見出し画像

神の子とダンジョン・第5話 − 179

 静まりかえった薄暗い宮殿の地下。
 その獲物の急所には深々とハンニバルの刃が差し込まれ、獲物の息を止めていた。
 ランタンを近づけ、獲物が何かをエースが興味深げな顔で見つめ、考えている。

 ハンニバルを鞘に収めながら、バカルが尋ねる。
「何なんだよコイツ、皮がやたらに堅かったぜ。」
 しばらくして、エースが言った。
「ワニの一種だろうと思う。」

 ということは──
 この宮殿のこの場所よりさらに下の階には、より暖かく、水のある場所が存在する可能性が高い。
 バカルは、そう考えた。

「今日のところは、ここで引き返そう。」
 そのエースの判断に、バカルも同意した。
 この明かりも乏しい宮殿地下は、表の旧市街とは比べものにならないほど危険であることは、疑いようがない。

 二人は地下一階を慎重に進み、来た階段を辿って戻る。
 ランタンの灯りひとつ。
 そのためバカルには、エースがどんな表情をしているのかは分からない。

「……まだ探しているのか。」

「ああ。どこのどいつかは分からないが、
 親兄弟の仇を取らなきゃ、収まりがつかねえ。」

 道場の兄弟子でもあるエースから、そろそろ忘れてオマエの人生を生きろと、何度か言われてきた。

「済まないな兄貴。
 でも忘れられない内は、仕方ねえ。」
 そう言ったきり、バカルは口を閉ざした。

 −−−− 聞いたことのない、囁くような歌うような異国の言葉。
 そして… 浅黒い色した肌、両手には細い銀に光る腕輪が幾つも着けられていて、三日月みたいな形をした短刀。
 それだけだ。
 そんな記憶しか残っては、いない。
 必ずしも、仇のものとは限らない。
 そんな記憶。

 宮殿を出たあと、久しぶりに道場でもどうだと声をかけられた。
 手に入れたばかりのハンニバルを、もう少し振ってみたい気持ちはあったが、コーエンの店に行かなければならない。

 堅苦しい席だから、身なりも整えなければならないだろう。
 仕事みたいなものだ、解っているつもりだ。
 剣を振ることだけが己の役目ではない。
 そう考えて、兄弟子のエースと別れた。

   *    *    *

「いいタイミングでイノシシが入ったよな。」いつもと変わらぬ調子で、店を手伝ってくれる娘が声をかけてきた。

「なかなかの品物だ。 『血みどろ一家』も、やるもんだ。」そう応じて、オーブンに火を入れる。

 メリンバ王国の貴族令嬢が訪れての昼食会。
 そうそうあることでは、ない。
 他国の貴族の来店は名誉なことだし、料理人としては満足させたいと願う。
 当然のことだし、この幸運に感謝する。

 それにしても──
 バカルも出世したものだと感じながら、様子があまりにも変わらない娘が気になった。

「そりゃあ、一人娘だものな。」知らぬ内に、コーエンの口からそんな言葉が自然と漏れていた。

   *    *    *

 トールの妻が、食後にお茶を運んできた。 
 ちらりとトールの顔を見たが、その視線は窓の外へ向けられたままだった。

 なんとなく、予感みたいな何かはあった。 
 だが、いまでは一家を支える身だ。

「奥さん、大丈夫。
 まずはオイラに話を聞かせてくれませんか。」そう言った。

 トールが、ダンジョンで野犬に囲まれたときのような表情で、こちらを振り向く。

「ありがとうございます、ジャック様。
 フランソワーズは、今月で六歳になります。
 大事な時期ですから、週に二度ずつは
 音楽・舞踊・学問を与えねばなりません。」

 トールの奥さんの言葉を聞いて、
 ──しまった、ここはスラムと違うんだと気がついた。
 なんで気がつかなかったのかと、奥さんに自分の不明を詫び始めた、その時だった。

 来客が来た。
「トールさん、坊ちゃん宛に城から書状です。」
 バーン、と音を立てて、ジュニア君の部屋のドアが開く。
 封筒の宛先を確認し、トールがジュニア君に書状を手渡した。
 トールの奥さんは、緊張した顔で黙り込んでいる。
 どう考えても、娘ちゃんの習い事より大切な何かが起きていることは、オイラでも分かった。

 丁寧に書状の封を切り、中から厚いカードを取り出す。
 目を走らせる。

 そのカードは、トールに渡され、奥さんの手を経てから、オイラのところへ回ってきた。
「ジュニア君、オイラは字が読めないから……」

    *    *    *

 ……… 要は、騎士の家柄――ニケア=トールの女児は、六歳になったら習い事を始めるのが当たり前。
 トールの奥さんも、そうして育てられたのだろう。
 では、男の子は?

 そう思う間もなく、王立コレージュ(中学)の入学試験をジュニア君は優秀な成績で突破していた。
 わざわざ書状が来た理由は、王族貴族以外の合格者はジュニア君ただ一人だからだということらしい。
 きっと、他の合格者は城内に住んでいるから伝え易いのだろう。

 ……それは、誰がどう見ても凄いことだ。

「ねえ、ジュニア君。
 娘ちゃんのお習い事と、そのための衣装、 それから君の教育費の合計は、どれくらいだ?」

 そう聞くと、待ってましたと言わんばかりに、
「僕は待生扱いになったそうですから、学費は通常の四分の一になります。
 フラウの習い事と合わせて、月に十二万バリィで大丈夫です。」と、ジュニア君は喜びを隠しきれない様子で答えた。

 本当に、おめでたい日だ。
 娘ちゃんに、お母さんのいいつけを、ちゃんと守って頑張るんだよと言うと、

「ジャック様、 フランソワーズは棒術も習いたいのです。」と、まっすぐな目で言った。
 無論、いい子だと褒めたし、トールも喜んでいた。

 今朝掘った井戸の様子を見てくると言って外に出た。
 家族が、皆で喜び合う光景というものを初めて見た。
 生け簀に水を入れた時のために捕まえて育てていた、小さな緋色鯉も生け簀に放たれている筈だ。
 
 生け簀の中には、緋色鯉とラビがいた。
 今日は勘が冴えている。
 ラビが生け簀に落ちた理由は、聞かないことにした。

 夏めいてきたせいか、少し暑く感じたし、靴を脱いで生け簀に足を入れた。
 ラビに、オイラは全然わかんないけれど、学校とか、習い事って大事なのかと聞いたら、

「私は、習い事はハープシコードだけだったけど、
 学校はね、リセまで行ったんだよ。」と答えてくれた。
 ハープシコードも、リセも、何のことだかわからなかった。

 どうしてかな。
 なんだか恥ずかしい気持ちになって、生け簀の小さな緋色鯉を見ていたら、
 いきなり、後ろから押されて、生け簀に落とされた。
 どうしようもなく腹が立って、

「なにすんだよ!」って怒鳴ったら、ラビは泣いていた。
 仕方ないから、ラビの手を掴んで生け簀に引き落とした。
 井戸からの水のせいか、随分と水が冷たく感じたが、泳いだりしていたら
「アンタ、唇の色が変だよ。」とラビが微笑んだ。

 生け簀の縁に二人で腰掛け、水浴びにしてはちょっと時期が早過ぎたなと、二人で笑った。

   
             続きます


生け簀の緋色鯉とラビ             作画:タイトルカットともに優音先生  

 ******************
 那の国で打たれた名刀:ハンニバルと、
 2回連続のラビ回でした。
☆次のお話では、もっとバカルとハンニバルが活躍する予定です✨️
 明日は競馬は1レースの予定🏇

 優音先生、ピラニアも良いですね🐟️

 競馬の実験室様🏇

 神の子とダンジョン関係記事で、一番の閲覧数を記録したアツいバトル回www


いいなと思ったら応援しよう!