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私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #4 【創作大賞2024恋愛小説部門】

 東雲卓郎さんがデートの場所に選んだのは、繁華街から少し離れた場所にあるイタリアンレストランだった。白を基調とした建物は異国情緒に溢れ、期待感を煽る。まさに穴場のレストランといった風情だ。会社で上司に嫌味を言われたことなど簡単に忘れられそうだった。
 
 「お相手は随分粋な殿方のようだ。食事が楽しみだな!」オススメ彼氏のたろう氏が私のスマホの中で叫んだ。
 「突然話しかけないで」
 「これは失敬」
 「もういいよ。あと少しでお別れだし」
 
 あすかが今晩、私の自宅に来てアプリのアンインストール作業をしてくれることになった。仕事で遅い時間になるけどいいかと聞かれ、こちらもデートがあるので丁度いいだろうと快諾した。
 
 「デート中は絶対に喋らないでよね」
 「心得た。ただし緊急時は即座にお助け申し上げる!」
 「緊急時ってどんな時よ」
 「ゾンビに襲われそうな時だな!」
 「そんなことあるか!そもそもゾンビって言葉、アンタの時代に無いだろうが。設定がブレブレなんだよ!」
 
 たろう氏はとっくに画面から消えていた。都合が悪くなると消えるのか。腹立つ。
 
 扉を開くと窯焼きピザの香りが食欲を刺激する。大きな一枚板のカウンターがカジュアルな雰囲気を醸し出し、そして意外と客層が若い。近くに大学や専門学校が多いからだろう。
 
 先に着いていた東雲さんに促されテーブル席へ。濃紺のストライプシャツに黒のジャケット。肩幅が意外と広い。ウェーブがかかった髪は耳と目を少し隠す程度で揃えられ、再会を喜ぶように見せた笑顔で奥二重の目が左右流れていき、胸が高鳴った。
 
 「好みが分からないので席のみ予約しました」と言うので「嫌いなものは何もないですよ」と返すと、前菜やパスタを慣れた口ぶりで注文。さっそくシャンパンがサーブされ私達は乾杯をした。
 
 なにより驚いたのは、東雲さんがあのマルオカヤ食品に勤めているということだ。
 
 「それなら先日お会いした時に仰ってくれればよかったのに!」
 「もし自分がマルオカヤの人間だと分かったら、楽しい時間が過ごせないんじゃないかと思って、黙っていました。すいません」
 
 確かに合コン相手が取引先の人だと分かったら、あっという間に商談の場になってしまう。
 
 「私、御社の製品の悪口など言ってなかったでしょうか」
 「ほら、そういう風になるでしょう?」
 
 そう言って笑う東雲さんに私は安心感を覚える。少し年上なのだろうが、年齢差を背景にマウントを取ることもなく、むしろ子犬のような愛くるしささえある。不思議な魅力を持つ人だ。
 
 東雲さんは海外事業部に勤務しているらしく、出張することもあるそうだ。
 
 「インドもベトナムも若い人がいっぱいいて活気があり、将来性があります。日本とは大違いです」
 「いずれは海外に移住するんですか?」
 「今のところ予定はないですけど、どうでしょうね」
 
 私は海外に興味を持ったことがほとんどない。自分が日本を出てどこか別の国に行くことは絶対に無いだろうと思い込んでいたからだ。しかし東雲さんは国境すらも軽々と飛び越えていく。
 インドやベトナムではどんな景色を見ているのだろう。もっと海外の話を聞いてみたい。もっと東雲さんの話を聞いてみたい。
 
 すっかりのぼせている私を諫めるかのように、あすかから電話がかかってきた。東雲さんに一言断りを入れて、店の外に出る。
 
 「車で瑠衣の家に向かってるけど大丈夫?」
 
 時計を確認すると、東雲さんと会ってから1時間半ほど経っていた。初デートなのだからこの辺でお開きにしてもよかったが、私はもう少し東雲さんと一緒にいたかった。
 
 「ごめん、もう少し経ってからでもいいかな?」
 「じゃあ瑠衣の家で待ってていい?いまどこにいる?鍵だけ受け取りに行くよ。まだ会社?」
 「いや、いま知り合いとご飯食べてる」
 
 一抹の不安を覚えたが、あすかにレストランの場所を伝えると、5分くらいで行けるよと言われ電話が切れた。相変わらずあすかの会話は一方的だ。ともかく、東雲さんに断りを入れよう。鍵を渡すだけだから何も問題ないはずだけど。
 
 「東雲さん、ごめんなさい、もうすぐ友達が来ることになりました」
 「友達?」そう聞くと途端に東雲さんの表情が曇る。「誰?」
 「大学の同級生です。アプリの開発をしている人で」
 「名前は?」
 「久留米山あすかです」
 「会社は?」
 「会社ですか?」
 
 東雲さんが明らかに警戒をしている。あすかの会社?どこだっただろうか、思い出せない。オススメ彼氏のアプリを見せればとも思ったが、余計警戒されそうだ。いや、もしかしたら何か勘違いさせているのかもしれない。
 
 「そのまま一緒にご飯食べたりするのではなくて、鍵を渡したらすぐいなくなりますので」
 「そうなの?本当にすぐいなくなるのね?」
 
 あすかがデートに合流すると思ったのか。それは確かに嫌だろう。
 
 「勘違いさせてしまってごめんなさい」
 「困るんだよね、予定にない人と会うの」
 
 予定にない人、という言い方が妙に引っかかる。東雲さんは、友達がデートに合流するのが嫌なのではなく、予定外の人に会うのが嫌なのだ。しかしなぜ?ともかく東雲さんを不快にしてしまった。
 
 「すいません、やっぱり友達には来ないで欲しいと伝えます」
 
 スマホを片手に慌てて店を出ようとすると「ごめん、遅くなった!」と聞き慣れた声がした。あすかが既に店の中に入り手を振っているではないか。大層ご立腹であろうと東雲さんを一瞥すると、あすかに顔を隠すようにして黙りこくっている。
 
 「悪いね遅くなっちゃって」
 「全然遅くないし、着いたなら電話くらいしてよ!」
 「いいじゃん鍵借りるだけなんだからさ」
 
 東雲さんは相変わらずそっぽを向いたままだ。きっと相当怒っているに違いない。早くあすかを追い出さなくては!
 
 「どうも、親友がお世話になっておりますー」早い!距離の詰め方が早すぎる!
 「あすか止めて!東雲さんは予定にない人とは会いたくないって」
 「それは失礼しました。すぐにお暇しますので!」
 
 あすかは窓に映った東雲さんの表情を伺っている。東雲さんはなお微動だにしない。早く去れと言わんばかりだ。
 
 「お名前は東雲さんと仰るんです?」
 「あすか止めてってば!」
 
 私はあすかを店の入り口へ押しやっていく。それでもなおあすかは東雲さんに絡もうとする。
 
 「あなた、本当に東雲さん?」
 「止めてよあすか、邪魔しないで」
 「あなた、本当は東雲さんじゃないですよね!?」
 
 あすかの声が店に響き渡る。一瞬時が止まったようだった。
 
 「あなた、病院や老人ホームを経営する徳本会グループの徳本金光さんですよね?」
 「…なに、どういうこと?」
 「先日、週刊誌に演歌歌手との不倫をすっぱ抜かれた徳本金光さんですよね!?」
 
 東雲さんはなおこちらに背を向けている。私には理解が出来なかった。東雲さんが徳本さん?演歌歌手と不倫?私は恐る恐る東雲さんに聞いた。
 
 「東雲さん、あなたは本当に東雲さんなのですか?」
 
 東雲さん…いや、ついさっきまで、包み込むような笑顔で一緒に食事を取っていた男は、少しこちらを伺うと、卑しく小さな舌打ちをした。
 
 「行こう」
 
 あすかに手を引かれ、私は店を後にした。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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