【介護福祉けありんぐ】『現場の知恵』を、職種も地域も超えて共有するSNS_介護_看護_リハ
はじめに
前回は、在宅介護をしている家族向けのアプリ「介護そっとねっと」について書きました。
今回はその姉妹アプリ、介護・医療職の専門職向けSNS「けありんぐ」 の話です。
そっとねっとが「介護する家族の心を支える」アプリだとしたら、けありんぐは 「現場で支える側の人たちが、知恵を持ち寄って学び合える」アプリ です。
元理学療法士のエンジニアとして、なぜこのアプリを作ったのか。どんな課題意識があって、どんな設計にしたのか。現場の手触り込みで書いていきます。
「介護職向け」と言いきれない理由
最初に、よくある誤解を解いておきたいことがあります。
けありんぐの名前を見て「介護職のためのSNSね」と捉えられることがあります。半分は合っていて、半分は違います。
僕たちが想定している利用者は、在宅でのケアに関わる多職種すべて です。
介護福祉士・介護職員
訪問看護師
訪問リハビリのPT(理学療法士)・OT(作業療法士)・ST(言語聴覚士)
ケアマネジャー
訪問診療の医師
福祉用具の専門員
職種は違うけれど、「同じ利用者さんを、それぞれの専門性で支えている人たち」 です。
この人たちが、職種の壁を越えて知恵を持ち寄れる場所——そこを目指しています。
理学療法士として7年間現場にいて、痛感していたことがあります。ケアの質は、職種の連携の質で決まる。でも、その連携のための「学び合いの場」が、いまの介護・医療業界には決定的に足りていない。
「知識はあるのに、現場まで届かない」問題
業界の中にいる人なら、たぶん共感してもらえると思います。
介護・医療業界は、研修・学会・専門誌・ガイドライン——「学ぶための仕組み」自体はたくさんあります。
学会で最新のエビデンスが発表される
厚労省から制度改正の通達が出る
認定資格の研修プログラムが組まれる
専門誌や書籍で技術解説が掲載される
これだけ情報源があるのに、現場では「で、明日からどう動けばいい?」が分からないままになる。
僕が理学療法士のとき、新しい徒手療法の研修を受けて「これは効く」と確信して帰ってきても、翌週には通常業務に飲み込まれていつのまにか使わなくなる。そういう経験を何度もしました。
知識と現場の間には、思っているより深い溝がある。
理由はシンプルで、研修や学会の情報は 「体系的」「網羅的」「教科書的」 に整理されているからです。整理されているからこそ、自分の今日の現場で目の前の利用者さんに当てはめるには、もうひと手間の翻訳が必要になる。そのひと手間を、毎日の業務に追われている現場の人がやるのは、ほぼ無理です。
一方で、現場には「使える知恵」が眠っている
別の角度から見ると、現場には 教科書には書かれていない「使える知恵」 が、実はたくさんあります。
たとえば:
認知症のあるご利用者で、入浴拒否があったときの声かけの工夫
終末期の方のご家族へ、その日の状態をどう伝えるか
訪問先で犬がいるお宅でのリハビリ進行の段取り
ケアマネとヘルパー間の申し送りを抜けなくする小さな工夫
福祉用具の選定で、家屋構造別に「ここを見ておくと外さない」というポイント
こういう知恵は、現場の人が日々の業務の中で編み出して、その人の中だけで完結している 。隣の同僚にすら共有されないまま、その人が辞めると一緒に消えてしまう。
業界全体で見ると、毎日とんでもない量の「使える知恵」が生まれて、そのまま消えている。これは率直に、もったいないと思いました。
学術側の知識は現場に降りてこない。現場の知恵は外に出ない。 この二重の断絶が、ケアの質をなかなか底上げできない構造的な原因だと、僕は見ています。

けありんぐのコア — 「現場の実践知」を多職種で循環させる
そこで作っているのが、けありんぐです。
コンセプトは一行で言うとこうなります。
「現場で学んだこと・実施したことを発信し、他の専門職が『これは使える』と評価することで、業界全体に広がっていくSNS」
普通の介護メディアは、編集部や専門家がコンテンツを作って、読者は受け取るだけ——というモデルが多い。けありんぐは違います。主役は現場の一人ひとり です。
投稿の主役は「あなたの現場」
たとえばこんな投稿が想定されています。
訪問リハのPTが、終末期の方への関わり方で気づいたこと
訪問看護師が、点滴管理で家族に説明するときの工夫
ケアマネが、複数事業所間の調整で使っている連絡フォーマット
ヘルパーが、認知症の方の食事介助で見つけた小さな手順
肩書きは関係ありません。資格年数も関係ありません。「自分の現場でやってみて、うまくいったこと」 がそのまま価値になります。

「これは使える」が可視化される仕組み
ただ投稿が並ぶだけだと、ノイズに埋もれて読まれない。だから 評価と発見の仕組み を入れています。
他の専門職が「これは使える」と感じた投稿に リアクション を付けられる
一定以上の評価を集めた投稿は ナレッジ認定 され、保存・検索しやすい形で蓄積される
カテゴリタグ(声かけ・身体介助・記録・制度・セルフケアなど)で 欲しい知恵に辿り着ける
自分が見たい職種・領域でタイムラインを絞り込める
「多くの人がいいねした投稿」ではなく、「同業者・近接職種が"使える"と判断した投稿」 がランキングされる。ここが既存のSNSとの一番の違いです。
職種横断で見えること
PTの僕から見て、訪問看護師さんやヘルパーさんの工夫って、本当に勉強になります。逆に、僕らPTがやっている動作分析の視点が、ヘルパーさんの介助の質を一段引き上げることもある。
同じ利用者さんを支えている多職種同士は、互いの知恵を吸収するインセンティブが本来一番強い人たち です。けありんぐは、その学び合いがフラットに起きる場を作っています。
「地域の壁」を取っ払う意味
もう一つ、設計の根っこにある考え方があります。
介護・医療業界は、ローカル産業 です。施設も訪問先も地域に密着していて、働いている人の人間関係も地域内で閉じやすい。
それ自体は悪いことではないけれど、副作用として 「地域ごとに学びの量が偏る」 問題があります。都市部の大きな法人なら毎月のように勉強会があるけれど、地方の小規模事業所だと年に数回——みたいなことが普通に起きている。
アプリの強みは、地域の境目をなくせる ことです。
北海道の訪問看護師が書いた「冬場の点滴管理の工夫」が、東北の看護師に届く。九州のケアマネが共有した「多職種会議のファシリ術」が、関東のケアマネのヒントになる。手元のスマホ一つで、業界全体の知恵にアクセスできる状態を作る 。これがけありんぐの提供価値です。
地域に閉じていた学びを開く。職種に閉じていた知恵を共有する。この2軸の解放を、SNSという最も手軽なフォーマットでやろうとしています。

なぜ「Webメディア」ではなく「SNS」なのか
ここまで読んで、「それ、Webメディアでもよくない?」と思った人もいるかもしれません。
正直、立ち上げの最初は僕もそう思っていました。編集部が良質な記事を作って配信するメディア形式のほうが、品質コントロールはしやすい。
でもメディアモデルだと、現場の人は読むだけ になってしまう。先ほど書いた「現場で生まれて消えていく知恵」を救い出せない。
SNSにする意味は、「現場の一人ひとりが発信者になれる」 こと。投稿のハードルを徹底的に下げて、勤務終わりにスマホでサクッと書ける気軽さを残す。完成された記事ではなく、現場のメモやスナップショットでいい 。それを多職種が見て価値を判断する。
ある意味、Qiita や Zenn のようなエンジニア向け技術共有プラットフォームの、介護・医療版を目指しているとも言えます。エンジニア界隈で「投稿することが学びを深める」文化が成立しているのは、技術職と相性が良いからだけではない。実務者同士の評価が機能する仕組み が効いているからだと思っています。
同じことを、介護・医療の在宅領域でやろうとしている——そんな位置づけです。
技術選定と開発の現実
開発体制やスタックの話も少しだけ。
けありんぐは、僕を含めた2人のチームで開発しています。技術スタックはそっとネットと似た構成です。
モバイル: Expo(React Native)— iOS / Android の両対応を1コードで
フロント(Web): Next.js
バックエンド: Supabase(PostgreSQL + 認証 + ストレージ)
ORM: Prisma
AI開発支援: Claude Code を中心とした生成AI活用
少数チームの体制でアプリストア対応のモバイルアプリと、運営側のWeb管理画面を同時に回すのは、正直に言ってかなり厳しい。だから 「少数チーム+ AI」が数人分の出力になる前提でスタックを組んでいます 。
Claude Code を使った AI 駆動開発は、特にスキーマ設計・API 設計・E2E テスト作成あたりで効いています。「この投稿評価の仕組みでスケールするか」「この通知頻度はユーザー負担にならないか」といった設計判断の壁打ち相手としても、レビュワー1人分の働きをしてくれる。
技術選定の詳細はまた別記事で書きますが、ここで言いたいのは 「現場の課題感が確かにあって、技術と AI でようやく2人でも回せるサイズに収まる」 領域がある、ということです。介護・医療領域は、まさにそういう未開拓のフィールドだと思っています。
業界全体で見たときの仕掛け

ここから少しビジネス寄りの話を。
けありんぐは、単独のサービスとして閉じるつもりはありません。業界に蓄積される実践知を、いろんな形で還元する ことを構想しています。
集まった投稿から 「現場の困りごとTOP30」「職種別の関心マップ」 といったレポートを作り、業界の事業者・行政・研究機関に提供する
介護向けクラウドサービスを提供している企業と連携し、「現場の声」をプロダクト改善に活かしてもらう
研修・教育会社と組んで、現場発のナレッジを教材化 していく
つまり、けありんぐは「現場の知恵が集まる場」であると同時に、業界全体の意思決定を底上げするためのデータインフラ にもなろうとしています。
このあたりは段階的に進める計画で、まずは利用者さんに価値を返すこと——「明日の現場で役に立つ知恵が、ここに来れば手に入る」状態を作ることが最優先です。そこが土台にならないと、その先のデータも事業展開も砂上の楼閣になるので。
元理学療法士のエンジニアとしてやる意味
最後に、自分のこと。
正直、介護・医療向けプロダクトは、テック業界の中では「地味」「儲かりにくい」「規制が多い」と思われているジャンルです。実際、そういう側面はあります。
それでも僕がこの領域でプロダクトを作っているのは、「現場の手触りを知っている人間が、技術側からアプローチしないと、絶対に届かないものがある」 と感じているからです。
7年間、ベッドサイドで利用者さんと向き合った経験があるから、現場の人が何にうんざりしていて、何に喜ぶかが分かる。学会の最新情報がなぜ現場まで降りてこないか、肌感覚として知っている。多職種連携が口で言うほど簡単じゃないことも、骨身に染みている。
その視点を、技術側に持ち込めることが、僕にとっての差別化要因だと思っています。
逆に言うと、この領域は「現場感」と「技術力」と「事業設計」の三つが揃った人が圧倒的に少ない 。だから少ないチームでも、AI を味方につければ十分に攻めていけると踏んでいます。
まとめ
けありんぐは 介護職だけでなく、在宅医療・訪問リハ・訪問看護・ケアマネを含む多職種向けのナレッジ共有SNS
業界の構造的な問題である 「学術的な知識が現場に降りてこない」「現場の知恵が外に出ない」 を、SNSという最も手軽なフォーマットで解決しようとしている
「これは使える」という同業者・近接職種の評価 が可視化される仕組みで、本当に価値のある実践知だけが浮かび上がる設計
地域の壁を越えて、業界全体の知恵にアクセスできる状態 をスマホ一つで作る
2人 + AI 駆動開発で、未開拓の介護・医療領域に本気で攻めていく
ケアの質を底上げできるのは、政策でも研修でもなく、最終的には 現場の人同士の学び合い だと、僕は信じています。けありんぐが、その学び合いを起こす最初の一押しになれたらと思っています。
けありんぐについて
「けありんぐ」は、介護・在宅医療・リハ・看護・ケアマネなど、在宅でのケアに関わるすべての専門職のためのナレッジ共有SNSです。
現場の知恵を、職種も地域も超えて循環させる場所を目指しています。現在開発中で、リリース情報は Instagram @kaigofukushi_carering_official でお知らせしています。
次回は、士業向けに AI で初回相談整理ツールを1日で作った話 を書く予定です。AI 駆動開発で「素早く価値を出す」リアルを、別ジャンルの事例として共有します。
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