ホスト・アルター#3 真夜中のキャンプ

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1

「こんな夜中じゃなかったら、ゆっくりしてきたいところだね」

「虫が多いからぜったいやだ」
ナギの軽口を受け流しつつ、ソラネは車から降りた。

23区から車を1時間ほど走らせて、着いたのは奥多摩エリアのとあるキャンプ場。

そんなことをぼーっと考えていると、ソラネが口を開く。

「ナギ。今回の回収対象者、どんなの?」

「えーっと。どうだったかな」
そう言ってナギは端末からデータを参照し読み上げる。

「えー、角田秀治(つのだ しゅうじ)さん33歳。工場の現場作業員。フルタイムシフトの夜勤が精神に応えて個人経営の精神科クリニックを受診。そこの先生の診断で出されたクリアー社のセラミナ-X4を服薬。結果、奥多摩のキャンプ地に夜中一人で来られるくらいに回復しました、とさ。」

キャンプ地の奥に進みながら、ソラネが呟く。

「ぼろい商売だよね、クリアー社も。セラミナ、今日本で一番売れてるんでしょ?」

「ああ、そうらしい」とナギ。

「しかも、タブレットとかタバコにも入ってるって、汚染されすぎなんですけど、残念な人間たちですわ~」ソラネはナギの胸ポケットを見ながらはにかむ。

「はは、汚染ね…」ナギはふう、と息を吐いた。

更に歩みを進めると、水の流れる音がしてきた。川が近いようだ。それから、川のせせらぎに混じって、別の音が聞こえてくる。 規則的な、何かを叩くような音。

「ナギ」
ソラネが小さく警告を発する。

「分かってる」

右ポケットに忍ばせてあるスタンガンを確認しながら、ナギは音のする方をじっと見つめる。

——パキ。

枝を踏む音と共に、男が姿を現した。

2

月明かりに照らされた男の服は、泥だらけになっていた。両手には木の枝を持ち、子供のような不安げな瞳で二人を見つめている。

ナギがソラネを後ろに引かせ、一歩前に出る。

「あー、ツノダさん?おれたち、あなたのことを迎えに来たんですが…」

右手をポケットに突っ込みながら、左手を差し出した。

「一緒に来て…くれますかね?」

男は何も答えないまま、突然ナギの方に突進してきた。

「くそっ、こいつっ!」

ナギがポケットに突っ込んでいた右手を男の首筋に向ける。

そして——

すんでのところで、ナギのスタンガンが男の首筋ギリギリで止まる。

男は、ナギの左手を掴みながらぶんぶんと上下に振っていた。

「よかったあ!ずっとひとりで、さみしかったんだよ!!」

その声は、とても33歳の男のものとは思えなかった。 ナギの手を握りしめ、まるで迷子になった子供のように、男は泣きそうな顔で笑っていた。

「寂しかった……?」 ナギが困惑の表情を浮かべる。 「うん!でも、おにーさんが来てくれたから、もう大丈夫!」

3

一番前にナギ。真ん中に角田、最後にソラネの順で、車に戻る道を進む。

「なあ、角田さん、あんた…なんでこんなところにいたんだ?」

「おじいちゃん、おばあちゃんがよく連れてきてくれたところなんだ!それで、どうしても行きたくなって、きづいたら、ここにいたんだ!でも、まっくらだし、だれもいないし、おなかは空いたし、ほんとおにーさんたちが来てくれてよかった!!ありがとう、おにーさん!!」

「あー、そうだったんだね。つのだくん、一人で来れたのはえらいねえ。でも、おとうさんとおかあさんが心配しちゃうから、一緒におにいさんたちと帰ろうねえ。」

ナギは、何かを察したようで、優しい声色で話を聞いていた。

「何こいつ、気持ち悪いんだけど…」

なじるように呟いたソラネの声に、誰も反応しなかった。それが余計にソラネを苛立たせた。

そうこうしている間に、車を止めている駐車場まで戻ってきた。

先に角田を車に乗せてから、ソラネの方から声を掛ける。

「幼児退行してるおっさん、リアルに見るのきついんですが」

同感、とでも言いたげな顔だが、ナギの表情はどこか浮かない。「初めて見たけど、キツいな、いろんな意味で…」

「そういえば、さっきの対応、慣れてたね」

「……ガキの相手は、昔から得意なんだ」

頭を抱えながらしゃがみこんでいるナギが自嘲気味に笑う。

「って言っても、俺もまだ20だけどな」

「20歳?ガキじゃん」ソラネが意地悪そうに笑う。

「おいおい、そういうソラネさんは何歳なのよ?」そう言ってから、ハッとしてナギは渋い顔をする。

「わたしは"13歳"だよ、ナギ。」

目の光が消え、能面のような表情に変わる。

「主人格の湊があいつに"殺された"あの時から、ね」

ソラネの声に、ナギは何とも言えない居心地の悪さを感じていた。

——ブブッ。

そのとき、ソラネの左手に付けている端末にメッセージが表示された。

『人格交代の時間です。安全な場所に移動のうえ、ホスト・アルターを変更してください』

「タイミングわっる…イイところだったのに、ね?」

そう言ってソラネは助手席に乗り込む。興が冷めたようで、ナギの方も角田の方も見ようとはしなかった。

「なあ、先生。湊、今のままで本当に大丈夫なのか?」ナギの独り言は夜の森に吸い込まれていった。

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