私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #9 【創作大賞2024恋愛小説部門】
それから私は、真っ黒なイタリアンのキッチンカーに通うようになった。店主の名前は蕪木、店の名前はブラックと言うそうだ。
真っ黒なキッチンカーだからブラックって単純すぎませんか?と聞くと、あまり名前に興味がないんだよ、と蕪木さんは照れて言った。
今日は珍しくペンネアラビアータがメニューに入っていたので注文すると、近くでシャッター音がした。振り返ると、ついに恐れていたことが起こってしまった。
田村君だ。田村君がいる。
焦りと同時に生まれる諦念。最近、社内でもここのキッチンカーを知る人が増えていた。いつかこうやって鉢合わせるだろうことは分かっていたが、こうならないことを祈るだけで何もしてこなかった。さてどうしようか。
田村君がまたスマホで撮影をした。
「なんで撮ってるの?」
「記念です。先輩が嘘を吐いていた記念です。先輩、これから打ち合わせだと仰っていませんでしたか?」
「違うよ、昼ご飯」
「でしたら嘘を吐かれたのですね」
君だって大嘘吐きじゃないかと言おうとして思い止まる。
彼は嘘を吐いていない。既婚者のくせに好意を持っているような素振りを見せただけだ。
「とりあえずご飯食べようか。オススメはローストチキンのアーリオ・オーリオだよ」
「自家製ハムのナポリタン、大盛りで」
蕪木さんも異変を察したのか、いつものような軽口を叩かず、黙々と料理を作っている。
「先輩、僕、先輩のことが好きなんです」
「はぁ!?」思わず大声が出てしまい周囲の視線を集めてしまう。「それはまずいでしょ」
「なぜですか?」
「なぜって、田村君、既婚者でしょ」
「なぜご存知なのですか?」
「それは…」
どうする、どう答えよう?
「YouTubeのオススメ動画に田村君の動画が出てきたんだよ。結婚披露パーティのやつ」
咄嗟に思いついたこと言って顔が熱くなる。さすがにこれは無理がありすぎる。
「そうですか…。隠すつもりはありませんでした」田村君は信じてくれたらしい。
「でも奥さん困らせるようなことしちゃ可哀想でしょ」
「もう関係は終わっているんです。先輩、僕と付き合ってください」
「それは無理だよ」
「でしたら僕の気持ちだけでも受け取ってください」
さすがにしつこいし都合が良すぎると辟易していたところに商品が手渡される。助かった。それにペンネも美味しそうだ。
田村君が自分のナポリタンを私に見せながら言った。
「先輩、知っていますか。ナポリタンの発祥は横浜なんですよ」
知ってる。それ、オススメ彼氏が教えてくれたよ。
ランチを食べながら、田村君は、自分がどのようにして私のことを好きになったのかをひたすら話し続けた。すっかり忘れていたが、田村君が入社したての頃、新人研修を担当したのが私で、その時一目惚れしたらしい。
気持ちは嬉しい。そして相変わらず声はいい。しかし結局は独りよがりで、奥様との関係をいかに清算するかという話になると、途端にはぐらかすようになる。
要はまだ幼いのだろう。結婚という大きな決断をしたのに覚悟がない。離婚をしたいのに腹を決めきれない。
「先輩のお役に立ちたい」と彼はよく言うが、結局は「承認欲求を満たしてほしい」という意味なのだろう。
帰宅して今日のペンネアラビアータの画像をアップすると、オススメ彼氏が、田村君とよく似た声でこう言った。
「瑠衣さん、ペンネの名前の由来は、ペン先を意味するペナなのだそうです。ペンネの形はペン先によく似ていますよね」
早速ペンネのウンチクだ。
ナポリタンのウンチクは、田村君も同じことを言っていた。それは何か関係があるのだろうか。
「ねぇ、そのウンチク好きな性格は、田村君に関係があるの?」
「はい。田村伊吹さんのSNS上の書き込みをすべて解析し、性格を反映させています」
やはりそうだ。今のオススメ彼氏の性格は田村君なのだ。
私は自分のInstagramに「彼の穏やかな声と口調にいつも癒されています」と書き、性格には触れなかった。それでも田村君の性格まで反映させているのは、オススメ彼氏がそういう仕様だと考えるのが無難だろう。
「ねぇ、その性格を変えるにはどうすればいいの?」
「瑠衣さんが理想の性格に関する投稿や検索をすれば変わりますよ。もしくは、田村伊吹さんがSNSに投稿する内容が変化すれば、変わりますよ」
私が投稿するものを変えるか、田村君が変わるか。
手っ取り早いのはもちろん私だ。
他人のオススメに流されず、自分が本当に好きなものを集めるのが今の目的だ。
そうやって意気込んでおきながら、ふと、オススメ彼氏を始める前の、先輩・後輩として良好な関係を築くことができていた頃の田村君が急に懐かしくなった。
