私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #10 【創作大賞2024恋愛小説部門】
パーフェクトパスタを製造しているマルオカヤ食品の商品開発部、安達さんは二児の母で、私が新入社員の頃からとてもお世話になっている人だ。
「ねぇ、早川さんと、田村君って、お付き合いしてるの?」
安達さんはこの手のゴシップが大好物で、社内、社外、芸能人を問わず、さらに自分の子供たちすらもゴシップのネタにしてしまう。先日は「次男の初彼女の服のセンスが悪い」と息巻いていた。
そんな安達さんに取り上げて頂けるなど大変光栄なのだが、あらぬ噂が立つと面倒なので事実無根であることを伝える。
噂の出所を聞くと、交際を匂わせたのは田村君自身なのだそうだ。
先日、前の打ち合わせが長引き、田村君一人でマルオカヤ食品に行ってもらった時に、私のことを散々褒めまくったらしい。
さらにキッチンカーでランチした日のことを挙げ、「お互いの素直な気持ちを確認するいい機会になった」と言ったそうだ。
確かにあの時はお互いの素直な気持ちを確認したが、大半は田村君が自分の気持ちを一方的に話してただけじゃないか。それに社外の人に個人的な感情を打ち明けるべきではない。
そう田村君に伝えると、「ただ事実を述べただけです」と返ってきた。
「先輩は優しくて、いつも周りに気を配り、僕にもちゃんと向き合ってくれる素敵な方だと思います」
気持ちはありがたいがとにかく止めてほしい旨を伝えたが、果たして理解してくれただろうか。
これ以上話が広がるのは避けたい。かといって上司に相談する程のことか分からない。あすかに相談しようかとも思ったが、一匹狼タイプの彼女はこの手の相談相手にはそぐわない。どうしたものかとダラダラ仕事をしていたら、終業時間になってしまった。
真っ直ぐ帰宅したら、このわだかまりを引き摺ってしまいそう。
こんな時に都合良く話を聞いてくれそうな人。そんな人、いただろうか…
「珍しいね、夜なんて。いらっしゃい」
相変わらず店長の蕪木さんは口髭を生やし、真っ黒なローキャップから長髪がだらしなくはみ出ている。
夜、キッチンカー「ブラック」を訪れるのは初めてだったが、ディナータイム用にライトアップされて幻想的で、どこか別の世界へ誘われるような錯覚に陥った。
「今、ヒマですか?」
「ご覧の通り、今日も大盛況でね」蕪木さんは誰もいないベンチを指差し言った。
「こんなんでお店大丈夫なんですか?」
「瑠衣ちゃんが通ってくれる間は地を這ってでも店を開け続けるよ」
「その調子なら大丈夫そうですね」
「それで…なに、あの後輩のこと?」
田村君は蕪木さんが目の前にいるにも関わらず、私に告白をした。当然蕪木さんは話を聞いていたはずだ。
キッチンカーを降りた蕪木さんは私をベンチに促し、2人並んで座る。
私はこれまでのことを一気呵成に話した。田村君は既婚者なのに私を好きだと言ったこと。彼の振る舞いは自分勝手で、これまでの「いい後輩」というイメージが崩れてしまったこと。それを誰にも相談できなかったこと。私はこれまで誰かのオススメを頼り、自分で決めてこなかったこと。いま、自分が好きだと思えるものを探していること。
蕪木さんはその間、一度も軽口を叩かず茶々も入れず、何度も頷きながら私の話を最後まで聞いてくれた。
「瑠衣ちゃんは偉いよ。本当に偉いと思う」
「そんなことないです。私は何も決められないんです」
「瑠衣ちゃんは、もっと自分を大事にすればいいんだよ」
「でも、何が好きか嫌いかも分からないのに、自分を大事にすればいいって言われても…」
「既婚者に好きって言われるのは嫌。周りに付き合ってると噂されるのも嫌。そうだよね?」
私は頷く。
「でも俺の作るイタリアンは大好き。そうだよね?」
ついさっきまで真顔で話していた蕪木さんが大げさな笑顔を見せるので、思わず私は噴き出してしまった。
「田村君とイタリアンを一緒にするのはおかしいです!」
「なぁ…」蕪木さんがまた真面目な顔をして言う。「ものすごく突拍子もないこと言っていいか?」
「なんですか?」
「俺たち付き合っていることにするか?」
「はぁ?」本当に突拍子もなかった。「なんで!?」
「俺たちが付き合ったら、その後輩が諦めてかつてのいい関係に戻るかもしれないと思って。どうだ?」
どうだと言われても全く分からないが、もしかしたら上手くいくかもしれない。
「まぁ、俺はいつでもいいからさ。考えてみてくれよ。2人でさ、瑠衣ちゃんの好きなものを探しにいこうぜ、アレに乗って」
蕪木さんが真っ黒なキッチンカーを指差す。
ライトアップを一身に浴びた真っ黒な車体は、今にも夜空に飛び立ちそうだった。
いつしか自分の中のわだかまりがすっかり消えてしまっているのに気づく。付き合うだの、好きなものを探しにいこうなどと大袈裟に話してくれた蕪木さんのおかげだ。
ふと、オススメ彼氏の性格を蕪木さんに変えてみたらと思いつく。
どうすればいいのだろう。前みたいに顔写真をSNSにアップすればいいのだろうか。
「蕪木さん、写真撮ってもいいですか?」
「え、なにの?」
「蕪木さんの」
「悪い、写真は勘弁なんだわ」
「なんで?」
「撮られると魂が抜かれそうで苦手なんだよ」
「なにそれ子供みたい」
蕪木さんが戯けて笑った。
代わりに私は、ライトアップされた真っ黒なキッチンカーを撮影すると、Instagramに投稿した。
