだと思います。
✏️ おわりに
研修をやっていると、「この仕事、何の意味があるんですか」という声をよく聞きます。
若手だけでなく、管理職からも。
その気持ちは痛いほどわかります。
私自身、会社員時代にはそういうことをたくさん思っていました。
目的のわからない会議、誰のためかわからない資料作成。正直、逃げ出したいと思ったことも一度や二度ではありません。
でも今、研修講師という立場で多くの企業を見ていて思うのは、無意味な仕事を生み出しているのは、人ではなく構造だということ。
そして構造は、一気には変わらないけれど、小さな問いかけから少しずつ動き出すということ。
「この業務、なんでこうなってるんだっけ?」
この一言を、今日、一つだけ口にしてみませんか。
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