個展とは。(Leica Q3)
こんにちは、写真練習家 兼 フォトパティシエ のきっちん篠山です📷
またの名を 写真美食家 日本橋ペロリ堂😋(←) といいます(?)
人形町の秘密基地に潜伏しています🏢
📷
先日、自身が初めて「 #個展 」という形式で開催した #写真展 を終了しました。
それもあってか、これまで個展の在り方について個人的にモヤモヤしていたことが少し整理されたような気がしたのです。
本記事では そのことについて書いてみたいと思います💡

それはさておき(?)、これを書いているタイミングで とある有名人同士の不倫が大きな話題となっています💦
とある編集者と とあるYouTuber、そして編集者の奥さん…
とある編集者さんのことは あまり詳しくは知りませんでしたが、改めて、行動が気持ち悪い人だなぁと感じました笑
とあるYouTuberさんについては、実は何となくたまに動画を拝見していたのですが、あのトーンの感じで何故人気があるのかなぁ?と不思議に思っていました。
理系で頭が良さそうで、なおかつ(?)容姿に恵まれていて(?)、ボッチ系YouTuberを名乗っていて、、そんなところからなのでしょうか。
あまり面白くはないですよね💦
そんなお二人がどうしようがどうなろうが、あまり興味はないのですが…
今回の件で個人的に最も衝撃だったのは 編集者の奥さんの SNS上での発言ですね。
くそブス鬼ブス整形ブス
私のが可愛い
不倫されたことに対する強い憤りは分かりますし、それに多くの人が共感するのも分かります。
が、あまりに稚拙ですよねえ。
二人のお子さんを持つ親の言動とは思えません。
なぜ見た目の話? それは旦那さんの不倫の理由ではないですよね。
浮気全然良いです。目立つ人はします、モテるから。でもこの女性と出会ってから人がかわったみたいに息子や私に怒鳴ったり、酷いこといっぱいされて本当に疲れた!
つまり、旦那の性格が変化するレベルで影響を与えているこの女性は何なのだと。
もはや浮気ではないのではないかと。
自分と一体何が違うのだろうかと。
そんな思いからの不倫相手女性への攻撃(客観的にみて自分が優位なポイントを指摘)だったのだろうと推測します。
残念ですね。


さて、モヤモヤが整理された件ですが、それには1つ2つ前提があります。
まずはその前提について話をしていきたいと思います。

とかいいつつ💦
自身の展示が明けた翌日、神田に #hiram さんが出ておられた展示を見に行きました。
maiko monochrome
Gallery SoHo
2025/7/19-21

それに敬意を表して(?)、モノクロ多めでお送りします。

前提の1つは、私が簡単には感動しない人間(あるいは感動する対象のベクトルがズレている?)である という点です。
つまり、例えば美しいものや風景等を目にしても「ふーん」としか感じなかったり💦笑

決して美しいものを美しいと感じないわけではなく、感じたとしても「ふーん」なのです💧

上の料理のお店とは異なります。

対象が写真でも同じで、美しい風景写真等をみても、はいはい美しいですねえ(←言い方) と。
女性ポートレート写真に関しても、ただ美しい とか ただ可愛い とか (ただエロい とか)、そういったものにはあまり興味が無く…
かと言って、作り込んだ美しさにはさらに興味が無く…💦
多くの場合 私は 写真に関しては、構図の美しさ や色味やトーンの好みをまず見て、そして写真の内容から何が感じられるか、という順番で拝見します。
被写体の美しさなんかよりも、構図や全体のバランスの美しさ、その写真の主張する事柄、そういったものを重視するという感じでしょうか。
普通だと思っているのですが、違いますかねえ…

それが1つで、もう1つが、、

と言いつつ(←)、翌日の火曜日も展示を見に行きました。
白日夢
ギャラリー・ルデコ
2025/7/22-27
※元のポスターはカラーでしたが、私が勝手にパートカラーにしてしまっています🙏

ごちそうさまでした🙏

夏はゴーヤですよね(また話がズレる)。


28mmだと歪みが大きいですが、、
食べた物はできるだけ記録するようにしています。

多分 カシラ脂冷製🐽
生姜が付いてきたけど、にんにくが欲しかったかも。


そういえば先日、電車に乗ろうと地下通路に下りる階段の入り口に向かったのですよ。
すると、その入り口は珍しく自動ドアになっていて、片側(階段幅の半分)しか開かないタイプだったのです。
そしてドアからは下からの団体(家族?)が荷物を持って続けて出てきており、こちらからは一人それを待っている方がおられました。
私も普通にその後ろについて待っていたのですが…
私の後ろから来た(多分日本人の)女性が、スッと団体が通っている隙間から入っていき、階段を下りていったのでした。
なんだこいつ…とイラっとしましたねえ。
くそブス鬼ブス整形ブス とか言いたくなりましたねえ(嘘)。
どうして そんな非常識なことができるのか。
待っても数秒だし、前に待っている人間もいるわけで。
私はそういう自己中な考え方や行動が本当に許せなくて、激しい怒りを感じてしまうのです。
もし この女性の行動が普通だと思われる方は私とは合いませんので、関わらないようにして頂ければと笑

もう1つの前提は、私が非常に鈍いという点です💦
美しいものを目にしても「ふーん」としか感じないのも鈍いせいかもしれないのですが…
どちらかと言うと、目にした物事から その意図を汲みとる能力が低い という感じの鈍さだったりします。

ざっくり言うと、感性が乏しいということになるでしょうか。
つまり写真に関しても、撮った人は その風景なりシーンなりを見て何某かを感じて切り取っている、あるいは何某かを意図してシーンを作っている ことが多いと思うのですが、それを感じ取ることができないわけです。
感じ取ることができないから、ただ美しいだけの写真 等と思ってしまっている可能性も大いにあるのです💦

それもこれも脳が働いていないことが原因かと思いますので(?)、糖分を摂取して改善を図ります。

ということで、そういった1つ2つの前提がありつつも、個展の在り方や開催に関わるモヤモヤが少し整理されたわけです。
ではそのモヤモヤとは何だったのでしょう。

そのモヤモヤとは…
個展の在り方ってどうあるべきなのだろうか?と。
私が拝見している この展示は、個展と呼べるものなのだろうか?と。
そんな少々哲学じみた話なのでした。

私の考えだと、個展とは当然個人で開催するものですから、その作家の何某かの意図がそこに込められているべきだと考えます。
当たり前のように聞こえるかもしれませんが、私にはそれが読み取れない展示が存在するという事実があるのです。
この作家は一体何が言いたいのだろうか?と。
どんなことを共感してもらいたくて構成したのだろうか?と。
私が無感動で鈍い人間だからかも知れませんが、そんなことを感じてしまいモヤモヤしてしまうのでした。

ゴーヤの天ぷらが美味過ぎました。

さばの味噌煮も美味過ぎでした。

そして、そのモヤモヤが少し整理できた というのは、まず定義として、個展たるもの作家の何某かの意図(主張)が存在すべきということ、それが自分の中ではっきりしたのでした。
それが1つ。
実際に私は自分の意図をゴリゴリに込めた展示を行ったわけですが、それを受け入れて頂けたと感じましたし、全体的にもまとまった良いものにできたと思っています。

展示の内容としても 色々と意図をちりばめていたのですが、細かなところまで理解して頂けましたし、何なら自分では気付いていなかった点(←)をも指摘して頂けたりしました。
つまり、思っていたよりも皆さん感性が豊かなのだな(失礼)と感じたのでした。

少なくとも、多くの人は私よりも感性が豊かであり、私が見えていないものが見えているはず。
よってもって、展示にしても、私が感じ取り難い何某かの意図を込めて開催されている可能性が大いにある。
それが2つめのモヤモヤ解消だったのでした。

ということで、
個展というものは、作家が何某かの意図(主張)を込めて開催すべきである
多くの個展は、実際に何某かの意図(主張)を込めて開催されているはずである💦
これらが分かり、少しモヤモヤが整理できたということなのでした。

まあ、それらが分かったとしても、私には意図が見えない展示が存在するわけで…
大きなモヤモヤは残ったままなのですが💧

日本橋でふらっと入ったお店にて見つけた「篠ソース」。
タバスコをもう少し辛くして酸味を抑えて風味を複雑にしたようなソースでした。
パスタにかけたりスナックにかけたり、色々楽しめます。

ここからは個展について さらに深掘り(?)していきますが、まずは腹ごしらえということで(?)

久し振りの #ラーメン神田店 さんです。

チャーシュー入り+煮玉子 やさいにんにく。

ここのラーメンは麺が好きなのですが、スープも美味いのですよね。

チャーシューは小ぶりでしっかり系なのですが、ここの麺やスープにはこれが合っているのだと思います。

最後に煮玉子をかぷりと戴けば、本日も完食でぇす!
大変美味しく戴きました🙏

まずはグループ展について言及しておきましょう。
グループ展は、複数の作家が とあるテーマに基いて制作した作品を持ち寄って展示するものかと思います。
個々の作家は何某かの意図をもって展示を行うかもしれませんが、グループ展全体としてはテーマに沿ってさえいればokなはずです。
個々の展示が個別の意図(主張)を持っていなくとも、全体としてテーマに沿っていれば納得できてしまいますし、
何なら1つの展示がもの凄い主張を放っていて見応えがあったりすると、全体テーマが朧げでも満足できてしまったりします💦

私自身 #JuicyFruits展 というグループ展をやっているわけですが、この展示には
ジューシーでセクシーな女性ポートレート写真
というテーマがあり、皆それに準じた展示をしたりしなかったり(←)しています。
そして 私は初回から一貫して、ストレートに女性と その女性に似合ったフルーツをアクセントとして合わせた写真を展示しているのですが、、
それ以上でも以下でもなく、正直言って自身の意図(主張)など何も考えていませんでした。


でも それではいかんよなぁ…と思い、今は一応自分なりの主張は持っていまして、、
過日。
過去に「冬の過日。」(2019)「夏の過日。」(2022) という形で写真集を制作したこともあるのですが、フルーツと女性を組み合わせた写真はこの「果実」と掛けたテーマで撮っていこうと考えています。
主張としては、
美しく華やかな時間は一瞬で、過ぎてしまえばもう戻れない。
過ぎ去る日々を惜しみつつ、その芳醇な香りと輝きをここに永遠に留める。
となります。

次に個展について深掘りしていきましょう。
個展には作家の意図(主張)が存在するとして、すなわちその主張に共感するオーディエンスがいると想定して開催するわけです。
誰も共感しない主張を掲げた展示など意味がないですからね。

例えばポートレート系の個展だとして、夏に南の島でロケした綺麗な写真をまとめて展示するとしましょう。
その内容がもし、ただただ美しい島の風景と 海や山や民宿ではしゃいだり佇んだりしている女性の写真の羅列だとしたらどうでしょうか。
作家は何を意図しているのか?
美しい風景と女性の姿を見て欲しいのか…
もしその女性との距離感が恋人同士のようなそれであるなら、そんな妄想をしながら見て欲しいのか…
写真の内容や展示の構成にも依るところはありますが、本当にただただ美しい風景と綺麗な女性の写真の羅列に見えてしまうようなものだとすると、それに共感するのは風景好きとその女性(モデル)のファンだけになってしまいます。
あるいは もしそれらの写真の構図やトーンが秀逸で、展示構成も抜群ということであれば、写真好きには刺さるものになるでしょうか。
写真や構成については個展を開催する時点で ある程度の水準以上であって欲しいところではありますが。

展示のキャプションとして作家の意図を書いてくださっていれば そういう目で見るので分かる(評価がし易くなる)のですが、それが無いと私のような鈍い人間は困ってしまうのです💦

さらに難しいのは風景系でしょうか。
スナップ系は その作家が面白いとか残したいとか感じたシーンを切り取っているはずなので、分かり易いですし、共感し易かったりしますが、風景系は…
例えば ある地域の美しい風景をまとめた展示だとして、その地域に所縁もなく無感動な私はきっと「ふーん」と感じるだけで何の共感も生まれないことでしょう💦
あるいは、「私の好きな街」といったテーマで展示をするとして、その街で撮ったさまざまな風景を並べるとしましょう。
もし その作家さんのことをよく知っているならば、その方が好きな街なのかという事で興味や納得感も持ち易いでしょうが、そうでないとなかなか…
使用機材も重要かも知れません。
中判フィルムで撮影した、という情報があれば、おっ どんな画だろうと思う可能性がありますし、今時であれば それは展示の主張のひとつとして掲げられるかも知れません。

また、記憶系も難しいように感じます。
記憶と言っても 記憶と模して過去の印象的なシーン(写真)を あるルールでまとめた展示になるかと思うのですが、、
まとめ方次第では その作家さんの作品展に近いものになってしまうかも知れませんし、作家側がそれを意図のひとつとして意識してまとめている可能性もあるでしょう。
作品展に近いものになっている場合、オーディエンスが作家に馴染みがあれば理解し易いと思いますが、そうでないと写真そのものや構成の善し悪し(好み)のみで評価するしかなくなるでしょう。
個人的には、何某かのルールでまとめられていて 分かり易い(💦)展示キャプションが掲げられたものだと助かるのですが…
記憶系の展示はそもそも幻想的な雰囲気を醸し出しがちですので笑、故意に分かり難くまとめておられるケースもあるでしょうか。

一方、ドキュメンタリー系は分かり易そうです。
ドキュメンタリーはドキュメンタリーですから(?)、そこには何某かの事実が存在し、作家がそれを紹介したい、記録したい、という意図を持って展示をするわけです。
それは個展の在り方に素晴らしく適合しますし、相性の良いテーマなのだと感じます。

先にも少し言及しましたが、スナップ系も分かり易いでしょう。
スナップは事実の切り取りですし、作家が面白い、残したいと感じた瞬間やシーンを切り取っているわけで、それをそのまま主張として掲げて展示をすればよいだけです。
そして多くの場合、スナップ作家の方々は何某かの決まったテーマを持って撮影を行っておられるので、そのテーマに込めた強い思いを展示のキャプションにすることになるのでしょう。

最後に、私の写真展『写真集のつくりかた。』はどうだったのか、という話をしておきましょう。
写真展『写真集のつくりかた。』は、女性ポートレート写真集である『mix.』をベースとし、写真集制作に関わるエッセンスを盛り込んだ展示としました。
私がそのような展示内容にした背景には アマチュア作家の皆さんの制作された #写真集 をもっともっと拝見したい という思いがあり、展示が作家の皆さんの気付きやディスカッションの場として働くことを期待して開催を企画したのでした。
そしてそれが展示の意図そのものであり、キャプションにも同様のことを記載しました。

一方で、『mix.』のみで個展にできなかったのか と言われると、実は十分開催可能なようには制作していました。
『mix.』はストーリー仕立ての写真集で、物語は「僕」のモノローグで進行するのですが、実はそこには並列で「僕」の恋愛観や気付きを仕込んでおり、オーディエンスに問うような形になっているのでした。
ストーリー仕立ての写真集とそこから切り出した写真だけでは個展としては弱く…と言いますか、何の意図も主張も存在しないものになってしまいそうなのですが、
私自身の考えを「僕」に語らせて、オーディエンスに「どう思う?」と問うことを狙いにしていましたので、十分個展にし得る内容ではなかったかと思っています。
ただ、別の意味で弱いという感はあったりなかったりしますし💦
そもそも写真集が無いと主張が見えづらい展示はどうなのだろう とか…
でも、プリントだけで見えるような内容ではないのですよね。。

高円寺での #四文屋 はしごが癖になっています💧

本記事では 個展の在り方について、私の意見や考察を書かせて頂きました。
本当はもっと攻撃的なことを書こうと思っていたのですが笑、そもそも私が鈍感だから気付いていないことも多いでしょうから 自重しました💦

いえ、アイドル写真集のようなキラキラした展示も良いのですが、その場では綺麗だな可愛いなと思いながら見ることはできても、後に何も残らないのですよね。
仮にそのモデルさんのファンだとしても、残るものなど無いでしょう。
グッズや写真集を販売していたとしても、それは展示内容から心に残るものではありません。
個展というものは、作家の意図や主張がそこに込められていて、オーディエンスがそれを感じ取り 何らかの気付きなり思いなりを持ち帰る得るものだと思っています。
それが無い展示を個展とは呼びたくないですねえ。

そういえば、少し前にモデルさん自身がテーマや構成を考えて グループ展の形で開催されたモデル展がありましたが、あれは展示デザインも含めて個展と呼べるような内容だったなぁ…ということを思い出しました。
あの展示の名前はなんだったか…「海」がどうこう、、
すっかり忘れてしまいました💦←
…見つけた。これだ!
《 拡散希望 》
— るいず (@ruiame_) October 23, 2024
この度人生初の個展を開催することになりました
📅10月29日(火)~11月3日(日)
📍渋谷ギャラリールデコ 6階
入場無料 🆓
10分撮影とチェキも撮れます📸
るいず終日在廊
ぜひお越しください
お待ちしております🫧#海に晴れる展#るいず展 pic.twitter.com/NEX44ZHVhI
自分で「個展」って言っちゃってますからねえ👍

タバスコの代わりに篠ソースもお勧めですよ、ということで
#対戦ありがとうございました 🙏(?)
ロケ地: 日本橋/神田/溜池山王/渋谷/荻窪/高円寺
機材: #Leica Q3
こちらもどうぞ:
