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【長編】山猫軒のオーダーシート(10)

「クリームをよく塗りましたか、
耳にもよく塗りましたか、」

宮沢賢治『注文の多い料理店』

 瀬野はじめの宣材写真なるものを、俺はここにきて初めて確認した。当たり前だが、『リンクス・プロダクション』のサイト、所属タレント紹介のページにそれは掲載されていた。昨夜、黒川の所属を確認した際にも閲覧したはずだが、さすがにその時は瀬野の存在すら知らず、気に留めてはいなかった。

 今とは違う黒髪で、はすに構え、薄い笑みを湛えたモクバの姿。その写真が映し出された画面の奥、金髪で微笑む実物がこちらを見ている。

「いやぁ、ムカついたぜ。俺のこと全然知らないどころか、興味も示さないんだもんよ」

 ま、おかげで楽しめたけど。俺の眼前に突きつけていたスマートフォンを下げ、ポケットへとしまうモクバ。

 いや、モクバじゃない。

 まだ何が起こっているのか、よくわからない。ただ理解したのは、目の前にいるこいつが早川木馬もくばという学生ではなく、瀬野はじめというタレントである、ということだ。

「早川というのは、誰だ」
 俺は訊ねる。
「俺以外の誰かだよ。名前は適当に、昔演じた役名から拝借した」瀬野は答える。「お前さ、気ぃ抜き過ぎ。よくあの状況で、本人確認もせずに俺のことを受け入れたな。色々小細工準備してたんだけど、話ひとつで信じやがって」
「……何が目的だ」
「お前をここへ連れてくること」
「連れてきて、何をするつもりだ」縛られた手首に抵抗を感じる。「そもそもどうしてこんな回りくどい真似をした。他人の振りをして、芝居を打って。連れていくだけなら、それこそ睡眠薬でも飲ませて運び出せば事足りる」
「馬鹿か、お前。熟睡した成人男性をあそこから運び出すのに、どれだけの労力がかかると思う。そもそも目立ってしょうがねぇ。ご近所様がびっくりしちゃうだろうが」

 秘密裡ひみつりに、気づかれず。それでいて効率的にことを進めるには、離れた場所まで連れ出した上、自分の足で車に乗らせる。手間はかかるが急がば回れで、それが一番手っ取り早い。 
 もっともらしい口調で、瀬野はそう続けた。

「そんなわけがあるか」それまで側で黙っていた比留間が、瀬野を睨みつける。「お遊びが過ぎる。脅しつけ、さっさと車にぶち込めばよかったんだ。それをわざわざ小芝居に付き合わせやがって」
「だって、楽しかったんだもんよ」
「車内での会話は明らかに不要だった」
「まぁ、これで、黒川を逃したヘマはチャラってことで。ちゃんと【ママ】には報告しとくよ」

 チ、と派手に舌打ちをする比留間。
 承前で進む応酬を前に、俺はまだ事態を飲み込めない。これまでモクバの口から発せられた言葉、向けられた表情や共にした行動が、すべて嘘、演技だった。その事実が信じ難く、受け入れることができずにいる。

「……まったく気づかなかった。お見事だ」

 皮肉を込めたつもりだったが、意に反し、瀬野は満面の笑みを俺に返した。

「だろ? もうお前がめちゃくちゃ素直に騙されてくれっから、こっちは楽しくて楽しくて。エチュードっつって、まぁ、即興のアドリブ劇みたいな訓練があんだけどよ。今まで何百回とやってきたけれど、過去イチの快感だったわ。それっぽい台詞言えば簡単に心動くし、多少強引でも気にせずついてきてくれるし。なんていうか、全能感? それをリアルで体現できてるってのが、もう役者としてこの上ない幸せなわけよ。あーこのまま早川木馬になりてぇ、普通にお前とトモダチになって生涯騙し続けてぇ、って何度思ったかってハナシ」

 涎を垂らさんばかりの勢い。そこに狂気じみたものを感じると同時に、言いようのない怒りと疑念が込み上げる。

 騙された。しかし、どうして。何のため。

「無駄話はその辺にしておけ」比留間の低い声。「社長が待っている。行くぞ」

 マンションのエントランスは、曲がりなりにも芸能事務所らしく、花瓶と電話台が設けられロビー然としていた。その中央奥に黒い鉄製の螺旋階段があり、比留間はそちらへと進む。瀬野に背中を押され、俺もそれに続いた。後ろ手に縛られたままだと、進みづらく、階段もバランスを崩しそうになる。

 困惑がまさっていたところ、今度は恐怖が押し寄せてきた。これから一体何をされるのか。殴る蹴るが目的ではなさそうだが、まったく無いとは言い切れない。そうなった場合、身体の自由を奪われたこの状況では、何ひとつ抵抗できないだろう。極論、このまま階段から突き落とされても、受け身もろくに取れはしない。

「あらためて説明をするのは面倒だからな。車の中で語った話は、基本的に真実だ」

 鉄の階段を革靴で鳴らしながら、比留間が言った。

「真実?」
「ミノルが今回、ハジメに仕事を奪われることとなった話。逆上し、『リンクス』の秘部をリークすると脅してきた話。怒り狂った社長から逃亡し、こちらが折れるのを待っているという話。それらは事実だ、と言っている」

 比留間の言葉に、さらなる疑問が湧く。

「でも、あなた方はもう黒川を見つけているでしょう。あいつの身柄を確保して、説得すればそれで済む」
「うわ、だっさ」
 背後で瀬野の声。
「勘、悪すぎね? お前。言ったろ、思考しろって。ちょっと考えたらわかんだろうが」

 思考。こいつがモクバであった頃に、言われた言葉だ。
 だが、何をだ。何を考えたらいい。

「あーもう、駄目だこいつ。な、言ったろ? 比留間さん。マジで無防備、危機感ゼロなやつだって」
「そうかもな」
 背中をこちらに向けたまま、比留間。階段を登り切り、フロアに立ってようやく振り向き、俺を見下ろす。
「簡単だ。ミノルひとりを説得すればいい状況ではなくなった」
「……え?」
「早く登れよ」

 背中を小突かれ、階段からフロアへ。勢いづいてふらついたところを、踏みとどまる。が、後ろから追いついてきた瀬野に衝突され、結局は身体ごと倒れてしまう。

 目の前に比留間の革靴。
「大事な交渉材料だ、あまり乱暴に扱うな」
 頭上から声が降る。

 交渉材料?

「さーせーん」瀬野の声。「ほら、立て」
 脇の下から瀬野に持ち上げられ、身を起こす。立ち上がると、比留間はすでに先へと進み、正面にある黒い扉の前で立っていた。ポケットに手を入れ、その扉のものと思しき鍵を取り出す。

「ミノルの他に、俺たちを脅してくるやつが現れた。お前をここに連れてきたのは、そいつを説得するためだ」

 まさか、と思うのと、比留間が鍵を差し込み、扉を開けるのが、同時。
 おぼろげな照明に曇っていたフロアの床に、白い蛍光灯の光が差し込んでくる。

「入れ」比留間が言う。「三科みしなつくるを止めろ。それがお前の役目だ、村井時雨しぐれ

 もう何度目か。瀬野に背中を強く押され、俺はその白い世界へ足を踏み入れた。

 部屋にはまず、俺ひとりが入った。
 黒い扉を開けてすぐ、長細いガラスが埋め込まれた内ドア。土足のままその中に入ると、二十、いや三十畳はあるほどの広い空間が俺を迎えた。

 いくつかの光景が映る中、俺の視線はさまよった末、一番手前にいる人物に固定される。正面、革張りのソファ、そこに座るツクルの頭が、ゆっくりこちらを振り向いた。

「……シグ……?」

 メガネの奥、険しい眼差し。しかし、すぐさまいつもの無表情に戻る。

「どうしてここにいる」
 問われる。
「俺も同じ疑問を持っている」
 言い返す。
「先に質問したのはこちらだ」
 さらに返され、
「瀬野はじめに騙された」
 端的に答えた。

「なるほどな」。どうやらそれで、ある程度の事情を察したらしい。ツクルは前を向いて、呟く。それを合図にしたかのように、俺の背後から、足音と人の気配が近づいてきた。

「戻りました」
「【ママ】、ただいまぁ!」

 比留間の声をかき消す声量で、瀬野が叫ぶ。こちらが半身を捻り振り向くよりも早く、俺のかたわらを通り越し、部屋の奥へと駆けていく。
 そして、そこに横たわる女性に突進し、覆いかぶさるようにハグをした。

 そう、女性が横たわっている。

 もちろんここに入った瞬間から、その異様な光景には気がついていた。社長がいる、というからには、オフィス然としたたたずまいを想定していたが、この部屋の装いはまるで違う。
 特筆すべきは、部屋の奥。ツクルが座るソファの正面に位置するスペースに、フィクションでしか触れたことのないような、天蓋付きのベッドが鎮座している。手前にあるサイドテーブルには、ワインボトルと中身の入ったグラスが数脚。背後の壁は一面窓であるのか、薄緑のカーテンがびっちりと閉じられている。

 そのベッドの縁、天蓋から垂れるレースカーテンの合間。そこにふくよかな熟年の女性が腰掛け、上半身を寝そべらせていた。服装は光沢のあるナイトドレスで、露出度が高い。丸々と肥えた脚が投げ出され、股がだらしなく開いていた。

 今、その太った身体に瀬野が抱きつき、豊満な胸に顔をうずめている。床に両膝をつき、上半身を伸ばし。後ろ姿は、まるで尻尾を振る犬のようだ。

「【ママ】、ミノルの端末にあった動画、消してきたよ」

 【ママ】。
 そう呼ばれた女性は、分厚い唇の端を持ち上げ、満足げに瀬野の頭を撫でる。

 あれが、社長なのか。

「座れ」

 比留間が俺の隣にきて、顎でツクルの座るソファを指す。俺は縛られたままその背を迂回し、ツクルの横に腰を下ろした。
 目の前、五メートル余りの距離に、横たわる【ママ】と瀬野の姿。ベッドの左脇には、ニット帽を被った男が一人椅子に座っており、こちらには関心を向けず、スマートフォンとにらめっこをしている。比留間はその男に向けて歩み寄り、小言で何か話しかけた。男が顔を上げ、比留間に向けて首を振る。会話の内容は聞き取れない。

「どこまでの情報を得ている」

 右隣にいるツクルが、問いかけてくる。隣に来て初めてわかったが、ツクルもまた、結束バンドで後ろ手に縛られているようだった。

 共に動けない。その事実が危機感を上昇させる。

「黒川は人を殺していなかった。初仕事を奪われるのを恐れ、会社の秘密を盾に交渉を試みたが、結果として身を追われる立場となった」
「ここに至るまでの経緯は」
 すぐさま、次の問い。
「家に帰ったら、瀬野はじめがいた。偽名を使われ、お前の知り合いを名乗られ。自分は急遽呼び出された代役である、と騙された」
「減点」
「手厳しいな」
「お前が甘すぎる」うんざりとしたため息。「続けろ」
「瀬野に、黒川の家に死体があるか確かめよう、と誘われた。出向いた先で比留間、あの坊主頭の男に拉致され、車でここまで連れられた。車の中で、さっき話した事情を聞いた」
「甘すぎる」
「さっきも聞いた」
「黒川は、今どうしている」
「薬を飲まされ、家で寝ている。俺が知る限りでは、眠っているだけで身体は無事だ」
「そうか」

 また、ため息がツクルから漏れる。今度のそれは、安堵からくるものと思われた。

「お前は、何故ここにいる」
 今度は俺が訊ねる。
「単純な話だ」ツクルは言った。「昨夜一晩考えたが、どうにも黒川が人を殺したとは思えなかった」
「思えなかったと思っていたとは知らなかった」
「当たり前だ。知らせていない」
「いつから疑っていた」
「たとえば引っかかったのは、お前が話した荷物のくだりだ」
「荷物?」
「忘れたか。人を殺しておいて、その場で必要な荷物をまとめる余裕がよくあったな。そう黒川に詰め寄っただろう」

 そう言えば、昨夜カラオケでそんなことを話した。それほどに、黒川の仕事に懸ける想いが強いもの、とその場では納得した。

「百歩譲って、荷物をまとめる冷静さがあったところまでは頷ける。常軌を逸してはいるものの、あり得ないことじゃないだろう。だが、その冷静さがありながら、黒川が仕事の道具だけをカバンに詰めていたことが気にかかった」
「どういうことだ」
「額の傷」

 俺はツクルを見る。ツクルは前を見たまま続ける。

「家中のもの物を投げ合い、化粧瓶が当たってできた、という黒川のあの傷。当初は流血もあっただろうが、そのケアをするアイテムを何ひとつ黒川は持参していなかった」

 何か手当てできるものは。
 持ってない。
 今朝の会話、その断片が思い出される。

「血は洗い流されていたものの、えぐれた肌をそのままに、絆創膏のひとつも貼っていない。荷物をまとめる余裕がありながら、そのまま外に出るのは不自然だ」
「そういうこともあるだろう」
「もちろんあり得る。だが、不自然であることに変わりない」ツクルは言う。「いちいち挙げはしないが、一度疑いの目で見てみると、同様の不自然はちらほらと見つかった」
「それで、問い詰めたわけか」

 黒川に同情する。こいつに理詰めで攻められたなら、白状しないわけにはいかないだろう。

「俺のいるところで、それをしなかった理由は」
「殺人の嘘をついてまで隠そうとした事情だ。知らない方が身のため、ということもあるだろう」
「お優しいことだ」
「どうも」淡白な返答。「だが、そのヤサシサも、こうしてお前がここにいる時点で、無意味なものになった」

 つまり今この状況が、ツクルの言う『知らない方が身のため』な事態だということか。

「黒川は何故、人を殺したなどと嘘をついた」
「さぁな」ツクルは答える。「その辺りはまだ聞いていない。一刻も早く、交渉に移る必要があった」
「交渉?」
「今、この状況がそうだ。黒川の代わりに、交渉している」
「お前がか」
「そうだ」頷く。「あそこでスマホをいじっている男がいるだろう」

 目を向ける。ベッドの横、比留間と話をしている、端末を手に持ったニット帽の男。

「あれは俺の端末だ」
 ツクルは言う。
「……お前の?」
「パスコードを解除しようと、躍起になっている」
「どういうことだ」
「黒川の持っていた動画、それをSNSに予約投稿した」

 予約投稿。
 その動画が、この事務所の『闇』の証拠か。

「どんな動画だ」
 訊ねると、ツクルはそこで初めて俺を見た。
「……なるほど。そこまではまだ知らないわけだな」
「あぁ」
「それも知らない方が身のためだ」ツクルは答える。「と、言いたいが、おそらくじきにわかる」
「どういうことだ」
「知りたくもないことが起こる、ということだよ」

 けむに巻くような物言いに、鼻白む。この期に及んで、まだ隠し事を続けるつもりか。
 しかし、こちらの憤りとは裏腹に、ツクルの顔には苦渋の色が見てとれた。

「すまない、シグ。お前まで引っ張り出される事態になるとは、思っていなかった。おそらく、瀬野はじめが黒川を脅してこうなったんだろう」
「脅した?」
「ご明察」

 歌うような声。話が聞こえていたのか、前方から、瀬野がこちらへと向かってくる。背後にいる【ママ】は、同じ姿勢でベッドに寝そべったままだ。
 ソファから一メートルほど離れた位置に、瀬野は立つ。視線はツクルを向いていた。

「はじめまして、三科創」そして自分の顔に人差し指を向ける。「俺のこと、知ってる?」
「人気声優」
「大正解。んでもって、ミノルの同期だ」
「それは知らなかった」
「知らなくていいよ、売れてないやつとの関係なんて」

 でも、同期だからよ。連絡先ぐらいは知ってるわけ。
 瀬野は楽しげに続ける。

「どうやらあいつにとって、だいぶ大きい存在みたいよ、お前って。三科創に危害を加える、と脅したら、今の居場所を教えるのも、手元の動画を消すのも、さらには村井時雨を騙して売るのも、無抵抗でさくさく協力してきたぜ」

 ツクルは瀬野を睨む。どうやら本当に想定していなかった事態らしい。表情の変化は乏しいが、めずらしく悔しがっていることがわかる。

「そして次は三科、お前を脅す番だ」言って、瀬野は背後を振り返る。「【ママ】、こいつが村井時雨だよ」

 呼ばれ、【ママ】は緩慢な動きでベッドから身を起こした。何も言わぬまま、裸足で床に立ち、サイドテーブルのワイングラスをあおる。赤い液体が滴る口元を腕でぬぐい、丸々とした身体を持て余すように、こちらへと近づいてくる。

 ドレスの裾を引きずりながら、赤子のように不規則な足取り。

「あの女は喋らない」ツクルが言った。
「喋らない?」
「理由はわからない。おそらく喋れない。だから会話を試みても無駄だ」必要なことは言い終えた、とばかりに会話が切られる。「来るぞ」

 【ママ】は瀬野の横を通り過ぎ、俺の目の前に立つ。ドレスから覗く胸元が、至近距離に。見上げると、檻の中の動物を観るような視線が、こちらに注がれている。

 ふと、顎の下に指を当てられ、そのまま爪先で、軽く前後に引っ掻かれた。
 意図がわからず、表情を見る。変化はない。

「立て」

 瀬野の声がする。とりあえず指示に従い、ソファから腰を上げた。今度は【ママ】を見下ろす格好になる。
 黄土色の乱れた髪。塗りたくられた化粧。肉のたるみの陰影としわ、小さい目に分厚い唇。
 ふと、【ママ】の両腕が左右に伸び、それが俺の顔の高さまで持ち上がった。

「え」

 両耳に衝撃。乾いた音が鼓膜に弾け、脳が揺れる。
 続けざまに強い引力が頭部にかかり、口元に熱気と、ぬるりとした感触が貼りついた。

 粘性を伴う摩擦。
 常温の唾液。
 ワインの香り。

 押し当てられた唇が、一度離れる。呼吸。すぐさま再開。次は散弾銃のごとく、小刻みな接触が続く。かと思うと、歯茎に痛みが走るほど強く押し当てられ。重なったそれから、軟体動物のような舌が這い出て、大きく乱暴に舐めまわされる。口の中と外を、液体と個体が同時に蠢き、蹂躙していく。

 どれくらい続いただろうか。ようやく耳に当てられた手が離される。力が抜け、俺はソファへ。単純な呼吸の苦しさに加え、酒の匂いもあるのだろうか、頭がくらくらとしている。
 相手の顔を見上げる。動物のように荒々しい呼吸。見開いた目。俺を弄んだ分厚い唇が、奇怪な形で歪む。

 笑っている。

「【ママ】、そいつ気に入った?」

 瀬野の声。顔を向けると、害虫でも見るような目つきで、こちらを睨んでいる。

「メンクイだもんなぁ、【ママ】は。ミノルと一緒でこんなやつ、何の才能もないっていうのに」
 忌まわしげに吐き捨て、呼吸に肩を揺らす【ママ】に近づき、後ろから抱きついた。
「でもこいつを喰うのは、一度おあずけだよ。まずは俺が、黒川を見つけたご褒美をもらわなきゃ」

 ね、【ママ】。甘えた声で呼びかけ、そのまま目線だけを俺に向けた。

 まずは。
 つまり、次は。

「怖いかぁ、村井?」可笑しげに、瀬野。「だから言ったろ。ただ耐えて忍んでいれば事が終わると思っていたら、大間違いだって」

 これが代償だ。
 瀬野は【ママ】の首筋に唇をつけ、舌先を一度遊ばせてから、言った。

「もう思考しなくていいぜ。じきに喰われるから、そこで待ってろ」


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