神の子番外編 ・ 対決/西門界隈 − 200
西門。
その門の手前で、オイラは動けなくなった。
レドゥビア城下でも、金持ちしか来ないこの界隈に、オイラは何をしに来たんだっけ。
腹は減ってない。
オイラも十六歳だし、もう子どもじゃない。
きれいなお姉さんや、同い年くらいの可愛い女の子が嫌いなわけでもない。
だ、だけどさ …… 。
お金を払うんだから、仕事だよね。
ダンジョンハンター達が旧市街に行くのと、同じワケで …… 。
―― ああ、もう。
オイラ、何がしたいんだよ。
そんなことを考えていたら、城でアルス姫と二人、宙を飛んだ日のことが、急に頭に浮かんできた。
…… ダメだ。
帰ろう。
そう思った瞬間、不意に腕をつかまれた。
「お兄さん、ハンターさんなの?
せっかくここまで来たんだったら、ウチで、ひと暴れしてみちゃどう?」
紺色のドレスに、毛皮を肩へ無造作に掛けた女の人が、そう言って、顔を寄せてニコリと笑った。
―― 暴れる?
店内は、丸い闘技場を中心に、その周囲をぐるりと取り囲む観客席が三階まで設えられた、思っていたよりも大きな館だった。
「闘いたいなら、五百バリイ払って、あそこでデュエル。
心配はいらないよ。相手はウチが雇っている女の子だから。
勝てば、朝まで食べ放題、飲み放題。
もちろん、ここは西門だから、きれいな娘が二人、付きっきりで給仕してくれる。
どう、簡単だと思わない?
使うのは木剣だから怪我もしないよ。」
さっきのきれいなお姉さんが、オイラの左腕を軽く叩きながら、そう囁いた。
―― イイっ。
ラ・ケイダーャの夜から、ワニとイノシシしか相手にしていない。
試したいことがある。
木剣なら、死ぬこともない。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「オイラが勝っても、いいの?」
闘技場に足を踏み入れた。
木剣 ……
オイラは、両手に短剣を選んでいた。
―― 失笑。
観客席から、あからさまな笑いが落ちてくる。
身体の小さなクソガキに、がっかりしたのだろう。
ぐるりと見渡す。
金持ちばかりなのか、知った顔のハンター連中は見当たらない。
正面から、女剣士。
若い女が、剣を携えて現れた。
思ったより華奢だ。
年も、そう変わらないかもしれない。
だが、観客席からは絶え間なく声援が飛ぶ。
「いい試合をしたら、投げ銭が飛んで来るわよ、きっと。」そう耳打ちされたが、歓声の向きは、明らかに彼女の方だった。
―― オイラの負けを、期待している。
それは、分かった。
鐘が鳴ると同時に、相手が斜め上から木剣を振り下ろしてきた。
―― 疾い。
エースさんに教わったとおり、無駄な動きをせず、ギリギリで躱す。
相手の剣士が休まず、返しの横薙ぎ。
オイラは頭を屈め、刃をやり過ごしながら、蹴りを放つ。
女剣士がステップバック。
それを逃さずオイラは間を詰める。
右手を繰り出すと、剣を合わせてきた。
その動きに合わせて、返しで左手、―― 胸元へ一閃。
!!
「しゃあっ … 」
相手の女剣士が呼気を吐き、横へ跳ぶ。
「帝国剣術かよ。
オマエ、兵隊か?」女剣士が低く問いかける。
答える必要はない。
さらに右手でフェイント。
また下がる相手を追い、左手で動きを牽制。
そこから、回し蹴り。
―― それも避けられた。
手強い。
オイラの心臓が、急に大きくなったみたいに鳴りはじめる。
エースさんから言われた。
右手で斬る。
相手の動きを見てから、左手。
振り終わりに重ねて、臍のあたりに力を溜める姿勢を取れれば、隙はできない。
相手が、闘技場の壁際まで下がっていく。
…… 誘っている。
分かるよ、オイラ。
「ダンっ!?」
わざと大きく踏み込む。
案の定、女剣士もタイミングを合わせて動きだしきた。
その瞬間 ――
相手の木剣の根元に淡く光る魔法陣が、浮かび上がった。
相手の剣は躱した。
だが ――
身体の芯を震わせるような、ビリビリとした雷撃の感触が、全身を走った。
ま、まさか…… 魔法剣士っ!?
「オマエ、面白いな。
大抵は “ 汚い ” とか文句を言うんだが、嬉しそうな顔してるぜ。」
女剣士が、唇を舐める。
「魔法剣士なんて、絵本でしか知らなかったよ。
次は火の玉でも出すのかい?」
そのオイラの言葉に合わせるように、突き。
サイドステップで、それをかわす。
その直後、背後から悲鳴が上がった。
ギャァァァ――!
雷撃が、観客席の縁をかすめたのだ。
…… 連発できる。
確信した。
魔法剣士が上段に構える。
途端に、木剣の根元に浮かんだ魔法陣が膨らむように大きくなり、
三層に重なった。
圧が、増す。
オイラは構わず踏み込んだ。
―― それと同時に
相手の魔法陣が、消えた。
いや、消えたんじゃない。
見えなくなっただけだ。
相手の魔法を無効化することは出来ないが、魔法陣を “ 見えなくする ” ことはできる。
「な、な、なんだあ!?」
ほら、勝手に慌てだす。
左手を打ち込む。
相手は剣で受ける。
右手で仕留めにいくと、身体を反らして、ぎりぎりで逃げられた。
それを待っていたオイラが大きく前へ踏み込む。
もう魔法剣士は、これ以上は避けられない。
宙で身体をひねる。
―― 空中回転後ろ蹴り。
腹に、入った。
女剣士の身体が崩れ落ちる。
失神。
首元へ、木の短剣をそっと当てる。
闘技場に静寂。
次の瞬間 ―― 嵐のような歓声。
雨のように、チップが闘技場へ降りそそいできた。
闘技場を出て、広々としたテルマで汗を流す。
さっぱりしてから食堂へ通される。
「酒は強くないんだ。薄めで頼むよ。」
そう言ったのに、出された酒は不思議なくらい美味かった。
きれいな女の人が、給仕してくれた。
ラ・ケイダーャ襲撃の夜、帝国兵の両手短剣使いと戦えていた幸運がなければ、あの魔法剣士には勝てなかっただろう。
気づけば、給仕の女の人は二人になっていた。
…… 悪くない。
胸の奥が、じんわり熱い。
これが、勝利の美酒か。
勝利の余韻に、少しご機嫌になっていた。
給仕の美少女が、耳元で囁く。
「オマエ、魔法にビビらなかったよな?」
同時に、支配人が闘技場に投げ入れられたチップを運んできた。
きれいなドレス姿になっていたから最初は分からなかったが、目の奥を見て、気づく。
この給仕娘、―― 魔法剣士の女だ。
オイラは、チップの半分を差し出しながら聞いた。
「あれは、帝国の魔法か?」
「気前いいな、オマエ。
ああ。帝国の古代神と契りを結んで行使する魔法だ。」とさらりと言う。
スゲエ、と素直に思った。
「驚いたし、楽しかったよ。」
そう言うと、彼女はオイラの肩をぐっと抱いて言う。
「俺もだっつうの!
今度は、コッチが勝つからな。」
もう一人の給仕娘が、
「本当にカッコ良かったです💗」とオイラを何度も褒めて笑う。
「デレデレすんじゃねえ。
俺は闘技場で負けたことなんかなかったんだぞっ。」魔法剣士が、わざとらしくそっぽを向いた。
店を出るとき――
「本当にまた来いよ。
逃げんなよ!」
魔法剣士が、何度も念を押すようにオイラに言った。
チップの礼は一度しか言わなかったクセにと思った。
もう一人の給仕娘が、控えめに笑う。
「ねえ貴方、噂になってる
神の子ジャック様でしょ。
私はダーニャ、忘れないで下さいね。」
名を告げられ、少しだけ背筋が伸びる。
…… 案外、西門界隈も悪くない。
そう思った。
番外編・おしまい。
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記事末イラストは、ダーニャちゃんのイメージ。

タイトルカットは、本当にいつもお世話になっている優音先生
https://note.com/quiet_dietes6721/n/n0c4973beac5f
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