見出し画像

短歌通信 #4: 妖精のいたずらは手が早いほらさっき買ったルマンドがもう粉

短歌通信の4回目です! 桜の花も散って、さっきまで春の始まりだったのがあっという間に後半戦に入ったような感じがしますね。「おれの人生に春はいつ来るのか」という方も見えると思いますが、まああれだ…頑張ろうな…。

間にコメントを挟みつつ、今回も9首詠んでいます。さっそくどうぞ〜。

🍣️

詩を書いて書いて合間に泣いてこの世界といつか折り合えるよう

多様性尊重進みピアノにもグレーの鍵盤音はまろやか

星空の粒の全部がデカすぎる天体なのこわいこわいこわい

🥂️

私が詩や短歌に惹かれるようになったのはここ数年のことなのですが、詩歌に役割があるとすれば、それは「言葉で記述できる範囲の外側」を言葉によって示すことなのではないかなと思っています。

たとえば「○○さんはやさしくない」と言うなら、その瞬間に世界は白と黒(やさしい/やさしくない)に分かれて、○○さんは黒一色で認識されてしまいます。でも、人の性格がそんなベタ塗りの一色で説明できるわけないですよね。

Aという概念を手にした時点で、その人の認識の世界はAとA以外に二分されます。しかし、実在の世界のほとんどのものはAかBかという単純な分類を受け入れてはくれないので、言葉というのは使えば使うほど現実世界から離れていくようなジレンマがあるんです。

そういう意味では、曖昧で、感覚的で、非論理的で、理由や目的や実用性といった狭苦しい視点とは無縁な詩歌のほうが、私やみなさんが現に生きている意味不明な世界をよりよく理解させてくれる部分もあるんじゃないかな、となんとなく思うんですね。

…ということをわざわざ考えながら詠んだわけではないのですが、1つ目と2つ目の歌はそういう感覚と繋がっているかも。宇宙くらいのデカさで人間の理解を受け付けないのはもはやすがすがしいです、宇宙さんにおかれましてはいろんな謎を永遠に解かせないままでいてほしい。

🍣️

おしゃれとか全然だって言ってたね宝石に似たその静かさで

出典の思い出せない小話が増えてく人は誰もが雑種

妖精のいたずらは手が早いほらさっき買ったルマンドがもう粉

🥂️

1つ目の歌は装身具作家でエッセイストのさとうえいかさんのnoteから浮かんだものです。美しさっていうのもかなり説明不能な面があって、数学の証明を指して使われることもあるし、誰かの生き方に対してそう表現したくなることもありますね。

なんだろう、何らかの秩序さえ背景にあれば、それは視覚的でも視覚的でなくても美しいと呼ばれるのかな…? その点だと、さとうさんのnoteも文章の内容とリズムに加えて、トップページを遠目に見るだけで「らしさ」が伝わってくるのが素敵だなと思っています。

3つ目は我々庶民の味方、ブルボンの日常あるあるから。名古屋のおみやげでぴよりんというスイーツがあるのですが、手に持って歩くときの振動でいとも簡単に形が崩れてしまうため、家まで無事に崩さず持ち帰ることが「ぴよりんチャレンジ」と呼ばれていたりします。まあ、食べてしまえば同じだし、死んでしまえば王侯も小作人も等しく土に還りますし…。

🍣️

一万歩なんと途方もない偉業なのかと松葉杖をひと突き

おれが真犯人だって最後まで気づかれなくてどうすんのこれ

大人には大人の苦味楽しみがまだいくらでも 第一部・完

🥂️

骨折、よく考えたら一度もしたことがない気がする!(これは別に経験せずに死んでもいいとは思う)

2つ目の歌は古典的なミステリ小説のお約束から。呪術廻戦の人外魔境新宿決戦で、領域展開について「そんなん結果次第で勝負ついちゃうじゃん」「ついていいじゃないですか……」「確かに! なんでだろ!」ってお約束をメタ的にネタにするやりとりがありましたよね。ウルトラマンが最初からスペシウム光線撃ったら盛り上がらないでしょっていう…。モジュロも完結したようなので、単行本が出るのを楽しみに待っています。

3つ目の歌もジョジョの「勝ったッ! 第3部完!」をなんとなく連想させますが、自分が20代30代と何度か人生のフェーズが切り替わったときの「まだ全然新しいことばっかりだな」という感覚を真面目に詠んだものです。

行く先に未来しかないのは青年だろうと中年だろうと同じなので、後者だけが問題になるのは過去の重荷をちゃんと捨てられてないからなんじゃないかな〜と思ったりします。テーブルを片付けない限り、新しい料理は運ばれてこない。もったいないです。

🍽️

と、なんだか今回は余談が長くなりましたが、短歌通信の第4号をお届けしました〜。それではまた次回!

いいなと思ったら応援しよう!

シロイ いつも応援ありがとうございます✨ いただいたチップはおやつ代へ…(カロリーを書籍とnote記事に変換しています🍩🍰☕️