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【乳がんでも1軍でいく】を「ステージ1」でも書いた理由。という番外編


こんにちは。汐見ひろみです。

今年に入ってからスタートした【乳がんでも1軍でいく】シリーズ。

記事を読んでくださった皆さま。マガジンをフォローしてくださったり、温かいコメントやメッセージをお寄せくださった皆さま。本当にたくさんのお言葉をいただきました。ありがとうございました。


このシリーズを書き始めて以来、

🍀「乳がん」かもしれないという不安を抱えている方
🍀診断を受けたばかりの方
🍀これから手術や治療に向かわれる方

など、さまざまなお立場の皆さまからお読みいただいていることを実感してきました。


そこで。
告知、入院、手術、放射線治療……と書き進み、やっとリアルタイムに追いついた今日。ここで一度、なぜこのシリーズを書いてきたのかを、少しだけ「番外編」としてお話ししておこうかなと思います。


✣ ✣ ✣


私は、2026年2月に「乳がん」(浸潤性小葉がん)と診断されました。
術後病理結果は、複数病変でしたが、いずれも「ステージ1」でした。

部分摘出、いわゆる乳房温存手術で、リンパ節への転移はありませんでした。オンコタイプDX検査の結果、抗がん剤治療はなく、手術後は放射線治療を受け、現在はホルモン療法の服薬を続けています。

ホルモン陽性、HER2陰性。増殖スピード(Ki-67)が低いルミナルA型で、治療法があり、薬の選択肢もある。

実際、私くらいの状態で、ここまで長々と手術や入院、放射線治療の記録を公表している人は、そう多くないのではないかと思います。語弊を恐れずに言えば、乳がん治療の中では「比較的軽い」とされているからです。

病気の重さや苦しみを誰かと比べるものではないと分かっていても、「こんなことくらいでクヨクヨしていたら恥ずかしい」「もっと大変な思いをしている人だっている」──そんな思いが、ずっと胸の奥に引っかかっていました。


しかし、記事へいただくメッセージやコメントを重ねて読むうちに、この記録を書き続けていこうという気持ちが、小さな決意へと変わっていきました。

それぞれの場所で、それぞれの過酷な治療や現実と向き合っている方のお話も、たくさん目にしてきました。その痛みのすべてを、私が同じように語ることはできません。そこには、私には想像しきれない怖さや苦しみがあると思うからです。

けれど、だからといって、何もまったくつらくない、ということではありません。人生で何も起こらなかったわけではないからです。

もしも、あなたが「自分なんてまだ軽い方だから」とご自分の痛みを黙って抱えているのであれば。どうか、どうかそんなこと、思わないでください。

つらいものは、つらいし、痛いものは、痛い。

それは、あなただけが感じる本物のつらさであり、誰の痛みとも比べる必要なんて、どこにもないと思うからです。


たとえば、部分切除には、術後、傷口が常に引っ張られるという、独特の動きづらさや痛みがありました。……あ、これは決してキョニュウだからというわけではないのですよ(地球には重力というものがあるのです!)。

仕事に行けそうに見えても、身体は疲労感で重く、家に帰れば倒れ込む日もありました。“できそう”に見えるからこそ、休みにくい。“軽い方”に見えるからこそ、弱音を吐きにくい。私は、そう感じました。

もし、あなたがつらいのなら、私の記事をどれでもいいのでこっそり読んでみてください。怖がりで、ヘナチョコで、ピーピー騒ぎまくった私がいます。「こんなドタバタしている人がいるんだな」と、少しでも笑って安心してもらえたらいいな、と思います。


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よくね、「あなたは一人じゃないですよ」という言葉がありますが、あれはウソだと私は思います。冷たい言い方でごめんなさい。でも、結局、人間なんてひとりぼっちです。

誰もあなたとまったく同じ体験をしてくれるわけではないですし、夜中に目が覚めたときの怖さを、誰かが代わりに引き受けてくれるわけでもありません。最後はやっぱり、ひとりぼっちで立ち向かうしかないのです。

だからこそ。
最後に一人で立ち向かうための力を、私は周りの人たちからたくさんいただいてきました。人間は、一人では生きていけない。だから、助けられて、救われて、支えられて、励まされて、甘えてみて、はじめてやっと、一人で立ち向かえる今日があるのだと思っています。


私は、手術のとき、手術台の上で、

「あ、私、本当に“1軍パンツでいく”なんだ!」

と思いました。

その瞬間、大きな安心感に包まれました。noteで励まして声を掛けてくださったクリエイターさんたちの顔が、次々に浮かんできたのです。

コメント欄で笑わせてくださった方。
どんな時も心配してくださった方。
「いってらっしゃい」と言ってくださった方。
「大丈夫」と声を掛けてくださった方。

私は、その声を持って、グンゼの1軍パンツを穿いて、堂々と手術台に上がれたのだと思います。

そこへ行くための力は、私一人で作ったものではありませんでした。

だから、私は、あなたの痛みを決してひとりぼっちにはしたくないのです。

私はずっと、この記録を「あなた」に向けて書いてきたのだと思います。


✣ ✣ ✣


毎日、私は傷跡をまじまじと見ます。

右胸の上を、7cmの傷が真横に走っています。病変が2つあったため、「ステージ1」なのにけっこう長いのです。

そして、その周りは抉られて凹んでいます。脂肪がごっそり取られていて、今はだいぶ柔らかくなってきましたが、そこだけは触れても無感覚です。そして、縫合により上に引っ張られる形になったため、手術した右の胸だけバストアップしているという不思議な現象になっています。

胸の右下にはドレーンが入っていた跡が1cm残っていて、わきの部分にはリンパ節生検の跡が3cmほど見えます。

最近、このいびつになった胸と傷跡を見ると、「もう、これがないと私じゃないみたいだな」と思うようになりました。これが私の目印みたいだな、と。

こんなことを言うと「前向きな人だな」と思われるかもしれませんが、このシリーズを読まれていた方なら、私がどれほどこの傷を怖がっていたかご存じだと思います。

それなのに、今では、この子たち(傷跡)のことを忘れたくなくて、毎日確認しているようなものなのです。人は、こうやって変わっていくのだと思います。それが、この記事を書いてきた証なのかもしれません。


✣ ✣ ✣


私は、一度「乳がん」だと診断を受けたあとは、元には戻れない【強制双六】に参加させられたようなものだなぁ、とも思いました。

「どうしてこんなことになってしまったんだー!」と思う暇もないまま、次々と検査を受け、その結果と向き合い、「さぁ、どうしますか?」と選択肢を突きつけられる。訳もわからないまま、それでも一歩ずつ進んでいくしかありません。


道が急な坂やカーブだと、向こうが見渡せず、先が見えず、不安になることもあると思います。だからそんな時、私のこの記録が、誰かの道のほんの少し先を見通せるくらいの、小さな目印になればいいなと思っています。


この先に何が起こるのか。自分の身体なのに、一体、何がどうなっているのか分からない不安。本当によく分かります。私もここから先は、再発・転移の不安を抱える自分と向き合いながら、歩んでいくことになります。

きっと、人によって、怖いもの、痛いこと、失いたくないもの、大切にしたいもの……さまざまだと思います。

ですから、全ては分からなくても……

ああ、ここで怖がった人がいるんだな。
ここで笑った人がいるんだな。
ここでグンゼのパンツを握りしめて泣いていた人がいるんだな。

そう思ってもらえたら、ここまでの自分を記録してきた甲斐があります。


どうか、あなたのこれからの道が、少しでもなだらかでありますように。

少しでも、先の見えるものになりますように。



※今後は、放射線治療後の痛み、身体の変化、ホルモン療法、定期検査などについて不定期に書いていく予定です。


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