ひとつの動画で、いくつの国をつなげるか?
私はコピーライターとして、これまで多くのCMや動画の企画・制作に携わってきました。コピーライターと聞くと、多くの方は「広告のキャッチコピーを書く人」というイメージを持たれるかもしれません。しかし、実際の仕事はもっと広範囲に及びます。
たとえば、脚本を書き、演出を考え、映像の中でどう見せるかを細かく文字で表現するのも、コピーライターの仕事。「ここで人物のタイトショット」「空を見上げる青年。顔に夕陽が当たる」「背景にはマジックアワーの空」といった具合に、頭の中にある映像を文字に起こして、映像チーム、カメラマンと共有していきます。
つまりコピーライターとは、「クリエイティブを文字で表現する人」なのです。
海外にも通用する動画づくりとは
私が得意としているのは、日本企業の動画を、日本国内だけでなく海外でも使えるように企画・制作することです。とはいえ、これは、言うほど簡単なことではありません。
日本企業の多くが海外市場に進出している今、動画もまた日本国内だけでなく、グローバルに通用するものが好まれます。海外向け動画と日本国内向け動画を2本作るより、できることなら1本の動画で、複数の国や地域に対応したい。そんなニーズに応えるのが、私の仕事です。
東南アジアを1本のCMでカバーできるか?
少し前のことですが、あるプロジェクトでキヤノンの民生用(プロ用じゃない一般向け)ビデオカメラのCMを手がけました。対象は東南アジア。シンガポールからインドネシアまで、広くこのCMを展開したいという依頼でした。
東南アジアというと、日本に住む方からは「まあ、だいたい似たような気候と人種の地域」と思われるかもしれません。しかし、実際には宗教も文化も人種も驚くほど多様です。
たとえば、マレーシアやインドネシアではイスラム教が主流、タイは仏教、フィリピンはキリスト教が中心です。見た目も、中国系、マレー系、インド系、アイランダー系、さらには多様なミックスまで、非常に幅広いのです。
「誰にでも見える家族」を探して
CMのコンセプトは、「家族の思い出をあざやかに残せるビデオカメラ」。そして「ダブルメモリ搭載で長時間録画できる」、という機能訴求を、感情に寄り添うストーリーで表現するというものです。
当然ながら「家族」が登場します。撮影するのはお父さん。映るのはお母さんと子どもたち(男女2人)。この「ありそうな日常感」で、どの国の人たちも、CMを見て、「私のことだ」と思ってもらわねばなりません。
しかし、どんな人種の家族にするか?これには非常に悩みました。最終的に選んだのは「コンチネンタル・ルック」と呼ばれる、どの国の人にも見え、しかも映像映えのする家族。アジア系、欧州系、アイランダー系が混ざった、国籍が特定されない中性的な雰囲気のある家族です。
そして「犬はダメ」と言われた
企画は「家族がさまざまな場所へ行き、思い出をつくる」というもので、山、川、ビーチなどシーンが次々に変わるというものを書きました。
あるシーンで、私は「ビーチで子どもたちが犬と一緒に走る」という描写を入れました。たくさんのシチューションがあるのですが、登場人物がいつも同じ家族だったので、少し変化をつけたかったのと、犬がいると自然で温かみがあり、しかも絵的に美しいと思ったからです。犬種はゴールデンレトリバー。陽光の中、砂浜を駆け回る家族と犬、いい映像になると思っていました。
ところが、この案をクライアントに提出したところ、想定外の反応が返ってきました。
「犬はダメです」と。
最初は理由がわかりませんでした。しかし、イスラム教徒にとって犬は「不浄」とされており、CMに登場させるのは好ましくないとのことでした。とくに「濡れた犬」(ビーチですから当然濡れます)は最悪だ、とまで言われました。
私にとっては初めて知る宗教的タブーでした。すぐに犬の登場シーンをカットし、企画を修正しました。もちろん、CM自体は犬がいなくても成立しますし、最終的な仕上がりにも支障はありませんでした。しかし、この経験は私にとって非常に大きな学びとなりました。以下が完成したCMです。

非構造化情報を翻訳するということ
無事に完成したCMは、さまざまなロケーションで家族が思い出を重ねる姿を描いたものとなりました。犬はいません。でも、それでよかったのです。
アジアパシフィック全域をカバーするだけでも、宗教、文化、タブー、民族性と、配慮すべき点は非常に多くあります。これが全世界となれば、その気遣いはさらに複雑で繊細なものになります。
言語の翻訳はまだ比較的簡単です。最近はAI翻訳の性能はかなり上がりました。しかし、「感性」「情緒」「文化の文脈」といった非構造化情報を翻訳し、理解しやすい形に再構成するのは、想像以上に難しい作業です。AIに任せるには、もう少し時間がかかるのではないでしょうか。
表現者としての使命
私は日本で38年間暮らし、16年ほど広告の仕事に従事した後、アメリカに渡り、今は21年間、欧米市場向け、そしてグローバル向けのクリエイティブを手がけてきました。このバックグラウンドがあったからこそ、今のような仕事ができていると感じています。
たまたま世界がグローバル化し、企業活動もグローバル化する今、このキャリアが日本企業のお役に立てる場面もあるのではないかと思っています。
とはいえ、今もなお毎日が学びの連続です。世界はトランプ大統領の登場を境に、分断と対立の時代に入りました。しかし、グローバル化の波は止まりません。インターネットによって、情報は国境を越え、人々に情報の平等化をもたらし、AIによってその量とスピードは日々増しています。
世界をつなぐ動画をつくるために
「世界中の誰一人取り残さず、心を動かす動画を作りたい」。それは、もしかすると理想論かもしれません。でも私はその理想を諦めず、今日もまた、文化を学び、言葉を考え、表現を磨いています。
私たち表現者には、世界の分断を少しでもつなぐ力があると信じたい。素晴らしい製品や、サービスを世界の隅々まで届けて、この世界を昨日より今日、そして明日、少しでも良くしたいと願うすべての企業の力になりたいと思っています。
