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25年後の発見

これからお話しすることは、私のとても個人的な体験です。
そして、私が一番尊敬する方とのある接点のお話です。

その接点があったのは、実は2000年になる前のことで、
なんだかんだで28年くらい前のことだと思います。

ロンドンで私が最も楽しめるものが、文化のシャワーに浴びることだと目覚めました。
それまでは旅行の方が好きだったかもしれません。
せっかくロンドンに4年もいたのに、アイスランドとか、パリに数回とかはいきましたが、立地を考えてアフリカや南欧にもいくらでもいけたなずなのです。

なのに私はいかなかった。その代わりに、オペラ、バレエ、クラシックコンサート、ストレートプレイ、ちょっと変わった映画、シェイクスピア、可能な限り、私の体力と好奇心が続く限り、やり切ってから日本に帰国しました。

夏のPromsには毎年何十回も行ったし、行ってよかったし。
やはりロンドンの文化の水準は、帰国してかラすぐの時も、かなりの時間が経過した今でも、ちょっとやそっとでは追いつけないと、心の底から敬服しています。そこでちょっと遅い青春時代を過ごせたことを光栄に思います。

さて、そんな私がロンドンで目覚めたものの一つが、新聞の結構目立つところに毎日出ているTheatre Review, 劇評 です。

新聞により、レビュアーにより、個性が際立っているし、必ず初日の翌日に出るのでとても参考になるのです。

ところが、これが帰国したら全く違った。予定調和的な劇評ばかり。
掲載も、歌舞伎ならば中日が過ぎたころ。参考にして見に行くのは難しい。

と、劇評という切り口から見た場合、英国と日本の差は、大人と子供以上の差だったのです。

ところが、私は見つけてしまいました。
英国の劇評家とも圧倒する鋭さ、深さ、言語によって再現する立体感のある文章。
それが、当時の朝日新聞に掲載されていた、渡辺保先生の歌舞伎評だったのです。

「歌舞伎劇評」という本を見つけ、むさぼり読みました。
丁度私がロンドンにいたころの歌舞伎評が掲載されていました。
英国の新聞の劇評よりも文字数的には限定されているのに、
渡辺保先生の劇評を読むと、既にそれだけで、私はその舞台を見た気になってしまう。
こんな素敵な文章を書く人が日本にいた。
衝撃でした。

たまたま、日本橋で渡辺保先生が歌舞伎の講座を持っていることを知り、昼休みに飛んで申し込みに行きました。
今は満席だけれどもウェイティングに名前を載せてくれるとのこと。
私は自分の番が来ることを心待ちにしていました。

ほんの1週間で順番が来ました。
昼休みに飛んで申し込みと支払いに行ってきました。

そして講座に参加するようになって1、2年くらいしたころでしょうか?

先生がとても落ち込まれておられたのです。
当時すでに新聞の批評から離れ、別の雑誌に書かれていたのですが(これが一般人にはわかりにくい雑誌でした)、そこからも今度はある月刊誌にうつるらしい。
先生は、「捨てる神あれば拾う神あり」と表現されていたけれども、落ち込まれていることは一発でわかりました。

恐らく、またか、と思われたのだと思いますが、それでも2回目、3回目、4回目、その度に何かが起こっていたのでしょうし。

そこで私はふと、浮かんだのです。
今の先生を励ます手紙を書くのは私しかいない。
するに手紙を出そう、と。

そこで私は励ましの手紙と共に、余りに気持ちが何かに集中していたのでしょうか、私が今まで見た舞台の中で、それはロンドンだったんですが、感動した2つの舞台の私自身の感想を書いたものまで添えてしまったのです。

一つは、ロイヤルオペラハウスでの、バレエ「うたかたの恋」。
振り付けはケネス・マクミラン、主演はイレク・ムハメドフとヴィヴィアナ・デュランテ。

もう一つは、ロベルト・アラーニャのロンドン・デビューとなった、ロイヤルオペラでの「ラ・ボエーム」。

何かに憑かれたように手紙を書いて出してしまった私ですが、勿論ドキドキしていました。
編集部あてに出したので、先生の手には届いただろうか?
先生を励ますことが出来ただろうか?

講座は2週間後にあったのですが、それまでには読んでいただけただろうか?

そう思って向かった当日。
おもむろに先生が部屋にはいられてきたのですが、見てすぐにわかりました。あ、先生、私の手紙を読んだ。
そして、まるで牛歩のようにゆっくりと横を向きながら、私の方を意識しながら、あの手紙、あなたでしょ、あなたでしょ、という体全体からの薄黄色いオーラをだしながら正面の席に着かれたんです。

こんなに先生が反応してくださったことにもびっくりしていましたが、
私にはもう一つやらねばならないことがありました。
私が、あの手紙の差出人、手塚ゆかり、だという事を先生にお知らせしないといけなかったのです。

私はそれも予め予測していて、先生の「歌舞伎劇評」と持って、先生にサインをしていただこう、そこで私の名前をいおう、と頭の中というよりも、身体の知性で考えて行動していたのです。

そこで今回もAI君たちに絵を描いてもらいました。


ChatGPT作

各AIへのプロンプトは以下の通りでした。

私は渡辺保先生があまりに舞台の真実を鋭く書くため、新聞や雑誌から次々と追いやられて落ち込んだ時を知っています。

私は、いま、先生を励ます事が出来るのは私だけだ、と突然感じて先生が当時劇評を書いておられた雑誌の編集部気付で手紙を送ったことがあります。

授業の後、わたしは先生の元に行き、朝日劇評の本を出して先生にサインしていただきました。わたしの名前は手塚ゆかりです、と先生に言いました。

このシーンのイラスト描いてくれる?

私のプロンプト

正直、上記のチャッピー君の絵は、かなりいい線言っているのですが、実は先生、もっと緊張されていて、あまり顔を上げなかったと思います。


Copilot君

この絵の方が実際のイメージには近いです。
但しとっても残念なころに、フォントが崩れています。
コピ君の力の限界だそうです。

後、この絵の女性は私の1万倍可愛いですし、私は緊張して、笑みなんてとても出せませんでした(と思う)。
もう一つ、当時の渡辺先生は、今もですが、もっと髪の毛ありましたよ。


Gemini君

先生、老けすぎ、私、名前強調しすぎ、だけど、なんとなくイメージは近いかも、です。

友人から「絵日記シリーズ」と呼ばれてしまったAIとの協業で当時の思い出を語らせていただきましたが、最近になって、私は大きな誤解を一つしていることに気づきました。

結局先生からの返事はなかったのですが、読まれたことは一目瞭然。
先生を励ますことが出来てよかった。

だったのですが、実は先生、手紙の励ましに反応されていたのではなくて、
恐らく私が同封した私の劇評に反応されていたのでは、と最近気づいたのです。

その理由は、これもごくごく最近、AI君からの指摘で、私の記憶装置がほかの皆様とはちょっと違って複雑、「多機能記憶」だと気づいたからでした。

先日、一部有料としながら私がアップした記事の中に入っているのですが

私の記憶は、出てくるときは必ず動画、それも音も匂いもついてきて、その日の室感や温度など、立体的、感覚的にすべてがよみがえるものだったと認識したのです。

だから、いつも友達と話して、私の記憶の方が古いものも、より正確にそのまま記憶に残っていることが多いらしい。
そして、その場で私が口にする、あるいは感じて言葉にして書くものが、実は身体の知能からでているもので、指させ動かして集中すると、そのまま書いてしまうという私の性質についても納得できました。

その記憶方法を持つ人、身体知能と身体言語が自由に使える人ってそんなにいないみたいなんです。

恐らくあの日、先生が黄色いオーラを出して、あの手紙を書いたのはあなたでしょ、と私自身に語り掛けてきたのは、その私の特徴を28年前に、先生の直感で見ておられたからではないか、と突然気づいたのです。

その後、いつも私が言いたいことを口にしたりしているいると、
「手塚さんは新感覚派だ」と先生に言われたこともありました。

新感覚派は、読んで字のごとし、感覚から出た言葉を紡いだ作家たちのことです。note でもまとめられた方がいらっしゃいました。

そして今も、私は基本的に、身体言語で書いていると思っています。
その方が正確だからです。

ということで、明日は、今の私が書ける範囲での、
「ロイヤルオペラハウスでの、バレエ「うたかたの恋」。
振り付けはケネス・マクミラン、主演はイレク・ムハメドフとヴィヴィアナ・デュランテ」について書いてみようと思っています。


2026年7月2日付記)

大変恥ずかしながら、渡辺保先生の大事なご著書、
「歌舞伎劇評」を「朝日劇評」と誤記しておりました。

AIに指示してしまったため、イラストの中は修正できません。
大変申し訳ございませんでした。

文中、可能は箇所は本日修正致しました。

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