見出し画像

【小説】重ねた罪に侵食の報いを【第一話】

【あらすじ】
”対象の感情を慮り続ける”という「投影」の呪い。
病弱な兄を養うため、人を殺める道を選んだロージェにとってそれは致命的なものだった。
命を奪う事に躊躇いを感じた彼は次第に他者の意識に蝕まれていく。

夢想

 偶に悪夢を見る。街外れの家、父さんも母さんも兄さんも元気に暮らしていた。父さんは作物を耕し、母さんはそれを売りに出して、兄さんは街の聖職者ギルドで神官を務めている。俺は現実と同じように薬草師ギルドで調合師になり、日夜薬の調合に励んでいた。結局理想でしかない非日常な日常を見せつけられ、その度に寝苦しくなる。割り切った筈なのに割り切れない感情が夢という形で顕て眠りを浅くし、俺の身体を休めなくする。結局、日が昇る前に目が覚めてしまった。思わず隣のベッドに目を向けたが、兄さんは何事もなかったかのように眠っていた。良かった、まだ現実に居る。もう一度眠ろうと思っても寝付けないので、仕方なく外に出ることにした。

 辺り一面に広がる平原。木々の一つもなく、世界から隔絶された気さえする。
こんなに平和に見えるのに、何一つ満たされていない。どうやったらあの頃に戻れるのだろうか、それしか考えられない。 地を覆い茂った草の上を歩き続けながら物思いに耽るも、何も答えは得られなかった。当たり前だ、自分が選んだ道を今更否定する訳にはいかない。ひとしきり歩いた後、家に戻る。
「おかえり」
戸を開けると、兄さんが一言声を掛けてくれた。
「ただいま」
何事もなかったかのように返事をする。
「眠気はもうないかい?」
「うん、すっきりしたよ」
半端な所で目覚めてしまって、どうしようもなく散歩をしていた事を兄さんは理解している。これが初めてではないからだ。
日はすっかり昇っている。街に向かうために支度を始めていると兄さんが声を掛けてきた。
「今日は遅くなるのかい?」
「うん、薬の在庫が切れそうなんだ。今日の内に調合しておかないと」
「そっか。無理しないでね」
「大丈夫だよ。行ってくるね」
いつも通りの挨拶を行い、家を出る。

詛呪

 街へ着くのは太陽が真上に浮かぶ頃だ。相変わらず遠過ぎる距離だが、これくらいが丁度良い。世間から離れた場所であるからこそ、俺たち兄弟は平和に暮らしていける。
薬草師ギルドに着き、日中の業務をこなす。薬草の栽培、販売、薬の調合。いつもやる事が決まっている割に儲けがいいが、これだけじゃ足りない。これだけじゃ兄さんの命はすぐに尽きてしまう。
「ロージェくん、この間の話なんだが……」
帰り際、ギルド長が話しかけてくる。金が欲しいだけで長く居続ける俺に次期ギルド長の話を持ちかけ続けているが、生憎そんなものに興味はない。
「申し訳ないですが、兄を待たせているので」
その場凌ぎの言葉と共に急いで走り去る。俺はもう一つの仕事を全うしなければならない。

 日が暮れた頃、月の明かりも届かない曇天の夜。暗殺者ギルドの拠点に辿り着き、依頼内容を伺う。
「西方の海岸、崖の先の小屋。標的は自称まじない師の老人。その首の持参で依頼達成と看做す」
斡旋者は淡々と説明をするが、その中に一つ引っかかる言葉があった。
「自称まじない師?」
「依頼人がそう言っている。何があったのかは知らんが騙されたりしたんだろう」
「そうか。まぁ金が貰えればなんでもいい。行ってくる」
依頼を受注し、早速標的の元へ向かう。

 標的が目の前で命乞いをしようと容赦はしない。それが仕事であるから。
そうやって幾人の命を奪っていき、報酬を得て自分の糧にしてきた。そして、兄さんの命を繋いでいる。
「頼む、ワシはまだ死ぬわけにはいかんのじゃ……」
老人は生き残るため必死に御託を並べている。
「……こっちも仕事なんだ。これ以上あんたの言い分を聞くつもりはない。恨むならあんたが騙した奴を恨んでくれ」
「ワシは騙してなんかいない! 正しい術を施しただけじゃ! ワシの力は本物なんじゃ!」
泣こうが喚こうが俺のやることは変わらない。老人の言葉を聞き流し、暗器に手をかける。
「待ってくれ! 待っ……」
勢いよく首を刺すと、じたばたと暴れていた身体は忽ち動かなくなる。しかし、首を獲ろうと身体を起こした瞬間、老人が俺の腕を掴み口を動かし始めた。
「や……ってくれた……な」
仕留め損ねたのは不本意だが、狼狽えはしない。もう一撃を加えようとしたその時、掴まれた腕が燃えるように熱を帯び始める。
「せめてもの……抵抗じゃ……。 お前に『投影』の呪いをかけた……。これから誰かを殺める時、この呪いがお前を苦しめるじゃろうて……」
最後の力を振り絞ったのか、か細い声でそう伝えると今度こそ事切れる。
「おい、何を言っている!」
返事はない。今度こそ息絶えたようだ。暫くその場で身体の異変を確かめたが、異常はない。何だったんだろうか。俺が受けた呪いはどういう影響を及ぼすのだろうか。一抹の不安を残しながらも、老人の遺体を処理して外に出る。

徴候

「標的の首を確認。依頼達成、報酬だ」
斡旋者から大金を受け取り、思わず笑みが溢れる。
「あぁ、金額を確認した」
「ではまた三日後以降に」
「なぁ、その決まりなんとかならないのか? こっちは金に困っているんだ。毎日でも稼ぎに行きたい」
一つ依頼をこなすと三日は待機の必要があるなんて、不便過ぎる。これさえ無ければ調合師なんてせず、より多くの金を手に入れられるのに。
「何度も言っているだろう。規定なんだ」
「組織の存続や所属者に関わる危険性を考慮して、だろ? こんな非道な組織がよくそんな真面目な事を言えるよな」
「嫌なら辞めてもらっても構わない。抜けても罰則が無い所なんて他にないだろうけどな」
「……分かった。また三日後に来るよ」

 報酬を受け取った後、血の匂いをきちんと洗い流し、服装も普段のものに変える。誰がどうみても裏で人を殺めているなんて思われない格好になり、堂々と兄さんの待つ家へと戻った。
「ただいま、兄さん」
「おかえり、ロージェ」
「ほら、薬。 ここに置いておくね」
「あぁ、いつもありがとう。 でも無理はしないでおくれ」
「大丈夫だよ」
人の命を奪っているというのに、変わらず平然な顔をして受け答えをする。
「明日も遅いのかい?」
心配ばかりかけてしまって本当に申し訳なく思う。
「いや、明日は日が落ちない内に帰れそうだよ」
「そっか。良かった。あまり根詰めては駄目だよ」
「ふふっ、さっきも聞いたよ。じゃあ、俺はもう寝るよ。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

 今日は夢を見なかった。これが良いことなのか悪いことなのかも分からないが。
目を覚ますと兄さんは先に起きていて、窓の外を黙って眺めていた。
「おはよう」
「おはよう、兄さん」
何てことのない、いつものやり取り。あとどれくらい出来るんだろうか。何故かそんな不安が急に押し寄せてきて、思わず涙ぐんでしまう。
「どうしたの?」
兄さんが慌てて問いかける。目の前で弟が泣き出したらそうなるのも当然だろう。
「ごめん、なんでも無いんだ」
「……そっか。何かあったら言ってね」
「うん、ありがとう」
今までこんな事はなかったのに、どうしてだろうか。
ふと老人から受けた呪いのことが頭に浮かんだが、流石に関係はないだろう。報復としてはあまりにも弱過ぎる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「あぁ、行ってらっしゃい」
とりあえず些細なことは頭の隅にでも置いておこうと思い、また街に向かって歩き出した。

発火

 三日後。依頼を受けようと斡旋者の元へ訪ねる。
「ギナ・ジーン。普段から研究のために学者ギルドの拠点に住み着いている。達成確認は標的の首と標的が依頼人から剽窃したとされる論文書」
「剽窃……。相当恨みを買っているんだな、可哀想に」
「可哀想?」
「いや、少し思っただけだ」
「お前にそんな情があったのか」
「冗談言え。行ってくる」
受注後、直ちに目的地へ向かう。俺に情? そんなものある訳ないだろう。持つとしたら兄さんへの情だけだ。それ以外の人間なんて自分には関係ない。

 学者ギルドの拠点は街の片隅に位置していて、辺りを徘徊する警備兵の目に届きにくい構造をしている。今回も円滑に進みそうだ。
無事に侵入した標的の部屋には、かなりの数の実験器具や文献が散らばっていた。酷い匂いだ。こんな所に籠りっぱなしで何を研究しているんだろうか。奥に目をやると、ギナは机に突っ伏して眠っていた。まさか今から自分が命を奪われるなんて思ってもないだろうな。いつも通りの感覚で手にした暗器を首に突き刺そうとした、その瞬間。

——死にたくない

何が起こったのか理解が出来なかった。俺はただ任務を全うしようとしただけだ。それなのに。
「なぜ相手の感情を考えてしまう……?」
思わず溢したその言葉で、ギナが目を覚ました。
「だ、誰ですか?!」
彼は大声を上げ、椅子から転げ落ちる。無理も無い。振り向けば知らない男が鋭い得物を持って立っているんだ。
「静かにしろ!」
無意味だと分かっているのに、標的に叫ばない様に促す。
「ひぃ! 誰か! 誰かぁ!!」
腰を引かしながら戸を開けようとするギナを静止し、無理矢理にでも息の根を止めようとする。

——嫌だ、殺されたくない

まるで自分が標的になったかのような感覚に陥る。なんなんだこれは。俺の身に何が起こっているんだ。
「助けて、助けて!!」
まずい。このままでは外に出てしまう。
「いい加減にしろ!!」
脳内に傾れ込む意識をなんとか振り切り首元目掛けて暗器を刺し、ギナはそのまま動かなくなった。身体が灼けるように熱い。なんだこの感覚は。何故俺は”罪悪感”を感じているんだ? だが考える時間なんてない。部屋の壁越しに足音が近づいてくるのが分かる。俺はギナの遺体を抱え一目散に窓から飛び出し、その勢いで暗殺者ギルドの拠点へ向かった。

「標的の首は確認した。論文書の提出を」
斡旋者からの言葉でハッと気付く。逃げるのに必死でもう一つの達成目標を完全に失念していた。
「すまない、面倒な状況になってしまって取り損ねてしまった。明日には持ってくる」
「珍しいな。そんな失態を犯すなんて」
「……」
何も言えず、その場を出ていく。確かに言われた通りの自覚はあった。本当にどうしてしまったんだろうか。一旦考えない様にしよう。いつも通りの服装に着替えて、いつも通りに家を帰ろう。今日の失態は明日取り返せばいい。そう思いながら、帰路を辿る。


いいなと思ったら応援しよう!