見出し画像

実践的現代神学 2 〜神の存在証明と私の神〜



もし神がいるならば
私は律と呼びたい

形があるものではない
全能で万能でもない
どこにでもいるけど
見ることも触れることもできない

流れとして存在してる
大いなる力
けれども確かに存在はしている

それが
私の出会えた神様


こんにちは
こんばんわ

ともひろです。

今回は前回の続き
神様についての第二回です。

前提として前回の知識が必要なので
読むことをおすすめします。

前回はこちら

そして今回は
具体的にどんな
神様を信じるべきか?
何が神様なのか?

それを私の視点で解説していきます。

あなたにとっても
明るみがある話で
日常世界にも溶け込むことができます。

神様がいる、信じる世界のメリットは
前回説明したのでそちらをどうぞ。

人類の史実において
神の存在やその証明は幾度となく行われ
そして批判されてきた歴史があります。

そして今日は
私の神への考え方を
そこに残したいとおもいます。

また、前回同様ですが
神様などの抽象的なのを扱っていますので
私の主観がめちゃくちゃに入ってます。

なので分からないことや批判等は
コメントお待ちしております。

それでは本編どうぞ!


私にとっての神様1

私が考える神様は2通りあります。

1つ目は前回の前回で触れた
分からないことこそ神

これを発展させた考え方です。

それが
分からないことの中に神がいる

もう少し具体的にすると
現代の科学では解明されていない事象を神とする

になります。

どうゆうことかと言うと
昔っていっぱい神様がいて
それが本当にいると信じて疑わなかった。

そして人の手には負えない
あるいは解明できないことを
昔の人たちは神としたのです。

有名どころだと自然関係

自然現象に対して神様が結びつけられている。

風神、雷神は風と雷の神様
日本なら
シナツヒコノカミとかホノイカズチとか
外国だと
風神はルドラ、パズズとか
雷神はトール、ゼウスとか

両方司る神様だとスサノオ、セトとか

干ばつ時には雨乞いで神様に願いを届け
地震や日食、疫病は神の怒りととらえた。

例えばお供え物のお酒の話

お供え物として置いたお酒が
次の日確認してみると減っていた。
だから神様が飲んでくれたんだ
というお話

しかしここで挙げたものは
すべて現代では科学で解明されてますよね。

気象学や天文学、病理や科学で解明されている。

しかしそれがわかる前の人にとっては
それこそが神様であったのです。

昔近い内容の記事を書いたのでこちらもどうぞ。

人の好奇心が信仰に勝り神を暴いたのです。
科学の進歩は人間の範囲を広げて
神や人ならざるものの領域を狭める。

しかし、解明される前ではそれら
間違いなく神の仕業であった。

そして現代科学でも解明できない謎は
まだまだこの世界に存在している。

例えば
ビッグバンの前は何があったか?
近いところで生命の起源の謎

宇宙にある物質はまだ半分も解明されてないし

説明のできない病気からの奇跡の生還
生命や人体の不思議

挙げればきりがない。

それらにはまだまだ神様が宿っている。

もしそれらが神であったなら
神はきっと身近なものですよね。

そしてあなたが分からないことも神となる

そう思うと神様って身近だし
いるってことが実感できる。

科学が進歩すれば
その神様との別れはあるかもしれない。

しかしそれはあなたが成長したのだ。

大人になって子供の頃
分からなかったことが分かるようにね。

そしてまた新しい神様と出会うための好奇心を
忘れずにもっておくことが大切だろう。

これが私の考える1つ目の神様。

私にとっての神様2

2つ目はどっちかというと私が信じている方。
なるべく合理的に寄せた考え方だ。

前回や今回の記事の
始まりのメッセージに書いてある内容や
前回の全は一一は全に行きついた神の考え方だ。

端的言うなら

神とは律だ。

律とは
ルールや物事を行う基準となるおきて
とされている。

早い話はと近い。

しかし法との違いはそれが人間が作ったか否か
だと私は解釈をしている。

つまり律とは自然や人間が存在する前からあった
存在する限り逆らえないルールみたいなもの

例を出すなら確立や運と言われるもの

これらは全くもってコントロールできない
そして人間以外全ての生命に適応される。

律と言ってもいいと考えている。

例えば重力
1つ目の神の考え方と合わさります
現代科学でも解明されていないものです。
(重力子という仮想の物体の影響という説もある)

重力は全ての存在が影響を受ける
形のない光すら巻込み
原子という存在があればそこに必ず存在をしている。

これも律と言っていいだろう。

例えは一部の心理学
一部の心理学の法則は人間だけでなく
動物や昆虫でも見られています。

自己防衛反応、パブロフの犬
ボルステッド効果(群れの中での役割移動)
などがそれに当たります。

まぁ自然とか個体には適応されないので
これは生命限定の律、神と言えるでしょう。

そんな全ての存在が等しく受けて
逆らうこと明かすことのできないこと。

それがであり
その存在そのものが神です。

ぜひあなたの律も聞かせください。

私が見つけた神

最後に私が見つけて
信じている神、律を紹介して終わります。

私が現在見つけ、信じているのは

託す預ける継ぐ という律です。

1言じゃないのは
これらは意味は似ているけど
場面によってどれを使うかが異なるからです。

この3つに共通するのは
もらったものがあり
それを自分が一時的に保持し
そしてそれを渡す

この3つの概念が
内包されている事にあります。

これに至った過程として
私、他者、生命、非生命、地球、宇宙
全ての存在、概念を網羅するのは
ものを探そうとしました。

弱肉強食、栄枯盛衰、四苦八苦、諸行無常など
色々な言葉を調べて検討しました。
しかしそのどれもが近いがなんか合わない。
そんな感覚でした。

しかし、ある時、ある人の言葉を言葉を聞きました。

「全てのものは与えられている」

最初聞いたときは嘘だと思いましたが
考えていくと結構当たってたんですよね。

だって今、自分が持ってるものは
最初から持っていたわけじゃないでしょ?

手にそれを握って生まれてないのだから。
私の体でさえ、食べた食べ物で構成されて
知識とかも自分で学び、それを作った人から
全て与えられたものだった。

物体も、非物質も共通していた。

だからこれが神かと思ったが
なんか違うと思いさらに深めることにした。

そしてたどり着いた。

全てものは託されているのだと

託されたとは
託した存在あって
自分というそれを託された存在
そして最後にそれを自分以外に託す存在がある

この3つがある。

では何が託されているかというと
それは存在によって異なる。

例えば食物
食べ物に託されて存在している。
食べ物は大地から栄養を託された。
そしてその栄養を託されて我々の体がある。
そして死ぬか排泄物かでまた大地に
その栄養を返していく。

例えば知識
知識を発見した人の発見が後世に託されて
それがより具体的、簡素化して
我々に託されている。

例えばお金
あなたの手元にあるお金は
幾多の人の手に渡って
あなたに労働に託されて渡されたもの
そしてお金は使うことによって価値を発揮し
あなたが信じたまた別の誰かに託されていく。

人、生命、非生命、地球、宇宙
ありとあらゆる存在は
この託すという概念を通っているのだ。

それは
物かもしれないし、知識かもしれないし
概念かもしれないし、思いかもしれない。

五感で感じられれば、感じられないものもある。

人というのはたくさん存在が託された存在だ。

そして託すに近い与えると言う行為は
仏教の布施、キリスト教の隣人愛
天理教の奉仕などかなりの宗教で
類似した概念が見られる。

そして私がnoteをやっているは
発見や気付きは託されたものだと思うからだ

託すことが律であり神だというのなら
私はその神に従いたい。
それを信じ、神と共に生きたい。

だからここであなたにも託す。

託された存在を
自分の内にはとどめておくだけはだめだ。
また次に託さねばならない。
思いを継がねばならない。

だから私はここで記事を書き続きる。
ここで記事を書かなくなっても
また別の方法で発信はするだろう。

そんな私が見つけた神様、律

託す、預ける、継ぐ 

これらと共にこれからも生きていきたい。


以上、実践的現代神学編でした。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は2025/03/31月曜日更新予定です。

それではまた


ハートがスキ、吹き出しがコメント、よろしくお願いします!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集