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神の子とダンジョン ・ 第23話 − 208

 秋、最初の嵐をレドゥビアではセルフィドと呼ぶ。
 アルプスから冷たい風が吹き下ろし、厚く黒い雲が空を覆うと、嵐は大抵三日三晩続く。

 精霊王盟約により、セルフィドが始まった夜からは家の外へ出てはならない。
 信心深いレドゥビアの民はそれに従うし、激しい風雨の中では屋外の仕事など出来はしない。

 だから、セルフィドは、秋の収穫最盛期を前に家族で穏やかに過ごす、大切な三日間でもある。
 ―― 十五から十七歳の男の子がいる家庭を除いて。
 そう、秋初めてのセルフィドの二日目は、その年頃の少年達にとっては、待ち望んだ一年に一度の大切な日なのだ。

 セルフィドの初夜、トール一家にも張りつめた空気が漂っていた。
 ジュニア君は生け簀から大きな鯉を抱えて戻り、一匹を母マーガレットに渡した。
 もう一匹は、レドゥビアン=ペッシビーノことコーエンさんの店に納めたという。

 セルフィドの間は、夜に仕事や家事をすることも禁じられる。
 そのため、その晩の夕食はパンとわずかなスープだけという質素なものだった。
 早く眠るための、静かな食卓。

 翌日、セルフィド二日目。
 激しい風雨は衰えない。
 それでも屋敷の中がほの明るくなり始めると、皆は一斉に動き出した。

 母のマーガレットは、暗くなるまでに一家で食べるご馳走作りを始めた。
 娘のフラウも、その隣で黙々と手を動かし手伝いをする。
 トールは、先祖を祀る小さな祭壇のある部屋にこもり、祭壇と床を、何度も何度も磨き続けている。

 誰も多くを語らない。
 オイラもジュニア君も、特に誰とも話さない。
 柔軟運動をし、着る服を整え、靴を丁寧に磨く。
 そして、考えている。
 スフィーダのことを。
 食事は少ししか摂らない。
 腹が重くなれば、剣が鈍る気がするからだ。

 スフィーダ。 
 正確に言えば、セルフィドのスフィーダ。 
 十五歳から十七歳の男の子が、真夜中に城の正門前の大通りで剣術を競う野試合のことだ。
 セルフィドの間は外出禁止。
 だからこれは、子供達だけの秘密の集会でもある。

 なぜ城の正門前なのか。
 最も将来を期待される若い衛兵が、スフィーダの審判を務める決まりだからだ。
 言い伝えでは、この風習は今は亡きニケア国発祥とされる。

 ニケア出身のトール夫妻にとって、それは我が子の成人式にも等しい、大切な夜なのだ。

 真夜中、少し前。
 テーブルに無言で座っていたトールに、ジュニア君が言った。
「父上、そろそろお休みになられてはいかがですか。」
 精霊王盟約の決まりがある。
 セルフィドの夜、誰も外に出るはずはない。
 トールは、ゆっくりと立ち上がり、静かに言った。
「……お休み。」
 そして寝室へ入っていった。

 祭壇の部屋から、まだ明かりが漏れている。
 ドアを開けると、マーガレットが祈りを捧げていた。
 扉の音に、彼女が振り返る。
 目が合う。
 だが、上手い言葉は見つからない。
「お休み。」それだけ。

 マーガレットは、不安げな表情のまま、再び祈りへと向き直った。
 そう――
 セルフィドの間は、誰も外出しない約束がある。
 だから「頑張って。」と言うことも出来ない。

 真夜中直前。
 城の正門前の通り、その中央にバカルが立っていた。
 吹きすさぶ風も、降り続ける雨も、意に介さぬ様子で。

 集まったオイラ達に向けて、ただ一言。
「バカル=レドゥビア=ベルゼウである。」どよめきが走る。

「本当にベルゼウ公だ……。」
 興奮で瞳を光らせる少年達。
 バカルは、少年剣士達の憧れそのものだった。

 「……二十三人か。」
 バカルが低く言った。
 おもむろに、一番背の小さな少年へ視線を向ける。
「年は。」
「……十五歳です。」
 その言葉にうなずくと、バカルは一本の木剣を渡した。

「まあ、いいや。
 俺に本気で打ち込んで来い。」
 少年が一太刀。
 バカルは、体をわずかに捻って躱す。
 二太刀目。
 素手で、軽く払った。
 木剣が宙を舞い、そのまま池へ落ちた。
 風雨の中で水音がした。

「焦るな。来年また来い。」
 少年は唇を噛み、うなずいた。

 そのままバカルは、もう一人の首根っこを押さえる。
「何だよ!」
 睨み上げるその顔は――
 あの魔法剣士だった。

 バカルはニヤリと笑い、木剣を渡す。
 握った瞬間、木剣に三層の魔法陣が浮かぶ。
 マジか!?
 事前に詠唱していたんだ!
 驚く間もなく、バカルは疾風のように背後へ回り、足を払う。
 そのまま身体を預けて地面に押さえつける。
 受け身を取らせないバカルの身のこなしで魔法剣士は、うまく呼吸が出来ない。 
「オマエ、相手を殺す気かよ。アハハハ。
 スフィーダは十七までの “ 男 ” しか認められねえ。
 今夜は帰れ。」
 そう言って、頭を撫でた。
 魔法剣士は一瞬悔しそうにバカルを睨んだが、やがて素直に立ち上がる。
 レドゥビア十六家門、ベルゼウ公から声をかけられた。
 それだけで、十分だったのかもしれないし、予想以上の実力差に完敗を悟ったのかもしれない。
 嵐の中、彼女は去った。

 バカルが周囲を見渡す。
「まず最初に五組。
 互いに立ち会いたい者はいるか。」
 バカルの声が風を裂く。

 即座に十人が前に出た。
 その中に、オイラもジュニア君もいた。
 武器は全員、同じサイズの木剣。
 昔からの決まりだ、それに従うしかない。
 スフィーダが始まろうとしていた。


            続きます。

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 今回のタイトルカットと記事末イラストは、フレキシブルフランクことChatGPTの作画

 前のお話です。
 読んでくれたら嬉しいです。


夜のレドゥビア城

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