第2号 組織が行うべき領域 —— 暗黙知の形式知化〜 ナレッジとコンテキストの違い 〜
こんにちは、中島晋哉です。
前回の第1号では、AI時代に 個人が守るべき領域 について書きました。作業的思考はAIに任せていい、しかし本質的思考、判断と行動だけは、人間が絶対に手放してはいけないと。当たり前のことだったかもしれません。
今回はその続きです。個人ではなく、組織が向き合うべき領域 について書かせてください。
「晋哉さん、セールス手法を伝授してください」
過去、多くのメンバーからそう言われた記憶があります。
私は、会社の代表としてトップ営業で、様々なサービスやプロダクトを売ってきました。経営者の課題をヒアリングし、問題を特定してソリューションを提案する。これを自ら「コーチングセールス」と呼び、この領域には絶対の自信がありました。
しかし、「伝授してくれ」「教えてくれ」と言われる度に、自分の仕事は属人的で、感覚的で、言語化できていないことに気づくのです。
私がメンバーに口にするのは、いつも同じ事でした。
「一緒に来て、やってることを見て。背中を見て盗め。」と。
なんと昭和的で、なんと古典的で、なんと旧態依然な方法でしょうか。自分でも愕然とします。
師弟関係とも呼べるし、OJTとも呼べるかもしれません。恥ずかしい話ですが、当時の私にはこれしか出来なかったのです。正直に言うと、このやり方で人が育った試しはありませんでした。育ったとしたら、それはその人の力であり、私の背中を見て育ったのでは全くなかったと言えます。
「首振り三年、ころ八年」、尺八の技術を覚えるのには、それくらいの時間がかかるようですが、我々ビジネスパーソンにはその時間はありません。
組織が伸びない理由
組織が成長しないのは、できる人が何でもやってしまうからです。
ハイパフォーマーの暗黙知が形式知化されず、他のメンバーに技術移転ができない。このような組織は多いはずです。弊社はそんな組織でした。
100社以上の経営現場でコーチング・コンサルティングをしてきて、同じ光景を見ることが多くありました。
「うちのトップ営業マンが辞めたら、ノウハウは何も残らず売上が落ちる」と怯える経営者
「A店の売上が落ちてるから、優秀な店長をそこに異動させろ」と指示する営業本部長
「あのベテラン技術者の技術・体験を一体誰が継承しているのだ」と嘆く技術部長
「あのリーダーがいるから、あの部署は回っている」と属人化を黙認する役員
「俺が辞めたら、この会社は困る。だから、社長は俺に何も言えない」と勘違いする社員
「うちには確かに、優秀な人がいる。でも、その優秀さを他の人に移せない」
これは、日本の中堅・中小企業のほぼすべてが抱えている、静かな課題かと思います。
20年、ナレッジマネジメントは失敗し続けてきた
実は、この問題への挑戦は、決して新しいものではありません。
「ナレッジマネジメント」という言葉は、20年以上前から、ありましたし、技能伝承、徒弟制度等、かなり昔から、企業経営の現場で語られてきました。マニュアル化を試み、SharePoint や Wiki を導入し、ベテランの知識を集めようとした企業は数え切れません。
しかし、結果はどうだったでしょうか。
マニュアルは作っても現場が見ない。ドキュメントを共有しても更新されない。ベテランに「書いてください」と頼んでも、書けない、あるいは書きたがらない。
なぜ、20年も失敗し続けてきたのか。
理由は明確です。暗黙知の「なぜ」や「どのように」を、本人から引き出す方法が、なかったから です。
「あの判断はなぜ?」「どのように言葉を選べば良いか?」「あのタイミングを選んだのはなぜ?」—— これらを本人が自ら言語化することは、極めて難しい。第三者が根気強く聞き出そうとしても、時間と労力が膨大にかかる。
だから、ベテランの暗黙知は、静かに、確実に、失われてきました。
AI時代、初めて解ける
そして今、AIによって、この20年の壁が初めて崩れ始めている・・・かもしれません。
AIは、対話を通じて、人の暗黙知を引き出す力を持っています。
「なぜあの判断をしたのか?」
「その時、何を感じたのか?」
「もし違う選択肢があったとしたら、それを選ばなかった理由は?」
AIは、粘り強く問い続けてくれます。上司や記者に説明するプレッシャーもない。自分のペースで、自分の言葉で、少しずつ思考を吐き出せる。そしてAIは、その対話を構造化されたナレッジとして整理・蓄積してくれます。もちろん、ChatGPTなどの汎用的なLLMでは不可能です。取得インターフェースや、独自のアーキテクチャー、「評価・重み付け」のアルコリズムなど、研究するべき領域は多いですが・・・。
しかし、AIの登場によって初めて現実の解になりつつあるのです。
優秀な人、熟練した人の暗黙知は、これまでも静かに失われ続けてきました。人手不足と世代交代で、その流出はいま加速しています。けれど、これ自体は新しい問題ではありません。本当に新しいのは——AIが、対話を通じてその暗黙知を引き出し、"うちの文脈"として担えるようになったこと。長年解けなかったこの課題が、AIの登場で初めて現実の解になりつつある。
今こそが、この課題に本格的に取り組むべき歴史的な瞬間ではないでしょうか。
「ナレッジ」と「コンテキスト」は、違うもの
AIブームの到来により、様々なテクノロジー用語、とりわけ横文字がネット上に乱れ飛び、言葉の本当の意味を正確に捉えることが難しくなってきました。ここで改めて『ナレッジ』と『コンテキスト』という言葉を整理してみたいと思います。
一般的な定義として……
ナレッジ:組織や個人が蓄積した知識・情報の集積。マニュアル・手順書・事例など。AIが参照する情報源。
コンテキスト:今、誰が、何の目的で、どんな状況にあるか。使う人の役職、抱えているタスク、会話履歴、時期など。AIがその瞬間に理解しておくべき情報です。
AIの技術用語として、このように定義されることが多いです。
しかし、私は、この2つを、もう少し違う切り口で捉えています。
ナレッジ = 組織に蓄積された「過去の事実」
成功事例と失敗事例やデータなどもそうですし、暗黙知の形式知化もこれにあたります。
「これまで、うちで起きたこと」の集積です。
コンテキスト = ナレッジに「未来への意味」を与える文脈
いまの目的、状況、相手との関係性もそうですし、企業のビジョン、ミッション、バリューもそうです。「これから、どこへ向かうのか」を判断する枠組みです。
たとえば、「うちの営業部では、値引き交渉で平均15%譲歩している」というナレッジがあるとします。事実ベースで言うと、平均15%の売上を損失し、利益も落としていることが分かる。しかし、その事実の裏側にある文脈は分からない。この15%の値引きがなければ契約が決まらなかったのか。この値引きによってアップセルが生まれたのか。本当のところは分かりません。
「今期は利益率を最優先する」というコンテキストなら → もっと粘れ
「新プロダクトを市場に浸透させる」というコンテキストなら → もう少し譲歩OK
「ロイヤリティの高い顧客との長期関係を守る」というコンテキストなら → 顧客ごとに判断
AI の出す答えは、全く変わります。
ナレッジは "過去" を教え、コンテキストは "未来" への意味を与える。
重要なのは、この「過去」と「未来」の両方を、セットでAIに教え込む(インプットする)必要があるということです。
この2つをデータとして揃えて初めて、AIは組織にとって意味のある答えを出せるようになるのです。
「うちのAI」を育てる時代へ
汎用AIは「うち」のことを知りません。ChatGPT に質問を投げれば、誰でも同じような回答が返ってくる。それでは競合優位性は確保できないし、ただの検索エンジンとなってしまいます。
これからは、自社のナレッジとコンテキストで育てた「うちのAI」を作れるかどうかというのが、勝負になります。
一時期、「プロンプトを工夫する技術」= プロンプトエンジニアリングが注目されました。それは、とても大事なことですが、個人スキルであり、組織資産にはなりにくい。
今、必要なのは、組織のナレッジとコンテキストを設計する技術 = コンテキストエンジニアリングです。これは組織の資産として蓄積され、AI活用を競合と差別化する一つの方法です。
「うちのAI」を育てられる企業と、育てられない企業。
これが、これからの3-5年の生産性と競争力を、大きく分けていきます。
我々が挑んでいること
我々は、まさにこの構造を実装するためのプロダクトを開発しています。
組織の暗黙知を、AIとの対話で 形式知化(ナレッジ化) し、そのナレッジを 組織のコンテキスト と組み合わせて、汎用AIではなく 「うちのAI」 を育てていく。
第1号でお伝えした通り、KUDEN の語源は「口伝」です。日本人が大切にしていた KUDEN(口伝)の文化を、AIの時代に「組織レベル」で取り戻す。それが、私たちの挑戦です。
あなたへの問い
あなたの会社の「ハイパフォーマー」の技を、他の人に移す仕組みがありますか?
あなたの組織は、弊社がやっていたように「見て盗め」をまだやっていませんか?
ナレッジとコンテキスト、この2つの違いを、あなたの組織は意識できていますか?
次回
次回(第3号)は、「暗黙知は100%形式知化できるのか —— 守破離という日本の智慧」 をお届けします。
第2号では「暗黙知をAIで形式知化する」ことを書きましたが、人の暗黙知を第三者に100%移転することは不可能だという立場に私は立っています。人には、その人にしか出せない30%の個性がある。この30%と形式知をどう結びつけるか。まさに「守破離」ではないかを書いていきます。
ご感想・ご質問、特に「うちの会社の暗黙知が失われていく気がする」「AI導入をどう進めるべきか迷っている」「"うちのAI" を育てるって、具体的にどうするのか」という方は、こちらにそのままコメントをください。
中島晋哉
株式会社 KUDEN WORLD 代表取締役
▶ 中島晋哉のニュースレター登録はこちら ✉️
