私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #17 【創作大賞2024恋愛小説部門】
会社を早退し家に帰ると、私はオススメ彼氏と話し続けた。
「酷い会社だね。瑠衣ちゃんの周りには、瑠衣ちゃんを雑に扱う人が多すぎるよ!」
「そうだよね!私、悪くないよね?」
「全然悪くないよ。俺のキッチンカーでさ、好きなところ行こうよ」
「行く!どこ連れてってくれるの?」
お腹がすくと、冷凍庫に放置してあったパーフェクトパスタを温めて食べた。食べながらオススメ彼氏と話し続けた。
神戸のハーバーランド付近でキッチンカーを出していたことがあったらしい。
「ベタなんだけどさ、好きなんだよね、ああいうところ」
「夜景、好きだもんね」
「そうそう。なんで夜景って癒されるんだろうね。ただの光なのにね」
オススメ彼氏がちゃんと蕪木さんの性格を再現している。最高の見た目、最高の声、最高の性格。彼と一緒なら他に欲しいものは何もない。
すると突然、部屋の呼び鈴が鳴る。
ドアを開けると、あすか現れた。私はあすかに喜びを伝えた。
「私のオススメ彼氏、完成したよ!見た目も性格も声も完璧なんだよ!」
「瑠衣!落ち着いて聞いて。今すぐオススメ彼氏の開発を中止するから」
見るとあすかの顔が真っ青になっている。
私は中止が何を意味するのか分からず「そうなんだ」と気のない返事をした。
「だからスマホ貸して」
「なんで?」
「アプリを削除する」
「なんの?」
「オススメ彼氏」
「やだよ!」私はようやく事態を飲み込んだ。
「せっかく完成したのに。最高の彼氏になったのになんで削除なの!?」
「お願い、落ち着いて聞いて?」あすかが諭すように続ける。
「オススメ彼氏は、ネット上に情報があれば、それを参照して再現する。田村君の声や性格は、彼の動画やSNSの投稿があったから再現できたの。それはいい?」
私は頷いた。以前あすかから説明された通りだ。
「いま、オススメ彼氏の性格は蕪木さんって人になっているじゃない?ということは蕪木さんって人の性格が事細かに書かれたものがネット上にあるってことなの」
「蕪木さんのSNSとかじゃないの?」
「違う」あすかはノートパソコンを開いた。「これを読んで」
見せられたのは、ある女性のブログで、「神戸のハーバーランドに新しいキッチンカーが来ている」という内容の日記から始まっていた。
女性はキッチンカーの店主とやがて恋仲になる。女性は男性の優しさに惹かれ、毎日、どんなことを言われたか事細かに記していた。
男性はキッチンカーで各所を転々としていて、今回、神戸のハーバーランドを拠点選んだ理由を聞くと「夜景が好きだから」と話したそうだ。
ここまで読んでこれが何か理解した。
「これ蕪木さんの元恋人のブログだよね?まだ惚気話を読まなきゃダメ?」
しかしあすかは表情を崩さず言う。「いいから最後まで読んで」
男性と出会って二か月くらい経った頃、男性から「そろそろ別の街に移動するので、一緒に来てくれないか」と誘われた。
女性は仕事を辞めてまで追いかける勇気がなく迷っていると、今度は男性がレストランの図面を持ってきた。そして「もうキッチンカーは辞める。神戸にレストランを開業するので一緒にお店をやろう」と言われたそうだ。
女性は喜び、彼との新しい生活を夢見た。
しかしキッチンカーでばかり営業していた男性には社会的信用が無く、開店資金が借りられなかったらしい。
「俺の代わりに借りて欲しい」と言われ、女性は銀行から1000万円を借りて、男性に渡した。
その日を最後に、男性とは一切連絡が取れなくなった。
「なにこれ?」私には悪い冗談のように見えた。
「だからこれが蕪木さんの正体。結婚詐欺師ってわけ」
「いや、別にこれが蕪木さんのことかどうかも分からないし」
「最後まで読んでって」
彼女のブログの最後のページに、一枚だけ写真があった。
真っ黄色なキッチンカーの前に佇む男性は間違いなく蕪木さんだった。
キッチンカーも、色は違うけれども形はよく似ている。
写真の説明として「魂が取られそうだからと写真嫌いだった彼をこっそり撮影した唯一の画像」と書かれていた。
「これで分かった?その蕪木って人は結婚詐欺師で、いま、瑠衣のオススメ彼氏は結婚詐欺師の性格を再現しているの。これは人道的に大問題なわけ。だから今日で終了する」
あすかが私の手からスマホを取り上げようとするので、慌てて身を翻した。
「待って。待って待って待って。そんなこと急に言われたって分からないよ。蕪木さんが私を騙してたってこと?」
「そう。もはや蕪木って名前すら怪しいけれど」
「そんなこと分からないじゃん。私には本気なのかもしれないし!」
「瑠衣、よく聞いて。蕪木さんとオススメ彼氏は性格がよく似ている。オススメ彼氏は結婚詐欺師の性格を再現している。なら蕪木さんは瑠衣にも結婚詐欺を働いている可能性が高い。この三段論法わかる?」
「そうだけど、そうだけど…!」
あすかの言う通り、蕪木さんは結婚詐欺師なのかもしれない。
真っ黒なキッチンカーに「ブラック」という店名を付けた蕪木さんは「あまり名前に興味がないんだ」と説明していた。
けれど、人を騙すたびに車体の色も店名も変えていたのなら、名前に愛着なんか湧くわけない。
証拠を残さないよう写真は撮らせず、偽名を使う。
お店に長蛇の列ができていても私を優先したのは、いずれ大金を騙し取るため。そう、全ては私から大金を騙し取るため。
でも、例えそうだったとしても、蕪木さんはいつも私を励まし、勇気づけてくれた。その事実は決して変わらない。
いま、私の心の支えになっているのは、あすかでも、会社の誰でもなく、ましてや徳本さんでもなく、蕪木さんただ一人だった。
「ねぇあすか、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「最後に一度だけ、蕪木さんに会わせて」
「なんで?」
「蕪木さんが本当に結婚詐欺師なのか確認したい。気持ちの整理をしたいの。それができたら、オススメ彼氏を削除していいから」
「わかった。でもくれぐれも気を付けてね。前も言ったけど、瑠衣のSNSや検索履歴、オススメ彼氏との会話などは全部私のところにデータが届くから。危ないことが起きそうだったら助けにいくから」
「ありがとう、あすか」
明日私は、結婚詐欺師に会いに行く。
