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本気で生きろ。自分の命なんだから、自分で輝かせるんだよ。

魂って
みんな元々綺麗で
みんな成長したがってて
みんな磨きたがっている
って思っていたんだけど


どうやら
そうでもないらしい


わたしは
魂が見える訳じゃないから
見える方が言うことには
そうなんだってさ


でね
決して
その方の言いなりになるのではなく
思い込もうとしているわけでもなく


その方の話を聞いて
現実を見て
過去を振り返って

わたしの感覚としても
自分の実感としても
しっくりくるから
あーそういうことなんだな、
と思うのです


罪を憎んで
人を憎まず
なんて言葉もあったけど

“人”って
残念なことだけど
みんながみんな
綺麗じゃないのかもしれない
って
最近思ってきました


心の在り方
意識の在り方
生きる姿勢
魂の質

そういう見えないものの方こそ
実はめちゃくちゃ重要で
そっちの方が真実で

それが歪んでいる人の近くにいると
それが当たり前みたいに感じられて
そっちに合わせて軸がズレてしまう
それがデフォルトになってしまう


本当は
変わらなくていい人ほど
大切にすべきものを
内側に持っている人ほど


自分はダメなのかも
自分がおかしいのかも
なんて思ってしまう
ってことがあるみたい。

そんなわたしも
過去を振り返って
あーあれもこれも
そうだったのかもしれないな、
としみじみ感じています



それって
傲慢とか
自慢とか
そういうのとは全然違って

誇り
なんですよ。

わたしが
わたしであることの。


誇り=プライド
なんて訳されるけど
ちょっと
本質とは違うように思います。

科学的根拠
医学的根拠
エビデンス


根拠がなければ
説得力を持たない?

みんな頭でっかちで
生きているからでしょ。

それがよしと
思い込まされているからでしょ。


言葉をたくさん
知っているのがよいこと?

たくさん情報を
持っているのがよいこと?

上手に説明できるのがよいこと?


心を無にしても?

見えないだけで、あるでしょ。
根拠なんていらないでしょ。


根拠のない自信 って
バカにされたり
軽んじられたりするけど、

それすら持ててない人が
どれだけこの社会にいるか。


どんどん心を無くして
どんどんロボットになっていって
誰かの指示がないと
何にもできなくなる。
何をしたらいいか分からなくなる。


そんなの自分にしかわからないのに。
見つけようとしなければ、
見つかるわけないのに。
誰かが見つけてくれる訳じゃない。


いつまで
誰かのせいにして、
誰かの尻拭いをするばかりの
無責任な人生を送るのか?


自分の命は自分で輝かせろ。
それが使命でしょ。
それが命を使うってことなんだよ。


自分の足で立て。
自分の人生を生きろ。
真剣に生きてる人の邪魔するな。


なんだか今日は
強い口調ですが

ものすごくお伝えしたくなって
書いてみました


自分の命を
自分の魂を
甘く見ないでくださいね
(と、自分にも言い聞かせる)


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