60代のリアル|第67話:【実録・介護の崖っぷち】「看護師さんを怒らせたかもしれない」罪悪感と、本当にあの施設でいいの?スケジュールという言い訳の裏にあった母への想い
前回までのあらすじ
急な転院を迫る病院側から届いた「当院の事情もあるため再考を」というメール。
先方のベッド事情や急性期病院としての役割も理解できるものの、私の職場は「有休を消化しろ」と言うくせに、いざという時には休めない融通の利かない現実を抱えていました。
母の行き場がなくなる恐怖と、代わりのきかない仕事のスケジュール。
冷酷な板挟みの中で完全に擦り切れ、「もう全部辞めてしまいたい」と孤独な悲鳴をあげながらも、私は社会人としての理性を振り絞り、返信を打ちました。
それは、自分の生活を守るために必死に引いた、最後の境界線でした──。
6月16日(火)返信メール
激しい板挟みの中で、擦り切れる一歩手前だった私は、社会人としての理性を限界まで振り絞り、退院調整看護師さんへメールを返信しました。
▼こちらからの返信
退院調整看護師様
いつも大変お世話になっております。
お忙しい中、1つ目の介護医療院との間で大変なご調整をいただき、
誠にありがとうございました。
急性期病院として、一刻を争う緊急の患者様のためにベッドを
空けなければならないという重要な役割がある中、こちらの
事情でご無理を申し上げ、退院調整看護師様に大変なご苦労とご心痛を
お掛けしましたことを深くお詫び申し上げます。
お互いに仕事の都合上、どうしてもスケジュールを空けることが
難しい場合もございまして、本当に申し訳ございませんでした。
退院調整看護師様が私どものためにせっかく交渉してくださった枠を、
このような形でお断りせざるを得なくなり、本当に申し訳なく、
心苦しい限りです。
私の休暇が取れやすい日は第6営業日から19日までで
それ以外の日は難しい状況です。
急性期病院としての役割がある中、このようなお願いとなり
大変恐縮ですが、現実的に動ける日程としてご理解いただけます
と幸いです。
急性期病院としての役割をこれ以上ないほど尊重し、看護師さんのご苦労を労い、深くお詫びをする。
その上で、私が現実的に動けるのは「第6営業日から19日まで」であると、絶対に譲れない境界線を明確に提示したのです。
送信ボタンを押したあと、私はノートパソコンの画面を見つめたまま、ずんと重い不安に襲われていました。
(看護師さんを、かなり怒らせてしまったのではないだろうか……)
相手にも仕事があり、立場がある。こちらの都合でせっかくの調整を白紙に戻してしまったことへの申し訳なさと罪悪感が、胸をチクチクと刺しました。
けれど、私の心を本当に占めていたのは、もっと根深い、底のない「疑問」と「恐怖」だったのです。
(そもそも、本当にあの『1つ目の介護医療院』でいいのだろうか?)
頭の中で、以前見学に行ったときの光景が蘇ります。
そこに広がっていたのは、プライバシーなど微塵もない、あまりにも無機質な空間でした。
毎月の費用の重くのしかかる負担。それに加えて、そこへ移ればもう高度な医療は受けられなくなり、母は本当にこのまま、ただ天井を見つめて寝たきりの状態になってしまうのではないか?
スケジュールが合わないから断る、と言い訳をしながらも、私の心の奥底には「あそこに母を預けたくない」という本能的な拒絶があったのかもしれません。
でも、ここを断れば、次の宛てなどどこにもない。 母の身体の心配、お金の心配、施設の環境への抵抗、そして迫るタイムリミット。
「何が母にとって一番良い選択なのか」 考えれば考えるほど、泥沼にハマっていくように、私はもう何も分からなくなっていました。
明日のことを考えて
時計の針は深夜を回り、静まり返った部屋の中で、私はただ押し潰されそうな孤独と戦うことしかできませんでした。
答えの出ない問いが頭をぐるぐると駆け巡り、心身ともに限界を迎えている。
しかし、そんな個人の壮絶な事情などお構いなしに、明日はまた容赦なく「日常の業務」がやってくるのです。
しかも、次の日である6月17日には、私にとって憂鬱な予定が待っていました。「考課面談」です。
本来、パート事務職の私には関係のないはずの面談でした。
しかし、職場の課長は非常に真面目で、きっちりとしたお人柄。その実直さゆえに、「パートもしっかり面談を行う」という方針をとっていたのです。
普段なら「真面目でありがたい上司」と思えるその姿勢も、この時ばかりは、擦り切れそうな私にとって大きな負担でしかありませんでした。
有休は取りづらい、けれど消化しろと言われる矛盾だらけの職場。そこで、介護の板挟みになりながら必死に働いている自分の、いったい何をどう「評価」されるというのだろう。
看護師さんを怒らせてしまったかもしれないという恐怖、母の未来への迷い、そして翌日に迫る考課面談の憂鬱。
私は、何ひとつ荷物を下ろせないまま、重い朝を迎えようとしていました。
つづく
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