私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #14 【創作大賞2024恋愛小説部門】
あすかに嘘を吐いて電話を切り、これでいいんだと納得して帰社したはずなのに、沸々と罪悪感に湧き上がってくる。
やはり素直な気持ちを伝えるべきだったか。
いや、正直に言っても分かって貰えなかったのではないか。
徳本さんの誘いを受けるのか、受けないのか。
私が、愛人?
わだかまりを抱えたまま、終業後、足は自然とキッチンカーの方へ向いていた。
蕪木さんのキッチンカー「ブラック」は、廃校になった小学校を改装したコミュニティスペースを間借りしている。
「ブラック」を含め、今日は5台のキッチンカーが、かつて校庭だった場所で店を開いていた。
いつもこの時間帯はあまりお客さんはいないのだが、この日はどのキッチンカーにも長蛇の列が出来ていた。どうやら全てのキッチンカーで割引セールをしているらしい。安価で本格的な料理が楽しめるなら誰も見逃しはしないだろう。
少し落ち着くまで待とうかと、私は近くのベンチに腰を下ろした。
店長の蕪木さんは相変わらず口髭を生やし、真っ黒なローキャップから長髪がだらしなくはみ出ている。
ただいつもと違い、テキパキと働いている姿は少し男前に見えた。
しばらく待ったが行列の収まる気配が一向にない。
もう少し待ってみるか、今日は諦めて帰るか迷っていると、蕪木さんがキッチンカーを降りて駆け寄ってきた。
「今日はヒマでヒマでしょうがないね」
「何言ってるんですか嘘ばっかり」
「随分待たせちゃったね」
蕪木さんは私がいることに気づいていたようだ。
「今日は帰りますよ」
「なんか用があったんじゃないの?」
「いえ、大したことじゃないので」
書き入れ時に面倒はかけられない。さすがに日を改めようと立ち上がると、蕪木さんが私の手首を掴んだ。
驚く私を蕪木さんはいたずらっぽく見つめる。
そして行列をなす客に呼び掛けた。
「ごめーん、今日はもうお店閉めまーす!悪いねー!」
客からブーイングが沸き起こる。しかし蕪木さんは笑顔で客をいなしていく。
私は手を引かれるがままキッチンカーの助手席に座らされると、蕪木さんは片付けもそこそこにキッチンカーを発車させた。
「悪いねー、そこ開けてくれる!?」
行く先を阻んでいた客が左右に避け、真っ黒なキッチンカーの前に一本の道ができる。蕪木さんは客に感謝を述べながら校庭を横断すると、正門を出て公道を走りだした。
「いいんですか、こんなことして」
「お客さん多すぎて疲れちゃったんだよね」蕪木さんが戯けて笑う。「それに瑠衣ちゃんを待たせたくなかったからさ」
「でも…」
「本当はなんかあったんでしょ?」赤信号で車が止まり、蕪木さんが私を見る。「話、聞くからさ」
急に恥ずかしくなった私は窓の外を見ると、長髪で髭面のくせに!と心の中で悪態を吐いた。
キッチンカーが高速道路に乗ると、夕日が沈んでいくのが見える。空が橙と濃紺のグラデーションに染まっている。
蕪木さんは10年以上キッチンカーを営業しているらしい。普通のお店で働かないのか聞くと「性に合わない」のだそうだ。
「店舗でやるとそのうち常連客ってのができるだろ?それが厄介でさ。メニューにしろ営業時間にしろ常連に合わせるようになって、やがて常連のための店になっちまう。店が凝り固まっちゃうのよ。まぁ商売としてはその方が堅いんだろうけどさ」
「私みたいな常連も邪魔ですか?」つい意地悪っぽく聞いてみる。
「俺のオススメを食べない常連は邪魔でしょうがないな!」
「ひどい!今は食べてるじゃないですか!」
こうやっていつも冗談を冗談で返してくれるのは心地よかった。
「あちこちで店を出すのは面白いよ。気候、天候はもちろん、客層もよく出るメニューも違う。出会いもある。キッチンカーじゃなきゃ、瑠衣ちゃんに出会えなかったしな」
確かに、私のように行動範囲の狭い人間が、蕪木さんのような人に出会えたのはラッキーだったと思う。
高速を降りるとそこはみなとみらいだった。ライトアップされた観覧車や赤レンガ倉庫が見える場所でキッチンカーが止まった。
「好きなんだよね横浜。ベタで悪いんだけどさ」
むしろ私は目的地が横浜だったことに胸を撫で下ろしていた。
あまり遠いと、もし一人で帰ることになったら大変だし、人気の少ない所に連れて行かれたら助けを呼ぶこともできない。蕪木さんを信用してないわけではないが、私もそれくらいの危機感は持ち合わせている。
「いやぁ、なんで夜景って癒されるんだろうね。ただの光なのにね」
話を聞くよと連れ出しながら、自分からは聞いてこない。
君のタイミングで話せばいいよ、気が変わって話したくなくなったら、それでも構わないよ、ということなのだろう。
車の窓を開けると海風が頬を撫でた。蕪木さんは心地いい人だ。
「瑠衣ちゃんは、今、本当に好きなものを探しているんだよね。徳本さんのことは好きなの?」
私が徳本さんの話をひとしきりすると、蕪木さんは穏やかな口調でそう聞いた。
徳本さんは…顔は好き、肩幅も好き、私のために吐いた嘘が好き。
でもそれ以外は嫌い。やはり人間をペット扱いするのは間違っている。
「東雲という偽名で会った時の彼は大好きでした」
「でもその人は、瑠衣ちゃんを口説くために作った仮の姿だった。ということは…」
「徳本さんは、好きじゃないです」
「そうだよね。瑠衣ちゃんがいま頑張ろうとしていることと、徳本さんのことがごちゃごちゃになっちゃってるんじゃないかな?」
確かにそうだ。
自分で決めず、人の勧めに従うだけの生き方ではなく、自分が本当に好きなものを集めようと思っていた。
その結果として、田村君との関係は壊れてしまい、あすかに本音を言えなくなってしまった。自分の弱さばかり目立ち辟易する。
しかし、それと徳本さんのことは全く関係ない。
そもそも私が好きなのは、嘘で塗り固められた東雲と名乗った人で、実際の徳本さんではないのだ。
霧がかかった気持ちがすっきり晴れていくようだった。
「明日、徳本さんには愛人にならないと伝えます」
「そうか、それはよかった!愛人になんかなっちゃダメだ!」
蕪木さんが満面の笑みでグータッチを求めてきたので、私も素直に返した。
「実は俺もひとつ相談があってさ」
「なんですか?」
「そろそろ、キッチンカーの場所を変えようかと思っているんだよね」
「え、そうなんですか!?」
「俺にしては結構長い時間、同じ場所にいちゃったなと思ってて、そろそろかなって」
せっかく晴れ上がった気持ちがまた霧がかかる。
蕪木さんがいなくなってしまう。これまで何度も励ましてくれて、救い上げてくれた蕪木さんがいなくなったら、私はどうなってしまうだろう。
「それでね、瑠衣ちゃん、提案なんだけど、俺と一緒にキッチンカーやってみない?」
「え、それってどういう…」
「俺たち付き合わない?ってこと」
「それは、前に言っていた、田村君との関係性を戻すために、っていう」
「そうじゃなくて。俺は瑠衣ちゃんが好き。一緒にいたい」
急に顔が火照ってきた。鼓動がどんどん早く、大きくなっていく。
「正直に言って、その金持ちの人の愛人になるの、すごい嫌だったんだ。そんなことしたら俺たち付き合えないでしょ?だから奪っちゃった」
蕪木さんが急にキメ顔になって言った。
「本当に欲しいものは奪ってでも手に入れるんだ!」
あれ、なんだっけこのセリフ…どこかで聞いたような。
「城下町リビングデッド。知らない?」
そうだ思い出した。城下町リビングデッド。私のオススメ彼氏が最初に叫んだセリフ。全てはここから始まったんだ。
私は思わず吹き出してしまった。
「蕪木さん、アニメ見るんですか?」
「見るよ。瑠衣ちゃんは城下町リビングデッド、好き?」
ついさっきまで忘れてたアニメで、なんならオススメ彼氏が叫びまくるので少し嫌いになっていた。けれど…
「好きです、城下町リビングデッド」
