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移住道は続く。

こんにちは。
信州移住コネクター北信担当の佐藤慎平(さとうしんぺい)です。

これが信州移住コネクターの2回目のnoteの記事になります。
このnoteは、私たちコネクターがそれぞれの地域から、等身大の「信州で暮らすリアルを発信」をコンセプトに作成しています。

移住に関する情報というと、「こんな素敵な暮らしができます」「移住してよかったです」という前向きな話が多くなりがちです。もちろん、それも本当です。
でも、移住してからも暮らしは続きます。
いいこともあれば、悩むこともある。ライフステージが変われば、考え方も必要なものも住みたい場所さえ変わっていきます。

今回は、僕自身がいま感じている課題感や悩みも含めて包み隠さず書いてみたいと思います。

改めて、自己紹介

改めまして、佐藤慎平と申します。
岩手県出身の31歳です。
現在は、長野県の最北端にある栄村という雪国の村で、妻と子ども2人の4人で暮らしています。
住んでいるのはいわゆる限界集落にある一軒家の元空き家です。周りには自然があり、雪があり、田んぼがあり、山があります。

仕事としては、シェアハウスを運営したり、農業の手伝いをしたり、自分でも田んぼをやったりしています。また、元地域おこし協力隊として現在は協力隊のサポート業務にも関わっています。
そして今、信州移住コネクターとして移住希望者と地域・行政をつなぐ仕事もしています。
いろいろなわらじを履きながらなんとか暮らしを成り立たせている。そんな生活です。

なぜ、栄村に来たのか

僕が栄村に来たのは、今から7年前。
2019年に新卒で地域おこし協力隊として移住したのが始まりです。
栄村を選んだ理由はいろいろあります。スノーボードが好きだったこと。隣町の飯山市に行ったことがあり、なんとなくこの地域に親しみがあったこと。

でも一番大きかったのは、
「自分が知っている中で、一番田舎だったから」
というかなり感覚的な理由でした。

当時は「好きなことで生きていく」とか「オルタナティブな暮らし」とか、そういう言葉が流行っていました。
特に影響を受けたのが「山奥ニート」という暮らし方。最低限の現金収入を得ながら、山奥で畑や田んぼをしたり、ゲームをしたり、好きなようにのんびり暮らしていく。
当時の僕にはそれがすごく人間らしい暮らしに見えました。

働きたくない、というよりも理不尽な働き方に巻き込まれたくない。ブラック企業やパワハラの話もまだまだ身近にあり、「普通に会社で働く」ことへの違和感もありました。
資本主義に飲み込まれず、最低限のお金で自分たちらしく暮らす。そんな生き方に強く憧れていました。

山奥でシェアハウスをつくった

栄村に来てからの3年間で僕はその憧れを自分なりに形にしようとしました。
そのひとつが田舎でのシェアハウスづくりです。
山奥でゆるく人が集まり、畑や田んぼをしながら、それぞれが好きなことをして暮らせる場所。そんな場所をつくりたいと思っていました。
プレオープンの段階で実際に住人さんが来てくれたときは本当に嬉しかったのを覚えています。
「あ、自分が夢見ていた暮らしは、ちゃんと形にできるんだ」と感じました。

スノーボードもたくさんしました。インストラクターができるくらいには上達しました。田んぼも畑もやりました。地域にも友達ができました。

結婚と子どもの誕生で価値観が大きく変わった

そんな中で、結婚しました。
そして、子どもが生まれました。
ここで、僕の暮らしに対する考え方は大きく変わります。

「お金なんて最低限でいい」
「好きなことができれば、それで幸せだ」
本気でそう思っていました。

男一人で田舎に暮らす分には正直なんとでもなります。お金もそこまでかかりません。野菜をもらえることもあります。多少古くて寒い家でも、自分だけなら我慢できます。

でも、子どもが生まれるとそうはいきません。
おむつも必要です。服も必要です。離乳食だって毎回手作りできるわけではありません。家の寒さや不便さも自分だけの問題ではなくなります。

そして何より大きかったのは責任の重さでした。
自分一人ならどんな暮らしを選んでもいい。
でも、自分たちのエゴで、子どもたちに不自由な思いをさせるわけにはいかない。

「お金なんて最低限でいい」と思っていた僕が、
「ちゃんと稼がなきゃいけない」
「食わせていかなきゃいけない」
と考えるようになりました。

個人事業主として、いつ仕事がなくなるかわからない不安もあります。もし自分の選択によって子どもたちにつらい思いをさせたら耐えられない。
そんなふうに価値観が変わっていきました。

この場所に住み続けるのか

そして今、僕は絶賛悩み中です。
この山奥の一軒家に、この栄村に、この長野県に、これからも住み続けられるのか。
それとも、どこか別の場所に移った方が良いのか。

子どもにとってを考えたとき、今の環境には良さもあります。自然は近いし、地域の人との距離も近い。のびのび育つ環境ではあると思います。

一方で、同級生は少ない。習い事の選択肢も少ない。進学や遊びの選択肢も都市部に比べれば限られています。

僕自身は岩手県盛岡市で育ちました。学校には2,3クラスあるのが当たり前。当時は田舎だと思っていたけど、選択肢もそれなりにある環境でした。そんな僕が自分たちの都合で子どもたちに自分とは違う環境を背負わせていいのか。

とはいえ、東京に住みたいわけではありません。都市圏で暮らす選択肢は今のところ考えていません。
でも、長野県内でももう少し街に近い場所。あるいは、自分の実家がある岩手県。そういう場所で暮らした方が、子どもたちにとってはいいのではないか。

移住道は続く

僕は栄村に来たときに夢見ていた暮らしをある程度叶えられたと思っています。
山奥で暮らすこと。田んぼや畑。シェアハウス。地域の仲間。
あの頃の僕が「こんな暮らしがしたい」と思っていたことはほとんど達成できたのだと思います。

でも、暮らしはそこで終わりではありません。
家族ができる。子どもが生まれる。仕事が変わる。体力も変わる。親のことも気になってくる。子どもの教育も考えるようになる。
ライフステージが変われば必要なものも変わっていきます。

だから、移住は「ゴール」ではないのだと思います。
移住は、一度決めたら終わりではありません。
どこに住むか。どう働くか。誰と暮らすか。子どもをどんな環境で育てるか。どんな地域と関わっていくか。
その問いは移住した後もずっと続いていきます。

移住道は続く。
「移住しました」
「田舎暮らしを始めました」
「地域で楽しく暮らしています」

そんな人にもその先にたくさんの変化があります。迷いもあります。葛藤もあります。一度選んだ場所に住み続けることも、別の場所に移ることも、どちらも暮らしを考え続けた結果なのだと思います。
僕はこのnoteで、そういう「移住してからの変化」や「中長期の移住のリアル」も発信していきたいと思っています。

移住はゴールではない。
移住した先に暮らしが続いていく。
だからこそ移住道は続くのだと思います。

これから書いていきたいこと

これから僕の記事では、移住して8年目の自分が感じていることをできるだけ等身大で書いていきたいと思います。

子育て世帯にとっての田舎暮らし。
雪国で暮らすこと。
地域で仕事をつくること。
個人事業主として地方で生きていくこと。
移住してから変わっていく価値観。
そして、移住後も続いていく悩みや選択。

きれいな成功談だけではなく、迷っていることも含めて書くことでこれから移住を考える人にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。
移住を考えている方も、すでに移住した方も、
「このままここに住み続けるのかな」と考えている方も。
このnoteが、皆さん自身の暮らしを考えるきっかけになればと思います。

最後にちょっと告知を。
今月7月24日19時よりオンライン移住セミナー「“住んでみる”から始める長野移住〜田舎シェアハウスで広がる、暮らしの選択肢〜」を開催します。

移住、あるいは二拠点居住に興味はあるけれど、どこから手をつけていいかわからないという方、是非ご参加ください!



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