「マザコンにしない」が、我が家の至上命題でした。
僕の育児における至上命題は
「マザコンにしない」
です。
母は大事だが、母だけを大事にする男に未来はない。息子にその気配を感じた瞬間から、いかつい指導が必要だと思っていました。
まだ小さい頃ですが、毎晩妻だけに
「大好きー」
とキスをせがむ長男の姿を見て、暗澹たる思いを抱いていました。嬉しそうな長男と妻を遠巻きに眺めながら
(今は好きに楽しむがいいさ。すぐに厳しく取り締まってやる。)
なんて思っていたわけです。まぁ考えてみてほしいんですが、どんなに職務上優秀、容姿端麗であっても
「マザコン」
は実にたった4文字で十分な致死量の素因になり得る。簡単に言えば「台無し」なんです。
32歳独身
玉木宏似
ハーバード大卒
マッキンゼー勤務
料理が趣味
マザコン ←very hot !!
この殲滅力。男の人生で最も悲しい話がそこにある。断じて、息子を令和の冬彦さんにするわけにはいかない…
当時の長男と言えば、父のことは何かしらのヴィランにしか見えないらしく
「戦いしよー!戦い戦い!」
の連呼の嵐。その後ベラベラと変身の口上が述べられると開戦の号令があがる。
(こ、このヤン坊が!)
と心で叫び、息子と戦いごっこに興じる精神と時の部屋。やっとの思いで寝室へ連れ込み怒濤のように絵本を読みきかせ、それでもやはり最後は
「パパ嫌だ。ママの隣がいい」
これだ。このノアの方舟から真っ先に叩き下ろされるかのような絶望感、息子に伝わるわけもない。
「一体パパはどこで寝ればいい?」
と聞けば、トイ・ストーリーの幼児用枕を使って端で寝るように指示されます。枕に印刷されたウッディとバズの笑顔に挟まれて、毎夜枕を濡らし眠りました。
夕方の食卓。長男が注意力散漫で、あまりご飯がすすまない。耳元で妻が呟きます。
妻「ちいさくなーれ。ちいさくなーれ。」
長「やだ!おおきくなーる!おおきくなーる!」
妻「ママは全然いいんだよ。小さくてかわいいまんまでも。」
子「そんなこと言わないで!大きくなるの!」
妻「ご飯食べすぎるとパパみたいに大きくなっちゃうよーヤダヤダ。ママは小さくて変わらない君でいい」
子「大丈夫。大きくなってもかっこよくて可愛くて、ママのこと大好きだよ。」
妻「え……(キュン)」
あの、それ僕がいないときにやってください。
気を抜いてたら、めちゃくちゃ頻繁にこんな光景が日常に差し込まれる。
(いや、それくらい別に良くね?)
と思われた方、非常に聡明な方とお見受けします。しかしこんなのは氷山の一角。大海の一滴なんです。妻が長男と一緒に髪を切ってきた日、その夜、長男が枕元で急に喋り始めます。
長「髪、いいと思うよ」
妻「ほんと?」
長「うん。いいと思う、いいと思う。」
妻「どこが?」
長「(指をさしながら)こことか、こことか。」
妻「君も、いいと思うよ」
長「ありがとう…ちゅーしてもいい?」
しばし、熱く、長い抱擁。
長「…けっこん、してるみたいだね。」
とんだメロドラマが巻き起こっている。
その舞台の端で、くたびれた父が物欲しそうに…いや間違えた、古代ローマの戦士みたいな彫りを湛えて横たわっていることに、この方々は気づかないのだろうか。
妻のことも、内心では責めていました。彼女の振る舞いが長男を助長していると。
ある日、ベッドで一緒に寝ていた長男が、ベッド下の狭い床に寝床を作りひとりで寝ると言い出したんです。
子「これから、ここで一人で寝るね!」
妻「ほんとにそこで寝るの?」
子「うん。秘密基地だから。」
妻「さみしくない?」
子「大丈夫。」
長男は力強く答え、布団を被って寝にかかる。
妻「ほんとに大丈夫?」
子「大丈夫。」
妻「そっか…寂しくなったら上がってきていいからね…。ほんとに大丈夫?」
こんなのが3日ほど続いて、結局、長男は親のベッドに戻ってきました。親の子離れが難しいとは聞いていたけれど、まさにそのとおりでした。
さて、そんな折に、ある出来事が起こる。
僕の母が亡くなったんです。
冒頭にて、マザコンにしないことを子育ての至上命題だと言ったけれど、完全に自分を棚に上げていたことを白状したい。
母の死については色々あって、僕は少し考えを改めました。僕も、誰かに言わせれば十分マザコンだったでしょう。しかし、親子の愛には、その親子だけの文脈がある。少なくとも、世間様から見るとマザコン的であることが、正しい慈しみになることがある。↓これ読んで
祖母という「身近な人の死」について、子どもたちに何を伝えたら良いのか、というのは後になって考えたことです。情けないことに、当時は全く余裕もなく、子どもたちのことは妻に任せっきりになっていました。
次男は何が起こっているのかあまりよく分かっていない。でも、4歳の長男は違う。
冷たくなって家の座敷に伏している母を一緒に見ながら、何を感じたのか。実は、今でもよく分かりません。優しい母のことが大好きだったけれど、たぶん、母はそれ以上に息子たちを愛していました。
この別れに何か言葉を付けて説明するよりも、ただただ悼み、その姿を見せることしかできない、そう考えていました。
妻が息子らを実家に預けて、葬儀の手伝いに来てくれたとき、妻からこんな話を聞かされたんです。
「ばあばがもういないなんて、とても悲しい…」
妻が長男にそう言ったところ
「大切なものがなくなったときは、たくさん悲しめばいいんだよ」
奇しくも、長男はそう言い放ったかと思うと、ヨシタケシンスケさんの『あつかったらぬげばいい』という本を持ってきて開き、妻に見せたといいます。
『だいじなひとがいなくなったら
たっぷりかなしんでから
べつのだいじなものをつくればいい』
長男の顔を思い浮かべて、僕はまた泣きました。彼はとびきり心優しい男に育っていたんです。
思えば、突然東京から金沢に引っ越してきて、長男は大事な友達と別れ、保育園では新参者になりました。嫌な思いもしたと思うんです。なのに、最初から最後まで親に何も心配をかけず気丈に通園しました。
そんな彼も
「僕に何も相談もせずに金沢に連れてきた」
と泣きながら怒ったことが一度あった。そりゃあそうだな。ごめんな。
迎えた長男の卒園式。
式の最後にサプライズ演目で、両親の目の前に立って感謝の詩を歌う我が子に妻の涙腺は見事に決壊。それを見て、長男は笑うように泣いていました。
親の涙には分かりやすい理由があるけれど、息子の涙には何があるのだろう。
息子をマザコンにしない、なんて息巻いていた自分が、今では滑稽でなりません。
誰かを想うこと。いつだってそれは弱さではなく強さになる。
誇らしい君よ。ありがとう。
収蔵No.013
