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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|下巻・第十四章 再審/二度目の判決/ラ・ピュセルの死

【創作大賞2026参加中】期間限定で全体公開にします。

アナトール・フランス著『ジャンヌ・ダルクの生涯(Vie de Jeanne d'Arc)』完訳プロジェクト。原著は1908年発行。

1920年:ジャンヌ・ダルク列聖
1921年:A・フランス、ノーベル文学賞受賞
1922年:ローマ教皇庁の禁書目録に登録

現在、禁書制度は廃止されてますが、教皇庁は「カトリック教義を脅かす恐れがある禁書だった本を推奨することはできない」という立場を表明しています。

▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか

⚠️下記プラットフォームで公開中。
- note:各章をマガジンにまとめて投稿。一部有料。
- カクヨム:各話を分割して投稿。少しずつ読みたい人向け。
- pixivFANBOX:原文付き対訳バージョン。支援者限定。


⚠️字数が多い(14,000字)ため、訳者の裁量で小見出しをつけています。

14.1 再び男装した理由(1)異端審問官とイングランド兵

 次の日曜日(判決から3日後)、すなわち三位一体の祝日に、ジャンヌが再び男装したという噂が立った。その知らせはルーアンの城から、大聖堂の陰に聖職者たちが住む狭い路地へと急速に広まった。ただちに公証人と補佐官(陪審員)たちは野原を見下ろす塔へと急いだ。

 城の外庭には数百人の兵士がいて、彼らは脅迫と罵声を浴びせながら一行を迎え入れた。[910]

 この連中は、裁判官たちが古き良きイングランドに名誉を、フランスに不名誉をもたらすために裁判を進めてきたことをまだ理解していなかった。

 これまで頑なに自身の信条を曲げなかったアルマニャック派の乙女(ラ・ピュセル)が、ついにみずからの欺瞞を告白させられたということが何を意味するのか、彼らはわかっていなかった。

 ジャンヌの有罪判決、すなわち「シャルル・ド・ヴァロワは異端者に導かれて戴冠した」ことが公然の事実となり世界中に知れ渡ることが、イングランドにとってどれほど大きな利益となるか、彼らには見えていなかったのだ。

 いや、この野獣のような連中が理解できたのは、自分たちの心に恐怖を植え付けた虜囚の少女を焼き殺すことだけだった。彼らは博士や教授たちを「裏切り者、偽りの助言者、アルマニャック派」と呼んだ。[911]

 城の庭に、プティ・コーの大執事(Archidiacre)で国王の顧問官を務める法令学士のアンドレ・マルグリー[912]がおり、何が起こったのかを尋ねていた。

⚠️大執事・総代官(英:Archdeacon/仏:Archidiacre):司教に次ぐ高い管理職。

 彼はこの裁判において非常に勤勉で、ジャンヌを狡猾な小娘だとみなしていた。[913] この日は、今しがた起こったことについて、専門家として判断を下すことを望んだ。

「ジャンヌが男装しているのを見たというだけでは不十分だ。彼女が再び男装した動機は何だったのかを知る必要がある」

 アンドレ・マルグリーは雄弁な演説家で、コンスタンツ公会議における輝かしい指導者の一人だった。

⚠️コンスタンツ公会議:1414〜1418年にかけて神聖ローマ帝国のコンスタンツで開催されたカトリック教会の公会議。3人いた対立教皇を1人に集約させ、教会大分裂を終わらせた。

 しかし、兵士のひとりが彼に向かって斧を振り上げ、「裏切り者! アルマニャック派!」と叫ぶと、マルグリーはそれ以上何も言えずに、そこから急いで立ち去り、ひどく具合を悪くして寝込んでしまった。[914]

 翌日、25日の月曜日、副審問官が数人の博士と教授とともに城へやって来た。
 書記官のギヨーム・マンションが呼び出された。彼はひどく臆病者だったので、ウォリック伯の兵士の一人に護衛されなければ、あえて来ようとはしなかった。[915]

 彼らは、ジャンヌが男の衣服、つまり胴着《ジャーキン》(袖なしの革ベスト)と短いチュニックを身につけて、断髪した頭をフードで覆っているのを見つけた。彼女の顔は涙に濡れ、ひどい苦しみで歪んでいた。[916]

14.2 再び男装した理由(2)ジャンヌ自身の証言

 ジャンヌは「いつ、なぜこの服を身につけたのか?」と尋ねられた。

「たった今、男の服を着て、女の服を脱ぎ捨てたばかりです」

「なぜそれを着ているのか? 誰がそうさせたのか?」

「自分の意志で、誰にも強制されることなくこれを着ました。女の服よりも男の服を着る方がずっと楽です」

「あなたは男の服を着ないと約束し、誓ったではないか」

「男の服を着ないと誓いを立てるつもりは決してありませんでした」

「なぜそれ(男装)に戻ったのか?」

「男たちに囲まれているなら、女の服を着るよりも男の服を着た方がふさわしいからです。……私がそれ(男装)に戻ったのは、ミサに行き、聖体拝領を受け、鎖から解放されるという約束が守られなかったからです」

「あなたは撤回を誓約し、この服を捨てて二度と着ないと約束しなかったか?」

「鎖に縛られているよりは死んだ方がましです。ですが、もしミサに行くことを許され、鎖から解放されて、(教会の)恩寵の牢獄に入れられ、私と共にいる女性を与えられるなら、私は善良な心で教会の命令に従います」

「木曜日(判決の日)以来、あなたの『声』は聞こえたか?」

「はい」

「彼らは何を告げた?」

「彼らは私に、『神は、聖カタリナと聖マルガリータを通して、私が同意してしまった裏切りに対する痛切な憐れみを持っている』と知らせました。私は命を惜しんで撤回と誓約に同意したが、命を救うことで魂を失うことになるのだ、と。
 木曜日より前に、私の『声』は、私に何をすべきか、そしてその日に私が実際に何をしたかを告げていました。処刑台の上で、私の『声』は、説教者に大胆に答えよと告げました。彼は偽りの説教者です……。彼は、私がやってないことをたくさん言いました。もし私が『神は私を遣わしていない』と言ったら、私は罪を犯して地獄に落ちるでしょう。神が私を遣わしたのは事実です。
 それ以来、私の『声』は、私が告白することで、決して犯すべきではなかった大きな悪事を犯したと告げました。私が言ったことはすべて、火刑への恐怖から発したものです」[917]

 ジャンヌは痛切な悲しみの中でそのように語った。

 ずっと後になって、書記官1人と聖職者2人によって語られた、「暴行未遂に関わった修道士たち」の話はどこだ?[918] また、ジャン・マシューが語った「ペチコートを見つけられなかったジャンヌが、看守たちの前に裸で現れないためにショース(ズボン)を身に着けた」などと、本気で信じることができるだろうか?[919]

 真実はまったく異なる。
 ジャンヌ自身が、勇敢かつ率直に告白しているではないか。

 彼女は、みずからの信条を曲げた撤回の誓約を、これまで犯した最大の罪として悔いた。死への恐怖から嘘をついた自分自身を許すことができなかった。

 サントゥアン墓地での説教の前に、彼女の「声」は「ジャンヌは(みずからの信条を)撤回するだろう」と予言していた。その声が、今またジャンヌのもとにやって来て、「彼女の裏切りに対する痛ましい哀れみ」を語った。

 彼らはジャンヌ自身の心の声であるのだから、それ(ジャンヌの内面)以外のことを言えるだろうか? ジャンヌはこれまでずっと、犠牲と禁欲を勧められるたびにいつも「声」の言うことに耳を傾けてきたのだから、彼らの言うことを聞き入れないことなどあり得ただろうか?

 ジャンヌが男装に戻ったのは、彼女の「天の評議会」に従ったからだ。ジャンヌは、天使と聖人を否定するという代償を払ってまで、自分の命をあがなうつもりはなかった。だからこそ、ジャンヌは心と魂を込めて、撤回の誓約に反発したのだ。


14.3 再び男装した理由(3)楽しいごちそう

 それでもなお、男の服を残しておいたことについて、イングランドは重大な責任がある。

 もしそれを着れば、ジャンヌは必ず死ぬのだから、彼女から取り上げておく方がより人道的だっただろう。男の服は袋に入れられていた。[920]

 看守たちは、ジャンヌに幸福な日々を思い出させる服を、彼女の目の前に置くことで、再犯を促したのではないかとさえ疑われている。彼らはジャンヌのわずかな所持品のすべてを、粗末な真鍮の指輪さえも取り上げていたが、彼女にとって死を意味するその一揃いの男の衣服だけは例外だった。

 また、教会の裁判官たちにも責任がある。ジャンヌを教会の牢獄に入れることは不可能だと予見していたなら、投獄の判決を下すべきではなかったし、執行できないとわかっていた苦行を命じるべきでもなかった。

 同様に、ボーヴェの司教と副審問官にも非難されるべき責任がある。
 なぜなら、彼らは、ジャンヌの罪深い魂のために嘆きのパンと苦難の水を処方したにもかかわらず、このパンと水を与えず、彼女を残酷な敵の手に屈辱のうちに引き渡したからである。

**

 ジャンヌが「神は、聖カタリナと聖マルガリータを通して、私が同意してしまった裏切りに対する痛切な憐れみを私に知らせた」という言葉を発したとき、ジャンヌはみずからの命を犠牲にすることを完遂した。[921]

 司教と異端審問官は、今こそ法に従って手続きを進めなければならなかった。しかし、尋問はもう少し長く続いた。

「あなたは自分の『声』が聖マルガリータと聖カタリナだと信じているのか?」

「はい、それらは神から来ています」

「王冠に関する真実を語りなさい」

「私が知る限り、裁判ですべての真実を話しました」

「処刑台の上で、撤回の誓約をした際、あなたは私たち裁判官と多くの人々の前で、そして民衆の面前で、自分の『声』は聖カタリナと聖マルガリータであると偽って自慢したことを認めたではないか」

「私はそのようにしたり、言ったりするつもりはありませんでした。私は自分が見た幻影を否定しませんでしたし、聖マルガリータと聖カタリナではないと言うつもりもありませんでした。私が言ったことはすべて火刑への恐怖からで、真実に反しないことは何も撤回しませんでした。これ以上牢獄で苦しみに耐えるよりも、死ぬことによって、一度きりの贖罪をすることを選びます。どんな撤回を強いられたとしても、私は神と信仰に反する行為は決してやってません。私は『撤回の誓約書』の意味を理解していませんでした。ですから、神の意志でない限り、何も撤回するつもりはありません。もし裁判官が望むなら、私は女の衣服に戻ります。ですが、それ以外のことは何もしません」[922]

 牢獄から出てくると、ボーヴェ司教は、多数の人を伴ったウォリック伯に出会った。

 司教は彼に「さらばだ。ごちそうを楽しんでくれたまえ(Farewell. Faites bonne chère.)」と言った。言い伝えによれば、笑いながら「終わった! 彼女を捕まえたぞ」と付け加えたという。[923]

 この言葉は間違いなくボーヴェ司教のものだが、笑っていたかどうかは定かではない。

14.4 異端再犯の審議:5月29日

 翌日、29日の火曜日、ボーヴェ司教は大司教館の礼拝堂に法廷を招集した。
 出席した42人の陪審員たちは、前日の出来事について報告を受け、意見を述べるよう求められたが、その内容は容易に予想できるものだった。[924]

 自白を撤回した異端者はすべて偽証者とみなされ、悔い改めないだけでなく、再犯者(戻り異端)とされた。そして、再び罪を犯した者は、世俗の権力(処刑執行者)に引き渡されることになっていた。[925]

 参事会員で助祭長であるニコラ・ド・ヴァンデレスが最初に意見を述べた。

「ジャンヌは異端者であり、そう見なされなければならない。彼女は世俗の権力に引き渡さなければならない」[926]

 フェカン修道院長は次のように意見を述べた。

「ジャンヌは再犯した。しかし、一度彼女に読み上げた『撤回の誓約』をもう一度読み上げて説明し、同時に神の言葉を思い起こさせるのが良いだろう。それが済んだら、あらためて彼女を異端者と宣言し、世俗の権力に委ね、寛大な処置をするよう懇願する。それが裁判官である我々の役目である」[927]

 この寛大な嘆願は単なる形式的なものにすぎなかった。仮にルーアンの総督(Provost)がこの嘆願を受け入れたら、彼自身も破門され、さらに現世で処罰を受ける可能性があっただろう。[928]

 しかし、中には、「そのような嘆願は不要だ」と主張し、この空虚な憐れみのパフォーマンスさえ省略しようとする者もいた。

 ギヨーム・エラール師とその他の評議員の何人か、その中にはアンドレ・マルグリー、ニコラ・ロワズルール、ピエール・モーリス、それから修道士のマルタン・ラドヴニュも含まれていたが、彼らはフェカン修道院長と同じ意見だった。[929]

 トマ・ド・クールセルは、「この女に対し、魂の救済について再び慈悲深く訓戒を与えるように」と助言した。イザンバール・ド・ラ・ピエール修道士も同じ意見だった。[930]

 これらの意見を聞いた後、ボーヴェ司教は「再犯者として手続きを進めるべきだ」と結論を下した。したがって、司教はジャンヌに対し、翌日の5月30日に旧市場マルシェ広場に出頭するよう召喚した。[931]

14.5 最終尋問:5月30日(1)夢から醒めたジャンヌ

 5月30日水曜日の朝、ボーヴェ司教の命令により、神学士である二人の若い托鉢修道士、マルタン・ラドヴニュとイザンバール・ド・ラ・ピエールが牢獄にいるジャンヌのもとを訪れた。

 マルタン修道士はジャンヌに、今日死ぬことになると告げた。

 残酷な死が近づき、彼女の「声」が沈黙する中で、ジャンヌはついに自分が救われないことを悟った。残酷にも夢から目覚めた彼女は、天も地も自分を見捨てたと感じ、深い絶望に陥った。

「ああ!」と彼女は叫んだ。

「私の清らかで無傷の体が、今日焼かれて灰になるという、そんな恐ろしい運命が私に降りかかるのでしょうか? ああ、私が! ああ、私が! こうして焼かれるくらいなら、首を7回切られた方がましです。ああ! もし私が服従した教会の牢獄にいて、敵や反対者ではなく聖職者たちに守られていたなら、これほど悲惨な災難は降りかからなかったでしょう。おお! 偉大な審判者である神よ、私が受けているこの暴力とこのひどい不当な扱いから逃れさせてください」[932]

 ジャンヌが嘆き悲しんでいる間に、博士と教授たち、ニコラ・ド・ヴァンデレス、ピエール・モーリス、ニコラ・ロワズルールが牢獄に入ってきた。彼らはボーヴェ司教の命令でやって来たのである。[933]

 前日、評議員42人のうち39人が「ジャンヌは再犯した」と宣言しつつ、「彼女に撤回の誓約(条件)を思い出させるのが良い」と付け加えていた。[934]

 これらの聖職者たちの助言に従い、ボーヴェ司教は再犯した異端者のもとに学識ある博士たちを派遣し、みずからもジャンヌのもとへ行くことを決意した。

 彼女は最後にもう一度、尋問を受けなければならなかった。

「あなたは自分の『声』と幻影が、善き霊から来ていると信じるか、それとも悪しき霊から来ていると信じるか?」

「私には分かりません。ですが、私は母なる教会に訴えます」[935]

 テレンティウスとウェルギリウスの愛読者だったピエール・モーリス師は、この不運な乙女に深い憐れみを覚えた。[936]

⚠️テレンティウス(Terence):古代ローマの喜劇作家。

⚠️ウェルギリウス(Virgil):ヨーロッパ文学史上、もっとも重要人物といわれる古代ローマの詩人。

 前日、彼は神学の知識に基づいて、ジャンヌを再犯者であると断言した。
 今、彼は、死の危機に瀕したこの魂の救済を心配していた。ジャンヌの魂は、みずからの「声」が虚偽だったと心から認めない限り救われないのだ。

「それらは本当に実在するのか?」と彼は尋ねた。

「善であれ悪であれ、私に現れたのです」

 ジャンヌは、裁判で語られた「声」や幻影を、自分の目で見て、耳で聞いたと断言した。彼女が言うには、それらは晩課(コンプリン)と朝課(マタン)の時間、鐘が鳴っているときに最も頻繁に聞こえたという。[937]

 ピエール・モーリス師は教皇の秘書だったため、ピュロン主義(懐疑主義)の哲学を公然と表明することを禁じられていた。

 しかしながら、「鐘の音がしばしば人の声のように聞こえることがある」とジャンヌに指摘したことから判断すると、彼は自然現象を合理的に解釈する傾向があったようだ。

 ジャンヌは、幻影(apparitions)の正確な姿形について説明しなかったが、「それは大群で現れ、とても小さかった」と言った。彼女はもはやそれを信じておらず、それらが自分を騙したと完全に確信していた。

⚠️訳者の覚書。
🔸Ghost:もっとも一般的な意味の「幽霊、オバケ」
🔸Phantom:実体のない姿形、幻影。
🔸Apparition:突然出現する心霊現象、超自然現象。
🔸Specter:妖怪、悪霊・
🔸Spirit:死者の魂だけでなく、生きている人間の魂(意識)や自然界の精霊も指す。

 ピエール・モーリスは「王冠を持ってきた天使」について尋ねた。

 ジャンヌは、「自分が王に約束した王冠以外に王冠など存在せず、天使とは自分自身のことだった」と答えた。[938]

 その時、ボーヴェ司教と副審問官が、トマ・ド・クールセルとジャック・ルカミュを伴って牢獄に入ってきた。[939] 自分をこのような窮地に追いやった裁判官の姿を見て、ジャンヌは叫んだ。

「司教様、私はあなたのせいで死ぬのです」

 ボーヴェ司教は敬虔な態度でジャンヌを諭すことで答えた。

「ああ! ジャンヌよ、すべてを耐え忍びなさい。あなたが死ぬのは、約束を守らず、悪行に戻ったからなのだよ。[940] さあ、ジャンヌよ」

 司教は彼女に尋ねた。

「あなたはいつも、自分の『声』が救済を約束してくれたと言っていたね。それらがいかにあなたを欺いたか、よくわかっただろう。だから、私たちに真実を話しなさい」

 ジャンヌはついに答えた。

「本当に、それらが私を騙していたのだと分かりました」[941]

 司教と副審問官は退出した。彼らは哀れな二十歳の少女に勝利したのである。

14.6 最終尋問:5月30日(2)私は「声」に騙された

 聖なる教皇令(sacred decretals)にはこう記されている。

「もし、異端者が有罪判決を受けた後に悔い改め、その悔恨の兆候が明らかであれば、彼らが謙虚に求める限り、告解と聖体拝領の秘跡を拒んではならない」[942]

 だが、いかなる撤回も、いかなる服従の保証も、再犯した異端者を救うことはできなかった。再犯者には告解、赦免、聖体拝領が許された。これは、秘跡(信仰)の場においては、再犯者の悔い改めと撤回(改宗)の誠実さが信じられたことを意味する。

 しかし同時に、司法の場においては、再犯者の悔い改めは信用されず、死刑に処すべきだと宣言された。[943]

 マルタン・ラドヴニュ修道士はジャンヌの告解を聞いた。その後、彼は、法廷執行吏(案内係)ジャン・マシューをボーヴェ司教のもとへ遣わし、ジャンヌがイエス・キリストの聖体を授かりたいと願っていることを伝えた。

 司教はこの件について協議するために何人かの博士たちを集め、彼らと協議した後、司教は案内係にこう返答した。

「マルタン修道士に、彼女に聖体拝領と彼女が求めるものすべてを与えるように伝えよ」[944]

 マシューは城に戻り、マルタン修道士にこの返答を伝えた。
 マルタン修道士は再びジャンヌの告解を聞き、彼女に赦免を与えた。[945]

 ピエールというある聖職者が、儀式張らない(無礼な)やり方で聖体を持ってきた。聖杯を覆う布で覆われた聖盤パテナに載せ、灯りも行列もなく、聖なる白衣サープリスもストラもつけていなかった。[946]

 マルタン修道士はこれが気に入らず、ストラとろうそくを取りに行かせた。それから、聖体ホスティアを指でつまみ、ジャンヌに差し出して言った。

「あなたはこれがキリストの御体であると信じるか?」

「はい、そしてそれだけが私を救うことができるのです」

 ジャンヌは、それを授けてくれるよう懇願した。

「あなたはまだ自分の『声』を信じているか?」

「私は神のみを信じます。このように私を欺いた『声』をもう信頼しません」[947]

 そして、多くの涙を流しながら、ジャンヌは敬虔な心で聖体拝領を受けた。それから、神と聖母マリアと聖人たちに、美しく敬虔な祈りを捧げ、その場にいた人々が涙を流すほどの悔恨の情を示した。[948]

 悔い改めと悲しみの中で、ジャンヌはピエール・モーリスに尋ねた。[949]

「ピエール先生、私は今晩、どこにいるのでしょうか?」

「あなたは神を信じないのか?」と司祭は尋ねた。

「はい。神が助けてくださるなら、私は天国にいるでしょうね」[950]

 ニコラ・ロワズルールは、ジャンヌが民衆の間で広めてしまった誤りを正すよう彼女に強く勧めた。

「そのためには、あなたは自分が騙されていたこと、人々を欺いてきたことを公然と宣言し、謙虚に赦しを請わなければならない」

 公の場で裁かれる時が来たときに忘れてしまうことを恐れて、ジャンヌはマルタン修道士に、この件と、その他の救済に関わる事柄について思い出させてくれるよう頼んだ。[951]

 ロワズルールは激しい悲しみの様子を見せながら立ち去った。
 狂人のように通りを歩き回る彼に、ゴドン(イングランド人に対する蔑称)たちは罵声を浴びせた。[952]

14.7 火刑に至るまで:5月30日(1)腐った枝

 午前9時頃、修道士マルタン・ラドヴニュと法廷執行吏ジャン・マシューは、ジャンヌを牢獄から連れ出した。彼女はこの牢獄に178日間拘束されていた。

 ジャンヌは荷馬車に乗せられ、80人の兵士に護衛されて、狭い路地を通り、川沿いにある旧市場マルシェ広場まで運ばれた。[953]

 広場の東側に木造の肉市場の建物、西側にサンソヴール墓地があり、墓地の端の広場側にサンソヴール教会が建っていた。[954]

 この広場に3つの台座が設置されていた。

 そのうちのひとつは、市場の北側の切妻壁に接しており、設置する際に屋根瓦が数枚割れていた。[955] ジャンヌはこの台座の上に立たされ、説教を聞くことになっていた。

 もうひとつ、より大きな台座が(広場の西側)墓地に隣接して設置されていた。そこには裁判官と高位聖職者たちが座ることになっていた。[956]

 宗教裁判における判決の宣告は、教会に帰属する裁判権の行使だった。
 異端審問官と司教は、判決を宣告する場所として、聖別された領域、すなわち聖地(墓地)を好んだ。
 教皇ルキウスの勅書は、教会や墓地でそのような判決を下すことを禁じていたが、裁判官たちは世俗の権力(処刑の執行者)にその判決を修正するよう勧告することで、この規則を回避した。

 二番目の台座の向かい(広場の東側)にある三番目の台座は石膏で作られており、広場の中央、通常処刑が行われる場所に設置されていた。その上には、火刑用のたきぎが積み上げられていた。さらにその上に立つ杭には、次の言葉を記した巻物が置かれていた。

「ジャンヌ、自称・乙女(ラ・ピュセル)、嘘つき、有害な者、民衆を欺く者、占い師、迷信深い者、神を冒涜する者、傲慢な者、邪悪な者、自慢屋、偶像崇拝者、残酷な者、ふしだらな者、悪魔を呼ぶ者、背教者、分裂主義者、異端者と呼ばれし者」[957]

 広場は160人の武装兵によって警備されていた。好奇心に駆られた民衆の群れが衛兵の後ろに押し寄せ、窓は埋まり、屋根は見物人で覆われていた。

 ジャンヌは、市場の切妻壁を背にした台の上に連れてこられた。長いガウンとフードを身につけていた。[958]

 神学博士のニコラ・ミディが同じ台上に上がり、ジャンヌに向かって説教を始めた。[959] 彼は、新約聖書『コリントの信徒への手紙・一』第十二章26節にある使徒パウロの言葉を引用した。[960]

「枝(肢体)のひとつが苦しめば、その他のすべてが共に苦しむ」

 ジャンヌは辛抱強くその説教に耳を傾けた。[961]

⚠️補足:キリスト教世界をぶどうの木に例えて、枝のひとつ(信者の一人)が腐ったら、他の枝に悪影響が広がり、木全体が蝕まれる。

 その後、ボーヴェ司教は、彼自身の名と副審問官の名において判決を言い渡した。司教はジャンヌを「再犯の異端者である」と宣言した。

「我々は、『汝《なんじ》ジャンヌが腐った一枝であると宣言する。そして、汝が他の一枝に悪影響を及ぼさないよう、我々は汝を教会の結合から切り離し、教会の組織から引き剥がし、世俗の権力に引き渡すことを決意した。我々は汝を拒絶し、排除し、見捨てるが、同時にこの世俗権力に、死刑および四肢の切断に関して、その判決を緩和するよう懇願する……」[962]

 この決まり文句によって、教会の裁判官は「同胞の暴力的な死に一切関与しない」ことを表明した。なぜなら、「教会は血を忌み嫌う(Ecclesia abhorret a sanguine)」からである。[963]

 しかし、そのような懇願にどれほどの価値があるかは、誰もが知っていた。
 仮に、あり得ないことが起こって、裁判官がそれ(処刑回避)を許可したら、裁判官自身が異端者と同じ刑罰を受けることになると皆が知っていた。

 今や、仮にルーアンの街がシャルル王の支配下だったとしても、彼自身でさえ乙女を火刑から救うことは不可能だと思えるほどに事態は悪化していた。

14.8 火刑に至るまで:5月30日(2)30分続いた命乞い

 判決が言い渡されると、ジャンヌは胸が張り裂けるようなため息をついた。
 激しく泣きながらひざまずき、神に、聖母マリアに、天国の祝福された聖人たちにみずからの魂を委ねた。多くの聖人たちの名前を挙げた。

 ジャンヌは、身分や境遇を問わず、味方であれ敵であれ、あらゆる種類の人々に非常に謙虚に慈悲を乞い、彼らに対して行った過ちを許し、自分のために祈ってくれるよう懇願した。裁判官、イングランド人、ヘンリー王、王国のイングランド諸侯にも赦しを求めた。

 この場に居合わせた司祭たち全員、一人ひとりに呼びかけ、自分の魂の救済のためにミサを捧げるよう懇願した。[964]

 こうして30分もの間、ジャンヌはため息と涙を流しながら、聖職者たちに吹き込まれた屈辱と悔恨の感情を表現し続けた。[965]

 そして、今もなお、ジャンヌは、自分が深く愛していた美しい王太子の名誉を守ることを怠らなかった。ジャンヌがこう言うのが聞かれた。

「善いことであれ悪いことであれ、私がおこなったいかなることも、それをするように仕向けたのは、決して私の国王ではありません」[966]

 見物人の多くは涙を流した。少数のイングランド人は笑った。
 教会の正義を啓発するセレモニーの意味を理解できない隊長たちは、この長いパフォーマンスにいらだちを募らせた。演壇の上にいる法廷執行吏のジャン・マシューを見て、彼がジャンヌに善き最期を迎えるよう諭すのを聞き、彼らは叫んだ。

「おい、そこの司祭! おまえは我々を夕食までここに引き留めるつもりか?」[967]

 ルーアンでは、異端者が世俗の権力(処刑執行者)に引き渡される際、市庁舎へ連れて行き、そこで市議会が判決を告げるのが慣例だった。[968] ジャンヌの場合、これらの形式は守られなかった。

 その場にいた代官のル・ブテイエは手を振り、「その女を連れて行け、連れて行け」と言った。[969]

 ただちに、ヘンリー王の侍従二人がジャンヌを処刑台のふもとまで引きずって行き、待機していた荷車に乗せた。

 ジャンヌの頭に「異端者(Hérétique)、再犯者(relapse)、背教者(apostate)、偶像崇拝者(idolâtre)」と書かれた紙製の大きなミトラがかぶせられ、処刑人に引き渡された。[970]

⚠️紙製のミトラ(une mitre de papier):本来のミトラ(mitre)は司教帽のことだが、ここでは異端者をおとしめるために着用させる紙製のミトラ。

異端者が処刑時に被された帽子。上から「異端者(Hérétique)、再犯者(relapse)、背教者(apostate)、偶像崇拝者(idolâtre)」と書かれている。

 通りすがりのある見物人は、ジャンヌがこう言うのを聞いた。

「ああ! ルーアンよ、私の死の代償としてあなたたちが苦しまなければならないことを、私はひどく恐れている」[971]

 ジャンヌが依然として自分を天からの使者、フランス王国の天使だと信じていたのは明らかだ。もしかしたら、残酷に奪い取られた幻想がついに戻ってきて、慈悲深い(夢幻の)ベールでジャンヌを包み込んだのかもしれない。

 いずれにせよ、ジャンヌは打ちのめされていたように見える。彼女に残っていたのは、死への果てしない恐怖と、子供のような信心深さだけだった。

14.9 火刑に至るまで:5月30日(3)聖職者と異端審問官の歓喜

 教会の裁判官たちは、聖職者の手続きの規則に違反することなしには目撃できない(火刑の)光景から逃げ出す時間がほとんどなかった。彼らは全員泣いていた。

 イングランド宰相(大法官)を務めるテルアンヌ司教は、目に多くの涙をためていた。

 敵の死を祈るため以外には決して教会に入らないと言われていたウィンチェスター枢機卿[972]は、あまりに激しく悲嘆に暮れ、深く悔い改めたこの乙女(ラ・ピュセル)を憐れんだ。

 叙事詩『アエネイス』の愛読者だった参事会員のピエール・モーリス修道士は、涙を抑えることができなかった。

⚠️アエネイス(Æneid):古代ローマの詩人ウェルギリウスの長編叙事詩。トロイア滅亡後の英雄アエネイスの遍歴が書かれている。全12巻におよぶラテン文学の最高傑作だが、ラストシーンを書く前に作者が没したため未完。

 ジャンヌを処刑人に引き渡した聖職者たちは全員、彼女がこれほど神聖な最期を遂げるのを目撃して、道徳心が啓発された。

 ジャン・アレスペ師が「あの女の魂があると信じている場所に、私の魂もあればいいのだが」[973]とため息をついたのは、まさにこのことを意味していた。彼は、自分自身とこの不運な受難者(ジャンヌ)に、『怒りの日(Dies iræ)』の次の一節を当てはめた。

『マリアを赦し(解放)たまいし御身あなたは、
 私にも希望を与えたもうた』[974]

 しかし、それでも彼は、「ジャンヌはその異端と強情さによって、みずから死を招いたのだ」と信じていたのは間違いない。

⚠️怒りの日(Dies iræ):新約聖書『ヨハネの黙示録』などに書かれているキリスト教の終末思想。世界が終わる時、イエス・キリストが過去を含めたすべての人間を地上に復活させて生前の行いを審判し、天国で永遠の命を授けられる者と、地獄で未来永劫の責め苦を加えられる者を選別する。

⚠️補足:ジャンヌの火刑を見届けた聖職者や異端審問官たちは、涙を流すほど感動しているが、現代日本人がしばしば考えるような「ジャンヌが聖人だったと認め、火刑に処したことへの悔い・恐れ」ではなく、「あれほど強情だった憎き乙女をついに屈服させ、わからせた●●●●●」ことに満足し、感極まっていたのが真相らしい。

14.10 火刑に至るまで:5月30日(4)通例より残酷な処刑

 二人の若い托鉢修道士(マルタン・ラドヴニュ、イザンバール・ド・ラ・ピエール)と、法廷執行吏(案内係)のジャン・マシューが、ジャンヌに付き添って火刑台へ向かった。

 ジャンヌは十字架を求めた。あるイングランド人が二本の木片から小さな十字架を作って手渡すと、彼女はそれを熱心に受け取り、胸に当てた。

 それから、ジャンヌはイザンバール修道士に「近くの教会へ行って十字架を取ってきて、それを目の前に掲げてくれるように」と懇願した。そうすれば、生きている限り、神が磔にされた十字架が彼女の視界にいつもあるだろうから、と。

 ジャン・マシューがサンソヴール教会の司祭に頼み、十字架が運ばれてきた。
 ジャンヌは泣きながらその十字架に長く優しくキスし、手が自由である間、それを握りしめていた。[975]

 火刑台(杭)に縛り付けられる間、ジャンヌは聖ミカエルの助けを呼び求めた。父の庭で見たものが本当に大天使・聖ミカエルだったかどうかを尋ねる異端審問官は、もはや一人もいなかった。ジャンヌは聖カタリナにも祈っていた。[976]

 火刑台に火がつけられるのを見て、ジャンヌは大声で「ジーザス!」と叫び、この名を6回繰り返した。[977] また、ジャンヌが聖水を求める声も聞かれている。[978]

 通例だと、犠牲者の苦しみを最小限にするために、炎が燃え上がる前に濃い煙で窒息死させる。

 しかし、ルーアンの処刑人は、ジャンヌがやったといわれる奇跡を恐れて、そうすることができなかった。その上、代官が石膏の足場を異常に高く作らせていたため、ジャンヌに近づくのは困難だった。冷酷な処刑人でさえ「ジャンヌの処刑はきわめて恐ろしく残酷なものだった」と断じている。[979]

 ジャンヌはもう一度「ジーザス」の名を唱え、それから頭を垂れて息を引き取った。[980]

 彼女が死ぬとすぐに、代官は処刑人に火を散らすように命じた。それは、アルマニャック派の女預言者(ジャンヌ)が悪魔の助けを借りて、あるいは他の方法で逃げていないことを確認するためだった。[981]

 黒焦げになった哀れな遺体が人々に見せられた後、処刑人はそれを灰にするために、石炭、油、硫黄を炎に投げ込んだ。

 このような処刑では、死体が完全に燃え尽きることは稀だった。[982]
 火が消された後、灰の中から心臓と内臓がそのままの姿で見つかった。ジャンヌの遺体が持ち去られ、魔術やその他の邪悪な行為に利用されることを恐れて[983]、代官はジャンヌの残骸をセーヌ川に投げ捨てるよう命じた。[984]

訳者のあとがき:旧翻訳版はここで完結。次章の予告

吉江狐雁先生の旧翻訳版は、下巻・第十四章で終わりますが、原著は第十六章まで続きます。

具体的にいうと、ジャンヌの死後〜シャルル七世の崩御まで書かれた2章分・80ページ(下巻の20%)が未邦訳。

本作に限らず、火刑シーン以降をばっさりカットする物語や資料が多く、シャルル七世推しの当方としては何とも口惜しい……。

⚠️訳者のひとりごと:だってさー、この状況からどうやってフランスが勝利したのか全然わかんないじゃん…。これじゃあ打ち切りエンドだよ……。俺たちフランスの戦いはこれからなのにー!!

ええい、他人に頼るな! 私がやらねば誰がやる!
というわけで、次章も引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
以下、内容をざっくり予告。

ジャンヌの死後〜シャルル七世の崩御まで書かれた2章分・80ページ(下巻の20%)

英仏・百年戦争のゆくえ、復権裁判のいきさつなど、この時代に興味がある人にはおなじみの歴史エピソードのほか、フランス各地に出現した自称ジャンヌたち(複数)の記録がミステリアスで気になります。

ジャンヌは火刑で死んだのか、秘密裏に生き延びたのか?

公証人立ち合いの下で公式賭博までおこなわれ、ジャンヌの遺族、シャルル七世、オルレアン市民が翻弄され、異端審問官とジル・ド・レも動き出す。

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