和魂洋才。中学生の私が恋した四字熟語①
和洋折衷。私のライフスタイル
和洋折衷。私のライフスタイルです。
和洋折衷の献立。和洋折衷の装い。和洋折衷の旅館が好き。
和食にはシャンパン、きちんとした外出は着物を着るけど、バッグはビジューがついたクラッチバッグ。両方のいいとこどりをしながら、私なりに編集して生きています。
精神的な心構えでいえば、「和魂洋才」です。
中学生の頃、国語便覧の中で好きだった四字熟語の一つです。
和魂洋才とは、日本人としての伝統的な精神(和魂)をしっかりと根底に持ちながら、西洋的な科学技術や学問(洋才)を受け入れ、調和させて発展させていくこと。
ちなみに、子ども時代に一番気に入っていた熟語は、示唆に富む「朝三暮四」。
社会の教科書で一番好きだった言葉は、躍動感が半端ない「もはや戦後ではない」。バブル時代に中学生だった私には、「日本イケイケ宣言」に読めたからです。
言葉への感性とこだわりが、独特な子どもでした。
国語便覧の中の「和魂洋才」
和魂洋才をざっくり言えば、「日本らしさを失わずに、外の世界も学ぶ」ということ。
明治政府が掲げた「富国強兵」や「文明開化」の精神的支柱となった言葉。
「日本の心、大和魂だけは失うな」のメッセージが込められています。
幕末から明治維新にかけての誇りに満ちた高揚感があって、かっこいいわ。
国語便覧に書かれていた和魂洋才のルーツに、中学生女子は心惹かれました。
原典は、平安時代の「和魂漢才」。
学問の神様・菅原道真らが提唱したとされる考え方です。
当時は、日本固有の精神(和魂)を持ちつつ、先進国だった中国・唐の学問や知識(漢才)を吸収しよう、という意味でした。
それが幕末から明治にかけてアップデートされます。学ぶべき対象が中国から「西洋」へとシフトしたことで、「和魂洋才」という言葉へと生まれ変わったのです。
1000年単位で言葉が更新されて、文明開化の精神的な支柱になる。
これぞ熟語だ!と、中学生の私は膝を打ちました。
文明開化という時代そのものが、日本の精神と技の編集だった。そして、昭和の日本は明治維新から100年で、経済的に世界へ大きな影響を与える存在になった。
和魂洋才で、日本は世界に羽ばたいたのだ。
バブルの日本には、万能感がありました。
80年代中学生の私にも、湧き出てくる無敵感がありました。日本の経済成長も、私の身長も右肩上がりだと、純粋に信じていたあの頃。
世界で、トヨタ・日産・ホンダの自動車が走り、F-1ではホンダのエンジンが、パリ・ダカール・ラリーでは三菱パジェロが活躍していました。深夜にこっそりテレビで中継を観たものです。
また、SONYが若者カルチャーを席巻し、ニューヨークのロックフェラー・センターを日本が買った時代。ゴッホの名作を競り落としたのも日本。
子どもの私には、日本が無敵に見えました。
とにかく大人が元気だった。
そして、大人たちの世界がキラキラして見えました。
父からの挑戦状
この熟語にまつわる感動をシェアしたくて、友だちに話しました。けれど、誰も興味を示しません。みんなの関心は、光GENJIと洋楽ヒットチャートとクレアラシルでした。
父だけが、静かに共感してくれました。
「そんなに興味があるなら、近代史をいろいろ勉強するといい」
「坂本龍馬を読んでみたら?」
「もうちょっと大人になったら、別の角度から考えるのも面白いよ」
「和魂洋才がはらむ矛盾を読んでみたらいい。外国人が書いた『菊と刀』。今はまだ難しいから、大学生になったら読んでごらん」
矛盾?
和魂洋才に、議論の余地があるの?
ニュースの断面、教科書と読書で頭でっかちになりかけていた思春期の私は、父の言葉が、なんだか挑戦状のように聞こえました。
——読んでやる、『菊と刀』。
大学生になって読んだ『菊と刀』
『菊と刀』は、アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトが、第二次世界大戦中に調査・執筆し、1946年に出版した有名な日本文化論です。
大学一年生。
私は、通学電車の中で読み切りました。
知的好奇心が無尽蔵にあった頃です。
満員電車の中、ものすごい集中力で読んだ記憶があります。
第二次世界大戦中、アメリカ政府は、
「戦っている日本人は一体どういう民族なのか」
「なぜあれほど勇敢なのに、降伏すると急に協力的になるのか」
を分析してほしいと依頼します。
戦時中だったため、ルース・ベネディクトは日本に来ることなく、文献や在米日本人へのインタビューをもとに本を書き上げました。
日本を見ずに日本を書いた本。18歳の私は、ちょっと反発したくなる設定です
たとえば、「恥の文化/罪の文化」という分析には、「わかるわ。世間様に顔向けできない、とかすごくある空気感だもん」と思いました。
日本人の人間関係を「恩」と「義理」、すなわち「借りと返済」の構造として分析。
私には当たり前に見える価値観だけど、世界の常識とは違うのかしら。
一方で、『菊と刀』には、敵国日本を理解するという戦時的な目的と、戦後占領政策にもつながる視点の両方が混ざっています。
そのため、「日本理解の古典」として読まれる一方で、「戦時下ゆえの限界や偏見がある」と批判されてきたことにも頷けました。
偏見もあるよね、とも思いました。『菊と刀』が見ているのは、戦前・戦中の日本。戦後40年以上たった90年代の日本は、違って見える。
和魂洋才は、本当に矛盾を抱えた思想なのか。
そして、自信を失い始めた90年代の日本に、まだ効く考え方なのか。
1993年。日本はバブル崩壊の喪失感に覆われていました。数年前まで、世論を席巻した「Japan as No.1」が幻想だったと知った時代です。
大学生になったばかりの私は、揺らぎ始めていました。
後編に続く
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