私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #6 【創作大賞2024恋愛小説部門】

 「本当に欲しいものは奪ってでも手に入れるんだ!」
 
 あすかが開発したアプリ「オススメ彼氏」のテストプレイを続けると決めて二日。相変わらずオススメ彼氏のたろう氏はアニメ「城下町リビングデッド」のセリフを叫んでいる。

 とにかくまずはこの暑苦しい声と話し方を変えよう!…とは思うのだが、これが案外難しい。
 いい声と言えばやはり声優さんだろうと、声の好きな声優さんを考えたが思いつかず、スマホで検索しようとして手が止まる。
 
 「オススメ彼氏」は、自分のSNSや動画の視聴履歴、通販サイトの購入履歴などを参照して理想の彼氏をオススメするというもの。見た目や喋り方、性格などが履歴や投稿でどんどん変わっていくらしい。なので、何かを検索した時点でその情報がオススメ彼氏に送られてしまう。
 
 つまり、検索するワードそれ自体にも注意を払わなければならないのだ。さもなくばより不可解なオススメ彼氏になりかねない。今以上にキャラが濃くなったらさすがにギブアップだ。
 
 そもそも、声優さんが演じるアニメキャラが、オススメ彼氏のたろう氏に合っているとも思えない。たろう氏は、本物と見紛うばかりのリアルな人間男性の姿、平均的な20代中盤日本人男子の顔をしているからだ。ならば俳優さんがいいか、と映画やドラマの中から、演技が過剰ではない、普通の喋り方をする作品があるか考えてみたが、結局それは「普通の喋り方」というだけで、「好きなもの」ではなかった。

 私はこれまで、誰かのお勧めに従うだけで何も自分で決めてこなかった。これからは誰かのオススメではなく、自分が本当に好きなもの探そう。自分の好きなものを集めて理想の彼氏を作ろう!そう決心してこのアプリを続けると決めたのだ。にも関わらず。

 自分の好きなものを探すとはこんなに難しいことなのか。
 そんなことを考えていたら会社に着いてしまった。

 「おはようございます」声をかけてきた後輩の田村君が訝しがる。「今回のプレゼンは大変なんですか?」
 「え、なんで、どういうこと?」
 「先輩が随分と難しいお顔をされていたので」
 「ごめん、難しい顔してたのは仕事とは関係ないの」
 「僕にお手伝いできることはありますか?」
 「いやホント、仕事じゃないから」
 「プライベートでも、僕にできることがあれば何でも申し付けてくださいね」

 今日も執事のような話し方をする田村君と挨拶を交わしてはたと気づく。
 そうだ、私は田村君の声と喋り方が好きだ。口調が上品でいつも癒されている。「オススメ彼氏」の喋り方を田村君にしたい。
 すぐ近くに好きなものがあったのに、まるで気が付かなかった。
 
 実在の人物でも問題ないのか、さっそくあすかに電話をして確認を取った。

 「その田村くんってさ、YouTuberだったりしない?」あすかはまた突拍子もないことを言ってくる。
 「聞いたことないけど、たぶん違うと思うよ」
 「結局、本人の音声か動画がなければ声も話し方もオススメ彼氏で再現できないわけよ。だから動画か音声を撮ってネットにアップしてくれない?できるだけ長いやつ。あとでシャッター音の鳴らないカメラアプリ送っておくからそれ使ってね。その後で瑠衣のSNSに田村君の声が好きって書いて投稿すればできるんじゃない?」
 「結構ハードル高いね。オススメ彼氏のことは田村君に言ってもいいの?」
 「いいけど気を付けてね。こういうの毛嫌いする人も結構いるからさ。じゃあ」
 
 あすかはそう言って一方的に電話を切ると、数秒経たずにカメラアプリが送られてきた。相変わらず仕事が早い。

 確かに「オススメ彼氏」の話は伏せておいた方がいいだろう。乙女ゲームのようなものに勘違いされるかもしれないし、ましてやそのキャラクターの声に使いたいからあなたの声を撮らせてほしい、なんて頼みが理解されるはずがない。ハラスメントだと訴えられたら業務に支障を来してしまう。
 そもそも相手の許可なく撮影してネットにアップするなどもっての外だ。シャッター音のしないカメラアプリを送ってくるなど、あすかもどうかしている。
 
 田村君に許可を得て映像か音声を撮り、それをネットにアップする。ただし理由は言わない。そんなことがどうやったら出来るのか。答えが出ないでいると田村君にランチのお誘いを受けたので、渡りに船とばかりに2人で昼食に出ることにした。

 「田村君は何か食べたいものある?」
 「先輩は何かありますか?」
 「なんでもいいよ」
 「では、イタリアンはいかがでしょうか?」

 イタリアン、と聞いてふいに東雲さんを思い出す。考えれば考えるほど最低な人間で、きっと私なら口説けるだろうと踏んだ上で、自分の身上がバレにくい場所を集合場所にした。
 そもそもマルオカヤ食品に勤務しているということすら、私に興味を持たせるために吐いた嘘だったことが末恐ろしい。そこまで周到に準備してまで不倫がしたいのか。

 最低の人間!…と、頭ではそう考えるのだが、目を閉じ浮かんでくる東雲さんの姿は、最後に発した卑しい舌打ちではなく、笑うと左右に流れていく奥二重なのだ。あんな酷い仕打ちを受けながら、私は東雲さんを憎むことも忘れることもできないでいた。

 「先輩、イタリアンは止めましょうか?」察した田村君がすかさずフォローを入れる。またも後輩に助け船を出されてしまった。
 
 お店は結局、高齢の夫婦が切り盛りする昔ながらの定食屋にした。値段がリーズナブルでご飯がおかわり自由なので、男性に人気の店だ。田村君にもきっと満足してもらえるだろう。席に座りメニューを一瞥すると、田村君は生姜焼き定食を、私は日替わり定食を注文した。

 「僕、ずっと先輩とお昼をご一緒するのが夢だったんです」
 「夢だなんて大げさだな。いつだって行けるじゃない」
 「僕、先輩が推しなんです」

 推し、と言われたが腹に落ちない。アイドルなどのファンが、その対象に使う言葉だと思っていたのだが、もちろん私はアイドルではない。そもそも田村君が「推し」のようなフランクな言葉遣いをするのが珍しい。尊敬しています、のような意味と考えておけばいいのだろうか。

 「ありがとう。私こそ田村君、推しだよ」
 「本当ですか?とても嬉しいです!」
 「他に推しは誰かいるの?」

 そういえば田村君のプライベートな話をほとんど聞いたことがない。アイドルなどに興味はあるのだろうか。

 「推しは、先輩だけです」
 「へ?」そういう回答を望んでいたわけではないのだが。
 「僕の推しは先輩だけです」

 面と向かって言われるとさすがに照れてしまう。からかわれているのかと様子を伺うと少し緊張しているようにも見える。とりあえず話題を変えようか。

 「この前の会議は本当に助かったよ。ありがとね」

 会議の際、部長にパーフェクトパスタの味を聞かれ、一度も食べたことが無かった私の代わりに田村君が上手く伝えてくれた。

 「あれは準備していたの?それともたまたま?」
 「準備していました」
 「そうなんだ。さすが仕事熱心だね」
 「先輩のお役に立ちたかったんです」
 「でも、たまには先輩の顔も立ててよね?」つい、いたずら心が出てしまった。私はあの一件で部長に半人前扱いされてしまったのだ。
 「わかりました。これからは、会議の前に先輩と情報を共有します」
 「でもそうしたら、田村君の手柄にならないでしょ?」
 「いいんです、全然」

 一切曇りのない顔で田村君が言うので、私は間違いに気づく。田村君の言う「お役に立ちたい」は「仕事を認めてもらいたい」という意味だと思っていたが、どうやら違うらしい。

 彼は本当に私の役に立ちたい、気に入って貰いたいのだろう。

 「先輩?」
 「なに?」
 「いま、好きな人はいますか?」

 「いないよ」とつい正直に返事をしてしまった。定番中の定番、直球ど真ん中の質問をされ、急に体中が熱くなる。

 「先輩のこと、瑠衣さんって呼んでもいいですか?」

 鼓動が大きくなる。
 男性に下の名前で呼ばれるのはいつぶりだろうか。東雲さんには呼ばれなかったはずだ。まさかこんなにも動揺するとは思ってもみなかった。
 
 少し落ち着こう。田村君は会社の後輩で、2歳年下で、声と喋り方が優しくて癒される人。瑠衣って呼ばれたらそれだけで幸せに包まれそうだ。いや違う、そうじゃない。

 「ダメだよそれは」私は抵抗を試みる。「会社の先輩と後輩なんだし」
 「わかりました。もし瑠衣さんと呼んでもよくなったら教えてください」

 どうしよう、すっかり動揺してしまっている。田村君に気づかれていないか心配になっていたところで、ようやく定食が運ばれてきた。時計を見ると結構時間が経っていた。昼時で混雑し、提供に時間がかかったのだろう。私たちは急いで食事を済ませ、店を出た。

 田村君が定食屋の外観をスマホで撮っている。親子三代続けてきましたとでも言わんばかりの、お世辞にも綺麗とは言えない建物だ。

 「どうするの、その写真?SNSに上げるの?」
 「記念です。先輩との初ランチ記念日です。そうだ、一緒に写真を撮りましょう」

 私の返事も聞かずに田村君が顔を私に寄せてくる。近くで見ると肌のきめが細かくてうらやましい。田村君のスマホに目をやるとシャッター音が鳴った。

 「今の画像、お送りしますね」そう言われたあとで、当初の目的をすっかり忘れていることに気がついた。

 仕事が終わり家に帰ったあとで、私は、田村君の許可を貰い、今日のツーショット写真をInstagramにアップした。私の好きな声と話し方が見つかった記念に。録音は出来なかったが、この先もきっとチャンスはあるだろう。
 
 Instagramのアカウント名は偽名を使っている。最後に投稿したのは大学の卒業式。それ以降はすっかりご無沙汰になってしまった。会社員になれば会社と自宅の往復で代わり映えはしないし、仕事の話は守秘義務で一切書けない。当然、投稿は疎かになる。

 時間に流されるようになると時が経つのはあっという間だ。
 
 私は今日の画像を選択すると、「会社の後輩とランチ。彼の穏やかな声と口調にいつも癒されています」と一文添えて投稿した。
 
 田村君は私のことが好きなのだろうか。
 「推し」という、田村君らしくない言葉を使ったのは、「好き」の婉曲な表現だったのか?

 いやそうとも限らない。
 「推し」は「推し」であって憧れの対象、アイドル的な存在としてお近づきになりたいという意味で使ったのかもしれない。

 むしろこうやって考えを巡らされている時点で術中に嵌まっているのかも?
 ズルい。ズルいぞ田村。私だってとりあえず付き合ってみる、なんてズルい選択だってできるんだぞ?
 ともかくもう一回「瑠衣さん」って言ってくれないか、その癒しボイスで。
 
 「瑠衣さん…」
 
 そう、それ。その上品な口調で私を癒しておくれ!
 
 「瑠衣さん」
 
 そう呼びかけられて我に返る。てっきり脳内で田村君の声を再生しているのだと思ったが、そうではない。声を発しているのはスマホの中のオススメ彼氏だ。
 
 「驚かせてしまったらごめんなさい。この声、どうですか?」
 
 姿は相変わらず平均的な20代中盤日本人男子のままなのだが、声は間違いなく田村君のもの。姿が普段と違うのでその点違和感があるが、声の癒し効果は健在だ。
 
 「すごい、そっくりだよ。でもどうしてこんなことができるの?」
 「先ほどアップロードされた画像から類似の画像を検索し、彼が田村伊吹さんだと特定しました」
 「でも音声のデータはアップロードしてないじゃない。もしかして田村君、本当にYouTuberだったの?」
 「いえ、田村さんが登場する動画がYouTubeにアップロードされていました。その音声を抽出、解析し、田村さんの声を再現しています」
 
 たった一枚の画像から本人を特定し、動画を探し当て、音声データをから声を再現する。すごい技術だ。確かにこんなことができるなら、ネット上にデータがある人物なら誰でもオススメ彼氏になることができるだろう。
 
 「ところで、田村君、どんな動画に出てたの?」
 「ご覧になりますか?」
 
 私が頷くと、田村君の声をした20代中盤日本人男子は姿を消し、動画が再生された。
 
 そこはカフェのような場所で、50人くらいの男女が立食形式で歓談している。なにかのパーティだろうかと推察していると「まもなく新郎新婦が入場します」とのアナウンスが流れた。
 誰かの結婚披露パーティ?そしてこの列席者の中に田村君がいるのだろうと目を凝らしていると、有名な結婚ソングと共にピンスポットライトが入り口に当てられ、ドアが大きな音を立てて開く。
 
 割れんばかりの拍手と祝福の言葉に包まれ現れたのは、ウエディング姿の新婦と、真っ白なスーツを着た新郎。
 
 その新郎こそが、田村君本人だった。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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