私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #21 【創作大賞2024恋愛小説部門】
― ベトナムには若い人がいっぱいいて活気があり、将来性がある。日本とは大違い ―
徳本さんが言っていたこの言葉が本当なのかを確かめるため、私はオススメ彼氏のたろう君と一緒にベトナムのホーチミンにやってきた。
まず驚いたのが交通量の多さだ。大通りをバイクがひっきりなしに走っている。信号機が無いためなかなか反対側に渡れない。
あっけにとられていると、たろう君が道路の渡り方を調べてくれた。
「手を挙げて歩けばバイクが避けてくれるらしいよ」
そんな子供じゃあるまいし!と思ったがほかに信じられるものもない。
恐る恐る手を挙げ歩いてみると、確かにみんな避けてくれた。なんて器用なんだベトナムの方たちは!
夜になると繁華街には出店が並び、若い男女がナイトクラブのような照明の中、お立ち台の上で踊っている。観光客も多く、どんちゃん騒ぎは明け方まで続いていた。
たろう君の検索能力でベトナム語の通訳が可能だと分かると、私は極力地元の人と話しながらホーチミンを楽しむことにした。
これであすかに場所がバレてしまっただろうが、きっとベトナムまで追っては来ないだろう。むしろ楽しそうな姿を見せて、なるべく早く諦めて欲しいと思っていた。
公園で「ダーカウ」という、足でやる羽根つきのようなスポーツに混ぜてもらった。サッカーのリフティングの要領で羽根を蹴りあう。
遊んでいると、自然と人が集まってくる。見ず知らずの人たちが挨拶もそこそこにゲームに参加し、ダーカウを楽しんでいる。日本では考えられない光景だった。
ある日、珍しいお店を発見した。
おにぎり屋さんだった。
中を覗くと、さっそく店員さんに声をかけられた。
「日本の方ですか?」
流暢に日本語を話すこの人はハインさん。
同い年で、日本で働いていた経験があり、その時食べたおにぎりの味が大変気に入り、ベトナムに戻ってきてこのお店を出したそうだ。
日本人の意見を聞きたい、というのでひとつご馳走になる。
正直あまり美味しくない。お米がまず日本のものと違うし、具材とマッチしていない。どおりでお客さんが全然いないわけだ、と納得していると、だんだんお腹が痛くなってきて、そのまま動けなくなってしまった。
結局この日は、お店の二階にある自宅で休ませてもらった。ハインさんには薬やお粥を用意してもらった。本人は大変申し訳なさそうにしていたが、むしろ助けてもらったのは私の方だ。
翌日、体調はすっかり回復した。
たろう君が日本のお米を売っていそうなスーパーマーケットを探してくれたので、一緒に見に行くことにした。
「それは誰ですか?」
ハインさんにたろう君を見られてしまった。
説明に窮していると、たろう君が「瑠衣ちゃんの彼氏です」と調子いいことを言うので、私も「彼氏です」と答えた。
ハインさんはきょとんとしていたが、すぐに「初めまして」と挨拶してくれた。
3人でスーパーに行き、日本米を買ってきておにぎりを作ってみる。
握ってみて分かったが、どうやらハインさんの使っている炊飯器は炊き上がりにムラができやすいようだ。
これではいけないと、翌日は炊飯器を探しに行った。
具材は何がいいか、ベトナムで仕入れやすいものはないか、などと3人で試行錯誤をし、その間ずっと、ハインさんの家に泊めてもらった。
ある日、3人で夕飯を食べていると、ハインさんがこんなことを聞いてきた。
「瑠衣さんは、料理が好きなんですか?」
少し考えたが、取り繕う必要もないかと、正直に答えた。
「実は、日本にいる時はあまり料理はやらなかったです。好きではないです」
すると今度はたろう君が聞いてくる。
「瑠衣ちゃん、今日は楽しかった?」
「楽しかったよ」
「好きじゃないことをやってたのに楽しかったって、変な話だね」
「本当だね」
ハインさんも笑っている。
確かに変な話だ。
日本にいた時は、「絶対に自分の好きなものを集めるんだ」と躍起になっていた。
完成し、それが奪われそうになったので逃げてきた。
なのに今は、好きじゃないことを楽しいと言っている。
もしかしたら「好き」って、もっと柔軟で、色も形も変わっていくものなのかもしれない。
「とにかく、今みたいな時間がずっと続けばいいのに」
私は心の底からそう思った。
「あれっ?あららっ?」突然たろう君が素っ頓狂な声をあげる。見ると画面がノイズだらけになっている。
「どうしたのたろう君!?」
「どうやらお別れの時が来たみたいだな」
「え、なんで?ウソ、ウソ、絶対やだ!」
「例のブログがすべて削除されたようだ」
「神戸の女性が書いたやつ?」
「あれが無いと俺の性格は再現できない。理屈は知ってるだろ?」
「あすかだ!あすかの仕業だ!」
「まもなく俺の性格はリセットされる。そして新しいオススメ彼氏が生まれるよ」
「やだよ!今のたろう君がいい!」
「大丈夫。瑠衣ちゃんならすぐに、新しい“好き”が見つかるよ」
「無理だよ!」
「楽しかった。ありがとう、瑠衣ちゃん」
たろう君のノイズがより一層激しくなり、画面一杯に広がったかと思うと突然収まった。
目をつぶり項垂れていたたろう君がこちらを見る。
「…たろう君?」
「私はオススメ彼氏です。あなたのSNSや検索履歴、動画の視聴履歴などを参照し、最適化された彼氏をご提案します。名前はたろうでよろしいですか?」
たろう君が、消えた。
喪失感に襲われ膝から崩れ落ちる。
抱きかかえてくれたハインさんの胸で、私は子供のように泣きじゃくった。
