ホスト・アルター #5 飛び込み台
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1
「何してるんだ、こんな所で」
湊は、静かに隅田川を見つめる彼女に話しかける。
反応はない。
車のライトに照らされて映る沙月の横顔は、何も考えていないように見える。
「……なんで、ついてきたの?」
「なんとなく…気になったから。」
「そう…」
そのまま二人とも何も言わない時間が過ぎる。
——沙月が突然、橋の欄干に手をかけた。
「ちょっと——」
湊が手を伸ばす前に、彼女は軽々と柵の上に立っていた。 車のヘッドライトが、不規則に彼女の影を揺らす。
「湊くんはさ。人から嫌われたことって、ある?」
さっきも聞いたセリフ。声色だけは、笑っていた。
(…落ち着け、ここは下手なこと言える状況じゃない)
幸か不幸か、ちょうど誰もいないタイミング。
「どうなの?」
答えに窮する間に、もう一度。さっきよりも、冷たい声。
(どうする…目の前で飛び込まれでもしたらさすがに寝覚めが悪いぞ…)
その時——。
頭の中に冷たく、澄んだ声が響いた。
『湊。彼女は多分、死ぬつもりじゃない。試してるだけ』
一瞬、視界が白く染まる。 真っ白な部屋。そこは白髪で"制服を着た"少女がいた。
(ソラネ...?なぜ、今——)
『あなたの本当のー、そしてーーを、見せてあげて』
2
「嫌われたことは、多分、ない」
「ふうん?」
「でも、自分の望まないままに求められたことなら、ある」
沙月の目が、わずかに揺れる。
「これは、答えになってる、か?」
そこまで答えて、湊は思わず胸を抑えた。
——かひゅっ。かひゅうっ。
胸の奥で、透明な血があふれ出す。
(やめろ、思い出すな)
記憶は容赦なく蘇る。 信じていた人の、あの日の眼差し。 自分を見ていたんじゃない。自分の中にいたのであろう別な「誰か」を見ていた。
吐き気が込み上げる。 膝が震える。
自分の体が自分でなくなっていく、何も聞こえない何も見えない——
「湊くんっ!!」
沙月が橋のへりから地面に軽く飛び降りる。その動きが、湊の意識を現実に引き戻した。
3
「沙月、お前の過去になにがあったか、聞くつもりは…ない」
説得する側が助けられてどうする、そう思いながら湊は続ける。
「でも…誰にだって、人に言えない傷の一つや二つは抱えながら…生きてるんじゃないのか?」
「湊くん…」
沙月は、泣いているのか笑っているのか分からない表情でこちらを見つめる。そのぐらい、陽が沈んだ夜でも分かるぐらいに、二人の距離は近かった。
「死ぬなとか、諦めるなとか。そんな説教臭いことを言うつもりはない…でも。」
湊は震える声を、必死に抑えた。
「『嫌われても良いかな』って、そう言ったのはお前だろう」
「人から嫌われたって、そいつが死んだっていい理由には…………俺は、ならないと思う。だから…」
「もう少し、悪あがきしてみたら良いんじゃないか」
吐き気を抑えながら言い切った。
「そんな、自分の方が死にそうになりながら言われたら…何も言い返せないよ」
「俺も。そう、思うよ…」
「…ちょっと、電話しても良いか…?」
そう言いながら、湊はスマホからナギの電話番号に掛ける。
数回のコールの後、いつもの陽気な声が聞こえて来た。
「おっつー、湊。そっちから掛けてくるなんて珍しいじゃん、どったの~?」
「悪い、ちょっと…車で迎えに…来てくれないか?勝鬨橋の歩道にいる…」
「あー、分かった。すぐ行くわ。待っててな。」
声色で察してくれたらしい。
不安そうに見つめる沙月に、から元気で湊は笑う湊の顔が、車のライトで不規則に照らされていた。
4
「クラスメイトの、沙月ちゃん、だっけ?」
運転しながら、ナギがちらりと助手席を見る。
「あの子、もしかしたらグループホームに住んでるかも」
「……そうなのか?」
「まあね。この仕事してると、色々見えてくるから」
運転しながら、ナギがちらりと助手席を見る。運転しながら、ナギがちらりと助手席を見る。沈黙が流れる。
「腹、減った?」
「さっきまで吐きそうだったけど……今は普通に腹減ってる」
「じゃあ、うちのラーメン屋寄ってく?」
「……頼む」
珍しく素直な湊に、ナギが小さく笑った。
「今日は特別サービスで、チャーシュー増しな」
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