私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #11 【創作大賞2024恋愛小説部門】
室内が騒然としている。普段は別のフロアで作業をしている総務部や人事部の社員、さらに初めて会うような支店の人たちまでもが、私が働く、ピックススーパー本社2階執務室に集まった。こうやって見るとそれなりの規模の会社なのだなと感じる。
社長直々に招集された経営計画報告会。招集が告知された時は、やれ買収だ、やれ倒産だなどと根も葉もない噂が流れたが、実際のところはなにも知らされないまま今日を迎えた。正直、倒産して突然無職になるのは嫌だ。
社長が執務室に入ってくる。その後ろから入ってきた若い男性に私は見覚えがあった。広い肩幅、耳と目を少し隠す程度で揃えられたウェーブがかかった髪、そして笑うと左右に流れる奥二重。
東雲さんが、そこにいた。
社長は彼を、徳本会グループの徳本金光さんだと紹介した。そうだった、彼は病院や老人ホームを経営する徳本会グループの御曹司で、週刊誌に演歌歌手との不倫をすっぱ抜かれたにも関わらず、私と関係を持とうとした、徳本金光さん。東雲は偽名だ。
ピックススーパーは徳本会グループと業務提携を結んだのだそうだ。今日の経営計画報告会の目的はこれを発表することだった。徳本さんがビジョンを話し始めた。
「私共徳本会グループは、人の生き方に関わる事業を展開しています。人の生き方は多様化しており、余生を自宅で、あるいは自宅に近い形で過ごそうとする方も多い。そういった方たちに、生きることの基本である食の面で皆さんにサポートして頂きたい。例えば食料品の配達。例えば宅配食。配達の際に健康状態を確認する見守りサービスも提供できる。私共との業務提携は様々なシナジーを生み出せると確信しています」
フロアのどこからともなく拍手が沸き起こる。私は東雲さんの表の顔、徳本金光さんとしての顔を初めて見た。憎らしい、本当は憎まなきゃいけないのに、やはり彼は恰好よかった。
「どうしても徳本さんの顔が好きなんですね」
昼休み、一人で屋上にいると、オススメ彼氏にそう問いかけられた。
「そうね、大好き。悔しいけれど」
「でしたら、見た目を変えてみましょうか?」
「出来るの?」
「少しお待ちください」
オススメ彼氏が徳本さんの画像を提示してきた。徳本会グループのホームページから持ってきたらしい。
「こちらの画像を、顔が好き!と書いてSNSに投稿してください」
オススメ彼氏の声を田村君のものに変えた時と同じ要領なのだろう。私は言われた通りにInstagramに投稿した。
数秒待っていると、20代中盤日本人男子の姿だったオススメ彼氏がゆっくりと消え、代わりに徳本さんの姿が現れた。
本物と遜色ない姿に思わずため息が漏れる。やはり顔は最高だ。さらに良からぬことを思いついてしまう。
「あのさ、その姿、その声で、瑠衣さんって言ってくれない?」
「わかりました。……瑠衣さん」
天にも昇る心地とはこれだとばかりの恍惚!素晴らしい!
「もう一回いい?」
「……瑠衣さん」
誰にも見せられない遊びで一人昇天しかかっていたとき、後ろから同じ声で呼びかけられ、我に返った。
「先輩!」田村君だ。私は慌ててオススメ彼氏を隠した。
「なに?」
「部長が探していますよ」
「分かった、ありがとう」取り繕うように執務室に戻ろうとすると、
「先輩は、徳本さんとはどういうご関係なのですか?」
思わず息をのむ。
徳本さんは過去に私を誘惑しようとして失敗した。そのことを誰がどこまで知っているのだろう?
「えっと、どういうこと?」
「徳本さんが先輩に会いたいのだそうです。その呼び出しを部長に依頼したそうです」
私に会いたい?背中に冷たい汗が噴き出てくる。徳本さんは一体何を考えているのだろう。
「それと、キッチンカーの人とはどういうご関係なのですか?最近は夜も通っているそうじゃないですか」
先日初めて終業後に蕪木さんに会いに行ったが、私はこのことを誰かに話しただろうか。記憶の糸を辿るが思い出せない。
いや、誰かに話すわけがない。なぜなら私は蕪木さんに「付き合っていることにするか」などと言われたのだ。話せるわけがない。
「徳本さんとどちらがお好きなんですか?見た目は徳本さんの方が上ですか?」
ここまで聞いてやっと理解する。徳本さんの見た目については先程Instagramに投稿した。夜のキッチンカーについてもInstagramに投稿した。
つまり田村君は私のInstagramのアカウントを知っていて、投稿を読んでいるのだ。もちろん鍵がかかっていない普通のアカウントなので誰が読んだって問題はない。きっと私同様、偽名のアカウントを使っていつの間にかフォローしていたのだろう。
「僕の気持ちを知っていて、なぜこんなことをするのですか?」
もしその質問に、順を追って回答したとすればこうなる。
徳本さんは田村君とは何も関係がなく、むしろ私も被害者である。
キッチンカーの蕪木さんは、田村君が取引先で勝手なことをするから相談に乗ってもらったのだ。
田村君がそんなに自分の気持ちを押し付けたければ、まず離婚をして欲しい。
そして私は今、誰かのオススメではなく、自分が本当に好きなものを集めようとしている。その邪魔をしないで欲しい。
こうやって言えば田村君も理解してくれたかもしれない。
だけど、私はそんなに大人じゃない。
「田村君には関係ないでしょ」
そう吐き捨てて私は執務室へ戻った。
