実践的現代神学 1 〜神様は信じた方がいい話〜
法こそが神
律こそが神
秩序こそが神
それらを信じるから
人生にそれらが現れる
こんにちは
こんばんわ
ともひろです。
宗教勧誘じゃないですよ?
神様の話だからって身構えなくて大丈夫。
こんな体験や思いって感じたことありませんか?
・なんとなく生きづらかったり
・どことなく不安がある
・なんか焦燥感が湧き上がる
これらのような理由のない不安
私はその原因の1つが神の不在
または拒絶かなと考えてます。
そういう私も元は無神論者でしたから
ただどうもそこから考えて
あ、これに神様いるって認めたほうが生きやすいわ
そう思うようになったんです。
それを今回と次回の2部編で
神や信仰についてそのメリットや
信じられる神などをお伝えしていきます。
それではどうぞ
筆者と神
前述しましたが私は元々は無神論者です。
幼稚園がキリスト教の幼稚園だったくらい。
高校で倫理学を学んで
ひと通り宗教を勉強しました。
面白かったのを覚えてます。
そこから大人になって
神道のような多神教が好きになりました。
なぜなら神話が面白かったからです。
ただ、このときは信じてたわけじゃない。
そこから知り合いに
自分の信じれる神様を見つけたほうが言われて
キリスト教(入信はしてない)の礼拝に参加。
今でも面白いのでたまに行きます。
ここから真面目に神様について考え始めます。
ここからさらに宗教や哲学をなどをあわせて
自分なりの神様像を作っていったって感じです。
私の考える神様はいわば他の宗教の寄せ集め
なるべく理論的に神様を考察して
現代の世界に落とし込むかを考えてきました。
自分なりの神様を見つけて
それを信じる努力してきました。
この記事はその結果みたいなのです。
神の不在による弊害
現代社会が宗教との縁が切れ始めている。
その事実は紛れもないでしょう。
道行く人のほとんどは無神論者だと思います。
ですがそれによって弊害が起きてます。
それは目に見えないことへの過度な恐怖です。
宗教という目には見えない存在を
なんとなくでも信じることが昔はできた。
しかし今は証拠や根拠、データなどの
科学的観点に縛られすぎていて
少しでも不明なところがあると
それが不安や恐怖となって現れる。
科学に傾倒しすぎたがゆえの結果です。
宗教がなくなることによって
分からないこと
不鮮明なこと
理由や根拠がないこと
これらに対しての耐性が低下しています。
ただ、よく考えみてください。
この世界であなたの人生で
完全に鮮明に理解できていることなんて
どれくらいありますか?
ほとんど分からないのが当たり前
それがデフォルトなのです。
つまり人は理解できるという狭い世界にいて
その外に理解できない世界が無限に広がっている。
分からないことに囲まれながら生きている。
それが普通なのです。
しかし現代ではそれが異常となっている。
なぜなら分からないことを
不鮮明なことを理由や根拠がないことを
肯定することができなくなったから。
だから不安で焦って怖くて生きづらいのです。
分からない世界の住人
じゃあどうしたらいいのって話ですが
それは単純に
神様がいるかもって信じてみることです。
言い換えるなら
その分からなさを肯定すること
どうゆうことかというと
その分からなさを味方につけるイメージです。
神様っていうのは分からない存在の塊で
その世界の住人みたいなものです。
少なくとも
我々人間の理解が及ぶ存在ではないのだから
そういうのもかもってくらいでOK。
だから神様を信じることは
すなわち分からなさを信じ受け入れる。
その第一歩なのだ。
それがあなたと神様の邂逅であり
始まりになるだろう。
もちろん受け入れることには
時間がかかるだろうが
神様はいるかもという心を忘れないでほしい。
それがやがて安心や信頼へと変わるから。
さっきのところで
人は理解できるという狭い世界にいて
その外に理解できない世界が無限に広がっている。
これは言い換えると
我々の理解できる世界というのは神の内側にある
そういう考え方ができるのです。
その内にいるというのは
安心感となるでしょう。
信頼となるでしょう。
まるで子供が母に抱かれているような
そんな世界が我々の世界だ。
その考えができたならあなたは世界は
神に愛されていると思うことができるだろう。
神を感じるには?
具体的にどうすれば神を感じることができるか?
これも問題だと思います。
だって今まで信じてなかったのに
どうやってその存在を感じれはいいのか
分からないといっても
その手がかりくらいなければ
信じられませんよね。
私がこれについて私は
全は一 一は全
この言葉を勧めたい。
私と神の関係はこの言葉で表せる。
一とは自分であり
全とは神や世界です。
一がした行動の全てが神に影響を与え
そして一を囲む世界が
あらゆる全て通じて神の意思を伝える。
お互いが影響を受け合いながら関係していく。
それを端的に表した言葉が
この全は一、一は全です。
もっと具体的には
自分の五感と行動や発言、考え
それら全ては神と影響している。
そしてそれらを行った、信じた結果として
この世界、身の回りにある全てが
あなたに神の意思を伝えようとしている。
後はそれにあなたがどれだけ気づけれるかです。
嬉しかったこと、辛かったこと、小さなきっかけも
そこに神を見出だせるかはあなた次第。
ぜひ身の回りにあること
そこから神様のサインを探してみてください。
まとめ
この記事の内容をまとめると
分からなさ、理解できないことこそ神様
人は理解できないことに囲まれて生きている
その不安を肯定し、超えるために神様を受け入れる
神と私の関係は全は一、一は全
神様のサインを日常で探していく
こんな感じです。
次回は具体的にどれが神様なのか
どんな神様を私が信じているのか
それを話していきたいと思います。
フォローしてお待ちください。
また今回の記事はかなり抽象的で
分からないことだらけだと思います。
ですのでコメントお待ちしております!
質問、肯定、否定何でもOKです。
気軽にどうぞ。
あなたによき神様がありますように
それではまた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は2025/03/28金曜日更新予定です。
追記 後編はこちら
