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建築家として、時間と暮らしを記録する|新しいプロフィール

以前、自己紹介の記事を書きました。

その時から少し時間が経ち、このnoteで書いていることも、少しずつ変わってきました。

建築のこと。
日本と韓国の住まいのこと。
暮らしの中にある小さな違和感のこと。
設計の現場で感じてきたこと。
そして最近は、「時間建築論」という言葉を通して、建築と時間の関係について考えるようになりました。

書きたいことが増えた、というよりも、
長いあいだ自分の中にあったものが、少しずつ言葉になり始めた。
そんな感覚に近いかもしれません。

そこで、今の自分の活動に合わせて、あらためてプロフィールを書いてみようと思います。



日本生まれ、韓国在住の建築家として


福島県出身です。

日本で建築に関わり、その後、韓国に拠点を移して建築の仕事を続けてきました。
現在は韓国で、設計実務に携わりながら、日本と韓国の住まい、建築文化、暮らしの違いについて書いています。

建築の仕事は、図面を描くだけでは終わりません。

敷地を見ること。
光や風を読むこと。
人の暮らし方を想像すること。
制度や法規を確認すること。
そして、そこに住む人の時間を考えること。

そうした積み重ねの中に、建築の仕事があります。

私はこれまで、日本と韓国の両方の現場や暮らしを見ながら、住まいというものが、単なる建物ではなく、その土地の文化や価値観を映すものだと感じてきました。

同じ「家」でも、日本と韓国では考え方が違います。
玄関のあり方、収納の考え方、家事動線、冷蔵庫の数、バルコニーの使い方、家族が集まる場所。
ひとつひとつは小さな違いに見えても、その奥には暮らし方の構造があります。

このnoteでは、そうした違いを、建築家の視点から記録していきたいと思っています。


図面では描けないものを、言葉で描く


建築は、形や寸法だけでできているわけではありません。

光の入り方。
風の抜け方。
家族の声が届く距離。
夕方の廊下に落ちる影。
雨の日の玄関の匂い。
冬の朝、窓際に残る冷たさ。

そうしたものは、図面には描ききれません。

もちろん、図面は建築にとって欠かせないものです。
寸法、構造、仕上げ、納まり。
それらがなければ、建築は成立しません。

けれど実際の暮らしの中では、図面に描かれていないものが、空間の印象を大きく左右していることがあります。

なぜ、この場所は落ち着くのか。
なぜ、この部屋には長くいたくなるのか。
なぜ、この窓から見える景色に、ふと気持ちがゆるむのか。

そういう感覚を、私は大切にしたいと思っています。

図面では描けないものを、言葉で描く。
それが、このnoteで私がやってみたいことのひとつです。


このnoteで書いていること


このnoteでは、建築を専門的な話だけで終わらせず、暮らしの中から考えていきたいと思っています。

主に書いているテーマは、次のようなものです。

時間建築論


最近、私が特に大切にしているテーマが「時間建築論」です。

建築は、完成した瞬間にすべてが決まるものではありません。

朝の光。
昼の影。
夕方の気配。
季節の変化。
住む人の記憶。
素材の経年変化。

そうした時間の積み重なりの中で、空間は少しずつ意味を持っていきます。

私にとって設計とは、単に空間をつくることではなく、そこに流れる時間を考えることでもあります。

家は、完成した日に完成するのではなく、暮らしの中で少しずつ育っていく。
建築は、時間の中で完成していく。

そんな考え方を、私は「時間建築論」と呼んでいます。

これは、単なる理論というよりも、自分の経験の中から少しずつ見えてきたものです。
設計の現場で感じたこと。
子どもの頃に見た光や木の匂い。
日本での記憶。
韓国での暮らし。
そのすべてが、今の考え方につながっているのだと思います。


▶︎ 時間建築論の代表記事
「時間建築論」については、こちらの記事でも詳しく書いています。

▶︎ 時間建築論マガジン
関連記事は、こちらのマガジンにまとめています。



日本と韓国の住まい・建築文化


日本と韓国は近い国ですが、住まい方には大きな違いがあります。

韓国の住宅にある多用途室。
キムチ冷蔵庫の置き場。
バルコニーの使い方。
家族が集まるリビングの考え方。
アパート文化の強さ。
日本とは違う収納や家事動線の感覚。

一見すると小さな違いに見えるものの中に、その国の暮らし方や価値観が表れています。

私は韓国で暮らし、建築の仕事をしながら、何度もその違いに出会ってきました。

最初は単なる違和感だったものが、時間が経つにつれて、だんだん意味を持つようになっていく。
「なぜこうなっているのか」と考えていくと、そこには気候や制度、家族観、都市のつくられ方まで関わっていることがあります。

その違いを、単なる比較ではなく、暮らしの構造として見ていきたい。
そう思っています。


▶︎ 日韓住文化系の代表記事

▶︎ 日韓住文化系マガジン


建築家の設計メモ


設計の現場で考えていることを、もう少し実務に近い視点から記録するシリーズとして、「建築家の設計メモ」も始めました。

図面、納まり、素材、光、動線、外構、水盤、維持管理、行政との調整。

建築は、完成した姿だけを見ると美しく見えるかもしれません。けれど実際の設計では、その手前に多くの判断があります。

なぜこの寸法にするのか。
なぜこの納まりを選ぶのか。
なぜこの計画が難しくなるのか。
そして、制度や予算、使われ方の中で、どこまで建築として成立させられるのか。

そうした設計の裏側にある考え方を、できるだけわかりやすく書いていきます。

特に「建築家の設計メモ」では、設計実務に近い内容を扱うため、一部の記事を有料で公開していく予定です。

▶︎ 建築家の設計メモ マガジン
水盤、公共建築、外構、納まりなど、設計の現場で考えたことをまとめています。


建築家の休憩室


もうひとつ、少し軽やかなシリーズとして「建築家の休憩室」という記事も書いています。

これは、専門的な建築論というよりも、日常の中でふと気づいたことを、建築家の視点から考えてみる場所です。

冷蔵庫の置き場。
家事の動線。
多用途室。
窓の位置。
散歩中に見た街角。
映画や音楽の中に出てくる空間。

暮らしの中にある小さな違和感や発見を、少し立ち止まって見てみる。
そこに、意外と建築の本質が隠れていることがあります。

建築は、特別な建物だけのものではありません。
毎日の暮らしの中にも、十分に建築はあります。

▶︎ 建築家の休憩室マガジン
日常の小さな気づきは、「建築家の休憩室」シリーズとして書いています。



映画、音楽、料理、散歩から建築を考えること


私は、建築だけを見て建築を考えているわけではありません。

映画を見ているとき。
音楽を聴いているとき。
料理をしているとき。
散歩をしているとき。
ふと見上げた空や、街の明かりを見ているとき。

そうした日常の中にも、建築につながる感覚があります。

たとえば、映画の中の部屋には、登場人物の孤独や安心感が表れています。
音楽には、空間の余白に近いものがあります。
料理には、手順や待つ時間があります。
散歩には、街のスケールや風の通り道があります。

建築は、建築だけで閉じているものではありません。

暮らし、記憶、身体、時間。
そうしたものとつながりながら、建築は存在しているのだと思います。


有料記事とメンバーシップについて

このnoteでは、ときどき有料記事として公開している文章もあります。

特に、自分の中で長い時間をかけて溜めてきたもの。
ずっと疑問に思っていたこと。
経験の中で少しずつ育ってきたもの。
ある日ふと、その問いがほどけるように見えたもの。

そういう文章ほど、有料で公開することがあります。

それは、情報を閉じたいからではありません。
むしろ、本当はできるだけ多くの人に読んでほしいと思っています。

ただ、長い時間をかけて自分の中で育ってきた問いや、設計実務の中で少しずつ見えてきたことについては、簡単に流れていくものではなく、少し腰を据えて読んでいただきたいという思いもあります。

読んでほしい。
でも、軽く流されたくはない。
届けたい。
でも、ただ無料で置いておけばいいとも思えない。

そのあいだで、いつも少し迷っています。

ただ、ひとつだけははっきりしています。

無料であっても、有料であっても、書く姿勢は変えていません。
どの記事も、誠実に書いています。

軽い記事だから手を抜く、ということはありません。
有料だから急に飾る、ということでもありません。

無料の記事には無料の記事の役割があり、
有料の記事には有料の記事の深さがあります。

でも、どちらにも同じように、自分の時間と経験を入れています。

そして現在、このnoteではメンバーシップ「時間建築室」も始めています。

「時間建築室」は、通常の記事だけでは書ききれない建築の考察や、制作メモ、設計実務の裏側、時間建築論につながる補足的な文章などを、もう少し近い距離で共有するための場所です。

完成した記事だけではなく、考えている途中のこと。
まだ整理しきれていないけれど、大切だと思っている視点。
設計の中で感じた違和感。
記事になる前の小さなメモ。
そして、建築や暮らし、時間について、読者の方と静かに対話できるような場所。

そうしたものを、メンバーシップの中で少しずつ共有していきたいと思っています。

プラン名は「時間の読書席」です。

一杯のコーヒーを飲むように、少しだけ時間を分け合いながら、建築、空間、記憶、暮らしについて一緒に考えていく。
そんな場所にできたらと思っています。

時間建築論の有料記事を中心に、一部の設計メモや限定記事、制作ノートなども公開しています。

▶︎ メンバーシップ「時間建築室」

建築を、完成した建物としてだけでなく、光、音、記憶、動線、生活、風景の積み重ねとして考えてみたい方は、よろしければこちらも覗いてみてください。


AIの利用について


今の時代に文章を書くうえで、避けて通れないこともあります。

私も、少なからずAIを利用しています。

他の人がどのように使っているのかはわかりません。
けれど私の場合、最初の違和感や問い、書きたいと思う核になる部分は、自分の中から出てくるものです。

設計の現場で感じたこと。
韓国で暮らしながら見てきたこと。
日本との違いに戸惑ったこと。
ずっと言葉にできなかったこと。
長い時間、自分の中で温めてきたこと。

それらが先にあります。

AIは、それらを整理したり、構成を確認したり、表現の角度を変えたり、伝わり方を検証するために使うことがあります。

けれど、最終的に一字一句を確認し、違和感があれば直し、これは自分の言葉として出せるのかを判断するのは自分です。

便利だから使う。
でも、任せきるわけではない。

むしろAIを使うようになってから、自分が何を考えているのか、自分の言葉としてどこまで責任を持てるのかを、以前より強く意識するようになった気がします。

文章を書くことは、単に文字を並べることではありません。
自分の中にあった時間を、誰かが読める形にすることだと思っています。


書くことは、記録することでもある


最近、書きたいことが多すぎると感じています。

本当は、ひとつの記事を公開したら、少し時間を置きたい。
読んでくれた人が、その記事の中をゆっくり歩けるように。
こちらとしても、公開した記事がどのように届いたのか、少し眺めていたい。

けれど実際には、その間にも次のことを考えています。

韓国の住宅のこと。
日本の住まいとの違い。
設計の現場でずっと引っかかっていたこと。
映画や音楽からふと建築につながる感覚。
あるいは、散歩の途中で見た光や風のこと。

気づきというのは不思議で、あとで書こうと思うと、もう少し形が変わっていることがあります。
その瞬間には確かにあった温度が、時間が経つと少し冷めてしまう。

だから、忘れる前に書きたくなる。

すべてを完成した論考として出せるわけではありません。
長い記事になるものもあれば、短い気づきで終わるものもあります。
いつか別の記事につながる断片もあります。

でも、それらも含めて、私にとっては大切な記録です。

建築も、最初から完成形が見えているわけではありません。

スケッチがあり、メモがあり、違和感があり、ふとした気づきがあります。
それらが時間の中で少しずつつながって、ひとつの形になっていく。

書くことも、たぶん同じなのだと思います。

記事は完成品であると同時に、思考の途中でもある。
だからこそ、すべてを整えてから出すのではなく、時にはその途中の熱を残したまま出してもいいのかもしれません。


このnoteを、どんな場所にしたいか


このnoteは、建築を専門的に学ぶ人だけの場所ではありません。

住まいが好きな人。
暮らしについて考えるのが好きな人。
日本と韓国の違いに興味がある人。
空間や時間、光や風に少しでも心が動く人。
設計や建築の裏側に関心がある人。

そんな方に、ふと立ち寄ってもらえる場所になればうれしいです。

建築は、専門家だけのものではありません。

誰かが暮らし、迷い、選び、記憶していく場所。
そのすべてに、建築は関わっています。

だから私は、建築を少し開いて書いていきたいと思っています。

難しい専門用語だけではなく、日常の言葉で。
けれど、表面的な話だけではなく、できるだけ深く。
暮らしの中にある小さな違和感から、建築や文化の構造まで考えていきたい。

そんな場所として、このnoteを続けていきたいと思っています。

このnoteでは、公開記事として広く読んでいただく文章と、メンバーシップ「時間建築室」の中で、もう少し近い距離で共有する文章の両方を書いていきます。

公開記事では、建築や暮らしについて開かれた言葉で書く。
メンバーシップでは、考え途中のメモや、設計の中で感じたこと、時間建築論につながる補足的な話を、少し深く、少し静かに共有していく。

どちらも、私にとっては同じ建築の記録です。

建築や暮らしについて、静かに対話できるような場所。
このnote全体を、そんな場所として育てていきたいと思っています。


最後に


これからも、建築、暮らし、時間、そして日本と韓国の住文化について書いていきます。

ときには軽く。
ときには深く。
ときには個人的な記憶から。
ときには設計実務の視点から。

無料の記事も、有料の記事もあります。
短い記事も、長い記事もあります。

けれど、どの記事にも共通しているのは、できるだけ誠実に書きたいという思いです。

建築は、完成した瞬間だけで語れるものではありません。
人が暮らし、時間が流れ、記憶が重なって、少しずつ意味を持っていくものだと思っています。

このnoteで書く文章も、そうありたいと思っています。

読んでくださる方の暮らしや空間を見る目が、少しだけ変わる。
いつもの部屋や街角に、少し違う時間が見えてくる。

そんなきっかけになれたらうれしいです。

関心の近い方は、ぜひフォローしてお読みください。

また、もう少し深く、静かに建築や時間について共有する場所として、メンバーシップ「時間建築室」も開いています。

これからも、建築家として、時間と暮らしを記録していきます。

日韓建築・住宅・市場調査に関する相談記事も公開しており、note内の関連枠で複数回ご紹介いただいています。


はじめての方へ


このnoteでは、建築、暮らし、時間、そして日本と韓国の住文化について書いています。

はじめて読んでくださる方は、まずはこちらから読んでいただけるとうれしいです。

▶︎ 時間建築論の代表記事
「時間建築論」については、こちらの記事でも詳しく書いています。

▶︎ 時間建築論マガジン
関連記事は、こちらのマガジンにまとめています。

▶︎ 日韓住文化系の代表記事

▶︎ 日韓住文化系マガジン

▶︎ 建築家の休憩室マガジン
日常の小さな気づきは、「建築家の休憩室」シリーズとして書いています。



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