教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|上巻・第二章 声
【創作大賞2026参加中】期間限定で全体公開にします。
アナトール・フランス著『ジャンヌ・ダルクの生涯(Vie de Jeanne d'Arc)』完訳プロジェクト。原著は1908年発行。
1920年:ジャンヌ・ダルク列聖
1921年:A・フランス、ノーベル文学賞受賞
1922年:ローマ教皇庁の禁書目録に登録
現在、禁書制度は廃止されているが、教皇庁は「カトリック教義を脅かす恐れがある禁書だった本を推奨することはできない」という立場を表明している。
▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか
⚠️下記プラットフォームで公開中。
- note:各章をマガジンにまとめて投稿。一部有料。
- カクヨム:各話を分割して投稿。少しずつ読みたい人向け。
- pixivFANBOX:原文付き対訳バージョン。支援者限定。
⚠️字数が多い(約18,000字)ため、訳者の裁量で小見出しをつけています。
2.1 天使と聖女たち
さて、ジャンヌが13歳くらいの頃、ある夏の日の正午のことだった。父親の庭にいると、大きな恐怖を呼び起こすような声を聞いた。
その声は右側、教会がある方から聞こえ、同時に同じ方向に光が現れた。
その声は次のように告げた。
「私は、おまえが善良で聖なる人生を送るのを助けるために、神のもとから来た。[254] ジャネット、良い子でいなさい。そうすれば神はおまえを助けてくださるだろう」
空腹は幻覚症状を促す。ジャンヌは断食を習慣にしていたが、飢えで衰弱するほどではなかった。
その日の朝、彼女は食事を断っていたのだろうか。もしそうなら、最後に食事をしたのはいつだったのか? それはわからない。[255]
また別の日、その声は再び語りかけ、繰り返した。
「ジャネット、良い子でいなさい」
その子は、その声がどこから来るのか分からなかった。
しかし三度目に、耳を傾けているうちに、それが天使の声であることを知り、さらにその天使が聖ミカエル(ミシェル)だと認識した。
ジャンヌは彼をよく知っていたので、間違えるはずがなかった。
聖ミカエルはバル公爵領の守護聖人だった。[256]
ジャンヌは時々、教会や礼拝堂の柱に、兜に王冠を戴き、鎖を編んだ甲冑を身につけ、盾を携え、槍で悪魔を突き刺している美しい騎士の姿をした聖ミカエルを見ることがあった。[257]
ある時は、魂を量るための天秤を携えた姿で描かれていた。なぜなら、彼は天上の司祭にして楽園の守護者であり[258]、天軍の指揮官であると同時に、審判の天使でもあったからである。[259]
聖ミカエルは、高地を愛していた。[260]
そのため、ロレーヌ地方ではトゥールの町の北にあるソンバール山に、聖ミカエルに捧げる礼拝堂が建てられていた。
はるか遠い昔、聖ミカエルはアヴランシュの司教の前に現れ、「盗賊に隠された雄牛を見出すであろう場所、すなわちモン・トンブ(墓の山)に教会を建てるように」と命じた。その建物の敷地は、その雄牛が踏み歩いた全範囲を含むとされた。
⚠️モン・トンブ(Mont. Tombe):モン・サン=ミシェルの土台となっている岩山。直訳すると墓の山。先住民のケルト人が信仰する聖地だったといわれる。
モン・サン=ミシェル(聖ミカエル)・オ・ペリル・ド・ラ・メール修道院は、このお告げに従って建立された。[261]
ジャンヌがこれらの幻視を見ていた頃、モン・サン=ミシェルの守備隊は陸と海から要塞を攻撃していたイングランド軍を撃退した。
フランスの人々はこの勝利を、大天使の全能なる計らいによるものだと考えた。[262]
格別の信心をもって聖ミカエルを崇拝していたフランス人たちを、彼がひいきにしないことがあり得ようか?
聖ドニが自分の修道院(パリ郊外にある王家の霊廟)をイングランド軍に奪われるのを許したからには、みずからの修道院を厳然と守り抜いた聖ミカエルが、フランス王国の真の守護聖人になろうとする勢いだった。[263]
1419年、王太子シャルル(シャルル七世)は、完全武装して抜き身の剣を手に持ち、蛇を退治している姿の聖ミカエルを描いた紋章を作らせた。[264]
しかし、ドンレミ村の乙女(ジャンヌ)は、聖ミカエルがノルマンディーで起こした奇跡については、ほとんど知らなかった。
彼女は、その武器、その礼儀正しさ、そしてその唇から発せられた高貴な言葉によって、その天使を聖ミカエルだと認識した。[265]
ある日、彼はジャンヌにこう言った。
「聖カタリナと聖マルガリータがおまえのもとに来るだろう。彼女たちの助言に従いなさい。なぜなら、彼女たちは、おまえがなすべきすべての事柄において、おまえを導き、助言を与えるよう定められているからだ。彼女たちが言うことを信じなさい」
そして、主が定められた通りに、これらのことは実現した。[266]
この約束はジャンヌを大いに喜ばせた。なぜなら、彼女は二人の聖女を愛していたからだ。
2.2 聖マルガリータの伝説
聖マルガリータ(マルグリット)はフランス王国で非常に崇敬されており、多大なる恩恵をもたらす聖女だった。
彼女は出産する女性を助け[267]、野良仕事に従事する農民を守護した。
また、亜麻の糸紡ぎ、乳母の仲介者、羊皮紙の加工職人、羊毛の漂白職人たちの守護聖人だった。
聖遺物箱に納められた彼女の尊い遺骸は、ラバの背に乗せられて、聖職者たちによって町や村を練り歩いた。
聖遺物に触れる許可を得る見返りとして、展示者には多額の寄付[268]が降り注いだ。
ジャンヌは、教会で聖マルガリータの姿を何度も見ていた。それは等身大に描かれ、手に聖水撒きを持ち、足で竜の頭を踏みつけていた。[269]
ジャンヌは、当時語られていた聖マルガリータの来歴をよく知っていたが、それはおおよそ次のような物語だった。
============
祝福されし聖マルガリータ(マルグリット)はアンティオキアで生まれた。
彼女の父テオドシウスは異教徒の司祭だった。
彼女は乳をもらうために里子に出され、密かに洗礼を受けた。
十五歳になったある日、乳母の羊の群れを見張っていたところ、総督オリブリウスがマルガリータを見かけ、その類まれな美しさに心を奪われ、激しい情熱を抱いた。そこで彼は召使いたちに次のように命じた。
「あの娘を連れて来るように。もし、彼女が自由民なら妻とし、奴隷なら召使いとしよう」
彼女が連れて来られると、オリブリウスは出身、名前、宗教を尋ねた。
彼女は、名はマルガリータで、キリスト教徒であると答えた。
するとオリブリウスは彼女に言った。「おまえのように気高く美しい娘が、どうして十字架にかけられたイエスなどを崇拝しているのか?」
マルガリータが「イエス・キリストは永遠に生きています」と答えたため、総督は怒って彼女を投獄した。
翌日、総督はマルガリータを呼び出し、目の前に連れ出されてくるとこう言った。
「哀れな娘よ、自分自身の美しさを惜しむがよい。自分のために改宗して、我らの神々を崇拝しなさい。もしおまえが無分別な世迷言に固執し続けるなら、おまえの体を八つ裂きにしてくれよう」
するとマルガリータは、「イエスは私のために死を受け入れました。私はイエスのために喜んで死にましょう」と答えた。
そこで、総督はマルガリータを拷問にかけ、木馬に吊るし、棒で叩き、鉄の爪で肉を裂くように命じた。処女の体からは、澄んだ泉から清水が湧き出るかのように血が流れ出した。
そばにいた人たちは涙を流し、総督はその血を見ないようにマントで顔を覆った。そして彼女を解放し、牢獄へ連れ戻すように命じた。
マルガリータは牢獄でスピリットから試練を課され、自分が立ち向かわねばならない敵を明らかにしてくださるようにと、主に祈った。
すると、巨大な竜が現れて、マルガリータを食らい尽くそうと突進してきたが、彼女が十字架の印を結ぶと竜は姿を消した。
次に、マルガリータを誘惑するために、悪魔は男の姿に化けて現れた。男は優しく彼女に近づき、手を握りながら言った。
「マルガリータ、おまえがしたことはもうそれで十分だ」
しかし、マルガリータは男の髪をつかんで地面に投げ飛ばし、右足を男の頭上に乗せて叫んだ。
「震えるがよい、傲慢な敵よ。おまえは今、女の足の下に伏しているのだ」
翌日、集まった群衆の前で、マルガリータは裁判官の前に引き出された。裁判官は彼女に、偶像に生贄を捧げるよう命じた。
マルガリータが拒否すると、裁判官は燃え盛る松明で彼女の体を焼かせたが、彼女は痛みを感じていないかのようだった。
この奇跡に驚いて、すべての群衆が改宗するのではないかと恐れたオリブリウスは、この祝福されし聖マルガリータの首をはねるよう命じた。
彼女は処刑人に語りかけ、「兄弟よ、斧を取って私を打ちなさい」と言った。
一撃で、彼は彼女の首を斬り落とした。
彼女の魂は、鳩の姿になって天へと飛び去った。[270]
============
この物語は、歌や神秘劇の中で語られてきた。[271]
あまりにも有名な話だったので、総督の名前は、冗談めかして貶められ、嘲笑の対象となり、世間一般では自慢屋や威張り散らす人に与えられるあだ名となった。
悪党の真似をする愚か者も、オリブリウスと呼ばれた。[272]
2.3 聖カタリナの伝説
天使が聖マルガリータと同時にジャンヌに到来を告げた聖カタリナ(カトリーヌ)は、若い娘たち、とりわけ女中や未婚女性の守護者だった。
また、五十人の博士を論破し、東方の賢者たちを打ち負かしたこの処女を、雄弁家や哲学者たちも自らの守護聖人に選んでいた。
ムーズ川の流域では、次のような韻文の祈りが彼女に捧げられた。
「ああ、尊き、聖カタリナよ
清く、気高き、処女なる乙女よ」[273]
この気高い貴婦人は、ジャンヌにとって見知らぬ人ではなかった。川の対岸のマクセ村には聖カタリナの教会があり、その名はイザベル・ロメ(ジャンヌの母)のもうひとりの娘に与えられていたからだ。[274]
ジャンヌは、高名な聖職者たちが知っているような聖カタリナの物語、例えば、このころブルゴーニュ公の秘書ジャン・ミエロによって書き記されたような物語を、確かに知っていたわけではない。
ジャン・ミエロは、アレクサンドリアの処女(聖カタリナ)が、ホメロスの精妙な議論、アリストテレスの三段論法、有名な医師アスクレピオスやガレノスの極めて学識深い論理に反論し、自由七科(当時推奨された教養科目)を修め、弁証法の規則に従って論争した様子を語っている。[275]
ジャック・ダルクの娘(ジャンヌ)は、そうしたことについては何ひとつ知らなかった。彼女が聖カタリナを知っていたのは、当時広く出回っていた俗語の詩や散文の物語からだった。[276]
============
コストゥス王とサビネラ妃の娘であるカタリナは、成長するにつれて諸芸に長け、絹の刺繍の名手となった。
その容姿は美しく輝いていたが、魂は偶像崇拝の闇に覆われていた。
帝国の多くの男爵たちが求婚したが、カタリナは彼らを蔑んでこう言った。
「賢く、美しく、高貴で、裕福な夫を見つけてきなさい」
さて、眠りの中でカタリナは幻視を見た。
幼子イエスを腕に抱いた聖母マリアが彼女の前に現れ、「カタリナ、あなたは彼を夫に迎えたいですか?」と尋ね、続けて「私の愛しい息子よ、あなたはこの処女を花嫁に迎えたいですか?」と言った。
幼子イエスはこう答えた。
「母上、私は彼女を迎えません。偶像崇拝者から遠ざけてください。ですが、もし彼女が洗礼を受けるなら、私は彼女の指に婚礼の指輪をはめることに同意しましょう」
天の王と結婚したいと望んだカタリナは、アルメニアのネグラ山に住む隠者アナニアのもとへ行き、洗礼を願い出た。
数日後、カタリナが部屋で祈っていると、天使と聖人の聖歌隊に囲まれてイエス・キリストが現れるのを見た。
彼はカタリナに近づき、その指に指輪をはめた。
その時初めて、カタリナはこの婚礼が霊的な結婚であることを悟った。
当時のローマ皇帝はマクセンティウスだった。
皇帝はアレクサンドリアの人々に、偶像に盛大な生贄を捧げるよう命じた。
カタリナが礼拝堂で祈りを捧げていたとき、司祭たちの詠唱と犠牲となる獣たちの咆哮を耳にした。
カタリナはすぐさま広場へ向かい、神殿の門にいるマクセンティウスを見つけると、彼に言った。
「なぜあなたは、この人たちに偶像に供物を捧げるよう命じるほど愚かなのですか? あなたは、自分に仕える職人の手で建てられたこの神殿を称賛し、その装飾品を賞賛していますが、それらはすべて、風に吹き飛ばされる塵にすぎません。それよりも、空と大地と海と、その中にある万物を称賛すべきです。天の装飾品である太陽と月と星と、世界が始まったときから西へ沈み、東へ戻り、決して倦むことのない、あの巡りゆく惑星を賞賛すべきです。これらすべてをよく見て、それらの創造主が誰であるかを自問し、思い知りなさい。それこそが我らの神、万軍の主、神々の中の神であらせられる」
女よ、と皇帝は答えた。
「我らの生贄の儀式が終わるまで待て。その後で答えよう」
皇帝は、この処女の偉大な知恵と繊細な美しさに驚嘆したため、カタリナを宮殿に連れて行き、厳重に監視するように命じた。
皇帝は、エジプトの学問と自由七科に精通した50人の博士を招集し、彼らが集まるとこう言った。
「狡猾な頭脳を持つある乙女が、我らの神々は悪魔にすぎないと主張している。私は彼女に生贄を強いることも、不服従の罰を与えることもできたが、そなたたちの論理の力で彼女を屈服させた方がよいと判断した。もし彼女に勝利したなら、そなたたちに故郷に轟くほどの大いなる名誉を与えよう」
すると賢者たちは、「彼女を連れて来てください。彼女がどれほど愚かで無謀かを白日の下にさらし、彼女の口から『今まで叡智を知る人に会ったことがなかった』と言わせてみせましょう」と答えた。
賢者たちと論争することを知り、カタリナは自分がイエス・キリストの福音を立派に弁護できないのではないかと恐れた。
しかし、天使が彼女の前に現れて言った。
「私は神から遣わされた大天使・聖ミカエルである。そなたがこの論争で勝利を収め、主イエス・キリストにふさわしい者となり、彼のために戦う者たちの希望となり、王冠に値する者となることを伝えるために来たのだ」
そして、カタリナは博士たちと論争した。
彼らが「神が人間となり、悲しみを知ることは不可能だ」と主張すると、カタリナは「イエス・キリストの降誕と受難は、異教徒(ユダヤ人から見たエジプト人)自身にも告げられており、プラトンやシビュラによって予言されていた」と主張した。
⚠️シビュラ(Sibyl):古代ギリシャ・ローマの伝説でアポロンの神託を告げた巫女の名。
博士たちは、これほど説得力のある議論に反論する術がなかった。
それゆえ、彼らの中の長が皇帝に進言した。
「陛下もご存知の通り、これまで私たちと議論して混乱も沈黙もしなかった者は一人もいません。しかし、神霊が乗り移っているこの娘は、私たちを驚嘆させました。私たちはイエス・キリストについて何も知らず、何かを言う勇気もありません。恐れながら申し上げますと、もし皇帝陛下が私たちの神々を崇拝するために説得力ある議論ができないならば、私たちはみな、キリスト教の改宗を受け入れるでしょう」
この進言を聞いた皇帝は、激しい怒りに駆られて暴君と化し、町の中心で博士50人を焼き殺した。しかし、彼らが真実のために苦しんだ証として、衣服も頭髪も火に触れなかった。
その後、皇帝マクセンティウスはカタリナに言った。
「おお、処女よ、高貴な血筋を引き、帝国の紫衣を纏うにふさわしい者よ。そなたの若さに免じて考え直し、我らの神々に生贄を捧げよ。もし同意するなら、私の宮殿でそなたを皇后に次ぐ身分に据え、町の中央にそなたの像を置き、全人民がそなたを女神のように崇拝するだろう」
しかし、カタリナは答えた。
「そのようなことを言ってはいけません。考えるだけでも罪です。イエス・キリストは私を花嫁に選びました。彼こそが私の愛であり、私の栄光であり、私の喜びのすべてです」
甘い言葉で懐柔するのは不可能だと悟った暴君は、恐怖で服従させようと考え、皇帝は死をちらつかせて脅した。
しかし、カタリナの勇気は揺るがなかった。
「イエス・キリストは、私のために、自らを生贄として父なる神に捧げられました。彼の名の栄光のために、私は喜んで自分を生贄として捧げます」
マクセンティウスはただちに、カタリナを鞭で打ち、暗い地下牢に放り込んで食べ物を与えずに放置するよう命じた。
その後、マクセンティウスは急用で遠方の州へと出発した。
さて、異教徒の皇后は、夢の中で、聖カタリナが素晴らしい光に包まれて現れる幻視を見た。
白衣をまとった天使たちが一緒にいたが、彼ら自身が放つ輝きのために、その顔を直視することはできなかった。
カタリナは、皇后に近寄るように言った。
彼女は、付き従う天使のひとりから王冠を受け取り、皇后の頭上に載せて言った。
「ご覧なさい。わが神、わが主イエス・キリストの名において、天からそなたに授けられた王冠です」
皇后の心は、この不思議な夢に悩まされた。
そこで皇后は、軍の最高司令官である騎士ポルフィリウスの付き添いで、夜の早い時間にカタリナが監禁されている牢獄に向かった。
そこでは、鳩が天から食物を運び、天使たちが処女の傷を手当てしていた。
皇后とポルフィリウスは、地下牢が非常にまばゆい光に包まれているのを見つけて、大いなる畏怖を感じ、地面にひれ伏した。
しかし、地下牢は驚くほど甘い香りが充満し、それが二人の恐怖をなだめ、勇気を与えた。
起きなさい、とカタリナは言った。
「恐れることはありません。イエス・キリストがそなたを呼んでいるのですから」
二人は起き上がり、天使の合唱の中にいるカタリナを見た。
聖女は天使のうちの一人の手から、黄金のように輝く非常に美しい王冠を受け取り、それを皇后の頭上に載せた。
この王冠は殉教のしるしだった。
実際、この皇后と騎士ポルフィリウスの名前は『永遠の報いの書』にすでに記されていた。
⚠️永遠の報いの書(eternal rewards):キリスト教の伝統的な概念である「生命の書(Liber Vitae)」とも。新約聖書『ヨハネの黙示録』に登場する、神に救われる人の名が記された天上の帳簿のこと。ここに名がある人は、死後に天国で永遠の命を得ることが約束されている。信仰のために殉教することの誉れを説いている。
皇帝マクセンティウスは帰還すると、カタリナを自分の前に連れて来るよう命じて、こう言った。
「二つのうち一つを選べ。生贄を捧げて生きるか、それとも苦悶のうちに死ぬかだ」
カタリナは「私の望みは、イエス・キリストに私の血肉を捧げることです。彼こそが私の愛する人であり、私の羊飼いであり、私の夫なのです」と答えた。
すると、皇帝はアレクサンドリアの長官クルサテスに、鋭利な鉄のスパイクを取り付けた四つの車輪を作るよう命じた。祝福されし聖カタリナを、この車輪の上で、無惨で残酷な死に至らしめるためである。
しかし、天使がその装置を破壊した。そのすさまじい勢いで、破片がこなごなに飛び散って多くの異教徒が死亡した。
塔の上からこの光景を見た皇后は、降りてきて皇帝の残酷さを非難した。
マクセンティウスは怒りに震え、皇后に生贄を捧げるよう命じた。皇后が拒むと、彼女の乳房をえぐり取り、首をはねるよう命じた。
皇后が刑場へと連行される間、カタリナは彼女を励ます言葉をかけた。
「神に愛されし女王よ、行きなさい、喜びなさい。あなたは今日、儚い王国と永遠の帝国を交換し、不実な夫と不滅の恋人を取り替えるのですから」
皇后は城壁の外に連れて行かれ、処刑された。
騎士ポルフィリウスは皇后の遺体を運び出し、イエス・キリストの弟子として手厚く葬った。
そこでマクセンティウスはポルフィリウスを処刑し、遺体を犬に投げ与えた。
それからカタリナを自分の前に呼びつけて、こう言った。
「おまえの魔術によって皇后が殺された。今、悔い改めれば、私の宮殿で第一夫人になる。今日こそ神々に生贄を捧げよ。さもなければ、おまえの首は切り落とされるだろう」
カタリナは「あなたの好きなようになさいませ。そうすれば、私は神の子羊を取り囲む乙女たちの一員になれます」と答えた。
皇帝は斬首を宣告した。アレクサンドリアの町の外にある処刑場に連れて行かれながら、カタリナは天を仰ぎ見て言った。
「イエスよ。信者の希望と救済を、処女の栄光と美しさを、私はあなたに祈ります。私の殉教と引き換えに、死やあらゆる危険の中で、私を呼ぶ者の祈りに耳を傾け、応えてくださるようお願いします」
すると、天から声が聞こえた。
「来なさい、私の愛する花嫁よ。天の門はあなたに開かれている。そして、あなたの取りなしによって、私を呼ぶ者には、天高きところから助けを与えると約束する」
斬首された娘の首からは、血ではなく乳が流れた。
こうして聖カタリナは、11月25日の金曜日に俗世を去り、天上の幸福へと旅立った。[277]
============
2.4 聖ミカエルの約束
大天使・聖ミカエル(ミシェル)は約束を忘れなかった。
聖カタリナ(カトリーヌ)と聖マルガリータ(マルグリット)は、彼が言ったとおりに現れた。
最初の訪問で、若い農民の娘(ジャンヌ)は「神が望む限り処女を守る」と彼女たちに誓った。[278]
このような約束に何か意味があるとすれば、ジャンヌは当時何歳だったとしても、もう子供ではなかったのかもしれない。
天使と聖女たちが最初に現れたのは、ジャンヌが女性としての入り口に立つ直前、つまり「子ども」から「大人の女性」になるかどうかという時期だったと思われる。[279]
聖女たちはすぐにジャンヌと親しい関係になった。[280]
毎日、時には一日に何度も村にやって来た。
天から降り注ぐ光の中に現れた彼女たちは、女王のように輝き、頭に黄金の冠をかぶり、豪華で貴重な宝石を身に着けているのを見ると、ジャンヌは敬虔に身を乗り出し、頭を低く垂れて十字を切り、深々とお辞儀をした。[281]
聖女たちは尊い血筋の淑女だったので、ジャンヌの挨拶に応えた。
それぞれに独自の挨拶のやり方があり、ジャンヌはこのやり方で一人一人を区別した。なぜなら、彼女たちの顔はまばゆい光で輝いているため、まぶしくて見ることができなかったからだ。
聖女たちは、地上に生まれた友人が彼女たちの足に触れ、衣服の裾にキスをし、彼女たちが放つ甘い香りを夢中で吸い込んで陶酔することを、快く許してくれた。[282]
聖女たちはジャンヌに丁重に話しかけた。[283] ジャンヌにはそう思えた。
また、聖女たちはこの卑しい身分の乙女を「神の娘」と呼び、ジャンヌに「善良な生活を送り、教会に行くように」と教えた。
聖女たちは毎回何か新しいことを言うわけではなかったが、頻繁にやって来て、ジャンヌが喜ぶようなことを話した。聖女たちが姿を消すと、ジャンヌは彼女たちが踏みしめた地面に熱烈に唇を押し当てた。[284]
ジャンヌはしばしば、教会の敷地に近い小さな庭で天界の女性たちを迎えた。
泉の近くでも彼女たちに会い、しばしば彼女たちは、天の仲間に囲まれて小さな友人(ジャンヌ)の前に現れることさえあった。
イザベルの娘ジャンヌは、よくこう言っていた。
「天使がキリスト教徒のところに降りてくるとき、いつも姿を見せないのに、私には見えるのよ」[285]
森の中、葉っぱが軽やかにざわめく中で、特に朝晩の祈りの鐘が鳴ったとき、ジャンヌはその甘い言葉を最もはっきりと聞いた。
ジャンヌは、彼女たちの声が混ざり合う鐘の音が大好きだった。
そのため、教区の司祭(墓守)ペラン・ル・ドラピエが、夜9時に鐘を鳴らすのを忘れたとき、ジャンヌは彼の怠慢を責め、義務を果たしていないと叱りつけた。
ジャンヌは、これからも鐘を鳴らすことを忘れなければお菓子をあげると彼に約束した。[286]
ジャンヌはこれらのことを司祭に何も話さなかった。
ある優れた神学者によると、これはジャンヌを非難する理由になる。だが、他の同様に優れた神学者によると、ジャンヌを称賛する理由になるという。
なぜなら、私たち(一般信徒)は信仰の問題について教会の高位聖職者に相談することになっているが、その一方で、聖霊の恩寵が注がれているところには完全な自由が支配しているからである。[287]
2.5 ジャンヌを導く「声」の正体
二人の聖女が訪問するようになってから、聖ミカエルは以前ほど頻繁には来なくなったが、ジャンヌを見捨てたわけではなかった。
ある時、聖ミカエルはジャンヌに、フランス王国への愛について語りかけた。それは、ジャンヌの心に宿る愛だった。[288]
乙女(ジャンヌ)の魂がより神聖で英雄的になるにつれて、聖なる訪問者たちの声はますます強く、熱心になった。彼らはジャンヌに使命を明らかにした。
「神の娘よ。あなたは村を離れてフランス(イル・ド・フランス)へ行かなければなりません」[289]
⚠️補足:当時のドンレミ周辺の人々にとって「フランス」とは王領地(パリ周辺)を指す言葉であり、自国(ロレーヌ・バル)とは区別されていた。
ジャンヌが「声」を通して思いついたこの聖なる軍事的使命というアイデアは、外部からの介入なしに、自然に彼女の心に浮かんだものだったのか、それとも彼女に影響を与えている誰かによって示唆されたのか?
この問題は、わずかな手がかりがなければ解明できないだろう。
ドンレミ村のジャンヌは、「フランスが一人の女によって破滅し、一人の乙女によって救われる」という予言を知っていた。[290]
この予言はジャンヌに強い印象を与えたばかりか、のちに自分自身が予言された乙女であると信じ、確信していることを示すような話し方をした。[291]
では、ジャンヌにこの予言を教えたのは誰か? 村の農民か?
いや、農民たちはこの予言を知らなかった。どちらかというと、聖職者たちの間で流布していたと考える方が自然だろう。[292]
さらに、この件で重要なのは、ジャンヌがこの予言の「特殊な形式」を知っていたということだ。
それは明らかにジャンヌのためにアレンジされた内容で、「救世主の乙女はロレーヌの国境から来る」と地域が特定されていた。
この手の込んだローカルな追加文は、牛飼いのしわざではない。(ジャンヌの)魂を導き、行動を焚き付ける能力のある誰か(の存在)を示唆している。
このように改訂された予言は、目的を容易に推測できる聖職者のしわざであることはもはや疑いようがない。
それ以来、幻覚を見る若き予言者(ジャンヌ)は、この考えに取り憑かれて動揺し、意識を支配されている。
その人物は、どういうつもりでこのようなことをしたのか。
ムーズ川のほとり、田舎の慎ましい人たちの間で、哀れなフランス人の運命に心を痛めていたある聖職者が、ジャンヌの幻覚(ビジョン)を王国の繁栄と平和実現に結びつけて導こうとした。
この人物は、敬虔な熱意に突き動かされて、フランス王室の救済に関する予言を集め、自分の計画を実現することを目的に「予言を追加」した。
ロレーヌやシャンパーニュ地方の司祭たちの中から、当てはまる聖職者を探してみよう。彼らは、国難のために残酷な苦しみを強いられていた。[293]
税金と補助金(臨時税)の重荷に押しつぶされ、貨幣の改鋳によって破産した商人や職人たち[294]、家も納屋も工房も破壊され、畑が荒廃した農民たちは、もはや公共の礼拝の費用を負担できなかった。[295]
封建的な義務と信徒の寄付を両方とも奪われた聖職者たちは、修道院を去り、パンを求めて家から家へ物乞いしていた。修道院には、老いた修道士2〜3人と子どもたち数人しか残っていなかった。
要塞化された修道院は、両陣営の隊長や兵士を引き付けた。
彼らは城壁の中に立てこもり、略奪と焼き討ちを繰り返した。
そのような状況で、聖なる修道院のひとつがなんとか持ちこたえると、さまよう村人たちはそこを避難所にした。食堂や寝室が女性たちに侵入されるのを防ぐことは不可能だった。[296]
信仰の苦しみと醜聞の苦しみに悩む、暗く混沌とした群衆の中に、予言の改訂者と乙女(ジャンヌ)の指導者がいると推測できる。
ドンレミ村の司祭ギヨーム・フロンテ師が、その人物であるとは考えられない。
ジャン・ミネ師(ジャンヌが生まれたときに洗礼を担当)の後継者となったフロンテ師は、残っている会話から判断すると、その他大勢の信徒たちと同じくらい素朴だった。[297]
ジャンヌは多くの司祭や修道士と交流していた。
母方の叔父であるセルメーズの司祭を訪ねる習慣があり、シュミノンの修道院では[298]、ジャンヌの後を追ってフランスに来ることになる若い下級聖職者のいとこに会っていた。
ジャンヌの並外れた信心深さと、大多数のキリスト教徒には見えないものを見る能力を、彼らはすぐに認識しただろう。
彼らはジャンヌとさまざまな会話をしたに違いない。もし、会話の内容が保存されていれば、ジャンヌに素晴らしい召命のインスピレーションを与えた源(ソース)のひとつを教えてくれただろう。
ジャンヌと交流していた聖職者の誰か、その名は永遠にわからないが、フランスの王と王国のために天使のような救世主を育てた。
2.6 ジャンヌの動揺と村人の反応
その間、ジャンヌは幻想の中で生きていた。
自分がどのような影響を受けているかを知らず、「声」の中に人間の心の反響や自分自身の心のささやき(促し)を認識することもできず、聖人たちがフランスへ旅立つように告げるとジャンヌは臆病になった。
「私は哀れな少女で、馬に乗る方法も、戦争をする方法も知りません」[299]
啓示を受けるようになってすぐ、ジャンヌは遊んだり外出することをやめた。
それ以来、妖精の木の周りで踊ることはほとんどなく、踊ったとしても子供たちと遊ぶときだけだった。[300]
彼女はまた、畑で働くこと、特に羊の見張り番をすることを嫌ったようだ。
ジャンヌは幼いころから敬虔な兆候を見せていた。
今では、極端な信心深さに身を任せ、ひんぱんに懺悔し、熱狂的な情熱で聖体拝領を受け、毎日教区の教会でミサに出席した。
ジャンヌはいつでも教会にいて、時には地面にひれ伏し、時には手を組み、主イエス・キリストの像や聖母マリアの像に顔を向けていた。
ジャンヌは、ノートルダム・ド・ベルモンの礼拝堂を訪れる土曜日まで待っていられなかった。
両親がジャンヌは羊を世話していると思っているとき、奇跡を起こす聖母の足元にひざまずいていたこともあった。
村の司祭ギヨーム・フロンテ師は、教区の中で最も純真な(愚かな)信徒を褒めることしかできなかった。[301]
ある日、彼はため息をつきながら言った。
「もし、ジャネットがお金を持っていれば、ミサの祈りを唱えるたびに私にくれるだろう」[302]
善良な父ジャック・ダルクは、普通の田舎暮らしからかけ離れた、巡礼や瞑想、その他の習慣について、ときどき不満を漏らしていたかもしれない。
村では誰もがジャンヌを奇妙で気まぐれだと思っていた。
メンジェットとその友人たちは、ジャンヌを見て「信心深すぎる」と言い[303]、一緒に踊らないことを咎めた。
特に、ジャンヌの名付け親である幼いニコラ少年の母であるジェラルダン・デピナルの若妻イザベレットは、踊ることにほとんど関心を示さないジャンヌを激しく非難した。[304]
ジャン・コランの息子と村の若者たち全員が、ジャンヌの信心深さをからかった。彼女の宗教的な恍惚状態の発作は、笑いを誘った。
少し気が狂っていると思われ、ジャンヌはしつこい嘲笑に悩まされた。[305]
しかし、ジャンヌは自分の目で楽園の住人を見た。
彼らがジャンヌのもとを去るとき、ジャンヌは泣き、自分も連れて行ってくれればよかったのにと願った。
「神の娘よ、あなたは村を離れてフランスへ行かなければなりません」[306]
聖カタリナと聖マルガリータは再び話しかけ、次のように告げた。
「天の王からあなたに送られた旗を手に取り、大胆に持ちなさい。そうすれば、神はあなたを助けてくださるでしょう」
美しい冠をかぶった聖女たちの言葉を聞いていると、ジャンヌは馬に乗って長い遠征に出かける願望と、天使が戦士たちの頭上に舞いおりる戦いへの憧れに取りつかれた。
しかし、どうやってフランスへ行けばいいのか?
どうやって武装した兵士たちと交流すればいいのか?
無知で寛大で衝動的なジャンヌが聞いた「声」は、ただ自分の本心を明らかにしただけで、悲しい動揺の中に彼女自身を置き去りにした。
「私は哀れな少女で、馬に乗る方法も、戦争をする方法も知らない」[307]
2.7 ドンレミ村:聖レミの伝説
ジャンヌの生まれ故郷の村は、聖レミ(レミギウス)にちなんで名付けられた。[308]
教区の教会は、ガリアの偉大な使徒の名前を冠していた。聖レミはクロヴィス王(フランス王国の前身フランク王国の初代国王)に洗礼を授け、トロイアの偉大な王プリアムの血筋を受け継ぐ尊いフランス王家で最初のキリスト教徒に聖油を注いだ。
聖レミの伝説は、聖職者によって語り継がれてきた。
当時、ラオンの地に住んでいた敬虔な隠者モンタンは、天使の聖歌隊と聖人たちの集会を目撃し、豊かで甘美な声を聞いた。
「主は地上に目を向けられた。鎖に繋がれた者のうめき声を聞き、殺された者の子らを解放する。民が集まり、王たちが主に仕えるとき、彼らがシオンで主の名を、エルサレムで主の賛美を宣言するためである。[309] また、キリニアは民を救うために一人の子を産まなければならない」
キリニアは高齢で、夫のエミリウスは盲目だった。
しかしキリニアは身ごもり、男児を産んだ。赤ん坊に与えた乳で父親の目をこすると、すぐに彼の目がひらき、見えるようになった。
天使によって誕生が予言されていたこの子どもは、レミと名付けられた。
レミとは「櫂(オール)」を意味する。彼の教えによって、切れのいい櫂のように、神の教会、特にランスの教会を人生の荒波を越えて導き、その功績と祈りによって、永遠に救済される天の王国に連れて行くからである。
キリニアの息子レミは、隠遁してキリスト教の聖なる戒律を守りながら、ラオンで敬虔な若年期を過ごした。
彼が22歳になったばかりの頃、ベナード(ベナデ)司教の死により、ランスの司教座が空席となった。
大勢の人が、レミを「群れを導く羊飼い」に指名した。
レミは「自分のような若輩には重すぎる」と言って辞退した。
しかし突然、レミの額に天から光が降り注ぎ、神聖な液体が彼の髪に注がれ、不思議な香りが漂った。
そこで、ランス地方の司教たちはためらわず、すぐに一致してレミを自分たちの司教に任命した。
司教座についたレミは、惜しみなく施しを行い、いつも慎み深く、熱心に祈り、完璧な慈善活動を行い、教義は素晴らしく、聖なる言葉を話した。山上に建てられた都市を仰ぐように、レミはすべての人から賞賛されていた。
当時、フランス王クロヴィスは、仲間の騎士たちとともに異教徒だった。
しかし、王はキリストの名を唱えて、ゲルマン人に対して大勝利を収めた。
そのため、彼の妻である聖なるクロティルド妃の懇願により、王はランス司教の手で洗礼を受けようと決意した。
王の敬虔な願いが伝えられると、聖レミは王と臣民に、サタンとその虚飾とその行い(業)を放棄し、神とその子イエス・キリストを信じなければならないと教えた。
厳粛な復活祭が近づくと、聖レミは彼らに、信者の慣習に従って断食するように命じた。
主の受難の日、つまりクロヴィスが洗礼を受ける日の前夜、聖レミは早朝、王と王妃のもとへ行き、使徒たちの王である聖ペテロに捧げられた礼拝堂へ彼らを連れて行った。
突然、礼拝堂は太陽の光が影に見えるほど明るい光で満たされ、その光の中から声が聞こえてきた。
「あなたがたが安らかであるように。安らぎとは私である。恐れるな、私の愛の中にとどまるように」
これらの言葉の後、光は消えたが、礼拝堂には言葉にできない甘美な香りが残った。聖なる司教レミは、モーゼのように神の輝きで照らされた顔で、預言を告げた。
「クロヴィス王とクロティルド妃、あなたたちの子孫は王国の境界を押し戻すだろう。彼らはイエス・キリストの教会を建立し、異国の敵に勝利するだろう。ただし、徳から堕落せず、救済の道から外れず、滅びにつながる罪深い道や、帝国を転覆させ、ある国から別の国へと支配権を移すような大悪徳の罠にはまらないことを条件とする」
その間に、王の宮殿から洗礼堂への道が準備された。豪華な「垂れ幕」が掛けられ、通りの両側の家は「吊るし飾り」で覆われ、教会は飾られて、洗礼堂にはバルサム(香油)やあらゆる種類の甘い香りのハーブが敷き詰められた。
神の恵みに圧倒された人々は、すでに天国の喜びを味わっているかのようだ。
行列は宮殿から出発し、聖職者は十字架と旗を持ち、賛美歌や聖なる歌をうたいながら先導し、次に司教が王の手を引いて進み、最後に王妃が民衆と共に続いた。
道中、王は司教に「あそこに約束された神の王国があるのか」と尋ねた。
聖レミは「いいえ」と答えて、「しかし、ここは神の王国につながる道の始まりです」と言った。
彼らが洗礼堂に到着すると、司祭は群衆に邪魔されて聖水盤にたどり着けず、神の定めたとおり、祝福する聖油がなかった。
そこで、司教は天を見上げ、沈黙して涙ながらに祈った。
すると、雪のように白い鳩が降りてきて、そのくちばしに天から送られた聖油入りの小瓶をくわえていた。
天の油は芳しい香りを放ち、群衆はそれまで経験したことのない喜びで酔いしれた。
聖なる司教は小瓶を手に取り、洗礼の水に聖油を振りかけると、すぐに鳩は消えた。
このような偉大な恵みの奇跡を目撃して、王は喜びに満たされ、サタンとその虚飾とその行い(業)を放棄した。
王はすぐに洗礼を受けたいと願い、いのちの泉に身をかがめた。[310]
それ以来、フランスの王たちは、鳩が天から運んできた聖油で油を注がれてきた。
聖油を収めた聖なる小瓶は、ランスの聖レミ教会に保管されている。
そして、神の恵みにより、王の塗油式の日になると、この小瓶は常に満杯になっているのだった。[311]
2.8 使命を自覚
これが聖職者たちの物語(聖レミの伝説)である。
ドンレミ村の農民たちは、より控えめな調子で同じことを、あるいはそれ以上のことを話していたかもしれない。
村人たちは、聖レミの祈りの歌をうたっていただろう。
毎年、10月1日の守護聖人の祭日が近づくと、司祭はいつもこの聖人を称える演説をした。[312]
この頃、ランスでは、ガリアの使徒の奇跡を再現した神秘劇が上演された。[313]
その中には、田舎の素朴な魂に強く訴えかける演目があった。
聖レミは、悪魔に取り憑かれた盲人を癒した。
ある男は、死後の魂の救済のためにランスの教会に財産を捧げて亡くなったが、死後10年経つと、聖レミは彼を生き返らせて、贈り物を与えると公表した。
飲み物がない人たちに歓待された聖レミは、彼らの樽に奇跡のワインを満たした。
聖レミはクロヴィス王から水車小屋(製粉工房)を贈られたが、製粉工がそれを引き渡すことを拒否したため、聖レミは神の力で工房をひっくり返し、地中に投げ捨てた。
ある夜、聖レミが一人で礼拝堂にいると、聖職者たちは全員眠っていたが、栄光の使徒ペトロとパウロが天国から降りてきて、聖レミとともに朝の祈りをおこなった……など。
フランスのクロヴィス王の洗礼と、聖霊の降臨について——聖霊が「来たり給え、創造主なる聖霊よ(Veni Creator Spiritus)」を歌いながら、神に祝福された聖油の瓶をくちばしにくわえて運んできた伝説——を、ドンレミ村の住民よりも詳しく知っていた人がいるだろうか?[314]
聖レミがクロヴィス王に語った言葉を、ドンレミ村の人々よりも知っている人はいない。教会で話すラテン語ではなく、民衆が話す善良な国言葉で、次のようなものだ。
「さあ、王よ、知識を学び、神に忠実に仕え、公正に裁きなさい。そうすれば、あなたの王国は繁栄するでしょう。もし、王道が正義から外れるならば、この王国は滅びの危機にさらされるでしょう」[315]
ようするに、ジャンヌは、彼女を導いた聖職者や故郷の農民を通じて、何らかの方法で、ランスの聖油のことや王家の血筋を大切にしていた聖レミのこと、フランス王たちの塗油式について知っていたのである。
そして、大天使がジャンヌに現れてこう言った。
「神の娘よ、あなたは王太子をランスへ連れて行き、ふさわしい塗油式を受けられるようにしなさい」[317]
ジャンヌは理解した。
目からベールが剥がれ落ち、心に明るい光が差し込んだ。
神がジャンヌを選んだ理由は、王太子シャルルをランスに導いて塗油式を受けさせるためなのだと。
昔、聖レミのもとに送られた白い鳩は、処女の呼びかけで再び降りてくるだろう。
フランスを愛する神は、彼らの王にしるしを付ける。
しるしがなければ王権は消滅する。
聖油を塗る儀式によってのみ、王は作られる。
王太子シャルル・ド・ヴァロワ卿はまだ塗油式を受けていない。
すでに、父王はサン・ドニ大聖堂の霊廟で王冠と笏を持って横たわっているのに、息子はまだ王太子にすぎず、尽きることのない聖油が王太子の額に流れる日まで、王家の遺産を受け継ぐことはできない。
神は、若くて無知な農民の少女を選んだ。敵地を通り抜けてランスまで王太子を導き、そこで彼は聖ルイに注がれた聖油を受けるだろう。
神の道は、計り知れない!
馬の乗り方も知らず、戦争のやり方も知らないこの卑しい娘を、キリスト教国フランスの世俗的な代理人(シャルル七世)を神のもとに連れてくるために選ばれた。
それ以来、ジャンヌは自分がどんな偉業を成し遂げるべきかを自覚した。
しかし、まだそれを達成するための手段を見極めていなかった。
聖カタリナと聖マルガリータは、「あなたはフランスへ旅立たなければなりません」と言った。
大天使ミカエルは、「神の娘よ、あなたは王太子をランス[318]へ連れて行き、ふさわしい塗油式を受けられるようにしなさい」と言った。
ジャンヌは彼らに従わなければならない——だが、どうやって?
もしその時、ジャンヌを導く敬虔な助言者がすぐそばにいなかったとしたら、ちょうどその頃、ジャンヌの父親に起こった、非常に個人的でさして重要ではないある出来事が、若き聖人ジャンヌに道を指し示す役割を果たしたのかもしれない。
2.9 最初の支援者:ラッソワおじさん
1419年に「島の要塞」の城主(首席借家人)となり、1423年に村の長老となったジャック・ダルクは、ドンレミ村の有力者のひとりだった。
村人たちは彼を高く評価し、すすんで難しい仕事を任せた。
1427年3月末、彼らはロベール・ド・ボードリクールにかかわる訴訟で、正式な代理人としてジャック・ダルクをヴォークルールに派遣した。
それは、モンティニー・ル・ロワに住むグイヨ・ポワニャンという人物が、グルー村およびドンレミ村の領主と住民にただちに支払うよう求めた損害賠償の件だった。
この損害賠償の発端は4年前にさかのぼる。コメルシーの若領主が、村人を「保護」する見返りに、グルー村とドンレミ村から220エキュドール(金貨)に相当する上納金を支払うように強要した。
グイヨ・ポワニャンはその支払いの保証人だったが、期限までに間に合わなかった金額の担保として、コメルシーの貴公子は、ポワニャンが所有する木材、干し草、馬を差し押さえた。
被害額は120エキュドールに相当し、ポワニャンは、グルー村とドンレミ村の領主および農民からその金額分を取り戻そうとしたのである。
1427年、この訴訟はまだ係争中で、村はジャック・ダルクを正式な代理人に指名し、ヴォークルールに派遣した。訴訟の結果はわからないが、「ジャンヌの父がロベール・ド・ボードリクールに会って話をした」という事実だけで、十分注目に値する。[319]
ジャック・ダルクは村に帰ってくると訴訟の進展について話しただろう。貴族に会うときの作法や言葉づかいについて語ったことが何度もあっただろうし、ジャンヌもそれを聞いただろう。彼女はボードリクールの名を耳にしていたに違いない。
その時、ジャンヌの輝かしい友人である大天使の騎士が再び現れ、彼女の中に眠っている漠然とした考えを目覚めさせた。
「神の娘よ。ヴォークルールの町へ行き、ロベール・ド・ボードリクールに会いなさい。彼はあなたを優しい王太子のもとへ連れて行く兵士を与えてくれるでしょう」
ジャンヌは、自分の望みと一致する大天使の命令に忠実に従うことを決意した。しかし、母親は敬虔な人ではあるものの計画に協力してくれそうになく、父親は強く反対するだろうと予見していた。
そのため、彼女は両親に打ち明けることを控えた。[321]
ジャンヌは、デュラン・ラッソワこそが、必要な援助を与えてくれる人だと考えた。彼はジャンヌのいとこだが、16歳も年上だったので叔父と呼んでいた。
二人の親戚関係は婚姻によるものだ。ラッソワは、農夫ル・ヴズールとアヴェリンの娘でイザベル・ド・ヴートンの姉妹であるジャンヌと結婚し、したがって彼はイザベルの娘の実のいとこ(一等親のいとこ)だった。[322]
⚠️ジャンヌの親族関係は非常に複雑で、田舎らしい曖昧さが含まれている。それほど重要ではないので、「親戚」と認識してもらえれば十分。
ラッソワは妻、義父、義母とともに、ムーズ川左岸にある緑豊かな谷間に、数軒の農家がある小さな集落、ビュレ=アン=ヴォーに住んでいた。距離はドンレミ村から5マイル(約8キロ)、ヴォークルールからは2.5マイル(約4キロ)足らずだ。[323]
ジャンヌはラッソワに会いに行くと、自分の計画を打ち明け、「ロベール・ド・ボードリクール卿に会わなければならない」と説明した。
親切な親族が、この話をもっと簡単に信じてくれるように、ジャンヌはすでに述べた奇妙な予言について何度も話した。
「女がフランス王国を破滅させ、女がそれを再建するという話は、昔から知られていたんじゃないの?」[324]
この予言は、デュラン・ラッソワに思案を促したようだ。
予言された2つのうち、ひとつめの「悪いこと」はトロワの町で起こった。イザボー王妃(シャルル七世の母)が、百合の王国フランスとカトリーヌ王女(シャルル七世の姉)をイングランド王に譲渡したときに実現した。
残る、ふたつめの「善いこと」も実現するように願うばかりだった。
もし、デュラン・ラッソワの心に、王太子シャルルへの敬愛があったなら、予言の成就は彼の願いでもあっただろう。しかし、この点については歴史は沈黙している。
ジャンヌはいとこを訪問中に、親族であるヴートン家とその子どもたちと、それ以外の人にも会った。
彼女は、ビュレの集落が属するマクセ=シュル=ヴェーズ教区に住む、ジョフロワ・ド・フーという名の若い貴族を訪ねた。
ジャンヌは「フランスに行きたい」と打ち明けた。
ジョフロワ卿はジャンヌの両親についてほとんど知らず、名前さえ知らなかった。
しかし、ジャンヌは善良で素朴で信心深い女性に見えたので、彼は彼女の驚くべき計画を応援した。[325]
ビュレの集落に来てから1週間後、ジャンヌは目的を達成した。デュラン・ラッソワはジャンヌをヴォークルールに連れて行くことを承諾した。[326]
出発する前、ジャンヌは叔母アヴェリンに頼みごとをした。彼女は妊娠中だった。
「もし、あなたが産む赤ちゃんが女の子だったら、亡くなった姉を偲んでカトリーヌと名付けてください」
カトリーヌはコラン・ド・グルーと結婚していたが、ちょうど亡くなったばかりだった。[327]
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みいただきありがとうございます。「価値がある」「応援したい」「育てたい」と感じた場合はサポート(チップ)をお願いします。