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女子大生のバブル崩壊から今年の漢字「熊」へ

80年代中学生のエモから続く 前編はこちら

バブル崩壊と揺らぐ自信

ところが、私が部活に励み、大学受験をしているあいだに世界は変わります。
平成元年にピークを迎えた日本経済のバブルが崩壊。1990年代は、絶頂に達したバブルの崩壊とともに始まりました。

「失われた10年」は、バブル崩壊後の長期の景気低迷期の呼び名。株価や地価は下落し、企業・金融機関の不良債権問題が深刻化しました。

5年前までブイブイ言っていた大人たちが、「構造改革」という言葉で経済の硬直化を変えようと語りはじめます。
私が学生の間に、当たり前だと思っていた「終身雇用・年功序列」が崩壊の兆しを見せ、新卒一括採用や定年までの安定も揺らぎはじめました。
大学一年では、エズラ・ウォーゲルが「Japan as Number One」に書いた「トヨタのかんばん式」のような革新的なマネジメント技がある日本が誇らしく思えましたが、卒業する頃には、日本はもう勢いを失ったのかも悲観するようになりました。
でもそれは社会や経済の成熟なのかなどと考えたりしました。

円高を自分ごとに考える女子大生

私が新聞の経済面を読み始めた10歳の頃、1985年の記憶は「男女雇用機会均等法」、「プラザ合意」と「日米貿易摩擦」。
10歳の私には難しくてわからないことが多かったけど、ニュースをみたり(NHKは宮崎緑さんの時代)、父に聞いたりして子どもなりに理解。
女性が働く未来が拓けて見えて、日本経済は強いんだと認識していました。

「24時間働けますか」は、ビジネスマンだけじゃなく、肩パッド入れたワンレンのビジネスウーマンも担う未来が見えていたのです。「もはや戦後ではない」から続くイケイケな伝統がありました。

小中学生の私には関係ないけれど、ニュースの最後に出てくる「日経平均」と「円相場」を毎日みていて、株価が上がり、円高に進んでいく様に、日本の経済的な無敵さを感じていました。

私が円相場に関心を持ったときに、1ドル=240円だった為替は、中学生のころには、120円台に。円の価値がほぼ倍増する急激な円高が進行しました。アメリカで1ドルで売っているポテトが240円だったのが、120円で買えるようになったと父が教えてくれました。
1960年代に夢見た「所得倍増」ならぬ「円の価値二倍化」。日本の勢いは止まらない?
それは、貿易赤字に苦しむ“オワコン”化したアメリカを助けることができるのは日本だけ、日本の経済力が高い証拠だと思わせました。

「規制緩和」してあげないと、アメリカが可哀想だよね。牛肉とオレンジを輸入したらいいじゃない。お米はだめだけど。中学生の私は、ウルグアイラウンドを見つめていました。地球儀でウルグアイの場所を眺めながら。

急激な円高による輸出産業への打撃を緩和するため、日本銀行は金利を大幅に引き下げ、この低金利政策によって市場に大量の資金が溢れ出し、これが株と不動産への投機に向かい、バブル景気の引き金となります。
1990年に株価が暴落し、バブルが崩壊した後も、円高の傾向は衰えませんでした。その背景に、貿易黒字がありました。

1990年代の円高局面では、「日本の経済力が強いから円高が進んでいる」という考え方が根強かったように思います。
女子大生の私は、1ドル=80円の時代に、世界中で散財しました。頭の中では常に計算。10年前の1ドル=240円の時代なら3倍したんだよ、円高に感謝だわ、日本の経済力にもっと感謝だわ。

しかし、足元が揺らいでいるのは感じていました。円高による「産業空洞化」が雇用の在り方を覆すと学んでいたから。強い経済力を支えていた雇用が海外に流出していく。24時間戦うビジネスマンたちが世界を開拓しているはずが、切り売りをしているよう。経済基盤が揺らぐ。散財しながら、自分と日本の将来に不安を感じていました。

「震」から始まる今年の漢字

そんな1995年に始まった今年の漢字。
一番初めに選ばれたのは「震」。バブル崩壊後の社会全体が震えていたことが伝わります。

「就職氷河期」の私が新卒で働き始めた1997年秋には、拓銀=北海道拓殖銀行が倒産します。
大蔵省が大手銀行を破綻させない方針を示していた中での出来事であり、金融市場に大きな衝撃と不安をもたらしました。私は、仕事で札幌にいて、小雪が舞う夕方に号外が配られていたことを覚えています。

その1週間後に「山一ショック」が起こります。
友だちも何人か山一証券の一般事務として働いていました。
同じ業界に転職した子は聞かなくて、当時は聞きなれないベンチャー企業に入った子、実家に帰った子、教職免許を活かして数年後に先生になった子など、23歳で人生の大きな波にのまれていました。
1997年の漢字は「倒」。新卒の私にも、倒産やリストラが、自分の事に感じられました。

1999年から流れた♪人間なんてららら♪のマンパワーグループのCMは、私には20世紀の断末魔のように聞こえました。
世の中は、モー娘。のラブマシーンとかカウントダウンとかミレニアムブームで浮かれているけれど、日本の雇用形態が大きく揺らいでいる。
派遣社員の働き方が“自立した個の生き方”として応援されているように見えるが――本当?「氷河期」で「正規雇用」の選択肢がないんだよ?
雇用が守られなかったら、ふんばりが効かなくなるよ?

2025年を、未来の教科書はどう書くのか

あれから四半世紀。
2025年、令和の日本はダイバーシティに揺れています。多様な価値観を認めるとは、正解が見えにくいこと。答えが見えない、出せない時代です。

経済的にも道徳的にも閉塞感が漂います。ハラスメントに縛られる価値観。出る杭が打たれる前に出さない時代です。バブル崩壊以降のデフレマインドが定着し「失われた10年」は終わっていない。失われた40年に向かっている。

90年代と、2025年では異なる雇用の問題が起きています。労働力人口の減少が構造的・不可避となり、高齢化が加速している。非正規雇用が、多様な働き方や労働力不足の補完として定着し、全雇用者に占める比率が高い水準にある。
そこには、ダイバーシティという美しい言葉では語れない不安があります。ダイバーシティが社会の脆弱性に置き換えられている。

今年は昭和100年という節目の年。
私が「イケイケになる日本宣言」だと解釈した「もはや戦後でない」から70年がたちます。と同時に「失われた30年の途中」でもあります。

そんな今年の漢字が「熊」というのは、本筋のような、枝葉末節に囚われているような。目に見える脅威だけを見ているような。
投票で決まった漢字だから、今年っぽさ満点なはずですが、腹落ちしない。
多様性とは、一現象の視点から世相を斬ることなのか。「熊」は、極めて内向きで、大局を見失った選定のような気がするのは、私だけでしょうか。2025年の息苦しさの一丁目一番地は、他にある。

10年後、2025年はどのように語られるのか。
50年後の社会の教科書にはどのような姿が載るのか。果たして、「失われた10年」は、完結したと評価されているのか。あるいは、「失われた30年」になっているのか。
100年後の国語便覧には、どんな言葉が残るのか。

国語と教科書フェチだった女子として、2025年の“表現のされ方”が気になります。

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