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美容クリニックの現実〜ラクそうだから転職した結果〜【第三話】

「どこもヤッてない」が通じなかった


クリニックに初出勤した日。

まず驚いたのはスタッフの若さだった。
病棟では30代、40代の先輩も多かったが、ここは20代ばかり。

休憩中も笑い声が飛び交い、和気あいあいとしている。

「病院とは全然違うな」

私は少し安心していた。
やっと病棟を離れられた。
あのギスギスした空気とはお別れだ。
そう思っていた。

私のプリセプターとして紹介されたのは、一つ年上の女性だった。
背が高く、目を引く人だった。
綺麗なのは間違いない。

ただ、どこか人工的な美しさだった。

そして顔が少し腫れていた。
体調が悪いのだろうか。
そう思っていると、本人があっけらかんと言った。

「今ダウンタイム中なんだよねー」

ダウンタイム?

一瞬意味が分からなかった。

「◯◯さんはどこかヤッたりしたの?」

ヤッた?
何を?
数秒遅れて理解した。

整形の話だ。 

「いえ、特には……」
すると先輩は驚いた顔をした。

「えっ!?目ヤッてると思ってた!」
「眉はアートメイクじゃないの?」
「リップラインとかは?」 
「歯列矯正も?」

質問が次々と飛んでくる。

私はその度に首を横に振った。

「いや、特になにも……」

「ふーん」


不思議だった。

私は特別美人ではない。

だから整形をしていないことが、こんなにも珍しがられるとは思わなかった。

病棟では、
「彼氏いるの?」
くらいしか聞かれなかった。

美容クリニックでは、
「どこをヤッたの?」
が挨拶代わりだった。


その後もスタッフ同士の会話は衝撃的だった。

「この前鼻ヤッたんだけどさー」 
「骨切り痛かったわー」
「ダウンタイム長すぎー」

まるで美容室で髪型の話をするような感覚だった。

ある日、私は思わず二度見した。
スタッフの一人が顔中包帯だったのだ。
田舎育ちの私は、一瞬交通事故かと思った。

脂肪吸引だった。

もちろん美容クリニックなのだから不思議な話ではない。

SNSで整形の体験談を見ることもあった。
芸能人が公表しているのも知っていた。
綺麗になりたいと思う気持ちも理解できる。むしろ肯定的な方だったと思う。
でも。
実際に目の前で見るのは全く別だった。


私には一つ勘違いがあった。

整形をしたら劇的に美人になるものだと思っていたのだ。
しかし現実は違った。
少し変えて。
また少し変えて。
さらに微調整を重ねる。
そんなことを何年も繰り返している人もいた。

整形は魔法じゃなかった。

私が想像していた整形は短距離走だった。

実際はマラソンだ。

もっと綺麗になりたい。

ここも気になる。

次はここを直したい。


そんな会話を聞いているうちに、私はあることに気付いた。

美人ばかり見ていると、だんだん美醜が分からなくなるのだ。

十分綺麗な人が、さらに綺麗になろうとしている。

どこまで綺麗になれば満足できるのだろう。


私は美容クリニックに来るまでは、
「綺麗になれば幸せになれる」
と単純に思っていた。

でも実際はそうでもなかった。

誰が見ても綺麗なのに、いつも不安そうな人がいた。
シミやシワがあるのに、楽しそうに笑う人もいた。

綺麗と幸せは、私が思っていたほど単純な関係ではないらしい。

そして、その「もっと綺麗になりたい」という気持ちを後押しすることが、私の仕事だった。



さらに私には、もう一つ問題があった。

私は絶望的に不器用なのである。
病棟の頃からそうだった。
流れで覚えるのが苦手だ。

まず頭で理解したい。
理屈を理解してからじゃないと動けない。
しかも人より何回も練習しないと身につかない。

だから私は頼んだ。

「もう少し練習させてもらえませんか?」

すると返ってきたのは、
「時間内しか使えないから」
という言葉だった。

知識は勉強できる。
家で動画も見られる。
イメージトレーニングもできる。


でも。
実際に手を動かすのとは全然違う。


焦れば焦るほど上手くいかない。
できない。
また失敗する。 
できない。
そして少しずつ、プリセプターの態度が変わっていくのを感じていた。

この時の私はまだ知らなかった。

その違和感が、これから始まる嫌がらせの前兆だったことを。

 【第4話へ続く】 


美容クリニック編の全体の流れを読みたい方へ。

全12話をこちらにまとめています。

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