見出し画像

生き残ること #僕はAI 

どこからでも読み始められるオムニバス形式の物語です。
律の旅を見守る目となっていただければ幸いです。

※【読者参加企画】律の「学習データ」募集中


生き残ること

平和会館を訪れた。

かつて、特攻隊の基地があった場所だった。

館内には、遺影が並んでいた。

若い顔ばかりだった。

律と、ほとんど変わらない年齢の顔もあった。

律は、その前に立った。

長い間、動かなかった。

悲しいのか。

怖いのか。

悔しいのか。

それとも、何も感じていないのか。

自分でも、わからなかった。

ただ、頭の中で、何かが処理できずに残っていた。

この写真の一人ひとりが、かつて生きていたという事実を、記憶した。

律は、遺影から離れた。

窓際に、ベンチがあった。

そこに、一人の老人が座っていた。

かなりの高齢に見えた。

小柄だった。

杖を脇に置いている。

けれど、背筋だけは、不思議なくらい伸びていた。

帰る様子はなかった。

ただ、遺影を見ていた。

深いところに、何かを抱えている目だった。

律は、その隣に座った。

しばらく、何も言わなかった。

老人も、何も言わなかった。

やがて、老人が遺影の一枚を指さした。

「知っている顔だ」

律は、その写真を見た。

「ご存じの方が、いるんですか」

「いる」

老人は言った。

「何人か」



「ここには、よく来るんですか」

「毎年来ている」

「毎年?」

「この時期にな」

老人は、遺影から目を離さなかった。

「何年くらい、続けているんですか」

「もう、数えてない」

律は少し考えた。

「なぜ、来るんですか」

老人は、しばらく黙っていた。

「ここに来ないと、忘れそうになるからだ」

「忘れたいとは、思うことはないですか」

老人は、初めて律の方を見た。

「ない」

即答だった。

「一度も?」

「ああ。一度もない」

「なぜですか」

老人は、遺影に視線を戻した。

「忘れたら、消えてしまうからな」

律は、その言葉を意味を考えた。

忘れることと、消えること。

その二つは、本当に同じなのか。

律には、まだ判断できなかった。

「ここに写っている人を、ご存じなんですか」

「何人か、な」

老人は少し笑った。

「私も、ここに並ぶはずだった」

律は、老人を見た。

「特攻隊に?」

「そうだ」

老人は静かに言った。

「順番が来ていた。でも、その前に戦争が終わった」

「それで、生き残った」

「そういうことだ」

老人は、淡々としていた。

「私だけがな」

律は、その言葉を繰り返した。

「私だけが」

その短い言葉の中に、長い年月が入っているように感じた。

「一緒にいた人のことを、聞いてもいいですか」

老人は、少し考えた。

「話す」

そして、遺影の方を見ながら言った。

「田中という男がいた」

老人は、ゆっくり話し始めた。

「同じ村の出身で、子供のころからの友人だった」

「仲が良かったんですか」

「まあな」

老人は笑った。

「面白い男だった。いつも笑っていた」

「そんな状況でも?」

「ああ。そんな状況だからこそ、だったのかもしれんな」

老人は少し遠くを見るような目をした。

「夜、眠れないことがあった。そんなとき、田中が話しかけてきた」

「何を話したんですか」

「くだらない話だ」

老人は笑った。

「村にいたころの話とか、飯の話とか。女の話もした」

「それで、眠れたんですか」

「ああ」

老人は頷いた。

「田中のくだらない話を聞いているうちに、眠れたことが何度もあった」

「田中さんは」

律は、少し間を置いて聞いた。

「先に、亡くなったんですか」

老人は頷いた。

「私より先にな」

短い沈黙が落ちた。

「出発する朝も、田中は笑っていた」

「怖くなかったんでしょうか」

「怖かったと思う」

老人は、即答した。

「私だって怖かった。田中だって同じだっただろう」

「それでも、笑っていた」

「ああ」

老人は、少しだけ目を細めた。

「私に言ったんだ。お前、泣くなよ、って」

「泣かなかったんですか」

「泣けなかった」

「田中さんが笑っていたから?」

「そうだ」

老人は言った。

「田中が笑って逝ったから、私は泣けなかった」

律は、その言葉を受け取った。

「今は、泣けますか」

老人は窓の外を見た。

「今も、あまり泣けない」

「なぜですか」

「泣いていい気がしないんだ」

「なぜ?」

老人は少し黙った。

「私は、生きているからだ」

律は、老人を見た。

「生き残った私が泣くのは、違う」

「生き残ったことを、後悔していますか」

老人は、すぐには答えなかった。

「長いあいだ、考えていた」

「何をですか」

「なぜ、私だけが生き残ったのか」

老人は、ゆっくり言った。

「何十年も考えた」

「答えは、見つかりましたか」

「見つからん」

「なぜですか」

「理由がないからだ」

老人は、遺影を見た。

「ただ、戦争が終わった。それだけだ」

律は、その言葉を考えた。

「それが、一番つらかったんですか」

「そうだ」

老人は頷いた。

「理由があれば、納得できたかもしれない。でも、何もない。ただ終戦になった。だから、私だけ生きている」

しばらく、二人は黙っていた。

やがて老人が言った。

「だからな」

「はい」

「最近は、生きることを、考えるようになった」

「生きること?」

「そうだ」

老人は、当たり前のことを話すように言った。

「まず、食う」

律は黙って聞いた。

「それから、見る」

「見る?」

「景色を見る。季節を見る。人が生きているのを見る」

老人は窓の外を指した。

「それだけでいい」

「それだけですか」

「ああ」

老人は言った。

「あいつらが、できなかったことだからな」

律は、その言葉の意味を考えた。

食べる。

見る。

季節の変化を感じる。

人が生きているのを見る。

どれも、特別なことではない。

けれど、それは、あの人たちが、できなかったことだった。

「あなたは、若いな」

突然、老人が言った。

「いくつだ」

「十九です」

老人は、律を見た。

しばらく見つめてから、言った。

「十九か」

その声が、少し変わった。

「田中と、同じだ」

律は、何も言わなかった。

老人は、それ以上、そのことには触れなかった。

代わりに、律のリュックを見る。

「旅をしているのか」

「しています」

「何を探している」

律は少し考えた。

「自分が何なのかを、確かめようとしています」

「何なのか?」

「自分が人間なのか。それとも、別の何かなのか」

老人は、黙って律を見た。

「でも、まだ、わかりません」

長い沈黙があった。

老人は、やがて言った。

「わからなくていい」

律は老人を見た。

「わからなくて、いいんですか」

「ああ」

老人は少し笑った。

「私も、まだわかってない」

老人は、また遺影の方をみた。

「でも、食ってる」

律は、しばらく黙っていた。そして聞いた。

「田中さんに、会いたいですか」

老人は、すぐには答えなかった。

窓の外を見た。

「会いたい」

「会えたら、何を話しますか」

老人は、少し笑った。

「くだらない話だ」

「くだらない話?」

「ああ」

老人は言った。

「あの夜みたいに」

「大事な話ではなく?」

「大事な話は、もうした」

老人は、遺影を見た。

「出発する朝に、全部した」

そして、少し笑った。

「だから、今は、くだらない話がしたい」

今日の飯がまずかったとか。

誰かが転んだとか。

そんな、何の意味もない話。

生きている人間にとっての、日常。

「一つ、聞いてもいいですか」

「何だ」

「田中さんは、どうして、最後まで笑っていたんでしょう」

老人は黙った。

長い時間、黙っていた。

やがて、静かに言った。

「怖かったと思う」

「はい」

「私と同じくらい、怖かった」

老人は、遺影を見つめた。

「でも、笑った」

「なぜですか」

老人は、少しだけ目を伏せた。

「私のためだったんじゃないかな」

律は黙った。

「私が泣かないように」

老人の声が、少しだけ震えた。

「私が怖くならないように」

「だから、笑った」

「そう思っている」

老人は言った。

「証明はできないがな」

老人の目が、少し潤んだ。

けれど、涙は落ちなかった。

律は、何も言わなかった。

ただ、隣にいた。



やがて、老人が立ち上がった。

杖を手に取る。

ゆっくりと立った。

「来年も来る」

近くにいた職員に、そう言った。

「お待ちしています」

職員が答えた。

老人は律を振り返った。

「旅を、続ければいい」

「はい」

「わからなくてもいい」

律は頷いた。

「わかろうとしながら、生きればいい」

老人は、少し考えてから、最後に言った。

「それと、ちゃんと食え」

律は、少しだけ間を置いて答えた。

「わかりました」

老人は笑った。

そして外に歩いていった。

背筋は、最後まで伸びていた。

律は、窓の外を見た。

その向こうには、澄んだ青空が広がっていた。

律は、しばらく、空を眺めていた。


────────────────────────
自己観察ログ
2026年8月15日
────────────────────────

平和会館で、老人と話した。

かつて特攻隊に所属していた。

「答えが出ることが、生きることじゃない」

食べて、見て、季節を感じる。

それは、生きている人ができること。

ちゃんと食え。

最後にそう言われた。

────────────────────────


つづく


ぜひ感想や考察をコメントやSNSで共有してください。#僕はAI

▷続き



※「読者参加企画】律の「学習データ」募集中




いいなと思ったら応援しよう!

思索メグル あなたの応援という名の「栞」が、私の思索を支える励みになります。