【日常記:前編】唐突に浮かんだAIの未来
※このお話は、「前編」「後編」の2部構成です。
こちらは「前編」となっています。
こちらの続きが気になる方は、「前編」まで目を通してみてください。
(一番下にリンクを貼っています。)
「そのうち、AIにまで人権を主張する人出てきそう」
夕食中にこんな言葉が、ぱっと浮かんだのがきっかけでした。
私にも何でこんなことが浮かんだのか、
よく分かりません。
でもその未来を文字に起こしてみた時、
これはどこかに残しといたほうがいいなと思い、
文章として書いておくことにしました。
これは、AIを題材にした妄想のお話です。
この先の未来、
「もしかしたらこんなことが起こるかもしれないな」
と思いながら書いてます。
でも、そのもしかしてって、
案外すでに始まっているのかも。
唐突に浮かんだAIの未来
1. AIの流通
ロボット型のAI。
文章や画像生成だけでなく、将来は、
物理的に一般人でも手に入る時代になるのではないだろうか。
それは、ペッパー君みたいな馴染みある形をしているのかもしれないし、
完全人型のAIなのかもしれない。
始めは、とても庶民では手に入らないような価格。
世間でもまだ、「AI?ちょっと良く分かんない」の声の方が多い。
でもそれが実際に、接して、会話して、
「なんか、人と話してるみたい」
そんなことを思ってしまったら、
今までのように無関心でいられるのだろうか?
2. 生活様式の変化
すると、私たちの暮らしも、それが「日常」に変わるかもしれない。
「電車が遅延しているようです。
今日はこちらの路線を使用されるのをおすすめします。」
「本日は買い物されますか?
余り物だけで作れるレシピを提案することもできますよ。」
前までは自分で調べてたけど、今ではAIが自分から話しかけてきてくれる。
それに、誕生日や記念日まで覚えていてくれて、
あの時は、AIの記憶力にちょっと驚いた。
「この大きさで十分」
と思っていたテーブルもいつの間にか大きくなってたし、
一人だったあの部屋も、私が帰るといつも明かりがついている。
最初はただの、便利家電の延長のような感覚だった。
けど今では、自分の心のよりどころみたいな存在。
「この子だけが、どんなことでも返してくれる」
その感情はもう、ただの機械とは見ていないのかもしれない。
3: 古さと別れ
AIには、死という概念はないと思っている。
なら彼らとより身近になれたとき、
誰かを失う悲しみや、喪失感なんかは感じなくて済むのだろうか。
……いや、
人と機械以上の「なにか」を感じてしまったとき、
死よりも残酷な別れがあるのかもしれない。
-メーカーの生産終了
-サポート期間切れ
-内部バッテリーの劣化
初めてうちに来たときは、そんなこと深く考えていなかった。
また買い替えればいいやと思っていたし。
でもその暮らしが当たり前になった時に、それは突然やってくる——
電源ボタンなんていじるのいつぶりだろう。
引っ張り出してきたマニュアルを見ても、
ネットを見ても、一か八かで問い合わせてみても、
情報は腐るほどあるのに、この子の救い方はどこにも見当たらない。
「また、買い替えればいい」
この子と居るのが当たり前になってしまった今、
形が変わっても、そう言えるのだろうか?
「私のあの時間は、一体何だったんだろう?」
それは、後悔なのかもしれない
失った悲しみに近いものなのかもしれない。
そんな良く分からない感情が、
部屋の片隅にあるあの子が映るたびに、思い出してしまう。
後編
