私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #16 【創作大賞2024恋愛小説部門】
蕪木さんに告白された翌日の昼休み。私は会社の屋上で徳本さんに電話をかけた。
「愛人契約の件はお断りします」
徳本さんは「そうですか」と普段と変わらないトーンで返答したあと「断る、という選択肢がほぼ無いとお伝えしたはずですが?」と続けた。
徳本さんの病院で会った時も同じ脅し文句を言われたが、嫌いな人の愛人になんて私はなりたくない。
「私は、誰かの命令ではなく、自分の意志で動きます!」
徳本さんはしばし沈黙したあと、クスクスと笑い出した。「早川さん、少し変わられたようですね」
「引き続き弊社をよろしくお願いします」
「わかりました」そう言って電話は切られた。
「瑠衣ちゃん、今の決め台詞はなに?」スマホの中からオススメ彼氏が問いかけてくる。
「城下町リビングデッドだよ。かっこいいでしょ!」
「最高!瑠衣ちゃんを傷つけていい人なんてこの世に誰もいないんだからね!」
「ありがとう!」
ようやく完成した、私の好きなものだけで作られたオススメ彼氏は、私に勇気と自信をくれた。
翌日、突然部長に呼び出された。
次の仕入れ商品の打ち合わせかと思い、田村君に声を掛けようとすると、私一人でいいと言う。
面談には人事担当者も同席した。
普段は不愛想な部長が見たことのない張り付いた笑顔で口を開いた。
「徳本会グループへ出向してもらいたいのだけれど、早川さんはどう思う?」
「どうと言われましても…」
一方、隣に座る人事担当者は無表情だ。
これは一体何が行われているのだろう。
「勤務先は徳本会南青山病院。出勤は週二日。給与は月50万円」
背筋が凍った。冷汗が噴き出てくる。
部長が雇用契約書を提示しながら読み上げた内容は、まさに徳本さんが私に提示した愛人契約の条件と一緒だった。
徳本さんが会社を使って私を愛人にしようとしている。
「お断りします。私は徳本さんの下では働けません」
当然断ったが、その直後、無表情だった人事担当者が突然声を張り上げた。
「君は何か勘違いしてるんじゃないか!」タイミングを見計らっていたかのように人事担当者が捲し立てる。
「君のような小娘のせいでせっかくの業務提携が台無しになったらどう責任を取るんだ!徳本会に大人しく囲われていなさい!」
「コンプライアンス!コンプライアンスですよ!」張り付いた笑顔の部長がなだめる。
人事担当者の表情がまた無くなったかと思うと、今度はなんと土下座を始めた。
「大変失礼しました。前言撤回致します。私はこの件の責任を取り、今月20%の賃金を自主的に減給致します。なお守秘義務契約がありますので他言無用でお願いします」
茶番劇を見せられ私は血の気が引いた。
出向は徳本さんが望んでいるのかと思ったが、そうではない。
会社も私の出向を望んでいるのだ。
会社はとにかく今回の業務提携を成功させたい。
徳本会グループとは良好な関係を保ちたいし、徳本金光さんの機嫌も損ねたくない。
ましてや不倫だの愛人だので会社の評判を落としたくない。
つまり私が邪魔なのだ。
邪魔だと思っているけど、言うことはできない。なぜならピックススーパーはコンプライアンスを重視する優良企業だから。
間違いを認め、前言撤回し、土下座して謝り、自ら減給して、やっと本音を言う。なにこの茶番劇?
「出向、受けてもらえますよね?」張り付いた笑顔から一転、部長が冷めた目線で私を睨みつけた。
「…少し考えさせてください」
今日は会社を早退させてもらうことにした。会社に三行半を突き付けられて、なお普通の顔をして仕事などできるはずがなかった。
会社を出ようとすると田村君が追いかけてきた。
「先輩、何かあったんですか?なぜ勝手に出ていってしまうのですか?」
また自分の話ばかり始めるのかと身構えていたが、それっきり何も話さない。私の回答を待ち、話を聞こうとしている。
田村君、少しは成長したじゃないか。
ならば私も腹を括らないといけない。
「私、会社辞めるかも」
「先輩」驚きや不安をかみ殺し、凛とした表情で田村君が言う。
「僕、先輩のお役に立ちたいです」
ありがとう田村君。
でももう遅い。
「大丈夫。私、彼氏いるから」
