春を、忘れたふりして思い出す
2020年。
まだCOVIDが、今のように扱われていなかった頃。
いつ亡くなるか分からない。
ハリウッド映画に出てくるような、未知のウイルスで人が亡くなっていく。
そんな非日常が、突然日常にすり替わった。
私はその最前線にいた。
日本全国で1、2位を争うほどの受け入れ数。
面会禁止。家族と会うことも許されず、ただひたすらに、患者さんと向き合う日々。
“キュッ”
その音が、世界で一番嫌いになった。
天井を見上げる回数が、人生でいちばん多かった時期だった。
患者さんと、窓から桜の木を眺めた。
私は防護服に帽子、マスク、ゴーグル、手袋。
かろうじて「目が2個あるな」と分かる程度の格好。
それでも。
声を聞いた瞬間、「しょうこさんだ!」と気づいてくれる人が、たくさんいた。
COVID病棟にいたとき、本当のことを言えば、
「こんなの、看護じゃない」って何度も思った。
制服から私服に着替えた途端、涙が止まらなくなることもあった。
汚れたシーツをすぐに替えられないことも。
急変しても、すぐに部屋に入れないことも。
その間に救命率がどんどん下がっていくのも。
ずっと頑張って治療を続けてきた患者さんの最期に、ご家族が立ち会えないことも。
「一緒に過ごす時間」をつくってあげられないことも。
私がなりたかった看護師像と、あまりにもかけ離れていた。
今まで積み重ねてきた看護と、病棟の皆が目指していた看護とも、違いすぎた。
資材がどんどん足りなくなる恐怖。
自分が感染するかもしれない恐怖。
大切な誰かにうつしてしまうかもしれないという恐怖。
そして、
「もう今年は親に会えないんじゃないか」と思ってしまう、寂しさ。
そんな気持ちと、毎日戦っていた。
患者さんが亡くなったとき。
“キュッ”
静まり返った病室に響いた、あの音。
「納体袋」と書かれた袋がある。
そこに、患者さんを“入れる”。
——入れる、って何だよ。
この人は、自分の人生を精一杯生きたんだ。
なんで、最期に家族に会えなくて。
お風呂にも入れなくて。
そのうえ袋の中に入らなきゃいけないんだよ。
袋を閉じる、あの音。
私は、何度天井を見たかな。
何度、あの音を聞いたかな。
もう二度と聞きたくないって、何回思ったかな。
ねえ、私はなんで、看護師になったんだっけ。
自粛が延長になったとき、真っ先に母の顔が浮かんだ。
仮に解除されたとしても、私はCOVID患者さんを看ている限り、会えない。
それを伝えなきゃいけなかった。
電話で泣きそうになりながら伝えた私に、母はこう返した。
「最前線にいて、最後はアンカーなんて最高。
終わったら、好きな食べ物たくさんつくって待ってるよ」
病室の窓から、桜の木を一緒に見ながら、患者さんと話した。
「もうすぐ咲きそうですね」
「今年は早いかな」
そんな何気ない会話。
今年も、桜が咲いていた。
あのとき「治療が終わったら一緒にお花見に行きましょうね」と言った、叶わなかった約束。
そのときの私が、窓に映っていた。
春になると、どうしても思い出す。
あの病棟の窓から見えた、桜の木と、“キュッ”という音を。
