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あたしとゲイとこの社会

こんにちは、ちょめちょめです。
重い腰をあげて、大作に取り組んでみました〜!
マジで赤裸々に書いているの、だいぶ生々しいです。
ゲイの1人としてこの社会で生きています。

1.なぜこのブログを書こうと思ったか
2.ゲイへの目覚
3.学生とゲイ
4.カミングアウトについて
5.ゲイの人との関わるきっかけ
6.ゲイのアプリについて
7.ゲイの社会について
8.ゲイと恋愛
9.ゲイの分類
10.ゲイバーに行ってみて
11.他の性的マイノリティについて
12.パレードに参加して
13.同性婚について
14.家族について
15.性的行為について
16.既婚ゲイについて
17.老後について
18.「ゲイ」という属性が私の人生に与えた影響

1.なぜこのブログを書こうと思ったか

あたしは今年、25歳になった。

四半世紀というと大げさに聞こえるかもしれないけど、いろんな感情を抱え、いろんな景色を見て、過ごしてきたと思う。
最近、noteで自分の考えや日常を少しずつ言葉にするようになった。あたししは、考えるのが好きでよく考えていて、それがそのまま誰にも触れられなくなるのが嫌で、誰も見ないとしても残しておこうという想いで言葉を紡いでいる。

そんな中で、ふと他の人のnoteで「ゲイ」についての書かれた投稿が目に留まった。

「ゲイ」と一言で括っても、生き方は人それぞれだということ。
誰一人として同じ人生なんて歩んでいないし、抱えている価値観も、社会との距離感も違う。メディアや世間が画一的にイメージするような「ゲイ」なんて、どこにも存在しない。ゲイは、その人の一部でしかない。

だったら——。

あたしもゲイのひとりの当事者として、「あたし」という独自のフィルターを通した言葉を残してみてもいいんじゃないか。
誰かの代表として大層な論理を振りかざしたいわけじゃない。社会に対して怒りをぶつけたいわけでもない。ただ、25年という時間を生きてきたあたしの目線から見えた「ゲイのリアル」や「この社会の姿」を、等身大の言葉で語ってみたいと思ったのだ。

どこかの誰かの生き方と違っていてもいい。 共感してもらえても、そんな考え方もあるんだと通り過ぎられてもいい。

「あたし」という一人の人間が、ゲイとしてこの社会でどう息をして、何を感じてきたのか。その記録をここに記してみようと思う。

ここでは、「ゲイ」という言葉がよく出てくるが、それは全ての「ゲイ」の言葉ではない。私という小さなそれでも「ゲイ」の一部であるあたしの言葉である。

2.ゲイへの目覚

ゲイへの自覚は小学5年生の頃だった。

マスターベーションの対象が男の人の裸や性器が写っているものだった。家においてある本の一部などを見てマスタベーションしていた。そして、だんだんと、ネット上の画像を検索するようになり、リアルなものとアニメのもの両方ともを好んで見るようになっていた。

一方で好きな女の子がいた。恋しているという感じで、その子が近くにいたり、話したりすると顔が赤くなった。よく、友達にからかわれていた。

女性の裸については気持ち悪いと思っていた。女性とエロがすごく気持ち悪い、嫌悪感のようなものがあって、自分に近づけないようにする感覚があった。

性的な対象が男性であることに違和感もなく、不快感もなかった。性的対象が男性であることは、性的なことを他の人にバレないようにするのと同じくらいのことだと思っていた。

もっと遡れば、幼稚園や小学生低学年の頃、英語の教材の男の子のイラストに上から鉛筆で「ちんこ」や「ちくび」を書いていたので、男の人の裸に興味を持っていたのは、かなり早い段階だったと思われる。

自覚自体はそれほど激しくなく、落ち着いていて、そこまで深く考えていなかった。

3.学生とゲイ

周りの男子たちが「あの子が可愛い」とか「彼女がほしい」なんて話で盛り上がっているのを、あたしは少し離れた場所からぼんやり眺めていた。

高校生のとき、あたしは初めて男の子に恋をした。

相手は、カッコよくて勉強もスポーツもできる帰国子女の男の子だった。入学式のオリエンテーションから気になっていて、どんどん相手のことが気になっていた。 なかなか話すきっかけもなく、接点もなく、LINEで無理やり会話を続けるだけだった。相手への感情が高まれば高まるほど、あたしの心には冷たい孤独感が広がっていった。

当時のあたしの周りには、目に見える形でのゲイの存在なんて一人も見当たらなかった。 世界に自分しか同じような人間がいないんじゃないかと思えるくらい、誰もが「当たり前」に異性を好きになり、恋愛は自分には遠い存在だと思っていた。恋はしていたけれども。

ゲイとして苦痛だったのは、恋愛を相談できるけど、同じ視点で共有できないことだった。

友達にカミングアウトしていたあたしは、「好きな人ができたんだよね」とか好きな人について語り続けていたのだが、相手は聞き飽きていて自分のわかってほしい部分が分かってもらえていない感覚だった。馬鹿なあたしは相手がノンケじゃない可能性にかけて現実逃避してた。友達は現実を見ろって言ってくれてたけど、初めての強い好きという気持ちに自分をコントロールしきれなくなっていた。 相手はノンケだから、そもそもあたしの恋が実る可能性なんて万に一つもない。どう距離を縮めていいかも分からず、ただ自分の胸の中に想いを閉じ込めるしかなかった。

恋愛の話になるたびに、みんなとの決定的な「違い」を突きつけられる感覚があった。

あたしにとって、ゲイは可能性が0の恋をしなきゃいけない運命みたいなものだった。それがすごく悔しくて、それを簡単に理解してくれない自分が憎かった。今思えば、可能性0の恋なんて、ゲイだけじゃないけど、あたしはゲイのせいにして、苦しんで、ただただ疲れ果てていた。

ただ、振り返ってみると、あたしが学生時代に苦しんでいたのは、ほぼこの「恋愛面」においてだけだったと思う。

周りの誰かの心ない発言や、特定の出来事に直接傷つけられたような記憶は、不思議とあまりない。 それはきっと、あたしの周囲に恵まれた環境があったからかもしれない。後で「カミングアウト」の章で詳しく話すつもりだけど、あたしの話にちゃんと耳を傾け、受け止めてくれた大切な友達の存在があったからこそ、あたしは必要以上に追い詰められずに済んだのだろうと思う。

それでもやっぱり、あの教室で一人、誰にも言えない恋心を抱えて途方に暮れていた時間の苦しさは、学生時代のあたしの記憶に、いまも深く刻まれている。

4.カミングアウトについて

カミングアウトはあたしにとってどんなものだっただろう。昔過ぎて、もうどう考えていたのかも覚えていない。けれど、あたしの体験したカミングアウトは、とてもあっさりとしたものだった。

あたしが初めてカミングアウトをした相手は、一番の大親友……というわけではなく、よく話を聞いてくれた同級生の女の子だった。

緊張しながら打ち明けたあたしに対して、彼女から返ってきたのは「まあ、そうなんだ。ゴリさんが幸せならそれでいいんじゃない?」という、とてもナチュラルな言葉だった。

ゲイであることを変に特別視したり、変な気遣いをしたりせず、ただ「あたし」という人間の一部分として受け止めてくれた。そのフラットな態度に、
自分だけが特別かもしれないという考えに疑問を残す余地を与えてくれた。

その体験のあと、あたしは少しずつ大親友や他の友達にも打ち明けるようになった。

みんなの反応は本当に「あっさり」だった。

「ふーん、そうなんだ」というリアクション。

そして、家族へのカミングアウト。

母親とは高校で、大喧嘩をした勢いで打ち明けた。感情が高ぶっていた中での告白だった。母親はそんな話聞きたくないと言った。母親はもともと性的なことそのものも忌避している節があった。その後、兄弟にも伝えた。兄弟はみんな特に何も思っていないようだった。

父親に関して言えば、自分から伝えるより先に、ちょっとしたアクシデントで感づかれていたと思う。母親にカミングアウトする少し前に、パソコンで男の人の裸を調べていたのを偶然見られてしまったのだ。後日、父親から「男の人が好きなの?」と聞かれたけれど、特にそれ以上深く追及されたり、責められたりすることはなかった。

こうして振り返ってみると、あたしの周りには、あたしがゲイであることを過剰に大きな属性として捉えず、ただの「あたし」として接してくれる人たちがいてくれた。

もちろん、誰もがこんな風に恵まれた反応をもらえるわけではないことも分かっている。けれど、あたしにとってのカミングアウトは、元からオープンだったあたしがさらにオープンになって、人への隠し事がなくなった。

あたしにとって、カミングアウトをする前からカミングアウトの準備始まっていた。時々聞くこんな話がある。友達にカミングアウトしたら、距離を開けられてしまったという話だ。あたしは今までそういったことは一度もない。なぜならば、友達になる条件に、カミングアウトしてもやっていけるかが組み込まれているし、友達じゃなくても、ゲイや自分の一部を受け入れられる人かどうかの見極めをとても丁寧に時間をかけてやっているからである。だからこそ、ひどい目にあったことはないし、あっこの人ゲイが苦手だったり好きじゃないんだなと思ったり感じたら距離を取るようにしていた。

最後に、母親との付き合いについて語る。母親は最初あたしがゲイであることについて触れたくない、考えたくない、聞きたくないだった。それで日常に影響が出たわけではないが、その話をしようとすると嫌そうな顔をした。しかし、あたしはとても頑固で粘り強く相手の気持を考えないモンスターだったので、親にいくら嫌な顔をされようがひたすらゲイに関する話題やあたしらしさ全開で関わり続け、今では、外に出ていく用事がマッチングアプリの人と初めて会うことでも伝え、親との意思疎通ができている。親も、だいぶ諦めモードに入ってきて、1人でも生きていけるようになってほしいと思っていると思う。あたしの母親はもちろん、ゲイに対する抵抗も強かったけど、まぁあたしの粘りがちですね。でも、あたしはいつかそうなるだろうなと思って、関わっていた。これはたぶん全てのゲイに対して言えることではない。あたしとあたしの親だからこその一つの形だと思う。

5.ゲイの人との関わるきっかけ

まず、高校生までゲイだと分かる人に会ったことがなかった。だからこそ、ゲイだと公表していない相手を見つけるみたいな気持ちが強かったような気がする。中学そこまで意識していなかったけれど、高校のときは孤独感が強くて、だれかの同じ境遇の人がいないか必死になっていた。インターネットは使えていたので、ゲイに関する情報は入手していたけれど、どちらかというと恋愛の要素があるものが多く、ゲイの体験談を読み漁ったり、ノンケに恋して苦しくなっている学生ゲイの相談を読んだりしていた。高校の時点ではゲイの人にネットで会ってみようとは考えにも浮かばず、自分の狭い世界で無いものを探し続けていたような気がする。

高校を辞めて、ゲーム配信をガッツリやっていた時期も、ネットでゲイの人と関わる機会はほとんどなく、ゲイという存在がいることは分かっているけど、あまりどういうものかイメージが全くない状態だった。

あたしがゲイにあまり興味を持っていなかったのは、こじらせた片思いのせいでもある。こじらせた片思いから、その好きな相手しか興味がなくて、それが少しずつ、かっこいいノンケに興味が広がり、そして大学に入る頃にようやくゲイという存在も恋愛対象になるのかなと考え始めていた。片思いが辛かった時期は、ゲイと恋愛するというのがあまり良いとは思えなくて、ゲイなのにゲイを少し毛嫌いしていたような気がする。恋愛対象は、男でなくノンケだったような気がする。それはその時独自の狭い価値観によるものだったと思う。

そして、ついに大学に入り、コロナであまり人との関わりがないまま進み、アプリで人に会うことにした。それもなんといきなりヤリモクである。

なんでこんなにピュアでこじらせ続けたのに、大学になるやいなやアプリでヤリモクを募集したかというと、、、

ゲイとして片思いすることに疲れていたから、恋愛感情に振り回されるのに疲れていたから、

そう、肉体関係を持ってしまえば、恋愛感情に対してもっと冷めた目で考えられるんじゃないかと思ったからである。それで、思い切って初めての相手を募集した。性欲はほどほどにあったが、そこまで強くなく、正直、ひとりで事足りているという感じでもあった。けれど、恋愛の呪縛から解き放たれたかった。

初めて会ったのは、あたしが19の時、相手は、27だった。
あたしは、初めてであることを相手に伝え、やり方を教えてもらい、ひとしきり済ませた。
初めての相手としてはとても良い相手だった。
相手に恋愛感情を抱くことがなかったのが一番良かった点だと思う。

まぁ、すっきりとした。大人の階段を登った。でも何も変わらなかった。
いや、少しずつ変わっていくのかもしれない。

これをゲイの初めて会った人、いや相手、バイっぽかったぞ。
まぁ、でも、これをきっかけに、アプリを通じて、ゲイの人と関わることになっていく。

6.ゲイのアプリについて

ゲイのアプリに初めて登録しようとしたのは、16歳の時だった。18歳以上しか登録できないと知って、ゲイは大人になるまで簡単には恋愛ができないんだなととてもイライラしたの覚えている。

結局、大学に入学する19歳のときに、いくつかゲイアプリを始めた。Google play storeにある全てのゲイアプリを試したと思う。その中で、某ピンクのアプリ9monstersをよく使うことになった。某ピンクアプリの説明はココでは省くことにするので、気になる方は調べてみてほしい。

ゲイアプリを開くと地方と都市の格差と、意外と身近にゲイが存在していることを感じることできる。ゲイアプリに馴染みがない人に説明すると都会の人が多く集まるところでは、数m単位でゲイの人がいることを示す位置情報を見ることができる。

ゲイのアプリは若い人を搾取する構造になっていて、それがすごく嫌いだった。グロい構造だが、実際アプリを使ってみて感じたのは、若い人が入ってくるのをいまかいまかと待ち構えているような雰囲気はある。独特の構造になっていると言える。このことについてはゲイの社会について自分の考えを述べたいと思う。

ヤリモクが多いのも、某ピンクのアプリの特徴である。やるだけじゃない恋愛をしたい人からすると、なかなか出会うのが難しいのかもしれない。さらに、ゲイアプリというのは、傷ついたり、トラウマになったりする原因の一つでもある。ドタキャンや突然のブロック、プロフ詐欺他にも多様な人がいるからこそ、トラブルに巻き込まれることもある。あたしも、ドタキャンもあったこともある、まだプロフ詐欺あったことない。普段は関わらない人と人が「ゲイ」という共通の属性でアプリを通して知り合うというのはこの社会の構造から見てもなかなかな化学反応だと思う。

アプリに関してはまだまだ思うことがあるが、また追記する。

7.ゲイの社会について


8.ゲイと恋愛


9.ゲイの分類


10.ゲイバーに行ってみて


11.他の性的マイノリティについて


12.パレードに参加して


13.同性婚について


14.家族について


15.性的行為について


16.既婚ゲイについて


17.老後について


18.「ゲイ」という属性が私の人生に与えた影響






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