教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|下巻・第十三章 撤回の誓い/最初の判決
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アナトール・フランス著『ジャンヌ・ダルクの生涯(Vie de Jeanne d'Arc)』完訳プロジェクト。原著は1908年発行。
1920年:ジャンヌ・ダルク列聖
1921年:A・フランス、ノーベル文学賞受賞
1922年:ローマ教皇庁の禁書目録に登録
現在、禁書制度は廃止されてますが、教皇庁は「カトリック教義を脅かす恐れがある禁書だった本を推奨することはできない」という立場を表明しています。
▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか
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13.1 ジャンヌに対する12箇条の宣告:5月19〜23日(1)全文朗読
⚠️下記『ジャンヌに対する12箇条の宣告』は英訳版をAIで下訳してから当方が独自に修正し、さらに旧翻訳版(吉江孤雁訳, 1917年)および高山一彦編訳『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』(白水社, 1984年)の訳文を参考にしている。(敬称略)
⚠️敵方の公文書につき、ジャンヌの言動や信条はひどく歪められているが、当時のジャンヌの詳細な服装について書かれている第5条はビジュアル的にも資料価値が高い。
5月19日土曜日、50人にのぼる博士と教授たちがルーアンの大司教礼拝堂に集まった。そこで彼らは満場一致で「パリ大学の決定に同意する」と宣言し、ボーヴェ司教はジャンヌに対してあらためて慈悲深い訓戒を与えるよう命じた。[842]
それを受けて、23日の水曜日、ボーヴェ司教、副審問官(ジャン・ル・メートル)、検事(ジャン・デスティヴェ)はジャンヌの独房に近い城内の一室を訪れた。7人の博士と教授たちに加えて、ノワイヨン司教とテルアンヌ司教が同行した。[843]
後者(テルアンヌ司教)は、ジャンヌを売り渡したジャン・ド・リュクサンブールの兄弟で、イングランド大評議会における最も著名な人物のひとりだった。ランス大司教ルニョー・ド・シャルトルがシャルル王のフランス宰相(大法官)だったのと同様、彼はヘンリー王(ヘンリー六世)のフランス宰相を務めていた。[844]
被告(ジャンヌ)が連れてこられると、神学博士のピエール・モーリスが、彼女に12箇条を読み聞かせた。パリ大学の審議に基づいて要約され、注釈を加えたその内容は、全体がジャンヌに直接語りかける形式で記されていた。[845]
【第1条】
第一に、ジャンヌよ、汝(おまえ)は13歳ごろから啓示を受け、天使たちと聖人たち、聖カタリナと聖マルガリータの姿を目撃し、実際に汝の肉眼で何度も見たと述べた。また、それらが汝に語りかけ、今もなおしばしば言葉を交わし、汝が裁判において詳細に供述した多くのことを汝に告げたと述べた。
パリ大学の有識者一同はその他の聖職者とともに、これらの啓示ならびに聖人の御公現の様相とその目的、啓示された事柄の本質、啓示を受けた汝の人柄について検討し、あらゆる点を考察した。そして今、彼らはここに宣告する。これらの啓示ならびに御公現はすべて、人を欺く危険かつ虚偽の捏造か、さもなければ、邪悪で悪魔的な精霊に由来する迷信である。
【第2条】
同じく。汝が言うには、汝の王はしるしを受け取り、汝が神から遣わされたことを知るに至った。すなわち、翼を持ち冠を戴く多数の天使たちを従えた大天使聖ミカエルが、聖カタリナと聖マルガリータをともない、シノン城の町で汝のもとを訪れ、彼らは皆、汝とともに城の階段を上り、汝の王の部屋に入り、冠を戴いたその天使が王の前で身を屈めて敬礼した。そして、汝はかつて、汝が「しるし」と呼ぶこの王冠は、ランス大司教に与えられ、汝が名指しした多数の諸侯や貴族が見ている前で、大司教がそれを汝の王に授けたと述べた。
さて、このしるしに関して、前記の聖職者たちは宣告する。真実味に欠け、傲慢な虚偽であり、欺瞞的かつ有害な虚言であり、天使の尊厳を冒涜するものである。
【第3条】
同じく。汝が言うには、天使と聖人たちが与える正しい助言と慰め、立派な教えによって汝は彼らを見分けることができる。また、彼らはみずから名乗り、汝へ挨拶することによって、彼らが天使や聖人だとわかると述べた。また、汝に現れたのは大天使聖ミカエルだと信じ、この天使と聖人たちの言動は善良で、イエス・キリストを信じるのと同様に固く信じた。
さて、本項について、聖職者たちは宣告する。汝が主張するしるしは、聖人や天使たちを識別する根拠としては不十分である。汝が軽率に信じ、無謀に断言し、汝が『固く信じる』と表現に用いた比較に至っては、汝は信仰の道から外れている。
【第4条】
同じく。汝は未知について、将来のことをよく予見し、隠されたものを見つけ、一度も会ったことのない人を見分けることができるが、これは聖カタリナと聖マルガリータの「声」のおかげであると述べた。
本項について、聖職者たちは宣言する。これらの発言には迷信、占い、傲慢な主張、むなしいうぬぼれが含まれている。
【第5条】
同じく。汝が言うには、神の命令とその意志に従い、汝は男の衣服を着用して今も着続けている。すなわち、汝はこの服装をせよとの神の命令を受けて、短いチュニック、胴衣(袖なしの革ベスト、男性用)、多くの飾り紐のついたショース(股間と脚部を覆うぴったりしたズボン)を身につけ、頭髪を耳の上まで短く切り揃え、生まれつき備わったもの以外は女性であることを示すものを何ひとつ身につけていない。しかも、汝はしばしばこの衣服のままで聖体拝領の秘跡を受け、その衣服をやめるようにたびたび訓戒を受けたにもかかわらず、汝はそれを拒み、神の命令がない限り、この衣服をやめるくらいなら死んだ方がましだと述べた。また、今もこの衣服を着て仲間たちと共にいられたら、フランスにとっても大いなる幸福だと述べた。汝は、何があろうと、この衣服と武具を身につけないという誓いをしないと述べ、その上、これらすべての事柄は正しく、神の命令によるものだと主張している。
以上について、聖職者たちは宣告する。汝は神を冒涜し、神とその秘跡を侮辱し、神の法、聖書、そして教会の規範に違反している。汝の考えは邪悪で、信仰の道から逸脱し、虚栄心に満ち、異教徒の慣習に従って偶像崇拝と汝自身および己の衣服への崇拝にふけっている。
【第6条】
同じく。汝はしばしば手紙の中で「ジーザス・マリア」の名および十字架を記し、手紙の受取人に対し、この手紙に書かれたことを実行しなくていいと警告するためだと述べた。また別の手紙では、汝に従わない者を皆殺しにすると豪語し、誰が天国の神の恩寵をより多く受けているかを、汝の打撃によって証明してみせると公言した。さらに、汝の行為はすべて啓示ならびに神の命令によるものだと繰り返し述べている。
本項について、聖職者たちは宣告する。汝は神を欺いた裏切り者で、背徳かつ残忍で、殺戮を望み、扇動を好み、暴政をそそのかし、神の戒めと啓示の冒涜者である。
【第7条】
同じく。汝が言うには、17歳の時に受けた神の啓示に従い、父母の意志に背いて家出し、そのために父母を狂気に陥れた。汝はロベール・ド・ボードリクールのもとを訪れ、彼は汝の要求に応じて男の衣服と剣、そして汝を王のもとへ案内するための兵士を与えた。王のもとへ到達すると、汝は王に対し「敵を追い払うために来た」と伝え、王に偉大な王国をもたらし、敵に勝利を収めると約束し、さらに、そのために神は汝を遣わしたと告げた。汝はこれらのことを神への服従と啓示に従って成し遂げたと述べている。
本項について、聖職者たちは宣告する。汝は父母に不幸をもたらし、「両親を敬え」という神の戒めに背いた。汝は醜聞の原因となり、神を冒涜し、信仰の道から逸脱し、人に対して軽率かつ傲慢な約束をした。
【第8条】
同じく。汝はみずからの意思でボールヴォワールの塔から飛び降りたが、その理由は、イングランド軍の手に捕らえられ、コンピエーニュが崩壊した後も生き延びるより死を選んだからだと述べた。聖カタリナと聖マルガリータが身投げを禁じたにもかかわらず、汝は自制することができなかった。さらに、これらの聖人たちに逆らうという大罪を犯したにもかかわらず、汝は告解をしたから神はこの罪を赦した、そのことを「声」によって知っていると述べた。
本項について、聖職者たちは宣告する。汝は弱気から絶望に傾き、おそらく自殺を図って身投げに及んだ。その上、汝はこの罪について、軽率かつ傲慢にも「赦免された」と断言し、自由意志の教義に関する信仰の道から逸脱している。
【第9条】
同じく。汝が言うには、聖カタリナと聖マルガリータは、汝が処女であり続けるならば天国へ導くと約束し、汝は処女を守ると誓った。さらに汝はすでに祝福された聖人たちの栄光の中にいるかのように、そのこと(天国へ行くこと)を確信していると述べた。また汝は、自分は大罪を犯していないと信じ、もし汝が大罪を犯していたら、聖人たちは今のように毎日汝を訪ねてこないだろうと考えている。
本項について、聖職者たちは宣告する。このような主張は有害な捏造であり、傲慢かつ軽率で、汝が以前に述べたことと矛盾しており、結局のところ、汝の信条は真のキリスト教信仰から逸脱している。
【第10条】
同じく。汝が言うには、神は汝(ジャンヌ)よりも特定のある人物を強く愛しており、汝はこのことを聖カタリナと聖マルガリータからの啓示によって知った。また、これらの聖人たちはイングランドの味方ではないため、英語ではなくフランス語を話すと主張した。そして、これらの「声」が王の味方であると知って以来、汝はブルゴーニュを嫌うようになった。
本項について、聖職者たちは宣告する。それは軽率かつ傲慢な主張であり、迷信的な占いであり、聖カタリナおよび聖マルガリータに対する冒涜であり、そして「汝の隣人を愛せよ」という戒律への違反である。
【第11条】
同じく。汝が言うには、汝が大天使聖ミカエル、聖カタリナ、聖マルガリータと呼ぶ者たちにひざまずき、帽子を取り、彼らが踏んだ地面に口づけし、汝の処女を誓うことで敬意を表した。汝は彼らに呼びかけ、口づけし、抱擁までした。彼らが汝の前に現れた途端にその教えを受け入れ、司祭や他の聖職者に助言を求めることをせず、汝はこれらの「声」が神から来たことを、キリスト教の教義や我らの主イエス・キリストの受難を信じるのと同じくらい固く信じている。さらに汝は、もし邪悪な精霊が聖ミカエルの姿で現れたとしても、それを見抜き、聖人と区別できると述べた。そしてまた、汝の王に与えたしるしについて、誰にも明かさないとみずからすすんで誓ったと言い、最後に「神の命令がない限り」と付け加えた。
さて、本項について聖職者たちは宣告する。仮に、汝が主張するような啓示を受け、汝が言うような姿で現れたとしたら、汝は偶像崇拝者であり、悪魔の召喚者、信仰の背教者、軽率な捏造者、不当な立誓者である。
【第12条】
同じく。汝は、「神から受けた」と自称する命令に従わないよう教会が求めても、何人たりとも汝にそうさせることはできないと述べている。裁判で告発された汝の行為はすべて神の命令に従って行われたもので、背くことはできないと言い張っている。これらの行為に関して、汝は地上の教会やいかなる生身の人間の裁きにも服従せず、ただ神のみに服従すると述べた。さらに、汝はこの答弁自体が、みずからの意志ではなく神の命令によるものであると宣言した。
信仰箇条「ウナム・サンクタム・エクレシアム・カトリカム(Unam sanctam Ecclesiam catholicam=われ唯一の聖なる公教会を信ず)」を汝に何度も説明し、すべてのキリスト教徒は、とりわけ啓示やそれに類する事柄に関して、その言動を「戦う教会(地上の教会)」に委ねるべきであるにもかかわらず、汝はこれに従わなかった。
それゆえに、本項について聖職者たちは宣告する。汝は、教会の統一と権威を信じない分裂主義者であり、今日に至るまで頑固に信仰の道から逸脱している背教者である。[846]
13.2 ジャンヌに対する12箇条の宣告:5月23日(2)ニガヨモギと蜂蜜
ピエール・モーリスは12箇条の読み上げを終えると、ボーヴェ司教の求めに応じ、ジャンヌの説諭に移った。
彼は1428年にパリ大学の総長を務めた人物である。[847] 雄弁家として高く評価されていた。6月5日にヘンリー六世がルーアンに入城した際、参事会を代表して国王の前で演説したのも彼である。古典文学に関する知識と造詣の深さで知られており、テレンティウスの喜劇やウェルギリウスの『アエネイス(Æneid)』を含む、貴重な写本を所有していた。[848]
⚠️アエネイス(Æneid):古代ローマの詩人ウェルギリウスの長編叙事詩。トロイア滅亡後の英雄アエネイスの遍歴が書かれている。全12巻におよぶラテン文学の最高傑作だが、ラストシーンを書く前に作者が没したため未完。
この高名な博士は、あえて平易な表現を選んで、ジャンヌに自分自身の言葉や発言の影響を省みるよう求め、教会に従うよう優しく説き勧めた。
ニガヨモギ(苦言)の後にハチミツ(甘言)を差し出し、彼はやさしく親しみやすい言葉づかいで語りかけた。驚くべき巧みさで、乙女(ラ・ピュセル)の心の感情と傾向に入り込んだ。
ジャンヌが騎士道的な熱意と、彼女の手で戴冠へ導いたシャルル王への忠誠心に満たされているのを見て、ピエール・モーリスは騎士道のたとえを引き合いに出し、ジャンヌの「声」や幻影よりも、むしろ戦う教会(地上の教会)を信じるべきなのだと説明しようと試みた。
⚠️戦う教会、戦闘教会(英:Church Militant/仏:Église militante):神学用語で、地上・現世の教会のこと。
⚠️勝利の教会、凱旋教会(英:Church Triumphant/仏:Église triomphante):神学用語で、天上の教会のこと。
「もしあなたの王が、あなたにある要塞の守備を任せて『誰も中に入れてはならぬ』と禁じたとしたら、王の元から来たと主張する者が誰であれ、手紙やその他のしるしを提示しない限り、あなたは中に入れることを拒否するのではないか? それと同様に、我らの主イエス・キリストは天に昇る際、聖なる使徒ペテロとその後継者たちに教会の統治を委ねた際、神の元から来たと称しながら確かな証拠を持たぬ者を受け入れることを禁じたのだ」
そして、教会に従わないことがいかに重大な罪であるかを痛感させるために、彼はジャンヌが戦っていた時のことを引き合いに出して、王に従わない騎士の例を挙げた。
「あなたが王のところにいた時、もし王に忠誠を誓う騎士や何者かが立ち上がり『王に従わない。王にもその役人にも服従しない』と言ったとしたら、あなたは『彼は非難されるべき人物だ』と言うのではないか? ひるがえって、あなた自身についてはどうだろう。キリストの教えの中で生まれ、洗礼によって教会の娘、キリストの花嫁となったあなたが、今やキリストの役人たち、すなわち教会の高位聖職者たちへの服従を拒むとは一体どういうことか?」[849]
このようにして、ピエール・モーリスはジャンヌに自分の言葉を理解させようと努めた。
しかし、それは成功しなかった。
この子供の勇気を前にしては、世界中のどんな理屈も雄弁さも何の役にも立たなかっただろう。
ピエール・モーリスが話し終えるときに「自分の行いや言葉を教会に服従させる義務があるとは考えないのか」と問われたジャンヌは、こう答えた。
「私がこの裁判で常に主張し、述べてきたことをこれからも貫きます……。たとえ私が有罪を宣告されて、薪の束に火がつけられるのを見て、処刑人が火をかき立てようと構え、私自身がその炎の中にいたとしても、私は裁判で述べたこと以外に何も言わず、死ぬまでそれを主張し続けるでしょう」
この言葉を受けて、ボーヴェ司教は議論の終了を宣言し、判決の言い渡しを翌日まで延期した。[850]
13.3 啓蒙的な見世物:5月24日(1)処刑場へ
翌日、聖霊降臨祭の後の木曜日、5月24日の早朝、ジャン・ボーペールが獄中にいるジャンヌを訪れ、「最後の説教を聞くためにまもなく処刑台に連れて行かれる」と告げた。
「もしあなたが善良なキリスト教徒ならば、あなたは自分の行いと言葉のすべてを聖母教会、とりわけ教会の裁判官たちに委ねることに同意するだろう」
ジャン・ボーベールは、ジャンヌが「そうします」と答えたのを聞いたような気がした。[851]
もし本当にそう言ったのだとしたら、それは一連の苦悶に疲れ果て、火刑による死が迫ってくるのを感じて、ジャンヌの肉体的な勇気がひるんでしまったからに違いない。
彼が立ち去ろうとしたちょうどその時、ジャンヌはドアの近くに立っていた。ニコラ・ロワズルールは(ボーベールと)同じ助言をし、従うように説得するために偽りの約束をした。
「ジャンヌよ、私を信じなさい。救われるかどうかはあなた次第だ。女性にふさわしい服を着て、求められることをしなさい。さもなければ、あなたは死の危険にさらされる。私の言う通りにすれば、あなたに良いことが起こり、何の害も及ばない。あなたは教会の手に引き渡されるだろう」[852]
*
ジャンヌは荷車に乗せられ、武装した護衛に付き添われて、城壁の下に広がるブール・ラベと呼ばれる町の一角へと連行された。
ほんの少し進んだところで荷車は止まった。そこはサントゥアン墓地で、別名レ・エイトル[853]・サントゥアンと呼ばれていた。
⚠️レ・エイトル(les aitres):教会の入り口にある前庭・中庭のことだが、そこは教会を取り囲む埋葬地でもあった。墓碑や地下納骨堂に埋葬する資金のない人たちは、教会の周りに亡骸を埋めた。
そこでは毎年、修道院の守護聖人の祝日に、非常に人気のある市(いち)が開かれていた。[854]
ジャンヌはここで説教(最後の訓戒と判決文)を聞くことになっており、彼女以前にも、多くの不幸な人が同じ場所で同じ目に遭っていた。群衆が大挙して押し寄せることができるこのような場所は、人々を啓発する見世物をおこなう舞台としてよく選ばれた。
この広大な集団墓地の境界には、過去100年にわたり教区教会がそびえ立ち、南側には修道院の身廊があった。
教会の壮麗な建物を背にして、二つの台座が設けられていた。[855] 一つは大きく、もう一つは小さかった。多数の小さな像が彫られていたことから「マルムゼの門」と呼ばれていた玄関(ポーチ)の西側に設置されていた。[856]
⚠️マルムゼ(Marmousets):シャルル五世とシャルル六世(初期)を取り巻く寵臣たちのこと。王子でも官僚でもないが国王に非常に近い存在で、王族や公爵を遠ざけて実権を握った。
大きいほうの台座には、二人の裁判官、すなわちボーヴェ司教と副審問官(ジャン・ル・メートル)が着席した。
彼らを補佐したのは、ウィンチェスター枢機卿(Cardinal)、テルアンヌ司教(Bishop)、ノワイヨン司教、ノリッジ司教、フェカン修道院長(Abbot)、ジュミエージュ修道院長、ベック修道院長、コルネイユ修道院長、モン=サン=ミシェル=オ=ペリル=ド=ラ=メール修道院長、モルトマール修道院長、プレオー修道院長、そして集会がひらかれたルーアンのサントゥアン修道院長、さらにロングヴィル小修道院長(Prior)とサンロー小修道院長、多くの神学博士や神学士、教会法と民法の博士や修士たちだった。[857]
同様に、イングランド側の高官たちも多数列席していた。
もう一つの台座は、説教するための演壇だった。
異端審問の慣例に従い、ジャンヌに説教する役目の博士がそこに登壇した。神学博士のギヨーム・エラールで、ラングルとボーヴェの教会の参事会員(聖職者)だった。[858]
当時、彼はフランドルへ行くことを切望していた。そこでは彼が緊急に必要とされていたからである。彼は若い従者であるジャン・ド・ルニソル修道士に、この説教の役目は自分にとって大変な迷惑であると打ち明けた。
「私はフランドルに行きたい」と彼は言った。
「これは私にとって非常にいらいらすることだよ」[859]
しかし、ある観点からすれば、ギヨーム・エラールはこの役目を遂行することを喜んでいたに違いない。この演説でフランス王シャルル七世を公然と攻撃する機会を得て、彼が強く肩入れしていたイングランドの大義に対する忠誠心を示すことができるからだ。
13.4 啓蒙的な見世物:5月24日(2)シャルル七世を告発するよう迫られる
男装したジャンヌが連れてこられ、群衆の目の前で、彼の横に立たされた。[860] ギヨーム・エラールは次のように説教を始めた。
「私は『聖ヨハネによる福音書』第15章にある神の言葉を本日の主題といたします。『枝は、ぶどうの木に繋がっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができない』[861] それゆえ、すべてのカトリック教徒は、我らの主イエス・キリストの御手によって植えられた真のぶどうの木、すなわち聖母教会にとどまらねばなりません。今、皆さんの目の前にいるこのジャンヌは、誤謬から誤謬へ、罪から罪へと転落し、聖母教会の一体性から離脱し、幾千もの方法でキリスト教徒を憤慨させました」
それから、ジャンヌが王の威厳に対し、また神とカトリックの信仰に対して過ちを犯し、罪を犯したと非難した。そして、今後はこれらすべてのことを避けなければ火刑に処されると警告した。
ギヨーム・エラールは「この女の傲慢さ」を激しく糾弾した。
ジャンヌに見られるような巨大な怪物はかつてフランスに現れたことがないと言い放ち、彼女は魔女であり、異端者であり、分裂主義者であり、彼女を庇護する王もまた、このような異端者の助けを借りて王位を取り戻そうとした瞬間から、同じ非難を受ける危険を冒しているのだと述べた。[862]
説教の半ばで、彼は大声で叫んだ。
「ああ! かつては最もキリスト教的であった高貴なるフランス王家よ、汝はなんと恐ろしく欺かれたことか! みずからを汝(フランス)の長と称し、王の称号を名乗るシャルルは、異端者や分裂主義者のごとく、悪行とあらゆる不名誉に満ちた恥ずべき女の言葉を受け入れたのだ。しかも、シャルル自身だけでなく、彼の領地と支配下にあるすべての聖職者も同様である。この女の話によれば、彼らは彼女を尋問し、拒絶しなかったと言うではないか。実に嘆かわしいことだ」[863]
ギヨーム・エラールは、シャルル王に関するこれらの言葉を二度三度繰り返し、それからジャンヌを指差して言った。
「ジャンヌよ、私はおまえに言っているのだ。おまえの王は異端者であり、分裂主義者であると」
この言葉に、ジャンヌはフランスの百合とシャルル王への愛ゆえに深く傷ついた。彼女は激しい感情に突き動かされ、「声」が自分にこう告げるのを聞いた。
「あなたに説教しているその演説者に、大胆に答えよ」[864]
ジャンヌは心から「声」に従い、師を遮って言った。
⚠️補足:原文では "Maître Jean" (ジャン師)となっているが、文脈上、説教しているのは "Maître Guillaume Erard"(ギヨーム・エラール師)である。原文の誤記か、あるいは従者のジャン修道士と混同している。
「誓って申し上げます、師よ。あなたの尊敬を守りながら、私は命をかけて断言し、誓います。あの方はすべてのキリスト教徒の中で最も気高いキリスト教徒であり、誰よりも信仰と教会を愛しておられます。あなたが言うような人物では決してありません」[865]
ギヨーム・エラールは、法廷執行吏(案内係)のジャン・マシューに彼女を黙らせるよう命じた。[866] それから彼は説教を続け、次の言葉で締めくくった。
「ジャンヌよ、私の主である裁判官たちよ。彼らは何度もおまえを召喚し、おまえの行為と言葉のすべてを母なる教会に委ねるよう求めてきた。おまえの行為と言葉の中には、聖職者たちから見て、口にするのも主張するのも良くない事柄が多く含まれていたのだ」[867]
「お答えしましょう」とジャンヌは言った。
教会への服従という条項に触れながら、彼女は自分が行ったすべての行為と発した言葉をローマの聖なる父、すなわち教皇へ上訴すると求めたことを思い出した。彼女は神に次いで教皇に訴えたかったのである。そしてこう付け加えた。
「私が発した言葉とおこなった行為はすべて、神の命令によるものでした」[868]
ジャンヌは、自分の裁判記録が教皇の裁きを受けるためにローマへ送られることを理解していなかったと主張した。
「私はそのようなことを望みません。あなたたちがこの訴訟記録に何を書くつもりなのか、私には分かりません。私は教皇のもとへ連れて行かれ、教皇自身に尋問されることを要求します」[869]
彼らはジャンヌに、王を告発するよう迫った。だが、無駄な努力だった。
「私の行為と発言について、私は誰にも責任を負わせません。私の国王にも、他の人にも」[870]
13.5 啓蒙的な見世物:5月24日(3)2種類の判決文
「おまえの行為と発言をすべて撤回するか? 聖職者によって有罪とされたおまえの行為と発言を撤回するか?」
「私は神と、私たちの聖なる父である教皇に訴えます」
「だが、それだけでは不十分だ。教皇に頼るために遠くへ行くことはできない。それぞれの教区司教は、自身の教区における裁判官である。それゆえ、おまえは聖母教会に裁かれ、聖職者やその道に詳しい人々がおまえの行動と発言に関して意見を述べ、決定したことすべてを真実として受け入れなければならない」[871]
三度目の警告を受けてなお、ジャンヌは(自身の信条の)《《撤回》》を拒否した。[872]
ジャンヌは「声」が約束した救済を確信して待っていた。フランスから武装した兵士たちが突然やって来て、戦士と天使たちの大混乱の中で解放されるだろうと信じて疑わなかった。男装を続けることに固執したのは、そのためだった。
二種類の判決文が用意されていた。一つは被告がみずからの誤りを撤回した場合のもので、もう一つは被告が主張を貫いた場合である。
前者なら、ジャンヌに対する破門は解かれる。後者なら、法廷はジャンヌのためにこれ以上何もできないと宣言し、彼女を世俗の権力に委ねることになる。
ボーヴェ司教はその両方を携えていた。[873]
彼は二つめの判決文を手に取り、読み始めた。
「主の御名において、アーメン。群れを忠実に世話することを心に抱く、教会のすべての牧師たちは……」[874]
彼が読み上げている間、ジャンヌを取り囲んでいた聖職者たちは、まだ時間があるうちに撤回するよう彼女に迫った。ニコラ・ロワズルールは、かつて自分が勧めた通りにするように、そして女性の服を着るようにと説得した。[875]
ギヨーム・エラールは「言われた通りにすれば、牢獄から解放されるだろう」と言った。[876]
すると、すぐに「声」がジャンヌのもとに来てこう言った。
「ジャンヌよ、私たちはあなたに深い同情を覚える! 自分が言ったことを撤回しなさい。さもないと、私たちはあなたを世俗の裁きに委ねることになる……。ジャンヌよ、忠告に従いなさい。ジャンヌよ、あなたは自ら死を招くつもりか!」[877]
判決文は長く、ボーヴェ司教はゆっくりと読み上げた。
「私たち裁判官は、キリストを目の前にし、真の信仰の栄誉をもち、私たちの判決が神自身に由来するものとなるよう、次のように言い渡し、布告する。汝は嘘つきであり、神聖な啓示や幻影を捏造する者であり、欺瞞者、有害かつ傲慢な者、信仰の光なき者、軽率かつ迷信深い占い師、神と聖人たちに対する冒涜者であると断言する。私たちは汝を、神の秘跡においてさえ神を侮蔑する者、神の法、聖なる教義、教会の認可を偽る者、扇動的で、残酷で、背教的な分裂主義者、宗教に対して幾千もの誤りを犯した者であり、これらすべてのしるしによって、神と聖なる教会に対して無分別に罪を犯した者であると宣言する」[878]
時は過ぎていった。
すでにボーヴェ司教は判決文の大半を読み上げている。[879]
処刑人がそばに控えており、有罪判決を受けた死刑囚を荷車に乗せて運び出す準備をしていた。[880]
その時突然、ジャンヌは両手を組み合わせ「教会に従う意志がある」と叫んだ。[881]
裁判官は判決文の読み上げを中断した。
13.6 撤回の誓約書:5月24日(1)騒乱の中で「声」に助言を求める
群衆の中に騒乱が巻き起こった。
その大部分はイングランド兵とヘンリー王の将校たちだった。
彼らの国に導入されていない異端審問の慣習を知らなかったゴドン(イングランド人への蔑称)たちは、何が起こっているのか理解できなかった。彼らが理解したのは、魔女が救われたということだけだった。
彼らはイングランドの安寧のためにジャンヌの死が必要だと考えていた。そのため、これらの博士と司教の不可解な行動は、彼らを激怒させた。彼らの島国では、魔女はこのような扱いを受けなかった。慈悲は示されず、速やかに焼き殺された。
怒りのざわめきが起こり、裁判の書記官に石が投げつけられた。[882]
ジャンヌの(撤回の)決意を強めようと尽力していたピエール・モーリスは脅迫され、クーエ(悪魔の尻尾を持つ者、イングランド人への蔑称)たちによって危うく始末されそうになった。[883]
ジャン・ボーペールやパリ大学の代表たちも、侮辱から逃れることはできなかった。彼らはジャンヌの誤りを擁護していると非難された。[884]
こうした非難がいかに不当であるか、彼ら以上によく知っていた者はいるだろうか?
裁判官の横に座っていた高官の何人かは、ボーヴェ司教が判決文を最後まで読み上げずにジャンヌの悔い改めを認めたことについて、司教に不満を述べた。
侮辱的な非難を浴びせられ、誰かが「おまえはこの報いを受けることになる」と叫んだ。ボーヴェ司教は裁判を中止すると脅した。
「私は侮辱された。名誉ある償いがなされるまで、これ以上進めるつもりはない」[885]
騒ぎの中、ギヨーム・エラールは二つ折りの紙を広げ、教授たちの意見に基づいて書き記された『撤回の誓約書』をジャンヌに読み聞かせた。
それは『主の祈り』と同程度の長さで、6〜7行の文章で構成されていた。フランス語で書かれ、「私、ジャンヌは……」という言葉で始まっていた。
誓約書の中で、ジャンヌは「教会の宣告、判決、命令に服従する」と表明し、「大逆罪を犯し、民衆を欺いた」ことを認め、そして「二度と武器を持たず、男装をせず、髪を耳のあたりで切りそろえることもしない」と誓っていた。[886]
ギヨーム卿がこの文書を読み終えると、ジャンヌは「理解できない」と述べて助言を求めた。[887] 大天使聖ミカエルに助言を求めているのが聞こえた。[888]
この期に及んで、ジャンヌは依然として「声」を固く信じていた。もっとも、その「声」たちはジャンヌの切迫した窮状を救ってくれず、「声」を否定するという恥辱から彼女を守ることさえできなかったのだが。
ジャンヌは単純ではあったが、心の底では聖職者たちが自分に何を求めているのかよく分かっていた。自分が重大な撤回を宣言するまでは解放されないだろうと察していた。
ジャンヌの発言はすべて、単に時間を稼ぐためであり、死を恐れていたからに過ぎない。それでもなお、彼女は自分に嘘をつくことができなかった。
⚠️補足:ジャンヌはこれまでの言動を撤回する誓約書に署名しようとしているのに、本当に署名すべきかどうかを「声」に尋ねている。ジャンヌは今も「声」を信じており、撤回する気がないのは明白。
13.7 撤回の誓約書:5月24日(2)嗤うジャンヌと怒りの群衆
ギヨーム・エラールはこの機会を一瞬も無駄にすることなく、法廷執行吏(案内係)のジャン・マシューに「この撤回について彼女に助言せよ」と命じ、誓約書をマシューに手渡した。[889]
ジャン・マシューは最初は辞退したが、結局この指示に従い、ジャンヌに「もし撤回の誓いを拒否すればあなたに危険がおよぶ」と警告した。
「あなたは知っておく必要がある。もしこれらの誓約にひとつでも違反すれば、あなたは火刑に処せられる。これらの誓約が妥当かどうかについては、普遍教会に訴えるようお勧めする」
ギヨーム・エラールはジャン・マシューに尋ねた。
「おい、彼女に何を言っている?」
ジャン・マシューはこう答えた。
「私はジャンヌに撤回の誓約書の文面を伝えて、署名するよう促しました。ですが彼女は『署名すべきかどうかわからない』と言ってます」
この局面で、署名を迫られたジャンヌは大声で言った。
「私は教会にこの条項(撤回の誓約)について審議していただきたい。これらの条項を撤回すべきかどうか、普遍教会に訴えます。私が引き渡されることになる教会と聖職者たちにこれを読んでいただきたい。彼らが『署名して、言われた通りにすべきだ』と助言するなら、私は喜んで従います」[890]
ギヨーム・エラールは答えた。
「今すぐやれ。さもないと、今日中に火刑に処されるぞ」
さらに、ジャン・マシューにこれ以上ジャンヌと話すことを禁じた。
するとジャンヌは「火あぶりにされるより署名するほうがまし」と言った。[891]
ただちにジャン・マシューは撤回の誓約書をもう一度読み上げた。ジャンヌは法廷執行吏の言葉に続いて復唱した。
話している間、ジャンヌの表情は一種の冷笑を浮かべているように見えた。
激しい感情に揺さぶられて顔が引きつっていたのかもしれない。あるいは、教会裁判の恐怖と苦痛が、常に奇妙な気まぐれに支配されていたジャンヌの理性を曇らせ、過酷な苦しみの末に、狂気の発作が彼女を襲ったのかもしれない。
または、ジャンヌは健全な理性と冷静な感情を保ちながら、ルーアンの聖職者たちを嘲笑していたのかもしれない。以前、ポワティエの聖職者たちを嘲笑したのだから、それは十分にあり得ることだ。
いずれにせよ、ジャンヌはどこか冗談めかした様子を漂わせており、見物人たちは彼女が引きつった笑いを浮かべながら撤回の誓約を述べていることに気づいた。[892]
ジャンヌの陽気さが本物であろうと見せかけであろうと、乙女(ラ・ピュセル)の死を望んでいた市民、聖職者、職人、兵士たちの怒りをかき立てた。
「これはすべて冷やかしだ。ジャンヌはふざけているだけだ」[893]
彼らは口々にそう叫んだ。
この中で最も激怒していたのは、イングランド王の秘書官を務めるローレンス・カロだ。彼は激しい怒りを露わにし、まず裁判官に、次に被告に近づいたのが目撃されている。
その場に居合わせたピカルディの貴族、ボールヴォワール城でジャンヌに馴れ馴れしく触れようとしたまさにその人物は、このイングランド人がジャンヌに無理やり署名を強要しているのを見たという。[894]
だが、それは彼の勘違いだろう。どんな群衆の中にも、決して起きていないことを見る者がいる。
そもそも、ボーヴェ司教はそのようなこと(署名の強要)を許さなかっただろう。司教はイングランド摂政ベッドフォード公に忠実だが、手続きの形式に関しては決して妥協しなかった。
一方、この侮辱の嵐の中で、石が投げられ、剣がぶつかり合う中で、高名な教授と立派な博士たちは恐怖で青ざめていた。ロングヴィル小修道院長(Prior)はウィンチェスター枢機卿に弁明する機会をうかがっていた。[895]
台座の上では、枢機卿の従軍司祭がボーヴェ司教を激しく非難した。
「このような撤回を受け入れるのは間違っている。単なる茶番ではないか」
ボーヴェ司教は「あなたは間違っている」と言い返した。
「私は宗教裁判の裁判官として、この女の死よりも救済を求めるべきなのだ」
枢機卿は、自分の司祭を黙らせた。[896]
ウォリック伯が裁判官たちのところへ来て、彼らがしたことに不満を述べ、こう付け加えたと言われている。
「ジャンヌを見逃すようでは、王への奉仕が不十分だ」
そして、裁判官の一人がこう答えたと伝えられている。
「ご心配には及びません、閣下。彼女はそう長くは逃げられないでしょう」[897]
実際に誰かがそう言ったとは信じがたいが、当時そう思った人が多数いたことは間違いないだろう。
ボーヴェ司教は、これらの頭の鈍い連中をどれほど軽蔑したことだろう。
この小娘に、彼女が「王の名誉のために宣言し主張してきたことはすべて嘘と幻想に過ぎない」と認めさせ、それによってボーヴェ司教が古き良きイングランドのために果たしている貢献を、彼らは理解することができないのだ。
13.8 撤回の誓約書:5月24日(3)判決の後、ドレスを仕立てる
ジャンヌは、法廷執行吏(案内人)ジャン・マシューから渡されたペンで撤回誓約書の末尾に「十字」を署名した。[898]
イングランド人たちの怒号と罵声が飛び交う中で、ボーヴェ司教は用意した2種類の判決文のうち《《慈悲深いほう》》を読み上げた。それはジャンヌを破門から解き、聖母教会と和解させる内容だった。[899] さらに判決文は続いた。
「……汝は神と聖なる教会に対して無分別に罪を犯したゆえに、私たち裁判官は、汝が有益な悔い改めを行えるよう、恩寵と寛大さに基づき、汝を最終的かつ決定的に『永遠の獄(終身刑)』に処し、嘆きのパンと苦難の水を与える。汝がそこで、みずからの罪を悔いて嘆き、嘆きの原因となるような他の罪を犯さないようにするためである」[900]
⚠️嘆きのパンと苦難の水(au pain de douleur et à l'eau d'angoisse):神学用語で、終身刑を宣告するときの決まり文句。
この刑罰は、死刑と身体切断を除く他のすべての刑罰と同様に、教会裁判官の権限内にあった。彼らはこの刑罰をかなり頻繁に執行したため、異端審問の初期には、ナルボンヌ公会議の教父たちが「石とモルタルが金貨のように不足するだろう」と述べたほどである。[901]
これ(火刑を免除された終身刑)は確かに刑罰ではあったが、世俗の裁判所が科す刑罰とは性質も意義も異なる、一種の苦行だった。
教会法の慈悲によれば、牢獄は悔い改めにふさわしい場所であり、そこでは有罪判決を受けた者が、終わりのない悔い改め(苦行)の中で、嘆きのパンを食べ、苦難の水を飲むことができた。
牢獄に入ることを拒んだり逃げ出したりして、魂の有益な癒やしを拒絶する者はなんと愚かなことか! そのような囚人は、悔い改める機会を認めたやさしい法廷から逃げ出したことを意味し、教会は悲しみのうちにその囚人を信者の交わりから切り離す。
善良なカトリック教徒であれば、この処遇は「刑罰」ではなく「恩恵」とみなされる。司教と異端審問官はこの処遇を科すことによって、聖母教会が異端者と和解する慣習に従った。
だが、ボーヴェ司教たちにこの判決を執行する権限があったのか?
異端者が送り込まれる贖罪の牢獄、有益な監禁場所とは「教会の地下牢」のはずだ。彼らはジャンヌをそこに送ることができるのか?
ジャンヌは裁判官たちの方を向いて言った。
「さあ、教会の皆さん、私を牢獄に連れて行ってください。もう私をイングランド人の手に委ねないでください」[902]
多くの聖職者たちがそう約束した。[903] 彼らはジャンヌを欺いた。彼らはそれが不可能だと知っていた。なぜなら、裁判の後、イングランド王の部下たちがジャンヌの身柄を再び引き取ることが決まっていたのだから。[904]
ボーヴェ司教は「彼女を連れてきた元の場所に連れ戻すように」と命じた。[905]
司教は「教会の裁判官」でありながら、和解し悔い改めた「教会の娘」を俗人たちに引き渡すという罪を犯した。
俗人の中にあっては、彼女は自分の罪を嘆くこともできない。彼らはジャンヌの生ける肉体を憎み、彼女の魂のことなど気にも留めず、彼女を誘惑し、再び過ちへと引き戻そうとするだろう。
ジャンヌが荷車に乗せられて、野原にある塔に連れ戻される間、兵士たちは彼女を侮辱したが、隊長たちは咎めなかった。[906]
その後、異端審問官副官が、多数の博士や教授たちとともに牢獄を訪れ、ジャンヌを慈悲深く諭した。ジャンヌは女性の服を身につけ、頭髪をあらためると約束した。[907]
ベッドフォード公爵夫人は、ジャンヌが処女であることを知っていたので、彼女が丁重に扱われるよう取り計らった。[908]
かつて、リュクサンブール家の貴婦人たちがしたように、彼女もまた、ジャンヌに女性の衣服を着るよう説得を試みた。ジャンノタン・シモンという仕立て屋に命じて、ジャンヌのためにガウンを作らせていたが、これまではそれを着ることを拒否していた。
あらためて、ジャンノタンはその服を囚人のところへ持参したが、今回はジャンヌも拒まなかった。
それを着せる際、ジャンノタンが彼女の胸に触れた。
ジャンヌは腹を立てて彼の耳を殴ったが[909]、公爵夫人が用意したガウンを着ることには同意した。
⚠️ドレス(dress)とガウン(gown):ドレスは丈が短いカジュアルなものを含むが、ガウンは比較的丈が長いフォーマルなもの。
⚠️補足:このことから、ジャンヌは屈辱的な着替えを強いられたのではなく、高貴な女性らしい装束を提案されていたことがわかる
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