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私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #8 【創作大賞2024恋愛小説部門】

 「瑠衣さん、パーフェクトパスタをもう一度注文してもいいですか?」
 
 声は田村君、顔は平均的な20代中盤日本人男子の「オススメ彼氏」にそう聞かれ、「またやってしまった」と反省する。
 
 あれからも度々、田村君にランチに誘われ、その度に「お弁当を持って来ているから」と嘘を吐き、サンプルで貰ったパーフェクトパスタを食べ、底をついたら自腹で買い増しし、惰性で自宅でもパーフェクトパスタを食べるようになり、いつしか昼も夜もパーフェクトパスタという生活を2週間も続けている。
 
 昔からよくやってしまう。誰かに勧められたものを何となく使い続けたり、選び続けたり。パーフェクトパスタも馴染みやすい味ではあるが2週間も食べ続けるほどの代物ではない。
 オススメ彼氏の話題も、パーフェクトパスタの栄養バランスや安売り情報などに偏ってしまっている。
 
 これではいけない。
 私は、誰かのオススメではなく、自分の好きなもの選んで集めたいのだ。
 
 今日も田村君にランチに誘われた。
 
 「ごめん、今日はランチミーティングがあるんだ」社外に出る口実が欲しかったため、弁当持参ではなく打ち合わせがあると嘘を吐く。
 「僕も参加しましょうか?」と返されたので、「一人で大丈夫だから」と慌てて嘘を塗り重ねる。
 
 ビジネスバッグを小脇に抱えて会社を出たが、今度は行き先に困ってしまう。いつもなら遊歩道を駅に向かって歩き、道中にある飲食店に入るのだが、間違いなく田村君も同じ行動を取る。お店で鉢合わせしては嘘がバレる。かといって社内に戻れば今日もパーフェクトパスタだ。とすれば取れる行動はひとつしかない。
 
 私は駅と逆方向に歩き出した。会社に4年勤めていて初めての試みだった。
 
 こちら側には昔ながらの住宅街が広がっている。この辺に飲食店などあるのだろうか。
 最悪何も見つからなかったらコンビニにでも立ち寄ろうかと周囲を見回していたら、小学校らしき建物の、その校庭にキッチンカーが数台止まっている。
 中に入っていいものか様子を伺っていると、警備員らしき人が気さくに声をかけてきた。
 
 ここは廃校になった小学校を改装したコミュニティスペースで、予約をすれば校舎内にある美術室や音楽室を使うことができるらしい。
 校庭に複数あるキッチンカーは自由に利用していいそうで、実際、ママ友らしいグルーブが店舗前のテーブル席でお茶している。地元の人の憩いの場になっているのだろう。お邪魔にならないよう、ママ友グループから離れた場所にあるキッチンカーを目指す。
 
 真っ黒な車体のキッチンカーはイタリアンのお店だった。またイタリアンかと因縁を感じたが、パスタだけでなくパニーニサンドやサラダボウルなどもあり、メニューの豊富さに惹かれる。

 ローストチキンのアーリオ・オーリオの横に「Specialita'!」と書かれているのが気になった。
 
 「すいません、この、スペシャリタというのはなんですか?」
 「自慢料理。ウチのオススメってこと」
 
 ぶっきらぼうに話す店主らしき男は、車体の色に合わせた真っ黒なローキャップを被り、そこから長髪がはみ出ている。さらに口髭を生やしている。
 細かいと言われるかもしれないが、私は飲食に関わる人が長髪だったり口髭を生やしたりしているのがどうしても受け入れられない。「不潔そうに見える」という、それだけが理由なのだが、だからこそイメージは大事にすべきだと思ってしまう。
 
 そしてまたしても罠に嵌るところだった。「Specialita'!」はオススメという意味なのだそう。オススメは危険だ。それ以外から選ぼう。
 私は、鯖のコンフィのサラダボウルという聞いたことのないメニューを選んだ。

 近くのベンチに腰掛け、食べようとして慌ててスマホを取り出し写真を撮る。葉野菜の上にミニトマトとゆで卵。鯖にはスライスレモンが添えてある。
 オリーブオイルをかけて頂くと、ふっくらと仕上がった鯖は臭みも脂っぽさもなくさっぱりしていて、抵抗なく喉を通っていく。レモンと香草のかおりがサラダの爽やかさをより一層際立たせていた。
 
 家に帰って画像をInstagramにアップすると、オススメ彼氏が「コンフィとは低温の油で数時間煮込んだ料理のことなんですよ」と教えてくれた。
 
 翌日行くと、ローストチキンのアーリオ・オーリオと、鯖のコンフィのサラダボウルに「Specialita'!」が書かれていた。なので今日はパニーニサンドにする。ピザ風味になっていて美味しい。
 画像をInstagramにアップすると、オススメ彼氏が「パニーニの特徴は焼き目で、専用の鉄板で焼くので波型の模様が付くのですよ」と教えてくれた。模様を見ずに食べたことを後悔した。
 
 さらに翌日行くと、そのパニーニサンドのほか大多数のメニューに「Specialita'!」が書かれていた。書かれていないのは自家製ハムのナポリタンだけだ。ここでナポリタンを食べては本末転倒だが、他がすべてオススメなら仕方ない。
 やむなく自家製ハムのナポリタンを注文したが、味はパーフェクトパスタと全然違う。ケチャップのもっさり感がまるでなくシャープなのだ。ハムも重たくない。これが本場のナポリタンなのかと感心していると、「ナポリタンの発祥は横浜なんですよ」とオススメ彼氏に諫められてしまった。
 
 そのさらに翌日。ついにすべてのメニューに「Specialita'!」と書かれてしまった。「Specialita'!」の文字が多すぎてメニューが読みづらくて仕方ない。
 ともかくすべてをオススメされることなど初めての事態で、私は途方に暮れてしまった。

 するとキッチンカーの中から笑い声が聞こえてくる。真っ黒なローキャップから長髪がはみ出た、口髭のあの男だ。
 
 「お嬢ちゃん、俺のオススメは絶対に食べないのな!」
 「なにか文句ありますか!?」
 
 私がオススメからメニューを選ばないと気付いたあの男は、全部オススメにしたら私が困り果てるだろうとからかったのだ。
 最低だ!私が立ち去ろうとするのを、あの男はキッチンカーから降りてきて止めた。
 
 「待って!悪かったよ、そうじゃないんだ。俺は君が常連になってくれて嬉しかったんだよ。それにほら、ローストチキンのアーリオ・オーリオ、まだ食べてないだろ?」
 
 ローストチキンのアーリオ・オーリオは、確か一番最初から「Specialita'!」と書かれていたメニューだ。
 
 「これさ、俺の自信作なんだよ。食べてみてくれねぇかな?代金はいらねぇからよ!」
 
 そう言うと男は、私の回答を待たずにキッチンカーに戻ると調理を作り始めた。程なくして完成した料理を私に手渡し、「また来てな」と言うと別の客のオーダーを受け、調理を始めた。
 つくづく勝手な人だと思ったが料理に罪はないのでありがたく頂くことにする。
 
 どうやらアーリオ・オーリオとはペペロンチーノのようなものらしい。スパイシーなパスタにチキンの濃厚さが良くマッチしている。シンプルなのに飽きさせない味。自信作と言うだけのことはあった。
 
 Instagramにローストチキンのアーリオ・オーリオの画像をアップすると、オススメ彼氏がこう言った。
 
 「にんにくとオイルを使った炒め物であれば、パスタが入っていなくてもアーリオ・オーリオと呼ぶんですよ。ちなみに日本でいうペペロンチーノのことを、本場イタリアではアーリオ・オーリオペペロンチーノと呼ぶんですよ」
 
 いつしか私のオススメ彼氏は、イタリア料理のウンチク彼氏になってしまった。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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