第4話 ここがフローラ芸術学園(メイド✶アリサ―Wishmoreな学園日記)
(場面の区切りに応じて、前回までと比べ文字数が増えています。引き続き、ぜひお楽しみください!)
前回のお話📕
黄金の月がきらめく夜。
今あたしは、小型船に乗って大きな湖を渡っている。
あそこが、フローラ芸術学園かぁ……。
視線の先。ゆっくりと近づいてきている孤島には、夜だからはっきりとは見えないけど、お城っぽい外観の馬鹿でかい校舎がそびえ立っている。
窓にオレンジ色の灯りがともっている建物は、きっとメイド寮だろう。
先輩メイドたちは、明後日からはじめる新年度に備えて、今朝から敷地内の掃除にいそしんでいたらしい。明日は里帰りしていた生徒たちが一斉に帰還するということで、出迎えや荷ほどきの手伝いに大忙しなのだとか。
新人メイドのあたしはというと、明日は一日中研修だ。
みんな(カーラは除く)に別れを惜しまれ、屋敷を出たのが昼過ぎ。ヒューバーラント西部の田舎町から、この北部の山岳地方までは汽車で約三時間……のはずなんだけど、途中で車体のトラブルがあって到着がかなり遅れてしまった。
消灯時間には間に合いそうだから、まあよかったけどさ。
『一足先に、学園でお待ちしていますね』
『ええ、気をつけてね。――向こうで会えるのを楽しみにしているわ』
門前で交わした、お嬢様とのやりとりが蘇る。
明日には、お嬢様もこの船に乗って、同じ景色を見るんだよね(明るい時間帯のはずだけど!)。同じ体験ができるなんて、なんだか胸がきゅうってなる。
それにしても……。
湖に浮かぶ島を、まるごと学園にしちゃおうっていう発想がすごいよね。島、予想以上にでっかいし……。
「っし、学院に到着だぜぃ。お嬢ちゃん」
金髪碧眼。髭がよく似合うハードボイルドな中年船長さん(といっても、船員は彼一人しかいない)が、操縦席から腰を浮かせてこちらにやってきた。日に焼けてて恰幅もいいし、海の男って感じだ。まあ、ここは湖だけど。
「ありがとうございます。あたし一人のためにお手間を取らせちゃって、すみませんでした」
湖の手前に建つ管理小屋を覗くと彼がいて、採用通知を見せたところ、快く船を出してくれたのだった。湖を泳いで渡るわけにもいかないから、学園に行くためにはこの船に乗るしかない。
「いいってことよ。これがおっさんの仕事だからな」
「おお、男らしい~!」
「なんだなんだ、嬉しいこと言ってくれるねえ! どれ、寮まで送るついでだ。荷物持ってやるよ」
船長さんが、冗談めかしてグッと親指を立てる。
こういう人好きだなあ~なんて感想を抱きながら、ありがたく旅行鞄を持ってもらうことにした。代わりに、あたしは手持ちランプを受け取って船のステップを降りる。
少し歩いた先に現れた大きな門を、門衛さんに挨拶をして通してもらう。
両開きのアーチなんだけど、上部に天使のモチーフがついていてなんともお洒落だ。
さすが芸術学園……って、我ながら素人まるだしな感想。
ふと、夜風が吹いて、あたしの三つ編みを軽く揺らした。
四月とはいえ、夜はまだまだ冷える。国の中でも、この北部の山岳地帯は一番気温が低い場所だからね。夏涼しいのは嬉しいけど。
「お嬢ちゃん、ルミナス様の専属なんだって?」
並んで歩いている船長さんが、何気なく問いかけてきた。
「そうですよ。よくご存じですね」
「そりゃあ、すげぇ噂になってたしな。どんな美人が来るのかって」
「げ。そうなんですか? 美人って、あたしとは縁遠ーい言葉なんですけど」
「まあ、たしかにイメージとは違ったな」
ガハハ! とでっかい口を開けて笑った船長さん。正直!
「だけど、おっさんは嬢ちゃん気に入ったぜ! だから忠告しておくんだけどよ」
「?」
「いくら美形だって言っても、ルミナス様に恋しちゃいけねえぜ? 生徒とメイドの恋愛はご法度だからな。実際、過去にはそれでクビになった子も何人かいる。くれぐれも、ませた真似はしないように」
真面目な顔でびしっと人差し指を突き付けられたから、思わず笑っちゃった。
「船長さん、心配いりませんよ。あたし、そういうの興味ありませんから」
恋愛してる暇があったら、お嬢様のために何かしたい。お嬢様の幸せこそ、あたしの幸せだ。
「……お嬢ちゃん、それは悟りすぎだろ。その若さで、過去に何があった……」
「そういうわけじゃなくて、他にやりたいことがあるんです」
「ほーお。いいねえ、おっさんそういうの好きだよ」
「へへ、じゃあ何かあったら協力してくださいね」
「おう、困ったことがあれば何でも言いな。――と、着いた着いた。ここがメイド専用寮だ」
目の前には、カントリーハウス風の大きな建物。三階建てだ。
ちょうど玄関扉が開いて、この間試験でお世話になったばかりのメイド長が顔を出した。
「ようこそ、アリサさん。よく来ましたね」
「こんばんは、メイド長。本日よりお世話になります。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。さあ、中にお入りなさい。グレンさん、ここまでありがとう」
「これくらいお安い御用ですよ。んじゃあ、嬢ちゃん。頑張れよ」
船長あらためグレンさんから旅行鞄を受け取り、ランプを手渡す。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
手を振り去っていく気のいいグレンさんを見送り、あたしとメイド長は寮へと入った。
「では、簡単に寮内を案内しますね。その後でお部屋に向かいましょう」
「はい。よろしくお願いします」
背筋がしゃんと伸びた風格のあるメイド長は、細い腰元に鍵束をいくつも掛けている。カシャンカシャン、という金属音を聞きながらまず向かったのは地下だ。
モスグリーンのカーペットが敷かれた廊下は無人で、壁に取り付けられたランプの光で明るく照らされている。燭台の金属部分に花のレリーフが彫り込まれてて、これまた芸術的だ。
案内されたのはシャワールームに洗面所、それから談話室で、共用スペースが地下にまとめられていることがわかった。
食事は隣接してる従業員寮にある食堂で食べるらしい。ちなみに向こうには、料理人と用務員……ああ、それとグレンさん(船長)が入寮していて、全員男性だ。教員と事務員、それから常駐医師はまた別の寮で暮らしていて、そこには女性も何人かいるみたい。
そんな説明を受けながら木製の階段を上り、今度は二階へと向かう。
地下と同じくモスグリーンのカーペットが敷かれた廊下を進み、たどり着いたのは角部屋だった。
「ここがアリサさんのお部屋です」
メイド長が皺の目立つ手で金色のドアノブを回し、濃茶色の扉を引き開ける。そして真っ暗な室内の中を進んでいったかと思うと、ぼうっとオレンジ色の明かりが点いた。机の上に置かれていたランプを点けてくれたのだ。
白塗りの壁に、茶色の机と衣装棚。ベッドもあるし、小窓もちゃんとついてる。贅沢すぎるくらいのお部屋だ。そもそも相部屋だと思ってたから、破格の対応を受けてる気分になる。
感動しながら部屋の入口に突っ立っているあたしには目もくれず、メイド長は手際よく衣装棚を開けた。ハンガーに掛かっていたのは、丈の長いボルドーのワンピースと白いフリル付きのエプロン。
あれが制服かあ……って、可愛すぎるよ! 似合うかすっごく不安!
メイド長は、定番の黒と白のメイド服だ。
あたしも同じようなものをシャロン家で着てたんだけど、彼女から漂う風格もあって、なんだか急に格式高い格好に思えてきた。ベテランって感じ。
「制服には一度袖を通し、着用方法を確認しておいてください。寝間着はこちらです。消灯時間である二十二時までにシャワーを浴び、部屋に戻るように。残り……十五分です」
ベッドの上に畳んでおいてあった綿のロングワンピースを手のひらで示すと、メイド長は胸元に掛けてあった懐中時計に視線を落とした。
「ああ、そうそう。あなたにもこれを。この学園で働くにあたって、時間の管理は重要ですからね」
思い出したように渡されたのは、メイド長と同じデザインの懐中時計だ。
目が点になる。だって、見るからに高級品っぽいよ!? 一人一人支給されるなんて……この学園、どれだけ潤ってるの!? さすが名門!
「アリサさん。早く受け取ってください」
「は、はい!」
慌てて受け取ってからハッとした。絶対に壊さないようにしないと……! 弁償なんてことになったら、とてもじゃないけど払えない!
「タオルは脱衣所にあります。使ったものは籠に入れておくように」
「はい、わかりました」
「ちなみに、隣の部屋はあなたと同じく新人のファーファさんです。消灯時間前ですので、明朝あらためて紹介させていただきます。くれぐれも仲良くするように」
仲良く、かあ……。自分が同年代の女の子とキャッキャウフフしてる姿は、なんだか上手く想像できない。
実のところ、あたしには友達って呼べるような相手がいない。
お屋敷の近くに同年代の子は住んでいなかったし、たまに手伝いにいってた旦那様の商社も、おっちゃんばっかりだったし……お嬢様はお友達とはまたちょっと違う、特別なものだからね。
「何か、質問はありますか?」
「あ、いいえ。今のところは」
「では、また後ほど。失礼」
その後、あたしは大急ぎでシャワーを浴び、寝間着に着替え、タオルで髪を乱暴に拭いてなんとか消灯時間までに部屋に戻ってくることに成功した。
点呼で回ってきたメイド長から明日の事務連絡を聞いた時には、もうぐったり……。
メイド長におやすみなさいの挨拶をしてから、言われたとおり制服に袖を通してみる。
うん、問題ないね。着方にも変わったところはないし。
衣装棚の扉の裏側についていた全身鏡の前で、軽く裾をつまんで首を傾けてみる。
それにしても、本当に可愛い制服だな。エプロンとお揃いの、このフリル付きのヘッドドレスとか、胸元の黒いリボンとか……。
よく童顔って言われるけど、このファンシーな衣装のおかげでますます幼児化が進んでる気がする。……まあ、そういう顔なんだから仕方ないよね。着てるうちに慣れるって!
そんなことよりも、さっさと寝よーっと。
てきぱきと寝間着に着替えてランプの明かりを消し、ベッドに入る。
マットレスの硬さは、シャロン家でお借りしていたのと同じくらいでちょうどいい。羽根布団もふかふかだし、ありがたいな。
いよいよ明日から、学園メイド生活がはじまる。
お嬢様を見守りつつ、恩人のルミナス様のためにきっちり働かないとね!
やる気に満ちあふれながら、あたしは目を閉じたのだった。
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